September 05, 2018

世界初の本格的な海上埋め立て空港である関空が水没した。

「海上空港」だからこそ、アクセスに「」が必要であり、その橋が壊れたことは、「空港へのアクセス方法そのものが喪失した」ことを意味している。それは当然ながら、空港にたくさんの人が「取り残される」こと、そして同時に、救助も「遅れる」ことを意味する。
これは、福島の原発事故において、電源が喪失し、原子炉を冷却する方法が喪失したことでメルトダウンが引き起こされたのと、意味はまったく同じだ。


水没の理由は、以下のブログが非常に明快に指摘してくれている。
関西空港の水没は起こるべくして起きた。〜地盤沈下が招いた標高1.4mの滑走路〜 - イケてる航空総合研究所
とある別サイトでは、関空の工法について、「海底の軟弱地盤を強化して護岸工事を行い、土砂で埋め立てるといった順で進められました。現在でも地盤沈下は止まってはいませんが、一部だけでなく均一に沈下するよう設計されているため、トラブルとは無縁です」とあるが、先のブログによれば、今回の滑走路水没の理由は「地盤沈下」にある。こういう「ちゃんと数字を示した上で、はっきりモノを言う態度」は非常にいい。


1994年開港以来、2018年までの平均沈下量は「3.43m」だという。ならば関空のA滑走路は「これまでもずっと年平均14センチ程度、沈下し続けてきた」ことになる。

なので、最も低い位置の標高が「たった1.4m」しかないA滑走路は、理屈の上では、あと10年で「海面下」になる計算になる。そうなると、関西国際空港のA滑走路は、海面より低い、いわゆる「ゼロメートル地帯」ならぬ「ゼロメートル滑走路」になることになる。


もちろん、こうした事態が管理会社によって今後も放置されるわけではない。なんらかの対策が講じられることだろう。

だが、問題なのは、「5年くらいのサイクルで護岸を高くし続ける、とか、地盤を上げ続けるといった地盤沈下対策が、それも定期的に、必要になる」ということだ。

そのコストはたぶん、けして少なくない金額になる。


ちなみに、関空の管理会社は「関西エアポート株式会社」という企業であり、筆頭株主は、オリックス株式会社が40%、フランスの空港運営会社であるヴァンシ・エアポート40%である。(なぜまたフランスの会社が日本の空港の、と、当然思うわけだが、航空業界に詳しくないのでよくわからない)


それにしても、これまで地盤沈下がわかっていなかった、2017年に一気に3メートル地盤沈下してしまいました、というのならともかく、関空が年々地盤沈下していることに多くの関係者は気づいていたはずだ。(ちなみに、ブログ主はこの事件が起きるまで知らなかった)

ならば、今回の高潮のような被害が発生する可能性はあらかじめ予測されていなければならないし、対策もとられていなければならない。


自分は関西国際空港になんの利害もない第三者であり、今回の高潮被害についてもなんの利害もない第三者だが、もし自分が今回の高潮でなんらか大きな被害を受けた立場だったなら、迷うことなく空港の管理のずさんさを批判し、必要なら損害賠償を求めて訴える。


いずれにせよ、地盤沈下が止まらないというのは、「その場所の地盤そのものが定常的に流出するか、沈下する状態にある」という意味だ。
もちろん、地震による液状化が起きれば沈下スピードはさらに上がる。近畿圏では近年いくつかの大地震が起きているのだから、関空でも液状化が起きていた可能性がないとはいえない。

関空はおそらくは今後とも地盤沈下から逃れることはできない空港だ。本来なら、空港の再開を安易に急ぐより、根本的なところでA滑走路の地盤そのものを改修すべきだろうが、関係者がどういう判断を下すのか、ちょっと見ものである。

August 28, 2018

以下のツイートについて、ブログでもう少し足りない言葉を付け足しておきたい。




まず最初に注釈。

大嫌いな言葉のひとつに、「持続可能な」というモノの言い方がある。
この記事での「連続性」という造語においては、「持続可能な開発」だの、「持続可能な環境」だのという意味は、まったく、これっぽっちも、含まれない。注意して読んでほしい。強く明記しておく。


「持続可能な」というモノの言い方は、ひとえに「1970年代世代と、いまだにその影響下にある人々が、みずからの思考やの破綻を誤魔化すときに、使ってきた方法」のひとつで、実際には、単なる「妥協点の模索」という曖昧な意味しか持たず、厳密な定義など存在しない。
例えば70年代までにあった過剰なエコロジーブームと先進国における環境に配慮しない開発は、両者が両者とも限界を示した。そのため、彼らはしかたなく、ただ環境保護だけ、または、ただ開発だけに走るのではない「妥協点」を、ちょっと耳障りのいいスローガンとして示してみた、ただそれだけにすぎない。これはいわば「道端の交通標識」に過ぎず、中身は何もない。

80年代以降もエコロジストは、持続可能という言葉と社会批判を場面に応じて都合よく使い分けてきたが、それは、エコロジストの主張では世界がうまく回っていかないことが判明したために作り出した「新しいカラクリ」であり、それは「70年代まで大流行していた左翼思想に、まったく現実性がないことが、80年代以降判明した現象」に似た意味でしかない。



さて、ここから本題。

社会には、「連続性」が不可欠だ。

ここでいう「連続性」とは、最初に書いた「持続可能な」などという陳腐な話ではない。
人間という生物の生存維持シェルターである「社会」は、「連続性そのもの」であり、「連続性」は社会が自己再生産能力を有する連続性をもったシェルターであるための絶対条件である。

この「連続性」は、どこにでもある平凡な家庭、どこの国にもある企業が持つ連続的な「自己再生産能力」をだいたい意味する。
親が子を産み、育て、人が再生産されるプロセスがあるからこそ、社会は「連続性」を維持できている。その単純だか崇高な事実の重要性については、他人と議論する必要など、まったく感じない。



しかしながら、ツイッターでも例を挙げたように、残念なことに、現代社会は多くの「非連続性」に侵食され続けている。


例えば「同性愛」である。
この現象が「社会の平凡さに、どれほど依存して成り立っているか」は、議論を必要としない。たとえその同性愛カップルがどれほど文化的であろうと、関係ない。彼らが「社会の連続性にどっぷりと依存し、連続性の恩恵を受けていること」にまったく変わりはない。


ただ、なにも同性愛や同性婚を撲滅すべしなどと、物騒なことを主張しているわけではない。
そうではなく、「あなたがたは『社会の平凡な連続性』に依存して成り立っているだけの浮草にすぎないこと」を自覚して行動すべきであり、権利ばかり振りかざしてもらっては困る、自分たちのコミュニティにばかり籠らず、『連続性』に明確な形で貢献すべきだ」と言いたいだけである。

だから社会維持の方法論のひとつとして、ブログ主は「同性婚と一般の結婚とは社会的に意味が違うよ」ということを明確に示す制度があっていいと考える。

もう少し具体的に言えば、「ある意味の『差額』みたいなものを徴収させてもらいますよ」というアイデアが存在するほうが、社会的には正しいと思う、ということだ。

例えば、同性愛カップルがあえて養子をとって自分たちの子供として育ててくれるとしたら、国や自治体は「よく決意してくれました」と応援する意味で支援金を贈って支えるべきだと思うし、逆に、同性婚は認めるが「同性婚税」のようなものを別途納入してもらうという自治体があってもいい。他にも、一定のボランティア参加を義務づけて地域社会への参加や交流を促すとか、アイデア次第で、いろいろ「同性婚者の社会の連続性への貢献を義務化する制度」を考えられると思うのだ。

そういう過程で自治体ごとに「制度の違い」ができてくれば、アメリカの州ごとの制度の違いに対する人々の反応と同じで、より負担の緩い自治体に行きたい人はそこに引っ越せばいい。全国のすべての制度がすべて同じである必要など、どこにもない。個人の多様性は最大に認めるべきと主張するが、自治体の多様性は絶対に認めない、全国一律の制度が必要だ、などというワガママきわまりない発想につきあう必要などまったくない。
同性婚の人たちが集中して活性化する自治体が出現すればそれはそれでいいし、そのことが災いして人口が減少し衰退する自治体があれば、それはそれで結果を受け入れるしかない。


「連続性」の侵食の例は、他にも数多くある。

例えば「引きこもり」は、かつての「家庭を持つ」という当たり前のように思われ、実行されてきた幸福の尺度から距離を置く現代的な現象のひとつだ。
もちろん、人が「引きこもり」になるからには、何かやむにやまれない事情があってのことだろう。だが、だからといって、それも文化のひとつだ、しかたない、などと認めるのでなく、ある種の「病」と判定すべきであり、社会の連続性に復帰してもらう方法を模索してもらうべき、というのがブログ主の考えだ。


また、「老人中心社会」も、やはり社会の「連続性」を損っている。

若い世代に「老人のための費用負担」ばかりさせ、他方では、老人ばかりが資産を抱え込んでいて、オレオレ詐欺にばかりひっかかり、クルマを運転すればアクセルとブレーキすら踏み間違え、他人を轢き殺す、というような社会は、やはりどうかしている。
若い世代にこそ、身を立てるための十分なチャンス、例えば教育、技能習得、起業のための資金など、さまざまなチャンスを与え、若い世代の疲弊をもっと真剣に、そして全力で、防止すべきだ。


ロリコン」とかいう現象も、「連続性の侵食」とけして無縁ではない。


結婚できない神父が同性の少年にセクハラするのは、もちろん犯罪だが、見方を変えれば、これほど「社会の平凡な連続性から遠いところにある行為」もない。

ロリコンというのは、「国際的な精神疾患の診断基準にも記載のある『性嗜好障害(パラフィリア)』のひとつで、れっきとした医学的な診断名」らしいが、ロリコンの追い求めるエデンの園は、カトリックの神父が密かに行ってきた悪事と同じくらい、その人を「社会の平凡な連続性から遠ざけている」と思うのである。
(また、あるロリータ趣味の女性のブログによれば、「ロリータは絶望的なほど、男ウケが悪い」らしいが、「社会の平凡な連続性から遠ざけている」という意味では、ロリコン男とロリータ趣味の女性には、どこかしら共通点みたいなものがあるのかもしれない)


ここに書いたことはどれも真っ当な論理の帰結に過ぎない。こんな単純な話を読んで、ウヨクだの保守だのとレッテルを貼るのは他人の勝手だが、そんな間違ったレッテルなど、ブログ主にはまったく関係ないし、気にとめる理由などない。

こんな当たり前のことをまったく突き詰めもせず、将来の日本を考えもせずに、自虐史観、コミュニズム、ジャーナリズム、エコロジーなど、そのときどきの流行の社会観に浮かれて、非連続性ばかり称揚してきた能無しの世代の人間たちが、どれほど馬鹿で、どれほど文化人ぶった、カッコつけのアホウばかりだったか、呆れるばかりである。



社会は、ひとつの生き物だ。

人間の個体と同じで、病をこじらせると元気がなくなる。「連続性」の大事さに配慮もせず、どこかで習い知っただけの新しい考え、新しい趣味、新しい流行とやらに熱中して、社会を病気にするのはもうやめてもらいたい。

社会はもっと、ごく普通であることの意味を評価すべきだし、ごく平凡な笑顔のある家庭の重要さを認めるべきだ。

August 05, 2018

2016年に、イチローブライス・ハーパーの打撃フォームを比較してこんな記事を書いた。

2016年4月27日、「手打ち」と「イチロー」の違い。MLB通算2943安打にみる今シーズンのイチローのコンタクト率が異常に高い理由。 | Damejima's HARDBALL

イチローとブライス・ハーパー フォーム比較



ブライス・ハーパーの打撃フォームでは、以下の連続写真でわかるように、「カラダがバットと一緒に旋回」している。これは別に珍しいことではない。

ブライス・ハーパーのバッティング・フォーム



こんどは、2018年8月3日に大谷が1試合2ホームランを打ったゲームの「2本めのホームランのフォーム」と、ブライス・ハーパーを比べてみる。

大谷とブライス・ハーパー比較


言わなくてもおわかりだろう。
大谷は「イチロー風」に、「カラダを旋回させずに」スイングしている。ピッチャーはクリーブランドのマイク・クレビンジャーだが、彼が「あっ」と思った瞬間には、実はもう、とっくに「スイングは終わって」いて、ボールは左中間スタンドに一直線に向かっているのである。


ついでだから、イチローと大谷も並べてみる。
両者とも、「カラダがバットと一緒に旋回しない」ことがわかる。

大谷とイチロー比較



ただ、バットに当てた後、ここからが
大谷は、イチローと違う。

大谷のフォロースルー


試合後、マイク・ソーシアが2本めのホームランについて、「まるで右のプルヒッターみたいな打球」とコメントしているが、それは、こと「打球の質」については、まったくそのとおりなのだ。

というのも、2本めのホームランでは、ミート後に「腰が大きく開いて」、バットを振り切ったときには「カラダ全体がセンター方向を向いて」いるほど、カラダが開いているからだ。こういうフォロースルーはイチロー風ではない。
こういう「大きなフォロースルー」や「腰の開き」は、「右のプルヒッターによくありがちな、大きなフォロースルー」だ。
だから、打球の質も「右のプルヒッター風」になる。(こうした大きいフォロースルーは、大谷がMLBに行ってから始まったのではなく、日本でプレーしているときから既にこうだった)


だから、言ってみれば大谷は、「バットに当てるまでは、左打者イチロー風に」、そして、「バットに当ててからは、右のプルヒッター風に」スイングしたのである。なんとも器用な男だ。


本来なら、左バッターの右足は、右バッターの左足より、外旋しにくい。だから、左バッターの打ち方と右バッターの打ち方は違ってくるのが普通だ。右バッターは概して「腰が開きやすい」のに対して、左バッターはそれほど「腰を開かないまま」で打つことができる。


だが、大谷は、「右バッターと左バッターをミックスしたように打つ」ことができるのである。

このことは、大谷のスイングスピードの速さもあって、スローで見ないとわかりにくい。通常の速度でになにげなく見ているだけだと、大谷が右のプルヒッターがよくやるように、大きく腰を開いて打ったように見えるのである。


この「ミックスした打ち方」が、「意図的なもの」であることは、以下の記事の記述から、間違いない。

「試合前のフリー打撃では、早めに始動して右足を着地し、内側からバットを鋭角に振り下ろす動作を繰り返した。」
ソース:大谷に変化する勇気、イチロー式ダッシュ導入2桁弾 - MLB : 日刊スポーツ


ただ、上の記事では、「イチロー風のダッシュ」などと、くだらない点に着目して記事を書いているのだが、そんなことはどうでもいい。
「右足を、打撃フォームの非常に早いタイミングで着地し、スイングを早めに起動して、腰を開かないままバットを振り切っておくこと」が、「イチロー風」なのだ。

damejima at 07:03
大谷翔平 

August 04, 2018

ホームゲームを57ゲーム消化した時点でのマイアミ・マーリンズのホームゲーム観客数は以下のようになっている。
2017年 総数1,184,305人 1試合平均 20,777人
2018年 559,131人 9,809人

2018 Major League Baseball Attendance & Team Age | Baseball-Reference.com


総数で「625,174人」減り、1試合平均でも「10,968人」減っている。と、いうより、簡単にいえば、「観客数が半減した」のである。


こうなった理由は、言うまでもない。
デレク・ジーターが、チームをなんのメドもなく、無意味に解体したからだ。
2017年12月22日、ジェフリー・ローリアとまるで変わらないファイアーセールでマイアミ・マーリンズ再崩壊をまねいたデレク・ジーター。 | Damejima's HARDBALL


これを、ジェフリー・ローリアが悪名高いファイヤーセールをやってチームを解体した2012年の翌年、「2013年の観客数の減少ぶり」と比べると、今のマイアミの惨状はもっとハッキリわかる。

2012年シーズン終了時点 観客総数2,219,444人 1試合平均 27,401人
2013年 1,586,322人 19,584人


2012年にローリアがあの悪名高いファイヤーセールをやった翌年、マイアミの観客総数は「633,122人」も減った。

対して2018年は、57試合消化時点の観客減少数はまだ「56万人減」にとどまっているが、これからまだ24試合ものホームゲームを消化するわけだから、「1試合につき、1万人ずつ観客減少数は増えていく」ので、2018年終了時点のマイアミの観客減少数は、「56万人プラス24万人」で、なんと「80万人の大台」にのってしまうことになる。



別の角度から見てみる。

2013年の観客減少数は、1試合あたり「7,816人」の減だが、この減少数は、前年の1試合平均観客数27,401人の「28.5%」に過ぎない。

対して、2018年の観客減少数は、1試合あたり「10,968人」であり、これは前年の52.8%減という、とてつもない減少率なのである。

つまり、ローリアのファイヤーセールでは、観客の「4人に1人」が呆れて球場に来なくなったが、ジーターのファイヤーセールでは、残ってくれていた観客のうち、「2人に1人」が呆れて球場に来なくなったのである。



これを異常事態と思わないとしたら、どうかしている。もし来シーズン、1試合あたり5000人程度の平均観客数になったら、MLB機構はデレク・ジーターに辞任を要求すべきだ。当然である。

July 10, 2018

以下の記事によると、アリゾナで自分の進むべき道に迷った中後悠平に「マイナーの指導者」が贈ったアドバイスが、彼の人生観を変えるきっかけになったらしいが、もったいないことに、「アドバイスした人物の名前」が明かされていない。
中後悠平、DeNAは日本復帰にベスト。米国で変化した野球観、“プライド捨てた”左腕と球団繋ぐキーワード(ベースボールチャンネル) - Yahoo!ニュース

もし「中後にアドバイスしたマイナー指導者」が、アリゾナの3A、Reno Acesの監督という意味なら、今はヤンキースのサードベースコーチになっているPhil Nevinということになる。

そう。1992年ドラフトで、ヒューストンが1位指名して問題になった、あのフィル・ネビンだ。
2016 Arizona Diamondbacks Minor League Affiliates | Baseball-Reference.com


1992ドラフトでネビンが全米1位指名を受けたことで、当時スカウトだった殿堂入り投手ハル・ニューハウザーとヒューストンとの間に生じた「確執」は、多くのブログで触れられているMLBファンに馴染みのエピソードのひとつだが、この件、触れられてないことも多々ある。

Hal Newhouser左:コメリカパークの銅像
右:実際のニューハウザーの奇想天外な投球フォーム
Hal Newhouser Stats | Baseball-Reference.com


コトの顛末自体はだいたいこんな話だ。

1991シーズンにナ・リーグ中地区最下位だったヒューストンは、1992年ドラフトで全米1位指名権を持っていたが、スカウトのニューハウザーは「デレク・ジーターの1位指名」を非常に強く進言していた。

ところが、チーム側は契約金が高額になるのを嫌がって、ニューハウザーのアドバイスをあえて無視して、カレッジのスターだったフィル・ネビン指名に走ったのである。ひどく落胆したニューハウザーは野球界から去り、故郷ミシガンに引きこもってしまった。
ハル・ニューハウザーは、同じ1992年にヴェテランズ・コミッティ選出で殿堂入りしたため、彼は「殿堂入りの栄光」と「スカウトとしての巨大な失意」の両方を、1992年に同時に経験することになった。


この件を取り上げている日本のサイトは、多くが妄信的ヤンキースファンのブログとかだから、ヒューストンが一方的に悪者扱いというか、「マヌケ」扱いになっている印象が強いが、それは短絡的な見解というものだ。

単純に言っても、そもそもジーターの全米指名順位は「6位」なのであって、「ジーターを指名しようと思えばできたのに、実行しなかったチーム」は、ヒューストン以外にも他に「4つ」もある。だから、なにもヒューストンだけマヌケ扱いされる理由はどこにもない。


Phil Nevin若い頃のPhil Nevin
あまりにも「お坊ちゃん顔」すぎて、それが原因でヤジられたのかもしれないネビン(笑)

ああいう見当違いの記事ばかりがまかり通る原因は、「大学時代のフィル・ネビンの華々しい実績」に触れないまま記事を書いていることにある。

カリフォルニア大学フラートン校時代、ネビンは野球とフットボールの両方に優れた成績を残した、典型的なアメリカのスポーツスターだった。フットボールのプレースキッカーとして驚異的な成績を残す一方で、野球でも3年間に打率.364、ホームラン39本、184打点と高い数字を残し、特に「チャンスに強いバッティング」で知られていた。
1992年にはカレッジワールドシリーズ決勝までチームを押し上げ、決勝で敗れたにもかかわらず、Most Outstanding Player(=いわゆる日本でいうMVP)にも選出、ゴールデンスパイク賞も受賞している。
Golden Spikes Award - Wikipedia

つまり、「MLBに入るまでのフィル・ネビン」は「押しも押されぬスター」であり、アマチュアプレーヤーの頂点に立っていたのである。

だから「1992年ドラフトにおけるフィル・ネビン」は、いってみれば、「1980年代のロビン・ベンチュラ」、「1990年代のチッパー・ジョーンズ」、「2010年代のクリス・ブライアント」ともいうべき、「有望な三塁手」だったわけで、前年に地区最下位で、チーム改造を急ぎたいヒューストンが全米1位に指名したとしても無理はない。
(ただ、思いおこせば、誰もがクリス・ブライアントを1位指名するだろうと思っていた2013年ドラフトで、その年のカレッジワールドシリーズで活躍したマーク・アペルを、635万ドルも払って指名して大失敗(その後鳴かず飛ばずで引退)したのも、同じヒューストン。「カレッジ・ワールドシリーズを過大評価するクセ」がまた出て、同じ轍を踏んだといえなくもない)


このネビンのヒューストン入団にまつわるドラマには、「続き」がある。
(プロになって以降に彼が起こした騒動、経験した紆余曲折の数々については、日本にはほとんど記事がない)

オマハでカレッジワールドシリーズを戦っていたフィル・ネビンに、ドラフト1位指名の印象についてインタビューした当時の新聞記事がある。
The Victoria Advocate 1992年6月2日記事 - Google News Archive Search

ネビンはこの記事で、「ヒューストンは、オークランド・アスレティックスでも、ニューヨーク・ヤンキースでも、トロント・ブルージェイズでもない」などと、「もってまわった、ルーキーらしからぬ、エラそうな受け答え」をしている。
というのは、前年1991年のドラフトで、ヤンキースの1位指名選手が100万ドルを超える「高額ボーナス」をもらって入団しているからで、ネビンに言わせれば「自分が全米1位指名されたヒューストンはカネがない。だから、自分が受け取れるボーナスが少ないのはしかたない」という意味で「上から目線の受け答え」をしたのである。

実際、彼の受託ボーナスは「70万ドル」で、100万ドルに遠く届かなかったわけだが、こういう発言ぶりでは、嫌われるのもしかたない。実際、この「上から目線コメント」にもみられた「ネビンのルーキーらしからぬ態度」は、その後次第にMLBファンの怒りを買うことになる。


その後ネビンが経験する「MLBでの扱い」は、いくつかのエピソードの断片から推し量るかぎり、「かなり大変なもの」だったようだ。

1992年ドラフトでヒューストンがネビンを1位指名したとき、指名の当事者であるGMビル・ウッドは、「ネビンは限りなくメジャーレベルの選手だから、育成期間はきっと極端に短い」などと、全力でネビンを持ち上げた。

だが、実際には、「全米で最も有名な、若手三塁手のスター」を全米1位指名しておきながら、ヒューストンは「ネビンをどう育成するか」で迷走することになった
というのも、1992年当時ヒューストンには、「生え抜き三塁手」のケン・カミニティがいて、おまけに彼は「新たに契約した3年契約の1年目」だったから、メジャーのスタメンで使わざるを得ない状況だったのである。(ちなみに、ステロイダーで、ドラッグ中毒患者でもあったケン・カミニティは、2004年にニューヨークでドラッグのやりすぎによる心臓麻痺で死亡している)

チーム内部、特にマイナー指導者は、「あれだけ打撃のいい選手だから、シーズン最初からメジャーでプレーさせるべきだ」と考えていたようだが、ヒューストンは結局ネビンを「マイナーで」スタートを切らせた。


マイナーでMLBデビューしたネビンだが、その後の「苦境」を物語る記事がいくつかある。

マイナー初年度の彼の打撃成績は、打率.247という数字からもわかるように、大学時代の素晴らしい活躍を知っているファンの期待に沿うものではけしてなかった。責任感の強いネビン自身も、自分の成績について「物足りない」と考えていた。

だが、打撃の中身は、3割を越えていた得点圏打率でわかるとおり、「チャンスに強い」、「RISPに強い」という大学時代の彼の特徴を発揮したものではあり、マイナーの指導者はそのことをきちんと認識していて、メジャーに送り出す日をひたすら待っていた。


しかしながら、メジャーに正三塁手がいて、天井がつかえているヒューストンは、この「スター選手の処遇」に困り、本来ならメジャー三塁手になっている可能性があった若者を、「外野手」にコンバートしてしまう。

だが、外野手ネビンは外野手でデビューゲームからエラーを犯してしまい、その後も問題になる「守備の下手さ」を露呈してしまうことになった。

そうした中、あるマイナーのゲームで心無いファンが、この「エリート出身のマイナー選手」をターゲットに限りなく酷いヤジ、親とか兄弟をネタにしたヤジを浴びせ続けたため、怒ったネビンは、フェンスを乗り越え、ファンに詰め寄ろうとした。
幸い同僚選手がネビンを引き止めたため暴力沙汰にこそならなかったが、騒動は新聞記事になってしまい、世間の知るところとなった。(ヤジったファンは逮捕された)

このヤジの件以外にも、当時のスポーツ・イラストレイテッドが「ネビンと周囲との軋轢」を記事にしていて、「マイナー選手のクセに、メジャーリーガーぶって、オークリーのサングラスをかけている」などと批判記事を載せている。
Diamond Daddy Phil Nevin`s Biggest Hit Didn`t Even Come At The Ballpark. It Was The Birth Of His Daughter. - tribunedigital-sunsentinel

Phil Nevinの似合ってないサングラスPhil Nevinの似合ってないサングラス(これはメジャー昇格後の写真)。たしかに、こんな似合わないサングラスをかけた選手がマイナーにいて、しかも成績が悪かったら、自分もヤジりたくなるかもしれない(苦笑)


こうしてネビンは、「ファンやメディアから非常に嫌われている野球選手のひとり」になってしまい、後年ネビン自身マイナー時代を振り返って、「どこにいっても酷いヤジに悩まされた」と述懐する酷い状況になった。
Just One Step Away : Phil Nevin Is Doing Well at Triple-A Tucson; His Move Up to Houston Seems Right on Schedule - latimes


その後、1995年シーズン前になってヒューストンは(後にステロイダーであることがわかる)三塁手ケン・カミニティをトレードした。

ところが、チームは三塁手復帰を熱望していたネビンをメジャーに上げなかったのである。怒ったネビンは、マイナー選手であるにもかかわらずメジャーのクアーズ・フィールドにやってきて、当時のヒューストン監督テリー・コリンズ(後に日本でオリックス、MLBメッツの監督などを歴任)の部屋で、監督を罵倒し、さらにそこらにあったものを蹴り倒すという「蛮行」を働いた。
Record-Journal - Google News Archive Search

当然ながらネビンはヒューストンで居場所がなくなり、同じ年にヒューストンでメジャー昇格を果たすものの、8月にトレードに出されてしまい、デトロイトで外野手、アナハイムでキャッチャーになり、1999年にはサンディエゴに流れ着いた。

彼の人生の流れが大きく変わったのは、サンディエゴで、当時の監督ブルース・ボウチーがネビンを三塁手に抜擢したことがきっかけだった。
2000年は開幕から「正三塁手」として出場し、なんと、打率.303、31HR、107RBIと、「3割・30本塁打・100打点」を達成。翌2001年も、打率.306、41HR、126RBIで、2年連続で3割・30本塁打・100打点を達成し、オールスターにも初出場した。


とはいえ、ネビンの現役時代の通算成績が「全米1位指名選手への期待」に沿うほどのものだったかというと、残念ながら、そうではない。「元エリート」フィル・ネビンは、今はアリゾナの3Aの監督から、ヤンキースのサードベースコーチになっている。
Phil Nevin Stats | Baseball-Reference.com


ネビンの波乱の人生を振り返ってみると、たくさんの「if」がある。

もし、三塁手に困っていなかったヒューストンが、ニューハウザーの進言に従ってデレク・ジーターを1位指名していたら、どうなっていたか。もし、プライドが高すぎて扱いづらいネビンを、若手育成に長けた、三塁手のいない他チームが指名していれば、どうなっていたか。
ハル・ニューハウザーがヒューストンを去る必要はなく、もっと長く野球界で活躍できたかもしれない。他方で、ヒューストンのマイナーがジーターを潰したかもしれない。ネビンが本物のスターに育っていたかもしれない。

人生、先のことは、わからない。

それを地でいくフィル・ネビンならば、道に迷った若い選手からアドバイスを求められたとき、「おまえな、野球ってものはだな、自分が楽しめなくなったら終わりなんだ」などと、ちょっと暗い笑顔でニヤリと言ってくれそうなのである。
(以下に、3A監督としての苦労についてフィル・ネビンに聞いたインタビューがある。上に書いた彼の経歴を知ってから読むと、なかなか面白い。 Phil Nevin | Jeff Pearlman
また、2018年ヤンキースには3人の「カリフォルニア大学フラートン出身コーチ」がいる。ブルペン・ピッチングコーチ Mike Harkey、アシスタント・ヒッティングコーチ P.J. Pilittere、そしてサードコーチ Phil Nevinである)

June 17, 2018

NPB西武対中日戦で、膝痛のために試合中に倒れた敷田直人球審の件で、中日の投手、木下雄介君を無意味に叩いてる人が一部にいたらしいが、そういう人はたぶん中継とか動画を見ないで根拠なくモノを言っているに違いない。

動画で確かめれば明らかなように、敷田審判の異変に「最初に気づいた」のは、ほからなぬ木下投手であり、彼が異変を示してくれたからこそ、キャッチャー中村奨太とバッター秋山翔吾が「普通なら振り返らない後方」を振り返り、中村奨太が立ち上がってタイムを明確にかけ、関係者による迅速な対応がとるという一連の流れが発生したのである。





この件で不思議なのは、「野球における投手という仕事は、マウンドを簡単には降りない、降りたがらない、降りられないようにできている」という当たり前のことを知らない人がいまだにいる、ということだった。


2011年に、MLB投手にとって「マウンドが投手の聖域であること」を示す記事を書いた。
2011年7月6日、「MLBでは不文律を絶対に破らない」という不文律は、「どこにも無い」。 | Damejima's HARDBALL
これは、2010年4月22日OAK-NYY戦で、1塁走者のアレックス・ステロイド・ロドリゲスが、次打者ロビンソン・フロセミド・カノーのファウルでサードからファーストまで戻るときに「マウンドを横切った」という事件だ。
完全試合もやったことがあるオークランドの投手ダラス・ブレイデンはAロッドを烈火のごとく怒鳴りつけ、ダグアウトに帰った後もあらゆるものを蹴りまくって、怒りを爆発させ続けた。


いわばマウンドは、大相撲における「土俵」なのだ。

この「マウンドを勝手に横切るな」というアンリトゥン・ルールが、MLBでどの程度絶対的になっているかは別にして、少なくともいえるのは、投手として長年やってきた人たちにとって、マウンドという場所は少なくとも「非常に大事な場所」、「仕事場」であり、さらに人によって「聖地」ですらある。



投手は一度マウンドに上がったら簡単には降りられないが、それはなにも投手のプライドばかりが理由ではない。

言うまでもないが、野球というスポーツはあらゆるプレーが「投手の投球」から開始されるようにできていて、投手が投球しなければゲームが動かない。
逆にいえば、投手のケガ、体調不良、爪の割れやマメ、靴ヒモのゆるみ、サインがキャッチャーとの間で合わない、ボールの交換、打者のタイム、鳥や虫の乱入、投手交代、照明の故障、降雨など、あらゆる「投手の投球開始を妨げる要因」が発生たび、野球というゲームは「一時停止」してしまい、観客はプレー再開を待たされる。

もし敷田球審の件で、木下投手が関係者の対応を待っている間、投球練習もせず、敷田球審の真横で呆然と立ち尽くして時間を過ごし、そのせいで「肩が冷えて」しまったとしたら、たとえ敷田球審がスムーズに病院に送り出され、ゲームが短時間で再開できたとしても、こんどは木下投手が投球を再開できない。そうなれば観客は、球審交代に続いて、投手交代の間もゲーム再開を待たされることになる。
そんなことでは投手として失格だ。
(実際のゲームでは、関係者の対処の間も中村捕手が木下投手とキャッチボールして肩が冷えるのを防ぎ、ゲーム再開後、木下投手はすぐ投球できた)



投手たちが、マウンドにいる、ということは、
半分は「権利」であるが、もう半分は「義務」でもあるのである。

どんな仕事でも「現場」というものがそうであるように、投手たちにとっては「マウンドが現場」なのだ。投手は何があろうと「簡単にマウンドから降りてきてはいけない」のである。
彼らにとってマウンドは「仕事が終わるまで降りようとしない、プライドのかかった場所」であり、また、「簡単には降りてはいけない、責任のある場所」である。そういう当たり前のことくらい頭に入れて野球を見てもらいたい。安易なヒューマニズムからモノを言ってほしくない。

April 25, 2018

"Maybe number of hits is enough for narrow person in view."  〜 Ken Burns

とりあえず、まずはBBWAA全米野球記者協会)宛にツイートしておいたのだが、最近のシアトル・タイムズのイチロー記事の「失礼さ」は、いくらなんでも目に余る。
自分は「根拠が何も示されない、あるいは、スポーツのデータやセオリーとなんの関連性もない、『個人の好き嫌い』のみに基づくヘイト記事によって、アスリートの尊厳を傷つける行為」を、「スポーツ・ジャーナリズム」だ、だから許される、などと、看過したりはしない。

今後も必要であると感じたら、しかるべき相手にツイートして意図を伝達するなり、ブログ記事を書くなりして、反撃する。



最初に確認しておくが、2018年3月に何度かツイートしているように、ブログ主は2018シーズンのイチローのシアトル復帰について「賛成していない」。

だが、だからといって、自分と根本的に立場の異なる「イチローのシアトル復帰を諸手を挙げて喜ぶファン」たちを、無根拠に批判したり、ディスったり、煽ったりは、一切してこなかった。また、かつてのシアトル・マリナーズの若手再建路線が大失敗に終わったことについても、(それは、ただ単に「めんどくさい」という理由からではあったが)特に強い批判を加えてはこなかった。


だが、このところの「イチローの去就」をめぐると「自称」している記事群と、それを書いている三流ライターたちの「無礼さ」「無神経さ」は目に余る。
それらはもはや「スポーツ記事」でも「ジャーナリズム」でもなく、単なる個人の「好き嫌い」でしかない。「嫌い」という日本語を英語に直訳した場合、「ヘイト」という言葉になるわけだが、こういう「無根拠さ」こそ「ヘイト」と呼ぶにふさわしい。


最初に、日本のメディア記事の「印象操作」について書く。

まず最初に確認しておいてもらいたいことは、このところ「イチローの退団」「イチローのDFA」うんぬんを扱った記事を日米で頻繁にみかけるわけだが、こうした「煽り記事」を必死に生産しているのが、「球団」ではなく、「シアトル・タイムズを筆頭にしたローカルメディアの一群のライターたちに過ぎない」、ということだ。
今後どういう展開になるかはわからないが、少なくとも2018年4月段階でいえば、「シアトル・マリナーズの球団サイド」が(水面下での動きはともかく)表だって「イチローはシアトルにはもはや必要ないから、早くいなくなってほしい」などと表明した「事実」は、どこにもない。

にもかかわらず、日本のスポーツメディアの一部は、彼らの情報源が「シアトルのローカルメディアが連発するヘイト記事」の「聞きかじり」でしかないことすら明示しないまま、あたかも「イチローがシアトル・マリナーズを退団させられるのが、球団の公式な規定路線になっている」かのような無礼な報道を、2018年4月に、複数回にわたって掲載している。

これは明らかに印象操作であり、無責任かつ無根拠な情報の垂れ流しである。



次に、シアトル・マリナーズ球団のイチロー獲得における「責任」について書く。

これは既にツイートしたことの繰り返しだが、ブログ主は、イチローをシアトルに呼び戻した人間には「責任」があると考えている。
なぜなら、ブログ主が2018年3月に行った「Twitterの投票機能を利用した調査」の結果でも明らかなように、「イチローのシアトル復帰を心から喜んだファンが、日本にも、アメリカにも、そして他の国にも、非常に数多く存在する」ことが明らかだからだ。


言うまでもないが、もし「シアトル以外」の他のMLB球団が、イチローを一時的にロスターに入れ、「怪我をしている外野手の復帰まで、ギャップを埋めてもらう」というケースなら、特にエモーショナルになる責任論は発生しない。

だが、ことマリナーズについては、話が違う。

イチローの復帰に対するファンの過剰なまでの反応に、球団が責任を負うことになるのは明らかだ。
「もしシアトルがイチローを呼び戻すようなことをすれば、ファンの間でどういう反応が起こるか」は、マリナーズ経営陣も、そして、無反省なローカルメディアも、あらかじめ理解しておくべきであり、そして、これが他のなにより重要なことだが、「一度契約したならば、それを単に理解するだけでは足りず、イチローとの再契約という行為がもたらすさまざまな結果をも『受け入れる覚悟』でコトに臨まなければならなくなる」、そういう「特別な行為」だったはずだ。

もし、そうした「世界のMLBファンに反応を起こさせることに対する『責任』を負う羽目になる覚悟」が「ない」のなら、シアトル・マリナーズはイチローを呼び戻すようなことをすべきではなかった。

だが実際には、FA市場に外野手などいくらでもいたにもかかわらず、あえて「イチローとの契約」に踏み切ったのだから、当然ながら、マリナーズ側に責任は「ある」のである。
イチローとの契約という「ファンの期待を煽る行為」にあえて踏み切ったシアトル・マリナーズには、イチローのシアトル復帰に賛成か反対かに関係なく、ファン感情を「明瞭な理由なく破壊する」ような無礼な行為は許されないし、あえて契約にふみきったレジェンドに対して、最低限のリスペクトにすら欠けた、ぞんざいな扱いはけして許されない。

そして、事実、2018年4月のイチローは、実際にシアトル・マリナーズの外野のギャップを埋め、スタジアムに客を呼び戻すようなプラスの働きをしたし、他方、ここがこの項目の最も重要な点のひとつだが、シアトル・マリナーズは、(少なくとも契約以降、4月段階まで)球団としてイチローに対する無礼な言動は「なかった」のである。
むしろ、シアトル復帰に賛成しなかったブログ主にすら、むしろマリナーズは今回「イチローをとても丁重に扱っていた」ようにみえている。

だからあらためて確認しておくが、イチローのDFAを必死に主張しているのは、球団ではなく、シアトルのローカルメディアである。このことをファンはよく確認しておくべきだ。


次に、復帰に賛成したファンの「安易さ」について。

今でもブログ主はイチローのシアトル復帰に賛成ではない。そのブログ主に言わせれば、イチローファンのマジョリティや、マリナーズファンとやらの大半がイチローのシアトル復帰を万歳三唱して喜んだ行為は「あまりにも安易だ」と考える。

なぜなら、シアトル復帰というドラマに酔いたいだけの彼らは、「イチローという、50歳現役を目指すアスリートにとって、何が最も良い選択なのか」をきちんと見据えていないからだ。
今回シアトルがイチローをロスターに加えた理由は、「レギュラー外野手が怪我で開幕に間に合わないから」というシンプルなものでしかない。「レギュラー外野手が戻ってくればイチローの立場が微妙なものになること」は、「最初からわかりきって」いたのである。
(もちろんブログ主は、だからといって、マリナーズ側がイチローという選手をぞんざいに扱っていいなどとは、まったく思わないし、また、シアトルの「怪我していたレギュラー外野手」が「イチローより優れている」なんてことは、まったく、1ミリも、思わない)

にもかかわらず、ブログ主のTwitterでの調査で明らかなように、大多数のイチローファン、マリナーズファンは、「イチローのシアトル復帰」を無条件に喜んだのである。ブログ主に言わせれば、それはあまりに「安易」すぎる。
イチローがシアトル退団に追い込まれた2011年から12年にかけ、球団から受けた酷い扱いや、シアトル・タイムズを筆頭にしたローカルメディアの悪質で無根拠なヘイト・キャンペーンを考えれば、シアトル復帰など考えられないとブログ主は思うわけだが、もし今回も、「世間の自称イチローファン」や「マリナーズファン」とやらが、自分たちのレジェンドがローカルメディアに酷い扱いを受けている事実を、「ふたたび」放置し、看過するなら、それはファンとして、あまりに無責任だ。


最後に、シアトルのローカル・メディアの「無礼さ」について書く。

怒りを通りこして、呆れかえる話だが、あるライターがイチローについて「チケットを売るためのサクラ」などと書いたらしいが、無礼にもほどがある。
イチローと契約することを決めたのは、他ならぬ、「シアトル・マリナーズ自身」である。だからローカルメディアがイチロー獲得に同意できない点があるなら、まず「球団を批判すべき」なのであって、ファンの目に触れる公式な場所でマスメディアが無根拠にイチローに対する無礼きわまりない発言をする権利は、どこにもない。
発言に責任がともなうのが、ジャーナリズムというものだ。もし、そういうヘイト発言をどうしてもやりたいなら、シアトルの三流ライターたちはマスメディアを退社し、個人ブログでも始めて、そこでやるべきだ。

アスリートはプレーするために存在するのであって、「チケットやジャージーを売るために存在している」わけではない。もし「レジェンドをチケット販売にだけ利用しようとする、ゲスすぎる球団」があるとしたら、「そういうゲスな球団にまとわりついて、メシを食ってる」のは、おまえら、ローカルメディアのほうだ


彼らがイチローのシアトル復帰にあたって今回のような無礼きわまりない態度をとるであろうことは、一部の熱心なイチローファンなら誰もが予想していた。
なぜなら、彼らは前回2012年のシアトル退団のときにも「まったく同じイチロー・ヘイト・キャンペーン」をやってのけたからだ。(ありもしない襲撃計画だのをでっち上げることまで彼らはしたのである。このことは球団が公式に否定している)

「海外の報道を受け売りしているだけの日本メディア」しか見ていない無知な「自称MLBファンたち」がそうした事実を知らないとしても、それは彼ら自身の責任であって、ブログ主の責任ではない。



前回のイチローのシアトル退団以降に、シアトル・マリナーズは、GMジャック・ズレンシックの首を切り、監督エリック・ウェッジの首を切り、シアトル・タイムズはかつてのマリナーズ記事責任者を配置転換し、一部ライターが退社した。
それらの一連の事実は、かつてシアトル・マリナーズがやった「方針転換」とやらが「巨大な失敗」だったこと、そして、その方針転換を支持し、無批判な態度に終始して失敗を助長したシアトル・タイムズをはじめ、シアトルのローカルメディアが大きな間違いを犯してきたことを意味する。

そうした数々の間違いをあえて刺激的な批判記事にもせず、看過してやったにもかかわらず、シアトル・タイムズがかつてのようなイチロー・ヘイト・キャンペーンを続けるなら、こちらも、球場のリニュアルなどを含めた球団の2012年以降の政策の大半が「いかにして巨大な失敗」に終わってきたかの批判も含め、それ相応の対応をとるつもりだ。


既にツイートしたことの繰り返しになるが、アスリートのプレイについての批判は、それがきちんとした根拠、データ、論理を示したものであるなら、それを攻撃しようなどとは思わない。
だが、シアトル・タイムズのやっていることは、2012年に彼らがやったことと同じで、何の根拠もデータもなければ、なんの倫理もなく、アスリートに対するリスペクトの欠片すらない。


自分はそういう「無秩序な、マナーに欠けた行為」を
許容したり、看過したりしない。


過去の参考記事:
2009年8月24日、ジャーナリスト気取りのクセに認識不足だらけのシアトル地元記者のイチローへのやっかみを笑う。 | Damejima's HARDBALL

2010年9月20日、シアトル・タイムズのスティーブ・ケリーが、"The Tenth Innning"のケン・バーンズと共同監督のリン・ノビックが行った「イチローインタビュー」について当人に取材して書いた記事の、なんとも哀れすぎる中身とタイトル。 | Damejima's HARDBALL

2012年6月11日、「見えない敵と戦う」のが当り前の、ネット社会。 | Damejima's HARDBALL

2013年9月30日、シアトル・タイムズのスティーブ・ケリー退社、ジェフ・ベイカー異動、そして、マリナーズ監督エリック・ウェッジ退任。 | Damejima's HARDBALL

April 12, 2018

2010年代」を最も特徴づけるファクターのひとつが、「三振の急増」であることは、これまでも何度も書いている。
参考記事:2017年2月4日、「三振の世紀」到来か。2010年代MLBの意味するもの。 | Damejima's HARDBALL

2018年4月11日、意図的に「ホームランの世紀」をつくりだそうとした2010年代MLB。実際に起きたのは、「三振とホームランの世紀にさからったチーム」によるワールドシリーズ制覇。 | Damejima's HARDBALL


2010年代に三振急増をもたらした要因のひとつは、明らかに「ストライクゾーンの拡張」だが、それをデータとして明示する記事が、The Hardball Timesにある。
The 2017 Strike Zone | The Hardball Times (an article written by Jon Roegele, The Hardball Times)

詳しいことは記事を読んでもらえばいいが、この記事、残念なことにデータがグラフ化されていないために、「要素それぞれの関係」が把握しづらい。

なので、記事中にある「ストライクゾーンの拡大」「三振率」「四球率」の変化を「無理矢理に、ひとつのグラフに表示してみた」ところ、以下のようになった。

2010年代のストライクゾーン、三振率、四球率


この「図」をみたら、誰もが「ストライクゾーンの拡大は、三振率と四球率の変動に非常に大きな影響を与えている」などと思いこむことだろう。

だが、実は上のグラフには「ゴマカシ」がある。
以下にその「ゴマカシ手法」を説明して、「安易に数字を見ることの怖さ」の一例としようと思う。


わかる人はとっくに気づいているだろうが、上の折れ線グラフは「縦軸のつくり」が根本的におかしい。というのは、上の3本のグラフは、それぞれの縦軸の「数値の刻み」がまるで異なるデータなのだ。
上の「ゴマカシのグラフ」では、縦軸の数値の刻みを無理矢理に揃えることによって、3つのデータ」を無理矢理にひとつにまとめて図示し、「3つの数値があたかも常に連動して変化し、非常に深い関係にある」かのように、「みせかけている」のである。


ここまで書いてもまだわからない人がいることだろう。
もっと目にみえる形で説明してみる。


以下に、縦軸を共通の数値の刻みにして表現した、「ゴマカシのないグラフ」を図示した。赤い線が「三振率」、緑の線が「四球率」である。
わかるひとにはすぐ意味がわかるはずだ。三振率と四球率は、どちらも縦軸は「パーセント」だが、「縦軸の刻み」がまったく違うため、本当は「変化のレンジ」がまったく異なっていたのである。

縦軸を共通にした三振率と四球率のグラフ


図からわかることを端的に表現すれば
三振率のほうが、四球率よりはるかに鋭敏に「ストライクゾーンの変化」に反応している
のである。

同じことを、こんどは「数字」で表現しなおしてみる。
三振率の変化は「平均19.81、標準偏差1.23」、四球率の変化は「平均8.16、標準偏差0.42」であり(標準偏差は不偏分散からみたもの)、三振率の「分散」のほうが、四球率の「分散」よりずっと大きい。
平易な言葉でいいかえると、三振率の変化の「バラつき」のほうが四球率よりはるかに大きいのである。
三振率が±4%の範囲で「大きく変化している」のに対して、四球率の変化は±1%と「分散の1倍の範囲内での小規模な変化」にとどまっている。このことは、「ストライクゾーンの変化に対する三振率の変化」が有意である可能性があるのに対して、「ストライクゾーンの変化に対する四球率の変化」はむしろ単なる誤差でしかない可能性が高いことを意味する。



このブログでは、これまでずっと、
四球という現象の出現度は、他のプレー要素によってほとんど左右されることはない。
むしろ四球の出現度は、チームの強弱に関係なく、あらゆるチームにおいてほとんど一定であり、四球という現象があたかもチームの優劣を左右するかのような発想には、実はまったく意味がない。
出塁率にしても、その増減を決定づけているファクターは、そのほぼすべてが『打率』であり、四球数ではない」
という考え方を貫いてきた。

2015年2月に書いたように、たとえ「100年くらいの長期」でみても、四球というファクターは、得点や出塁率はもちろん、「他のあらゆるゲームファクターの増減とはまったく無縁」の「独立したゲーム要素」である可能性が高いのである。

今回の「2010年代のストライクゾーンの変化」による三振や四球への影響をみても、「ストライクゾーンの変化によって、三振率も四球率も、同じ割合で、平行して変化する」などと考えることが馬鹿げた錯覚に過ぎないことがわかる。

記事例:
2011年2月24日、四球数をヒット数に換算する発想はベースボールにとって意味が無い、と考えるいくつかの理由。 | Damejima's HARDBALL

2012年4月8日、チームの「総得点」と「総四球数」の相関係数を調べた程度で、「四球は得点との相関が強い」とか断言する馬鹿げた笑い話。 | Damejima's HARDBALL

2012年11月11日、いまだに「チーム総四球数とチーム総得点の間には、何の関係もない」ことの意味が理解できず、「すでに自分が死んでいること」に気づかないない人がいる、らしい。 | Damejima's HARDBALL

2013年10月9日、2013ポストシーズンにおける「待球型チーム vs 積極スイングチーム」の勝負のゆくえ。 | Damejima's HARDBALL

2015年2月8日、「MLBの得点力低下をもたらした四球・長打の過大評価」原論にむけて(3)100年もの長期でみても「四球数」は、「得点」や「出塁率」はもちろん、他のゲームファクターの増減と無縁の存在である可能性は高い。 | Damejima's HARDBALL


だが、もしこのデータを、ごまかしのないグラフではなく、「数字だけ」で見せられ、「ほら、な。ストライクゾーンが変化すると、三振も四球もこんなに変化するんだぜ?」などと主張する記事なり、ネットの書き込みなりを見たとしたら、あなたは即座にその「作為」「デタラメ」「ウソ」を見抜くことができるだろうか? というのが、この記事の本当の主旨である。

ブログ主が思うに、大半の人は「信じ込んでしまう」のではないか。

そして「ストライクゾーンが変化すんだからよぉ、三振も四球も大きく変化するに決まってんだろ!」などと信じ込む安易な人間に限って、他人に議論をふっかけたがる。本当に始末が悪いのである。

April 11, 2018

ようやくアタマの中で「2010年代の姿」がクリアになった。
以下の話を、オカルトと思うか、なるほどと思うかは、あなたの知識と経験次第だ(笑)


2014年12月から2015年1月にかけて、
以下の2つの記事群を書いた。
2014年12月21日、「MLBの得点力低下をもたらした四球・長打の過大評価」原論に向けて (1)MLB25年史からわかる「2000年代以降、特に2010年代のホームランの得点効率の質的劣化」 | Damejima's HARDBALL

2015年1月22日、「MLBの得点力低下をもたらした四球・長打の過大評価」原論に向けて (2)原論の骨子と目標、打者の「均質化」、ビヘイビアの変化 | Damejima's HARDBALL
ホームラン数と得点総数の関係 4グループ推移(1990-2014)


2つの記事で確認したことは、
主に以下のようなことだ。
「MLBの得点スタイル」は、それぞれの時代における「ホームラン総数」に影響を受ける。(といっても、それは「ホームランの本数がゲームの性質すべてを決定する」という意味では、まったくない)

MLB全体の各シーズンごとのホームラン総数の「増減傾向」は、少しずつ連続的に変化するのではなく、ある特定シーズンに「突如として、大きく変化」し、変化した後はその「新しい傾向」が続く。

「2010年代のMLB」における「総得点とホームランの関係」は、ステロイド全盛の「1990年代中期」に似ている。

「2010年代のMLB」におけるホームランの価値は、暴落といっていいほどに著しく低下した一方で、ホームランバッターの価格は暴騰した。


読んでもらえばわかるが、2014年冬の段階では、自分の第六感が「何かをとらえた」ことはわかっていたものの、「いったい何をキャッチしたのか」はそれほどハッキリしていなかった。

原因は「事実の不足」である。
例えば、2014年冬の時点では、例えばロイヤルズの快進撃を予想はしていても、翌2015年のワールドシリーズを勝つという事実はまだ確定したわけではないし、まして「2010年代全体のワールドシリーズ」が異様ともいえる結果になることも、まだわかってない。

ただ、いまから読み返してみると、「2014年12月段階」の記事で「2014年のMLBで最もホームラン数の少ないチームは、2014年ワールドシリーズを戦ったロイヤルズである」と、「2010年代を決定づける重要な事実」を指摘している。このことの意味をもっと早く、深く、掘りさげていれば、もっと早く結論が出ていたかもしれない。
参考記事:2015年4月14日、昨年のワールドシリーズ進出がフロックでなかったことを証明し、ア・リーグ中地区首位を快走するカンザスシティ・ロイヤルズの「ヒット中心主義」。 | Damejima's HARDBALL



だが、2010年代終盤になり、ようやく2010年代全体を見渡せる位置に来てみると、「このディケイド特有の異常さ」が見えてきた。例えば、「2010年代の異常な三振数増加」が見えてくることによって、「2010年代という時代全体の異様さ」をひもとく大きなヒントになった。
参考記事:
2017年2月4日、「三振の世紀」到来か。2010年代MLBの意味するもの。 | Damejima's HARDBALL

2017年2月1日、41本ホームラン打ったクリス・カーターに再契約オファーがなかったことからわかる、「ホームランバッターは三振が多くて当たり前」という話の真っ赤な嘘。 | Damejima's HARDBALL
シーズン三振数年代別比較


他にも、「2010年代ワールドシリーズの奇妙な結果」が以下のように集積されたことで、2010年代MLBの「奇妙な姿」はますますハッキリしてきた。
2012年のワールドシリーズ制覇は、リーグ最高ホームラン数245本を記録したヤンキースではなく、30球団最低ホームラン数(103本)のジャイアンツだった。

2014年のア・リーグ優勝をもぎとったのは、30球団最低のホームラン数(95本)のロイヤルズだった。また、ワールドシリーズ制覇も、ホームラン総数わずか132本のジャイアンツだった。

2015年のワールドシリーズ制覇は、ホームラン数30球団中24位(139本)のロイヤルズだが、彼らの打率はMLB3位の.269だった。

2017年ワールドシリーズを勝ったのは、MLB最高のチーム打率、最少のチーム三振数、そしてMLB20位の少ない四球数のアストロズだった。

参考記事:
2017年11月14日、ヒューストン・レボリューション2017。 「四球偏重時代」の終焉。 | Damejima's HARDBALL


いまから思うと、2011年のファン投票でホセ・バティースタが「前年にくらべて異様な数の得票」で選出されたときに気づくべきだったのかもしれないが、まぁ、しかたない。
2011年のオールスターの「投票数」に関しては、今も「明らかに人為的に操作されたものだった」と思っている。
参考記事:
2011年7月3日、「ここまでするか」と感じる、2011年オールスター投票の作為。 | Damejima's HARDBALL

2011年7月8日、デレク・ジーターのオールスター欠場という事態を招いた「歪んだファン投票結果」に怒りを覚える。 | Damejima's HARDBALL

2011年7月10日、600万票以上得票したプレーヤーが何人もいるにもかかわらず、20%以上プレミア価格が下がっても、いまだに4000枚以上売れ残っている今回の「恥ずべき」オールスターのチケット。 | Damejima's HARDBALL

2011年7月18日、去年より低かった2011MLBオールスターの視聴率 (2)700万票以上集めた選手すら出現したオールスターの「視聴率が下がる」現象は、どう考えても納得などできない。 | Damejima's HARDBALL



まとめる。

2010年代とは

MLBの「意図」と、
実際に「成功した野球」が「大きく乖離」した
特殊な時代


だったのである。
「2010年代」という時代に、コミッショナーがバド・セリグからロブ・マンフレッドに変わったMLBが意図したのは、かつての「ホームラン依存ベースボール」の「再現」である。
そのモデルはおそらく「1990年代」であり、「イチロー以前の野球」と言い換えてもいい。

だが、「2010年代MLBで実際に成功をおさめた野球」は、「限られた数のチーム」が、「あえて」MLBの意図とは異なる方向に作り上げ、実行した「ホームランにまったく依存しない野球」だった。


今から思うと、やはり2001年イチローのMLB登場は長いMLBの歴史に巨大な楔(くさび)を打ちこんだ「歴史のターニング・ポイント」だった。
参考記事:
2010年9月9日、盗塁とホームランの「相反する歴史」。そしてイチローのメジャーデビューの歴史的意義。 | Damejima's HARDBALL

機構の意図、それは主にヤンキースなど「ホームラン依存野球の再現に積極的なチーム」の意図を政策に反映したものだっただろうが、今から思えば、2011年以降シアトル・マリナーズがイチローを冷遇し、2012年にチームから追い出したプロセスは、マリナーズが「意図」に対して従順な「しもべ」であり、「飼い犬」だったから起きた事件だった。

以下の記事で、2017年に「1300三振以上したチーム」が大量に増加したことを指摘したが、これは「たくさんのチームが、非常に遅れたタイミングで、『ホームランの世紀というトレンド』に追随し、なおかつ、失敗したこと」を意味している。
2017年ワールドシリーズを勝ったのは、そうした「1300三振以上した」どのチームでもなかった。
参考記事:
2017年11月14日、ヒューストン・レボリューション2017。 「四球偏重時代」の終焉。 | Damejima's HARDBALL


イチロー移籍後、ジョー・ジラルディの仕事は「2000年代野球」の象徴だったイチローを飼い殺しにして引退に追い込むことであり、マリナーズの仕事は、イチロー不在となったチームとスタジアムを「ヤンキース風」に改造することだったが、どれもこれも失敗に終わる。
その結果、ジャック・ズレンシック、エリック・ウェッジ、ジョー・ジラルディはチームを去り、マリナーズは(正直、いまでも理由がよくわからないが)再びイチローを呼び戻すことになった。
参考記事:
2013年9月9日、イチローのバッティングを常に「冷やし」続けてきたジョー・ジラルディの不合理な起用ぶりを、この際だから図に起こしてみた。 | Damejima's HARDBALL

2013年9月18日、ニューヨーク・ポストのケン・ダビドフが書いた「2012年冬のヤンキースの失敗」についての浅はかな記事を紹介しつつ、ジラルディの選手起用のまずさがチームバッティングを「冷やした」証拠となるデータを味わう。 | Damejima's HARDBALL

2015年1月29日、2014年版「イチローのバッティングを常に冷やし続けたジョー・ジラルディの不合理な起用ぶり」。 | Damejima's HARDBALL


「2010年代のMLBを1990年代風に回帰させる意図」が失敗に終わったことがハッキリした段階で、ボストン・レッドソックスは監督をアレックス・コーラにすげかえた。
このことの意味は、2017年に「ボストンが長年やり続けてきた『過度なまでの待球をバッターに強いる、出塁率重視戦術』がピリオドを迎えた」と書いたが、この観点には確信がある。ボストンは「変わり身が早い」からこそ、2018年も強いままなのである。
参考記事:
2017年11月14日、ヒューストン・レボリューション2017。 「四球偏重時代」の終焉。 | Damejima's HARDBALL


この記事で書いたことは、2011年あたりからここまで、7、8年もの歳月をかけてこのブログに書いてきたことに、常に一定のストーリーがあった、ということを、自分自身に「確認」するためのメモ書きでもある。信じる信じないは他人の勝手であり、自分が関知するところではない。


ただ、自分に言わせれば、「これだけたくさんの、事実、結果、失敗を目のあたりにしても、まだ『扇風機とフォアボールと三振の野球』が好きならば、どうぞ勝手におやりください」ということである(笑)

damejima at 21:22
三振の世紀 

April 09, 2018

ジャンカルロ・スタントン

MLBで「1試合に4回三振する」ことを、スラングで "Golden Sombrero" (ゴールデン・ソンブレロ)という。

"Golden Sombrero" のMLB歴代ランキング1位は、「26回」(プラチナも1回記録)のライアン・ハワードがダントツだが、シーズン三振記録でMLB第2位の222三振(2012年)をもつアダム・ダンが「19回」、名誉あるMLBレコード、シーズン223三振(2009年)をもつマーク・レイノルズが「16回」記録していることからわかるとおり、 "Golden Sombrero" は、「アダム・ダン的バッター」、つまり「ホームランばかり狙って強振して三振を繰り返す低打率のホームランバッター」の勲章でもある(笑)
参考記事:2014年10月20日、やがて悲しきアダム・ダン。ポスト・ステロイド時代のホームランバッター評価の鍵は、やはり「打率」。 | Damejima's HARDBALL

「MLB全体でのシーズンGolden Sombrero回数」が最高に達したのは、「2016年の172回」であり、今のMLBがありえないレベルの『三振の世紀』に突入していることがよくわかる。
参考記事:2017年2月4日、「三振の世紀」到来か。2010年代MLBの意味するもの。 | Damejima's HARDBALL

Golden Sombrero
MLB歴代ランキング BEST 5


ライアン・ハワード 26回(他にプラチナ1回)
レジー・ジャクソン 22回(他にプラチナ1回。通算2597三振は歴代第1位)
ジム・トーミ 20回(通算2548三振 歴代第2位)
アダム・ダン 19回(通産2379三振 歴代第3位)
ボー・ジャクソン 19回

Golden sombrero - Wikipedia


これがさらに、「1試合5三振」となると、「ゴールドより上」ということで、 "Platinum Sombrero" (プラチナ・ソンブレロ)というネーミングになる(笑)
オリンピックのマークが「五つのリング」でできていることにひっかけて "Olympic Rings" という言い方もあるらしい。

これまでこの名誉ある "Platinum Sombrero" を「キャリアで3回以上達成した野手」は、100年の長い歴史をもつMLBでも「たった2人」しかいなかった。サミー・ソーサと、1990年代のセントルイスでプレーしたRay Lankfordである。

だが今年、新たにひとりの「精鋭」が加わるかもしれない。
ジャンカルロ・スタントンである。


「複数回」のPlatinum Sombrero達成者
通算3回以上達成」は過去2人のみ

サミー・ソーサ 4回 通算回数のMLB記録
Ray Lankford 3回
1998年に1シーズン3回記録。「1シーズンの記録」としてMLB記録。Ray Lankford Stats | Baseball-Reference.com

2回
ジャンカルロ・スタントン、ジム・トーミ、マーク・テシェイラ、ロン・スヴォボダ、リッチー・セクソン、ジョージ・スコット、アレックス・リオス、ベニー・カウフ、アンドリュー・ジョーンズ、クリス・デイビス、ディック・アレン


「1シーズン2回のPlatinum Sombrero」は他にも達成者が10数人いるが、シーズン始まって「わずか1週間での達成」は他に例がない。スタントン、「期待」を裏切らない男である。


なお、これまでわずか8人しかいない「1試合6三振」を "Titanium Sombrero" (チタニウム・ソンブレロ)、「1試合7三振」を The Diamond Sombrero”(ダイヤモンド・ソンブレロ)、「1試合8三振」を "The Plutonium Sombrero" (プルトニウム・ソンブレロ)と表記しているサイトがあるが、それぞれが本当にそういう名称で呼ばれているかどうか定かでない(笑)
(ただし、メジャーの記録ではないものの、「1試合8三振」という記録自体は実在していて、ロイヤルズ傘下のsingle A, Lexington LegendsのKhalil Leeが2017年に記録している)

データサイトの老舗Baseball ReferenceにもGolden Sombreroという言葉の説明ページが存在していて、1試合6三振のTitanium Sombreroという単語が記載されているところを見ると、「チタニウム・ソンブレロ」まではオーソライズされているのかもしれない。



ジャンカルロ・スタントンがこの2018シーズンに、あと1回「1試合5三振」を記録すると、Ray Lankfordと並んで「1シーズン3回のPlatinum Sombrero」で、MLBタイ記録となる。
また「今シーズン中に、あと2回」記録すると、MLB史上初の「1シーズン4回のPlatinum Sombrero」となり、また「キャリア通算4回」はサミー・ソーサと並んでMLBタイ記録となる。
さらには、「引退までに、あと3回」記録すると、「キャリア通算5回」となって、これはサミー・ソーサすら抜き去り、堂々MLB新記録となる(笑)


今シーズン、ジャンカルロ・スタントンのバットから目が離せない(笑)

April 07, 2018

糖質制限」という言葉、近年本当によく聞く言葉のひとつだ。

要するに、肥満とか現代病の主な原因は「糖質」にあるので、可能な範囲で止めよう、ということらしい。
この話の真偽を論じること自体は、このブログの主旨ではないので置いておく。ブログ主が「共感できない。アホか」と感じるのは、この手の話によく出てくる「人間とチンパンジーの遺伝子は99%同じ。だからチンパンジーの健康な食生活を真似ましょう」とかいう「奇怪なロジック」と、そこから導きだされる健康法だ。(以下、「人間とチンパンジーの遺伝子は99%同じ」という説を、「99%共通説」と略す)



まず最初に、以下の例文を読んでもらおう。
人間とチンパンジーのDNAは99%一致するというのは本当なのか? - GIGAZINE
記事によると、「99%共通説」は、人間のゲノム25%とチンパンジーのゲノム18%の間に存在する「DNAの大きな違い」を故意に無視し、残りのDNA、つまり「似ていると最初からわかっているDNA」だけ比較して出された「まやかしの数字」であるといい、(この話が本当なら)「99%共通説」そのものが眉唾なデタラメということらしい。


次に、以下のサイトを読んでもらおう。
遺伝子の99%が同じでも、人間とチンパンジーの消化器官の構造は違う
長い話を簡単にまとめると、「消化器官の構造が、人間とチンパンジーとで大きく異なる」ということだ。
もう少し詳しく書くと、草食中心で生きていく動物には、食物を長い時間腸内にとどめておくための「長くて大きい腸」、または「体内で発酵を行う器官」が必要になる。
チンパンジーは消化器官の「50%程度」が大腸で、草食に適している。だが人間の大腸は消化器官の「20%程度」にすぎず、構造として「草食動物とライオンのような肉食動物の中間」あたりにあたる。つまり人間の消化器官は、チンパンジーよりはるかに「肉食寄り」にできているのである。


次に、「脳の進化と食物の関係性」に触れてみる。
脳の栄養 〜ブドウ糖(砂糖)とトリプトファンを中心として〜|農畜産業振興機構
簡単にまとめると、脳の発達度合いは、人間とチンパンジーとで大きく異なっていて、チンパンジーの脳は約400グラムで、摂取カロリーの10%しか消費しないが、人間の脳は約1250グラムで、チンパンジーの3倍の重さであり、摂取カロリーの約25%、酸素とブドウ糖の摂取量の約24%を消費している。
脳はブドウ糖など多くのエネルギーを必要とする臓器であるが、ことに脳が巨大に進化したホモ・サピエンスの場合には、「大食漢な臓器」である脳を健全な状態に維持するためには、それ相応の量の、カロリー、酸素、ブドウ糖が必要不可欠なのである。


3つの話を勝手にまとめてみる。
草食動物は、食物である草の分解に長時間をかけるため、消化器官が独特の構造をしている。ホモ・サピエンスの消化器官の場合は、「草食動物よりずっと短時間で食物を分解する構造」になっており、「草食・肉食の併用に向いた形態」といえる。
また、人類の脳はチンパンジーよりはるかに巨大であり、常に「一定量のカロリーとブドウ糖」を必要としている。
トータルにいえば、人類とチンパンジーとは、異なる進化経験してきたために、身体の構造や生活習慣に異なった部分が数多くある。人間とチンパンジーは「食生活も異なるのが自然だ」といえる。


人類は進化の過程で、消化器官の変化や脳の巨大化など、身体の変化を経験してきたが、それにともなって「草食から狩猟への移行」によって「食生活を変化させること」を選択したようだ。
ホモ・サピエンス独特の身体のしくみである「脳」が、食生活によって摂取するエネルギーやブドウ糖のかなりのパーセンテージを消費する「大食漢」であることを考えると、この「草食から狩猟への移行」には合理性がある。
つまり、人間の暮らしにおいて「脳の発達による巨大化と、食生活が草食から遠ざかる方向に進んだことは、平行して起きた」のである。



さらに話をすすめる。

ジャレ・ド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』でも触れられているが、人類は、数十万前とか数百万年前に「草食から狩猟への移行」を経験したあと、1万数千年だか前に、こんどはさらに「農耕生活への移行」を経験した。

脳と穀物栽培のどちらが卵でどちらがニワトリかといえば、人間の脳の発達は1万年前どころではなく、何十万年、何百万年とかいう話だから、「穀物を食べるようになったから、脳が発達した」のではない。
むしろ、「巨大な脳が要求する多大なエネルギー需要を満たすためもあって、人類は必死に狩りに明け暮れる暮らしをおくっていたが、あるとき、農耕という『安楽なエネルギー獲得方法』を発見し、そちらに移行した」と考えるほうが、理にかなっている。

皮肉なことに、この「狩猟から農耕への移行」によって、人類の脳は「人間の進化史上、初めて縮小を経験した」ようだ。というのも、「2万数千年前まで存在したネアンデルタール人の脳容量は、現代人より10%程度大きい」ようなのだ。
と、いうことは、農耕への移行で穀物を豊富に食べられるようになって、人間は、縮小ではないにしても、少なくとも「脳をもっともっと巨大化させるという進化を選択しなくなった」ということになる。(今ではスマホやコンピューターの出現で、もっと「縮小」するかもしれない 笑)


おおまかにまとめると、以下のようになる。
・人間の食生活は、草食寄りのチンパンジーと違って、「草食と肉食の中間形態」にあって、草食だけで生きていけるようにはできていない
・巨大化していく脳をかかえながら、人類は必死に「狩猟による肉食」などを発達させ生き延びてきた
・1万数千年前あたりに「農耕」という新しいエネルギー獲得法を発見した(そのことはジャレ・ド・ダイアモンドによれば世界の地域格差が生じた原因である)
・農耕の開始によって、人間の脳の巨大化はむしろ止まった
・農耕という新しいエネルギー源の発見は、他方で人間にガンなどの成人病、肥満や虫歯など、あらゆる現代病をもたらした
・だが、だからといって現在でも人類のカラダは「草食オンリーでも生きていける」ようには、まったくできていない


農耕の開始以降の糖質の摂りすぎが人類の食生活がかかえる大問題なのは確かだとしても、だからといって人間のカラダの仕組みがたった1万年やそこらで変わるわけではない。
消化器官が草食動物と異なる人類は、草だけ食べる生活はできない。脳がデカすぎる人類は、ブドウ糖の大好きな脳に十分な栄養が来なくなって、メンタルがやられることもあるから、糖質の摂取を全面的にやめるわけにもいかない。肉食を敵視する考えの人もいるらしいが、人類のカラダが肉食向きというのも事実で、それをすぐに変えることはできない。


こうして人類の食生活の変化の歴史をざっと並べてみると、ヴィーガンとかヴェジタリアンとかいう話をする以前の問題として、現代の人間の食生活に異論をとなえるだけでなく、極端すぎる健康感を他人におしつけたがる人たちのメンタルには、どこか「強烈な自己嫌悪」、とりわけ「自分の身体に対する嫌悪感」が充満していて、それが自分の容姿や食生活への強い否定につながっているように思えてならないのだが、どうだろう。

はっきり言わせてもらって、ブログ主は個人の自己嫌悪が人間の文化を発展させ、進化させるとは、まったく思わない。食生活を改善する以前に、自分のメンタルを健康にしたほうがいいと思う。


人間はうまいものをうまく食う。
そのためにこそ、必死に脳を使う。
本来そういう動物なのだ。

April 06, 2018

1959年から1965年にかけての南海ホークスは、三冠王野村克也を中心にした重量打線が売りで、1959年と1964年の2度、日本シリーズを制している。その重量打線のネーミングが「400フィート打線」で、この「400フィート(=約122メートル)」という数字はいうまでもなく「打球がホームランになるのに十分な飛距離」を意味している。


先日、大谷翔平がサイ・ヤング賞投手コーリー・クルーバーからセンターに打ったメジャー2号がやはり「400フィート」というので話題になったが、MLBのボールパークの大半でセンターの最深部は400フィートちょっとだから、大谷はとりあえず南海の400フィート打線でもやっていけるはずだ(笑)



2007年のオールスターでイチローが打ったランニングホームランの飛距離も、飛距離はだいたい「400フィート」だった。




2007年オールスターの会場はサンフランシスコのAT&Tパークだ。

このスタジアムの右中間の「最深部」は、421フィート(=約128.3メートル)もある。(以下の写真で、Aと書かれた円形の中に「421」という数字が書いてある部分)
センターの最深部は「399フィート」(=121.6メートル)だから、AT&Tは「センター最深部より、右中間奥のほうがはるかに広い、特殊なスタジアム」なのだ。

イチローの打球が直撃したフェンスは下記の写真のB、つまり「オレンジ色の広告」の部分だが、写真のCの部分、つまり右中間の中間部は「365フィート」(=111.2メートル)だから、この打球の飛距離はだいたい「400フィート」ということになる。

2007年オールスターのイチロー ランニングHR

2007年オールスター イチローのランニングHRAT&T Park

ソース:
Clem's Baseball ~ AT&T Park


右中間、左中間がまっすぐ平らになっていて、右中間がたった370フィート(約112メートル)しかないアナハイムと比べると、AT&Tの右中間の「異常さ」(笑)がよくわかる。

アナハイムAngel Stadium of Anaheim

ソース:
Clem's Baseball ~ Angel Stadium of Anaheim



いまだにイチローのランニングホームランを「偶然の産物」だと思っている人がいるかもしれないが、それは間違いだ。

たいていのボールパークはどこも右中間、左中間が潰れたカタチをしていてホームランが出やすくなっているから、「右中間が400フィート以上もあるボールパーク」なんてものは、普通はありえない。
だからイチローの打った「400フィートという飛距離」は、「普通のボールパークの右中間」なら、スタンド最前列に飛び込むどころか、フェンスから10メートルほど奥に届いている。

つまり、イチローのランニングホームランは、「本来はホームランになるべき、十分すぎる飛距離の打球」だったのだが、打った場所がたまたま「AT&T」だったためにスタンドに届かなかった、ただそれだけのことなのである。
当時の外野手ケン・グリフィーJRが、頭上を越えていく打球に心の備えがないまま前進守備していて、あわてふためいて送球が遅れたのも、AT&Tならばこそだ。



ちなみに、センターが広大なので有名なのは、デトロイトのコメリカパークだ。センター最奥は、AT&Tの右中間の奥と同じ、「420フィート」もある。
大谷がアナハイムでセンターに打った400フィートのホームランも、コメリカパークでなら、よくて三塁打、普通は二塁打で、ホームランにはならない。もし大谷の打撃データをもとにシフトが敷かれていた場合なら、ホームランどころか、下手すると外野フライだった可能性だって、ないわけではないのである。

April 05, 2018



2018年4月4日は、AT&TでのSFG戦だが、第一打席で球審のおかしな判定のせいでイチローが見逃し三振「させられた」のが非常にアタマにきた。
データ集めと画像編集がめんどくさいせいせいで(笑)、最近アンパイアとかストライクゾーンについて記事を書かなくなっていたことも反省としてあるし、「この数年のアンパイアの新しい傾向」にも触れながら怒りの記事を書いてみた。


このブログでは「MLB独特のストライクゾーン」について何度も書いてきた。その主なものを箇条書きにしてみると、こうなる。
・右バッターと左バッターでは、ゾーンがかなり異なる
左バッターのゾーンは、「アウトコース側」に大きくズレている。

参考記事:
2010年10月29日、MLBのストライクゾーンの揺らぎ (2)2007年の調査における「ルールブックのストライクゾーン」と、「現実の判定から逆測定したストライクゾーン」の大きな落差。 | Damejima's HARDBALL

2007年時点のゾーン
2007年時点の右打者左打者のゾーンの違い


しかし、これからMLBを見ようとする人はぜひ知っておくべきことでもあるが、「2010年代以降のストライクゾーン」は、かつての「アンパイアの個人差が許容されていたゾーン」とはまったく違うものになりつつある。
The 2017 Strike Zone | The Hardball Times via Jon Roegele, Hardball Times

2007年と2017年のストライクゾーンの違い左バッターに関する2007年と2017年のゾーンの違い


上の図で一目瞭然だが、かつてあれだけ広かった「左バッターのアウトコースのゾーン」がほぼ無くなっているかわり、今では「低めを非常に広くとるようになった」のである。(もちろん、このことは、低めの球をすくい上げるようにしてフライを打つ近年のMLBバッターの傾向とも、深く関係している)

そのベクトルを簡単にいえば、
2010年代以降のMLBのストライクゾーンは
意図的に「ルールブック通り」に変えられてきている
ということになる。



「MLBのストライクゾーンがルールブック通りのものになっていく傾向」の一方で、「アンパイアの判定の正確さ」も急激に変化しはじめている。
詳しくは別の機会に書くが、簡単にいえば、2010年代に入ってアンパイアのストライク判定は「どんどん正確になってきている」のである。

これには、MLBが「判定精度は多少悪いが個性の強いヴェテランアンパイアを引退させ、ルールブック通りに判定したがるせいで個性はないが判定精度の高い新人に入れ替えはじめた」ことも関係している。(これは別の言い方をすれば、2010年代に入ってストライクゾーンがリニュアルされるのと同時に、アンパイアの顔ぶれも、どんどん個人差のない、単調で機械的なものに「リニュアル」されつつある、という意味でもある)

参考記事:Umpires Are Less Blind Than They Used To Be | FiveThirtyEight
2010年代のアンパイアの判定の正確さの変化

こうした最近のMLBのストライクゾーンの傾向とアンパイアの変化をまずアタマに入れ、その上で、2018年4月4日のSEA対SFG戦でのLance Barksdaleのイチローの見逃し三振判定をみれば、その意味はわかると思う。


たしかにLance Barksdaleは、2010年代に求められはじめた「判定精度の高いアンパイア」のひとりで、年々精度の上がっているひとりではあるが、その一方、以下のサイトの2013年の判定例からわかるように、かつては「左打者のインハイをストライク判定したがる、奇妙なアンパイア」だった。

2013年のLance Barksdaleの判定傾向
2013_06_12_Lance_Barksdale.mia_mil.norm | Strike Zone Maps

もしMLBに「左バッターのインハイをストライク判定したがるアンパイア」がたくさんいるのなら、「MLBの判定傾向は左打者のインハイをストライク判定するのが普通なのだから、しかたがない」といえなくもないが、実際には、そんなアンパイアなどMLBにはほとんどいない。


で、あるならば、だ。

これだけMLBのストライクゾーンが「ルールブックどおり」になりつつあり、アンパイアの精度が飛躍的に上がってきていて、個人差も減って(というか、「減らされ」)きている2018年現在、MLBアンパイアの中でも指折りの判定の正確さのはずのLance Barksdaleのが、イチローに対する判定だけがこれほど酷いままでも許される理由は、どこにもない。
Lance Barksdaleが「かつての自分の判定の好みを、イチローにだけ押しつける」なんてことは、判定が画一化されつつある2018年となっては、もはやなんの意味もないのである。


あえて汚い言葉を使わせてもらうなら、
「特定の選手を差別して判定してんじゃねぇよ、クソ野郎。」
って、話になるのである。

April 02, 2018



メジャー初登板の大谷が3ランを打たれたとき、マイク・ソーシアは『ここから抑えれば何も問題ないから』と声をかけ、まだMLBに慣れていない若者を落ち着かせた。

初登板をなんとかホームランの3失点だけで乗りきった大谷が、試合後「野球を始めて、はじめてマウンドに行くときのような気持ち」で楽しかったとコメントしたと聞いて、マイク・ソーシアの「度量」の大きさを感じた。


ソーシアが、『ここから抑えれば何も問題ないから』とあっさり言える理由はハッキリしている。

「ショウヘイ。ウチのチームは、だな。あのマイク・トラウトも、アルバート・プーホールズもいるチームなんだぜ。心配しなくてもヤツラがそのうち逆転してくれるさ。だからオマエは自分の仕事さえしてくれれば、それでいいんだ。』

もっと短く言うなら、
「オマエはひとりで野球やってるわけじゃない。心配すんな。」
ということだ。



「ひとりじゃない」という意味の言葉が「ある特別なタイミング」で耳に入れば、ヒトの傷んだココロを一瞬で救える魔法の言葉になることは、わかる人にはわかると思う。


うがち過ぎの推測かもしれないが、日本にいるときの大谷は、エースでクリーンアップとでもいうような「1人2役」的な立場にあったわけだから、いってみれば、「ひとりで野球やっているような感じ」がぬぐえなかったのではないかと、この話を聞いて思った。

大谷という選手は、他人から「2刀流という自分独自のスタイルばかり追い求めている」とみなされることが、たぶん多い。
けれど、だからといって、彼は「ひとりで野球やりたい」と思って野球をやっているわけでもなければ、「ひとりでできるのが野球というスポーツだと、心の中で思っている」わけでも、おそらくない。

もしかすると、大谷は2刀流がやりたくてアメリカに渡ったばかりではなく、「ひとり野球がつまらなくて」アメリカに渡ったのかもしれないのである。

ならば、マイク・ソーシアに「肩のチカラを抜いて」もらって、長年たまっていた「ひとりで野球やっている感」から「解放」してもらえば、そりゃ野球が楽しいに決まっている。そして、「選手に楽しく野球をやらせることができる監督」は、「指導者として一流」に決まっている。



ちなみに、このオフの話題の中心だった大谷とジャンカルロ・スタントン、どちらがシーズンが進むにつれて成績を残すか、といえば、たぶん大谷のほうだろうと思う。

投手としての大谷は、これからMLBの環境や打者データへの順応がますます進んでいく立場にある。つまり、「のびしろがある」わけだ。
対してスタントンは逆に、2017シーズン前半しか活躍できず後半に大きく失速したアーロン・ジャッジと同じで、これからスカウティング好きなア・リーグ東地区各チームの研究対象になって、「のびしろがどんどんなくなっていく立場」にある。

だから、スタントンが、投手がまだスタントンの十分なデータを得られない春から夏にかけて、あの狭いヤンキースタジアムのホームゲームでいくらホームランを量産したとしても、それは単に「想定内」の出来事にすぎない。
他方、投手・大谷が春先に打たれる場面が多くみられたとしても、それもまた想定内の出来事にすぎない。いくらオークランドの新人君たちが「オオタニからホームランを量産できる自信があるぜ」と(笑)オオグチたたいてみせても、春先に1本や2本ホームランを打てるかもしれないが、長期的にはほとんど何の意味もないのである。


たかがスプリングトレーニングや、春先の投手有利なゲームの中で、新聞を売りたいだけのせっかちなメディアがどんなことを書こうと、短気なファンが「大谷はマイナースタートが似合い」とツイートしまくろうと、そういう「余計なお世話」など、何の意味もない。そんなことくらい、長年監督をやってきたソーシア自身が誰よりもわかっているのである。

March 26, 2018




ムネノリ・カワサキの存在は明らかに「ベースボールについての意識」を変えた。保証する。間違いない。

というのは、野球というチームスポーツに必要な要素というのが、技術やパワーや指標やペイロールやホットドックだけではないということを、彼が「身をもって」教えてくれたからだ。


技術やパワーや指標やペイロールやホットドック以外に、野球に必要なのは、「ムネノリ・カワサキ・ファクター」だ。

「ムネノリ・カワサキ・ファクター」がどんなものか。
わかる人にはわかる。説明なんて無粋なことなどしない。わからない人は、わからないまま人生を終えてもらってかまわない。



自分の想像では、「ムネノリ・カワサキという仕事」はかなりの重労働だ。川崎宗則のメンタルは「ムネノリ・カワサキという仕事の重さ」によってひどく損傷した部分があるのではないかと心配している。

ハワイ移民150周年
No Ichiro, No watch.

Play Clean
日付表記はすべて
アメリカ現地時間です




Twitterボタン

アドレス短縮 http://bit.ly/
2020TOKYO
think different
 
  • 2014年10月31日、PARADE !
  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。
Categories
ブログ内検索 by Google
Google

livedoorブログ内検索
Thank you for visiting
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

free counters

by Month