November 26, 2016

65歳以上人口と75歳人口の比較

上のグラフは「65歳〜74歳人口」と「75歳以上人口」を比較したものだ。この2つの数字はたいていの場合、積み上げグラフとして「上下に並べて」表示されているために、関係がもうひとつよくわからないので、作り直してみたのである。
(元資料:2050年には1億人割れ…日本の人口推移をグラフ化してみる(高齢社会白書:2016年 - ガベージニュース

こうしてデータを作り直してみて初めてわかることは、
来年以降、2017年から2025年頃にかけて、
日本の高齢者の中身は 「質的」 に大きく変わる
ということだ。

もう少し具体的に書くと、こうなる。
2017年から2018年頃にかけて
「75歳以上人口」が初めて「65歳〜74歳人口」を追い越す。

2025年以降になると、高齢者のコアは、減少傾向に転じる「65歳〜74歳人口」ではなく、なおも横ばい状態が続く「75歳以上人口」に移る。
ということだ。


「なんだ、そんなことか。後期高齢者って言葉、知らないの? わかってるよ、それくらい。」と、思うかもしれない。
(ちなみに、「後期高齢者」という単語に、「この言葉は礼儀を欠いている」と怒ってる人がいるようだが、この単語はもともと人口学や老年学の学術用語らしい。お間違えなきよう)

だが、ブログ主は
「いやアンタ、わかってるつもりになってるだけで、事態の深刻さが全然身にしみてわかってない」と、言わせてもらう。


簡単にいえば、
社会の高齢化自体にも、ヒトと同じように、「前期」と「後期」があるのだ。

いつのまにか「高齢ドライバーがブレーキとアクセルを踏み間違えて、人を轢き殺した」だの、「高齢ドライバーが高速道路を10数キロも逆走した」だのというニュースが毎日のように流れるようになったことは、けして偶然などではないのである。

言いかえると、いまや日本は「想定外の行動をする人間に出くわす危険性を、常に予想していなければならなくなった時代」であり、「ブレーキとアクセルを踏み間違えて、他人を轢いてしまう高齢者が、毎日どこにでも出現する時代」こそ、本当の意味での「衰え」が社会問題となる「後期の高齢化社会」なのだ。
このやっかいな「後期の高齢化社会」に比べれば、「日本が1980年代から2000年代までに経験した高齢化社会」、つまり、「65歳から74歳の人が多かった、前期の高齢化社会」など、まだまだ牧歌的だっただろうと思う。

「本当の意味での『肉体的精神的な衰え』が、社会のあらゆる面に問題として突出する時代」が、この「75歳以上だらけになっていく、後期の高齢化社会」の「意味」なのだ。

この「意味」を、ほとんどの人が甘くみていた。


さて、以降は「おまけ」だ。

高齢化社会の「内部」で起きてきた「質的変化」について、他にもいくつか例を挙げてみる。我々は高齢化社会の「内部」で起きていることについては案外知らないのだ。

以下の図で、赤い点は「高齢単身世帯」と「高齢者夫婦のみで暮らす世帯」を表わす。左が1995年(平成7年)、右が2005年(平成17年)だ。最初に挙げたグラフでいうと、「1995年から2005年までの10年間」は「まだ65歳から74歳までの人口が、75歳以上人口より多かった、『前期の高齢化社会』」にあたる。
図から、高齢世帯の「中身」は、西日本と東日本とで、まったく違うことがわかる。正直、「10年で西日本だけが真っ赤に染まった理由」は、まるで見当がつかないが、すくなくとも「西日本では、東日本、特に関東でまったく想像のつかない『別種の高齢化』が進行した」ことは明らかだ。
平成7年と平成17年の国勢調査における「高齢化」比較


続いて、以下は「持ち家をもっている世帯における、世帯形態と住宅の延べ床面積の関係」をグラフにしたものだ。
この図によれば、「持ち家を所有する65歳以上の高齢単身および高齢夫婦世帯」の「半数以上」が100平方メートル以上の広さの家に住んでいる一方で、「持ち家に4人以上で住んでいる家族」の「約3分の1」が100平方メートル未満の家に住んでいることになる。
このグラフだけを根拠に「高齢者ほど、広い家に住んでいる」と断言することなどもちろんできないが、高齢者と若者で資産格差があることは歴然としていることや、日本の「住環境」と「世帯の平均年齢」がミスマッチを起こしていることは、まぎれもない事実だ。
また2つの図から「子供が家を出て都会に住み着いた結果、両親だけが田舎に残っている」「その傾向は西日本ほど強い」などと想像することくらいはできなくもない。

広大な家に住む高齢者と狭い家に住む家族


高齢者の中身の「質的変化」は、いやおうなく社会に変化を要求する。
では、その「変化を起こすべき、担当者」は誰か。どうみても高齢者自身ではない。思いやりはもちろん永遠に必要だ。だが、だからといって、安易なヒューマニズムに流されていいわけではない。

ここに挙げた程度の頼りない大雑把なデータからでさえ、例えば「日本で『空き家』が、従来の数をはるかに越えた、空前絶後の数で出現しはじめるかもしれない」というようなことは、誰でも想像できる。
以前も書いたことだが、たとえ空き家が増えても、そのうちアパートに建てかわって、地方の税収も増えるから万々歳、なんて夢物語は絵に描いた餅に過ぎない。

参考記事:2014年8月4日、誰もが読めていない「空き家の増加」というニュースの本質〜日本における「文字読み文化」の衰退 | Damejima's HARDBALL

日本の「空き家率」の推移

何を想定し、何を暮らしやビジネスに役立てるかは、それぞれの人の自由だが、少なくとも、「高齢化社会」なんていう雑な考えと安易なヒューマニズムでモノを言っていられる、のんびりした時代は終わるということは、われわれ全員がアタマに入れなければならない。

November 24, 2016

ドナルド・トランプ次期アメリカ大統領がドイツ系移民の子孫で、ペンシルヴェニア大学Wharton School(ウォートン校)出身であることの「意味」をちょっと考えてみた。

州で最も多い人種

州別選挙人数(2016大統領選挙)州別選挙人獲得数(2016アメリカ大統領選挙)


最初に結論というかポイントを指摘しておくと、こういうことだ。
かつて「新参の移民」だったアメリカのユダヤ系移民が20世紀以降に起業したビジネスは、例えばマス・メディア、プロスポーツ、映画、金融などで、それらは現代でこそ影響力が強くなったが、できたばかりの時代には「産業界における傍流ビジネス」にすぎなかった。

ひるがえってドナルド・トランプはどうかというと、彼は実は「古参の移民」が作り上げてきた「アメリカ産業界の本流の流れ」をくむ人物だ。
彼は資産家であるがゆえに、「東部のマスメディアの支持も、ウォール街からの献金もアテにしない選挙を戦いぬくこと」が可能だった。

トランプ氏の出身母体でもあるドイツ系アメリカ人は、アメリカの北半分の地域において常に「最大の人種派閥」である。だが、その「数の優位性」はこれまでアメリカ政治にそれほど強く反映されてはこなかった。
参考記事:2012年7月16日、『父親とベースボール』 (4)アメリカにおけるドイツ系移民の増大。18世紀ドイツの美術史家ヨハン・ヴィンケルマンが欧米文化のルーツとして捏造した「白いギリシア」。 | Damejima's HARDBALL

トランプ氏が「アピールしようとした相手」は、「世論操作ばかりしたがる東海岸のマスメディア」でも、「献金で政治を動かすウォール街」でも、「選挙権のない西海岸のヒスパニックの不法移民」でもなく、アメリカ中部の中産階級、ドイツ系住民を代表例に、アメリカ産業界の本流ビジネスの流れにある「ごく普通のアメリカ人」であったとすれば、少なくとも「大統領選挙において数的優位を作ること」は、アイデアとしては最初から可能だった。


さて、トランプ氏の出身校、Wharton School だが、これは1881年にフィラデルフィアのQuaker (「クエーカー」=17世紀イギリスで発生したキリスト教の宗派のひとつ)の実業家Joseph Wharton(ジョセフ・ウォートン)の寄付によって設立された全米最初のビジネススクールだ。
Joseph WhartonJoseph Wharton
(1826-1909)

「クエーカー」といえば、フィラデルフィア・フィリーズが1883年に球団発足した当時の名称が Philadelphia Quakers (フィラデルフィア・クエーカーズ)だった。
この例からもわかるように、ペンシルヴェニア州にはもともとドイツ系移民やクエーカーが多い。これには次のような歴史的背景がある。

ペンシルヴェニアは、1681年にイギリス人ウィリアム・ペンが、ペンの父親に多額の借金をしていたイギリス国王チャールズ2世から「借金のカタ」として拝領した土地だ。
このウィリアム・ペンはクエーカーで、ヨーロッパで宗教的迫害を受けた経験があったため、自分の領地ペンシルヴェニアでは「信教の自由」を認めた。また、そのことを宣伝材料にヨーロッパからの移民をペンシルヴェニアに集めた。その結果、ヨーロッパのクエーカー(あるいはドイツのプロテスタントのルター派)がペンシルヴェニアに押し寄せる結果となった。


Wharton Schoolの卒業生リストはとにかく圧倒的だ。この100年のアメリカ経済の流れを作った企業、例えば20世紀初頭の製鉄業から、近年のコンピューター産業やIT産業に至るまで、まさにありとあらゆる業種のCEOが勢ぞろいしている。
ウォートン校出身の経営者は、業界それぞれの黎明期にフロンティアを開拓した「創業社長」が多いことも特徴のひとつだ。
List of Wharton School alumni - Wikipedia


Wharton Schoolを創立したJoseph Whartonも、20世紀アメリカの発展を根底から支えたアメリカ製鉄業のパイオニアのひとりで、彼は20世紀初頭にCharles M. SchwabとともにBethlehem Steelを創立し、カーネギーのUSスチールにつぐ全米第二位の製鉄会社に押し上げた。

このBethlehem Steelの前身は、やはり「ペンシルヴェニアのクエーカー」だったAlfred Huntという人物が19世紀中盤に創業した製鉄会社だったが、このことからもわかる通り、19世紀から20世紀初頭にかけてのアメリカの製鉄業には「ペンシルヴェニアのクエーカーが創業した会社」がとても多い
クエーカーの実業家の間には「独特の横のつながり」があるといわれ、ペンシルヴェニアの製鉄業には「クエーカーの横の連携」から生まれた部分が少なくないらしい。(資料:最新日本政財界地図(14)クエーカーと資本主義


ちょっと話が脱線する。

産業革命の原動力を、蒸気機関車の発明や、その燃料として石炭が大量使用されるようになったことだと「勘違い」している人が多い。それは原因と結果、目的と方法をとりちがえている。

そもそも蒸気機関そのものは、ジェームズ・ワット以前に既にあった。ワットの業績はその「改良」であって、発明ではない。
また、蒸気機関改良の「目的」にしても、最初から蒸気機関車や蒸気船などの「交通機関への応用」が目的だったわけではなくて、当初の目的は「石炭鉱山での大量採掘の実現を長年阻んできた『湧き水』を排水するための動力を得ること」だった。

そもそも人類にとって「製鉄」という行為そのものは、なにも産業革命で初めて得た技術ではない。例えば、アフリカには製鉄を行った形跡のある古代遺跡が多数あって、製鉄技術のアフリカ起源説もあるくらいで、表土に露出している鉄や隕石などを原料にした製鉄技法は古代からあった。

それでも長い間、鉄が貴重品とみなされた理由は、鉄がまったく作れなかったからではなく、「鉄を、高品質かつ大量に生産する手法」がなかなか確立できなかったからだ。それは「鉄の効率的な精錬技術」の発明に時間がかかったことや、大量の鉄鉱石を高温で熱し続けるための「エネルギー源」の確保ができなかったことなどによる。

それが蒸気機関の「改良」で、「石炭鉱山での大規模排水」が実現できるようになった。その結果、湧き水がたまりやすい地中の深い場所での石炭の大量採掘が可能になり、その結果、石炭コークスが大量かつ安価に手に入れられるようになったことで、ついに製鉄業が大規模化される時代が訪れたのである。(その結果、世界中の鉄鉱石と石炭の争奪戦が始まった)

鉄の品質が上がり、価格が下落したことで、20世紀初頭の製鉄業者は、「大量生産で価格が下がった鉄の利用方法」を、顧客の事業拡大にまかせるばかりでなく、みずからも模索する必要が生じた。
その結果、製鉄業者自身が、鉱山、製鉄、造船、鉄道などの「多角経営」に乗り出して、「鉄を、掘りだし、精錬し、利用する」までの一連の流れにある事業をトータル経営するようになった。(古い時代のアメリカの「財閥」が生みだされた理由は、この「価格の下がった鉄の利用方法の模索」だった。この例のように、財閥というシステムはもともと「必要に迫られて」形成されるのであり、企業規模拡大にともなって理由もなく勝手にできあがるわけではない)
例えば、第二次大戦時、Bethlehem Steelの造船部門は4000隻を越える膨大な数の輸送用船舶liberty ship(リバティ船)を製造したが、それが可能になったのは背後に「ペンシルヴェニアの製鉄業」があったからだ。
(第二次大戦後、不要になったリバティ船はギリシアなど特定の国に大量に売却され、海運王オナシスに代表されるギリシア海運業の母体となった)

「安価な鉄の登場」はこうして、造船、鉄道、さらには自動車産業などを生み出していき、他方では、鉄を大量に使った高層建築も可能にした。それまで木材やレンガが主流だった都市建築は一変し、都市に高層ビル群が出現することになった。
MLBのボールパークも、19世紀末の創成期にはまだ「木造」ばかりで、たびたび火災で焼失していたが、20世紀以降は「鉄骨」を使った堅牢な建築になった。その背景にはアメリカ製鉄業の発展がある。


話を元に戻そう。
19世紀から20世紀初頭にかけての時代は、アメリカに新しい産業が次々と生まれていった「アメリカが本当の意味で若かった時代」だった。
「ペンシルヴェニアのクエーカー」たちが製鉄業の経営に挑んだのは19世紀中ごろ以降であり、一方、MLBのようなプロスポーツ、映画、マスメディアなどが少しずつカタチになりはじめるのが19世紀末から20世紀初頭にかけてで、両者の間に半世紀ほどのタイムラグがある。
例えば、20世紀初頭、1887年生まれのNFLニューヨーク・ジャイアンツの創始者ティム・マーラはまだ貧民街から成り上がろうともがいているところだったが、ペンシルヴェニアでは既に有力な製鉄会社が産声をあげ、鉄の大量生産時代に入ろうとしていた。
参考記事:2012年12月21日、ニューヨークまみれのクリスマス・キャロル(2) NFLニューヨーク・ジャイアンツとティム・マーラとポロ・グラウンズ | Damejima's HARDBALL


かつて書いたように、たとえ同じ白人移民であっても、「古参の移民」と「新参の移民」とでは、「参入する業種」がまったく異なる
1920年代当時のアメリカでは、映画、プロスポーツなどの娯楽産業やマスメディアは「まだ海のものとも山のものともわからないヴェンチャービジネス」というポジショニングでしかなく、だからこそ、これらの新しい産業でならばこそ、「新参の白人移民」であってもオーナーや経営者になれた。
たとえニューヨークの貧民街から成り上がったような移民でも、頑張ればMLBやNFLのオーナーになれた1920年代は、ある意味、牧歌的な時代でもあった。
対して、古参の白人移民がかねてから牛耳ってきたのは、銀行、重化学工業、自動車、石油、鉱業、運送業、保険など、いわゆる経済のメインストリームを担うビッグビジネスばかりであって、新参の白人移民がそうしたメインストリームのビジネスに簡単に参入することなど、できるわけもない。
だからこそ、新参の白人移民は、プロスポーツ、エンターテイメント、マスメディアなどの新しい産業で自分たちの生きる道を開拓し、発達させていこうとしていたわけだが、古参の移民の視点からみれば、たとえそれが自分たちの専門外の分野であっても、スタジアムの外野席でベーブ・ルースのホームランに浮かれ騒ぐ彼らの自由なふるまいが横行する事態は、次第次第に「目ざわりきわまりないもの」と映るようになっていったに違いない。
2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈 | Damejima's HARDBALL


例えばニューヨーク港の港湾労働は、19世紀末にはアイルランド系移民が独占していた。20世紀以降にイタリア系が入って新たな棲み分けが行われると、ブルックリンだけはイタリア系になったが、特定の人種が独占(あるいは寡占)する状況には変わりがなかった。
この例が示すように、アメリカの産業、特に創成期の産業では、「人種による棲み分け」が行われることがある。つまり、特定の産業全体、あるいは特定地域の特定の産業が、特定の人種集団と不可分に結合して、その人種特有の「既得権」となることが少なからずあったわけだ。

Eric Hoffer沖仲仕として働きながら思索に没頭した独学の哲学者Eric Hoffer。ブロンクス生まれ。
ドイツ系の彼が沖仲仕になったのはサンフランシスコだが、もしアイリッシュやイタリア系がハバをきかすニューヨーク港だったら、もしかすると沖仲仕になれなかったのかもしれない。


かつて隆盛を誇ったペンシルヴェニアの製鉄業の創業者に「クエーカーのドイツ系移民」が多かったことも、そうした「特定業種と特定人種の結びつき」の例のひとつだ。
かつてアメリカ経済のメインストリームだった重厚長大産業では、概して「古参の移民」が多い傾向にある。

一方で、マス・メディア、スポーツ、映画といった「歴史が浅い産業」の創成期には、創業者、選手、制作者、観客にユダヤ系移民が多かったことに代表されるように、歴史の浅い産業においては、「新参の移民」が多い傾向が強い。

例えばMLBの「観客」も、かつて書いたように(参考記事:2014年3月29日、『父親とベースボール』 (11)「外野席の発明」 〜20世紀初頭の「新参の白人移民の急増」と「ホームラン賞賛時代」の始まり。 | Damejima's HARDBALL)、当初は「古参の移民」が多かったが、やがてユダヤ系など「新参の移民」がボールパークにやって来るようになったために、そうした新参の観客たちのための「隔離された席」として、『外野席』が作られた。ヤンキースタジアムの外野席に陣取るBleacher Creaturesはそうした時代の「名残り」である。(同じヤンキースファンでありながら外野席の客が内野席の客にヤジを飛ばす習慣が残っているのは、かつて内野席と外野席の「観客の人種」がまったく異なっていたからだ)


時代が下っていくと、内陸部の製鉄業のような「かつて経済の本流」であった重厚長大産業が衰退しはじめる一方で、スポーツやメディア、IT、コンピューターといった「傍流とみなされていた業種」が沿岸部で繁栄するようになってくる。
こうした「産業のいれかわり」は、「産業と人種が密接に結びつく」ことも少なくなかった移民の国アメリカにおいては、「それぞれの産業に強く結びついた人種ごとの浮沈」を意味する場合も多い。(もちろん実際には、それぞれの業界に多種多様な人種が存在しているわけだから、必ずしもこういう紋切り型な観点で全てを分析できるわけではない)


今となって想像すると、トラッシュトークを繰り返したトランプ氏の選挙で「最も重要だったこと」は、おそらく「主張が正しいかどうか」ではなかったはずだ。(理解しようとしない人がいるかもしれないが、それはけして「間違ったことをあえて主張する」とか「なんでもかんでも言って、迎合する」とかいう意味ではない)

なぜなら、こと「アメリカ大統領選」において大事なことは、「『どのくらいの数』の人間に向かってアピールできたか」だからだ。
アメリカは非常に広い。しかも多様な国だ。自分の狭い信念を細々と語り続けたくらいでは、とても最大の支持など集めきれない。最初から「十分に人数の多い層」を狙い撃ちしていかないかぎり、勝てない。

「最多の票を集めるのが、勝利」だ。
であるなら、「最も厚い層」にアピールすべきだ。

別の言い方をすれば、「アピール対象が『想定どおりの数、実在した』なら当選するし、『想定に反して、それほど多くなかった』なら落選する」という言い方もできる。

では、その「最も厚い層」は、「どこ」に眠っていたのか

もしトランプ氏がアピールしようと決めた「対象」が、「古き良き時代のアメリカにおいて、メインストリームの産業を担っていた中産階級」、あるいは「アメリカ最大の人種派閥であるドイツ系」、あるいは「内陸部の住民」だったとすると、そうした「ターゲット」はもともと「アメリカを構成するさまざまな集団のうちの、最大の集団」だったはずであり、その「最大の集団」に対して、「あなたの利益は本当に守られていますか?」と問いかけたのが、今回の選挙手法の「骨子」だ。
(2016年ワールドシリーズが奇しくも「東でも西でもなく、内陸部のチーム同士の対戦」になったことも、出来すぎなくらいの偶然ではある)

言いかえると、今回の大統領選は、ヒラリー・クリントンやバラク・オバマ、ニューヨーク・タイムズが「顔を向けていた層」は、本当に「『大多数を占める、ごく普通のアメリカ人』だったのか」が問われた選挙、という意味もある。
そしてヒラリー・クリントンが敗れたという事実は、彼らが顔を向けていた層が実は「アメリカの大多数ではなかった」ことを意味する。
参考記事:2015年2月7日、「陰謀論愛好家」を公言してしまい、ちょっと火傷してしまったチッパー・ジョーンズ。 | Damejima's HARDBALL


トランプという人の「選挙マーケティング」は、実業家出身なだけに予想屋ネイト・シルバーより正確で、なおかつ、キンシャサでロープを背にサンドバックのように打たれ続けながらジョージ・フォアマンをKOで葬った1974年のモハメド・アリのトラッシュトークのように、したたか、なのだ。

エリック・ホッファーは「知識や情報を持った個人が社会の中で行き場を失ったり、挫折したりすると、そこに芸術・思想・哲学などの重要な成果が生まれる」と言っているらしいが、過去の繁栄の彼方に置き去りになっていた中産階級の場合は、長い間行き場を失ったまま「言葉」を求め焦がれていたのである。

ジョージ・フォアマン vs モハメド・アリ「キンシャサの奇跡」


November 20, 2016

ニューヨーク(もちろん民主党の地盤のひとつ)のブロードウェイで人気ミュージカルを観るためにとある劇場を訪れていた共和党次期副大統領マイク・ペンス氏に、出演者がカーテンコールでペンス氏を名指しして政治的メッセージを読み上げるという「事件」が起きた。

次期大統領ドナルド・トランプ氏がスピーディーに「謝罪せよ」と非難したが、自分とトランプ氏の「謝罪を求める理由」が同じであるかどうかは別にして、ブログ主もそのミュージカル出演者は謝罪すべきだと考える。また、もしその人物が謝罪しなければ、劇場側が舞台から降ろすことも考慮すべきだとも考える。
かつてリンカーンは劇場で観劇中に射殺されたわけだが、たとえそれが「言葉という銃弾」であったとしても、「不意打ち」を食らわせるような行為が許されるとは、自分は思わない。


理由は2つある。

ひとつは、オリンピックにおいて、「五輪を政治主張に利用してはならない」と五輪憲章に定められているのと、まったく同じ理由だ。

2つ目は、「オフで劇場に来ている人に対して、無礼きわまりない行為」だからだ。


2012年ロンドン五輪の男子サッカーで、韓国の選手が竹島の領有権に関するプラカードを掲げた五輪憲章違反プラカード事件があった。
五輪憲章は明確にオリンピックの政治利用を禁止している。この事件は、五輪憲章違反そのものであり、また、スポーツの政治利用でもあった。

2012年ロンドン五輪における韓国の五輪憲章違反

中国は、この韓国の五輪憲章違反プラカード事件と同時に、日本の領土である尖閣諸島に不法上陸を強行する事件を起こし、これら2国はその後も「連携」して意図的に日本を挑発し続けた。
韓国と中国がこうした無礼な態度をあらわにした後、これらの国に対する日本人における好感度はゼロになり、外交関係が冷え切ることになったわけだが、それは連携して無礼な行為を強行し続けているこれら2国の責任にほかならない。


第二次大戦後、長年にわたって日本固有の領土である竹島を不法に占拠している韓国の人間が、あえて竹島の領有権を主張したいならば、それはそれで、さまざまな手段がある。
韓国政府が国際機関での領土調停を行うよう求める運動を始めようが、韓国国内でチラシをまこうが、自国の新聞に意見広告を出そうが、ブログを書いて国内の民意に同調を求めようが、サッカー選手から政治家に転身しようが、大統領選挙に立候補しようが、好きにすればいい。それは「自由」だ。
そして、他の人間には、そういう行為を無視する権利や、批判する権利が確保される。(ただし、「第三国での世論操作」、例えばアメリカ国内での新聞広告や銅像の建立などは、モラルの欠片もない無礼きわまりない行為だ)

だが、オリンピックを政治的に利用する「自由」は、地球上の誰にもない。オリンピックのスポーツを見ようと思っているだけの人に、自分の政治主張を無理矢理押し付ける権利は、誰にもない。


それと同じことで、ペンス氏のオフタイムを台無しにしたミュージカル出演者がもし政治的な主張をしたいのならば、アメリカの街頭でチラシまこうが、ニューヨークタイムズに意見広告を出そうが、ブログ書こうが、政治家に転身しようが、アメリカ大統領に立候補しようが、どれもこれも可能だから、好きなようにすればいい。

だが、劇場という場所は、違う。
そういうことをするための場所ではない。

もしミュージカル出演者が、政治的な主張をアーティストとして作品を通じて行いたいというのなら、他に方法はいくらでもある。
演出家にでもなるか、自分で脚本でも書いて、売り込んで、スポンサーを説得して、そういう主張をするミュージカルでも、芝居でも、映画でも、好きなようにやればいいのである。
他の人間には、そういう作品を酷評する自由と権利、そういう作品を見ないで無視する自由と権利が確保される。
だから作る側、見る側、お互いが自由でいられる。


だが、劇場は違う
そういうことをするための場所ではない。

劇場は「密閉された空間」なのであり、演目は「特定の目的」を持っている。そして劇場に来る観客は、カネを払って「特定の目的のために」来場している。

観客には、演目を楽しむ権利、そして、その余韻にひたりながら気分よく帰る権利がある。また一方で、演目にまったく関係のない余計な宣伝行為を耳にして不愉快な気分にさせられるのを拒絶する自由も権利もある。
逆にいえば、演目にまったく関係のない宣伝行為によって観客を不快にさせる自由も権利も、劇場側にはないし、まして出演者にそういう権利が存在するわけがない。

劇場、あるいはスポーツスタジアムに座っていても、いつ「言葉という銃弾」が飛んでくるのかわからない不穏な状態では、マトモな劇場、マトモな娯楽とはいえない。


これまでも何度となくブログにも、ツイッターにも書いてきたことだが、何度でも書こう。
目的は手段を正当化しない
のである。


「目的が正しければ、手段の是非は問われない」という発想こそは、テロという階段の第一歩だ。

「テロ」という言葉の定義は、なかなか難しいところだが、ブログ主に言わせればそれは、「行動の一撃のみによって、自分の存在を世間に示そうとする強引きわまりない示威行動」が「テロ」であって、必ずしも銃や爆弾といった「武器を用いた暴力」とは限らない。


行動の一撃に依存する者たちは、自説の理解者を時間をかけて増やす努力を重ねることもせず、ただただ「行動という一撃」によって、世の中やその時代の多数者に「論理的な一撃」を加え、そのことによって、自己の主張や存在感を誇示しようとする
これが「武器による暴力」と「言葉という銃弾」に共通の、「行動の一撃主義」の発想であり、近代の暴力に普遍的にみられる論理構造そのものだ。

だから、もし「行動による一撃」が「物理的な危害をまったくともなわない、言葉という銃弾」だとしても、その「行動による一撃」をよしとする論理そのものが「ある種の論理的テロリズム」なのである。


近代社会において「自分の意見と、多数者の意見とを、一致させる」ためにできることは、主に「2つ」しかない。

ひとつは、「自分の立場や考え方を、時間をかけて懇切丁寧に説明し、理解者、同調者を少しずつ増やし、自分の側の意見がむしろ多数者となるよう、努力を重ねること」。もうひとつは、「自分の論理の誤りや未熟さを認め、多数者に従うこと」だ。

だが、人が「行動による一撃」にいたる場合、例えば以下のような変遷を経て、「自分は被害者だ」というわけのわからない発想に至ることがある。こうした人間は「地道に理解者を増やす」という基本的な努力をしないくせに、正義の味方ぶりたがる

1)多数者に対する不満がある
2)自分が少数者であり、「被害者」でもあるという「自覚」がある
3)被害者が救済されることが、社会正義だと「確信」している
3)自分の「主張」が絶対的に正しいという「自負」がある
4)自分が「劣勢」に立っているという「苛立ち」がある
5)正しいはずの自分の主張が認められず、ますます肩身が狭くなっているのは、世の中のほうがおかしいからだ、という「怒り」がある
6)大多数の人が間違った方向に進んでいていることで、世の中が非常に危険な状態になってきていると「警告」を発したい気持ちが昂る
7)警告のためにも、せめて行動によって「一撃」を加える必要があると感じはじめる
8)実際に「行動」して、世間に自分の存在を「行動の一撃」という形で示す
9)その「行動」が「加害者」として扱われたら、自分は「むしろ被害者だ」と、逆ギレした説明をして、被害者ぶる


ひどく乱暴で自己中心的なヒロイズムにすぎないこうした論理展開には、自分を正当化するヘリクツが散りばめられている。

「近代国家において多数者になるための方法」は、こういうヒロイズムに浸りながら「行動の一撃」を実行することではなく、自分の主張を他人に説明し、広く理解を得て、理解者を増やしていくこと以外にない。
「多数者が間違っていて、自分が正しい」、「世の中を正しい方向に引き戻したい」、ゆえに、「行動によって一撃を加える」、「目的が正しいのだから、手段は何であろうと、結果は正当化される」などと、自分の内部だけで妄念を次々と飛躍させていく行為は、まったくもって間違っている。


政治的な主張をしたければ、今の時代、いくらでも方法がある。スポーツスタジアムや劇場を政治利用すべきではない。劇場を利用した俳優は、自分の身勝手な行為が「劇場という場所が長年努力して築きあげてきた自由」をむしろ損なった、と考えるべきだ。

ブログ主は、もし仮にMLBのゲームで、投手がマウンドで自分の政治的主張を主張するプラカードとかを広げた、なんて事件が起きたら、その選手を出場停止処分にすべき、と考える。観客が同様の行為をテレビカメラに向かってやった場合も同じだ。スタジアム出入り禁止にすべきである。

娯楽の場所は、討論のための場所ではない。政治は別の場所でやればいい。

スタジアムであれ劇場であれ、場所には場所のモラルやポリシーがある。その程度の簡単なルールすら守ろうとしない無礼さは、場所の威厳や統一性を著しく壊し、無意味な賛否の議論こそが人を分断に導く。

無頓着に「場所のモラル」の破壊を行う人間に「分断」を語る資格などない。分断を招くのは、たいていの場合、意見の相違ではない。意見の相違なんてものは、いつの時代にもある。
むしろ分断の責任は、ロンドン五輪の男子サッカーがそうであったように、あえて挑発に出て「行動の一撃」を強行する側にある。ひとつの国の内部に無法状態や冷えきった対立をまねきいれる行為に重い責任が問われるのは当然のことだ。

November 17, 2016




上のツイートから続く一連のツイート群は、自分にとっては野球(というか、ベースボール)を見る上でけっこう重要な視点なので、改めてブログに記事としてまとめておくことにした。もちろんツイート時とは表現が変わったり、表記の誤りを正したりしている。

日本的なフォームで投げる投手にとって必要なのは「しなる腕」だが、MLB的なフォームの投手にとって「太い腕」は大事だ。その背景には野球文化の違いがある。

-----------------------------------------------------

人間のカラダの動作は基本的に「回転」でできている。

shoulder rotation「自転」にrotation、「公転」にrevolutionという単語を使う慣習からすると、例えば肩関節の回転は、軸が「自分側」にあるから、rotation だろう。

手足の根元には、とか股関節といった、「回転するようにできたジョイント」があって、そこに「長い棒」、つまり、「足」や「手」がついて、大きくグルグル、グルグル回せるようにできている

背骨を含む体幹は手足ほどダイナミックに動けない。だが、そのかわり手足よりも複雑な制御ができる。だから複雑な動作の精密な統御は、手足だけに依存するのではなく、「体幹メインで操作」したほうが、「より正確」になる。
例えば内野手がゴロ捕球を「小手先」でやろうとするとハンブルの原因になりやすい。これは、「腕というパーツの構造」が「人が思っているより不自由にできていて、細かい制御に実は向いてない」ことを意味している。

人はよく、「日本人の指先の器用さ」と「腕全体の動きの制御」が「まったく別次元の話であること」を忘れてモノを考えてしまうのだが、「腕も、指先と同じレベルの精密さで動かせる」などと勘違いしてはいけないのである。
手の指先が精密に動かせるのは、「関節と関節の距離が非常に短い」からだ。もちろん視点を変えればそれは、関節が密集しているという言い方もできるわけだが、指の旋回が容易になるのに最も本質的な要因は、「ジョイントの多さ」ではなくて、「ブラケットが短い」ことだ。


ただ、「回転」とはいうものの、人間の手足は、自動車のタイヤのように、「軸を中心に、ただひたすらグルグル回転する」わけではない。

例えば、人間の「走る」という動作では、関節と足は「弧を描いて、動いては、元に戻る」を「繰り返し」ている。「円の一部を反復トレースしている」といってもいい。
この反復によって、人間は「回転という動作」を「身体全体を直線的に移動させる」という動作に「変換」しているわけだ。描く弧の大きさによって、その人のストライドが決まる。


この、「関節を中心にした回転運動を、直線的なパワーに変換する動作システム」は、スポーツにおいて非常に多く使われている。
(蛇足だが、こうした「回転運動を直線的な動きに変える仕組み」は、自転車や自動車、電車など、人間がこれまで作り出してきた「人体を遠くに移動させる装置」においても、非常に多く用いられてきた)

例えば、野球の投手は腕を回してボールを投げるが、この動作の「目的」は、ボールを「狙い通りの方向に」「まっすぐ」「高速に」移動させることにある。
他にも野球のバット、卓球やバドミントンのラケット、ゴルフのクラブなど、どれも回転させて振りまわす動作をともなうわけだが、大事なのは、その動作の「目的」が、ボールやシャトルに「直線的なスピード」「飛距離」「方向のコントロール」などを与えることであって、身体の回転動作そのものが目的ではない

いいかえれば、「スポーツにおける人体の手足の回転動作」それ自体は、「人体の有限な動作から直進モーメントを取り出すための方法論のひとつにすぎない」のであり、「目的」ではない。野球は、身体の柔軟性それ自体の維持・向上を目的とするラジオ体操とは、目的が違う。

また、スポーツにおける「ミス」は、かなりの数が、この「回転運動を直線運動に変えるときの誤動作」に起因している。
投手が肘や肩に故障を抱えやすい原因も、この「回転」という話をもとに考えると、なにも「酷使」だけが原因ではなく、「回転運動を直線運動に変換するメカニズム自体のパワーを、過度に上げようとしたときに起こる、靭帯や間接の破損」だと思えばいい、という部分がある。


話をもう少し絞る。
投げて打って走る野球というスポーツでの「回転動作」で代表的なのは、投手なら腕の振り、野手でいえばバットスイングだろう。


まず投手の腕の回転運動について。

投手の腕の動きについて、日本には「できるだけ高速で腕を回転させてこそ、ボールに加速がつく」という考えがある。だからこそ、「腕の振り」という言葉が重くみられることになる。

例えば、かつて松阪大輔の昔のフォームについて書いたことだが、彼はサード側に足を蹴り出しながら、ボールを持った手をいちど「右腰の下まで降ろして」それから投げていた。

横にステップする松坂投手参考記事:2011年3月24日、「やじろべえ」の面白さにハマる。 | Damejima's HARDBALL

参考記事:2010年10月26日、クリフ・リーの投球フォームが打ちづらい理由。「構えてから投げるまでが早くできている」メジャーの投球フォーム。メジャー移籍後のイチローが日本とはバッティングフォームを変えた理由。 | Damejima's HARDBALL

これは、球威を「腕を振る」ことに大きく依存しようとする、つまり、腕をできるだけ高速に、しかも長時間回転させ続けることで生じる『はず』の加速度を最大限に利用しようとする」ことからきている。だから、「ボールは、非常に長い距離を、円を描くように移動して、それからリリースされる」ことになる。

こういうフォームの意味は、アメリカのアーム式の投手と比べてみると、発想の根本的な違いがわかる。

例えばデレク・ホランドのようなアーム式フォームでは、腕は、松坂大輔のように「腕を、肩関節を中心に1周させる」のではなく、「手を腰の下に下げる時間帯を持たず、腕を高くキープしたまま後ろに引いて、そこから直線的に投げだす」。ボールは「より短い距離を直線的に移動してリリースされる」ことになる。
ゆえに、当然ながら両者の「投球リズム」も大きく異なる。松阪のように「肩を中心に腕が一周する」場合は、「1、2、の、3」というリズムになり、アーム式では「もっと早いリズム」になる。

バッターにとってタイミングを合わせやすいのがどちらのタイプかは、バッターごとのタイプにもよるから一概に言えないだろうが、少なくとも、大半の投手が短いタイミングで投げてくるMLBでは、小笠原道大のように悠長にバットをこねくりまわすフォームで打つのは難しい。


もし、投手が球威の大半を「腕の回転による加速」に依存するなら、「腕の回転スピード」、つまり「腕の振り」が重要だろう。

だが、腕の回転にあまり依存しないなら、腕という「半回転アーム」の「強度を上げる」こと自体にも重要な意味がでてくる。「MLBのピッチャーの腕が太い」のには意味がある。


バットの回転運動

王貞治のバッティングは、バットがミートポイントに向かって「ものすごく直線的に向かうダウンスイング」だ、だから凄いんだと、思い込んでいる人が数多くいる。「一本足打法」というネーミングの直線的なイメージから、バットも「スイングの開始時点では、直立したまま」でスイングしていると思われているわけだ。
だが、いちど動画で確認してもらうとわかるが、この人のバットは「いちど大きく寝て」、それからカラダの後ろを回りこむような軌道でスイングが始まっている。「ドアスイング系のスイングをする落合や張本は、バットを一度寝かせてから振っているけれど、王のバットは一度も寝ないダウンスイングだ」と思い込んでいる人は非常に多いわけだが、もう一度、自分の目で確かめるといい。


日本の投手が「腕の回転による加速」に依存して投げるのと同じで、日本の打者はおしなべて「バットの回転速度」で遠くに打とうとする。そのためか、投手の能力を「腕の振りだけ」で語ろうとする人が多いのと同じで、バッティングを「スイングスピードのみ」で語ろうとする人が、はなはだ多い(笑)

だが、バリー・ボンズとかハンク・アーロンの分解写真でも見てもらうとわかるが、彼らのスイングは「バットを円を描いて振りまわす」イメージではなく、「ボールがバットに当たってから直線的にグイっと絞り込むような強さ」に特徴がある。だから打球にも、よく日本でホームランバッターを表現するときに使う「弧を描く」という表現が、彼らにはあてはまらない。

例えばもしバットが「中まで詰まった鋼鉄の棒」だとしたら、なにも必死にスイングスピードなんか上げなくても、きちんと当たりさえすれば、ボールはスタンドどころか場外に消えていく。だがそんな重いもの、自由には振れない。

では、木製バットに「中まで詰まった鋼鉄の棒」と同じような効果を与えるにはどうしたらいいか。(「腕力でチカラいっぱい支える」というのは、この場合に限って正解ではない。MLBの投手の球は重いのだ)

例えば、バットに当たった瞬間からバットからボールが離れる、ほんの短い時間帯に「バットがまるで中まで詰まった鋼鉄のように強靭」であるなら、なにも必死にスイングスピードを上げる必要はない。腕力に頼るだけのバッターより、スイングそのものはゆったりなのに打球が遠くへ飛ぶバッターのほうが、楽に長打を打てる。
(ことハンク・アーロンの場合は、ウラジミール・ゲレーロにも感じたことでもあるが、バットにボールが当たった「後」の強さ、特にグリップを絞りこむ手首の強さに秘訣があるように思える)


まとめると、投手、打者、いずれにしても、肩や股関節のような関節を軸に、円を描いて行なわれる「手足の回転を、直線上の加速に変換する」過程の巧拙に野球思想の違いや技術の差が出るし、怪我やミスが出現する。なにもバットスイングや腕の振りといった「回転運動のスピード」だけが野球ではないのである。

最初に内野手のゴロ処理のミスについて書いたように、「関節」と「棒」を交互につないだ形状でできた人間の手足は「思ったほど精密に動きをコントロールすることができない身体パーツ」だ。
ならば、スイングスピードや腕の振りといった「回転運動のスピード」だけに依存するフォームは、思ったほど自由に動かせない手足への深すぎる依存を意味する。
日本人野手の打撃成績低迷やミスの多発、日本人投手の怪我の多さをみると、日本野球における「動作に関する思想」は、もうそろそろ発想を変えないと、どうしようもない時期にきている。

November 12, 2016

トランプが大統領選に勝って慌てふためいている人がたくさんいるわけだが(笑)、ちょっと暇つぶしに「トランプ以前の世界」の「眺め方」について書いてみる。

まず最初に、たくさんの紋切り型の断定を含んだ一般常識的な前置きとして、「安い商品の追求と、雇用や国際競争力の関係」について書こう。
この話を「グローバリズム」という単語だけを使って説明したがる人が数多くいるが、「安い商品の追求」という視点を入れないとメカニズムがハッキリせず、話がわかりにくい。(ゆえに、以下の話は単なる反グローバリズムではない)

ちなみに、2016年6月に書いた以下の参考記事を読んでもらえばわかることだが、以下の話はなにもトランプが大統領になったから思いついたわけでは、まったくない。世界の動きはイギリスがEU離脱を決定するだいぶ前から既に「それまでとは大きく違っていた」のだ。

「グローバル企業というものは『雇用を外部化』する傾向にあるのが普通なのであって、彼らは世間の批判をかわすために正社員を増やす例外的なとき以外には、常に『正社員という、ある種のローカリズムにできるだけ依存しないですむ内部構造をとろう』とする。」

(イギリスの若者は)「よく考えもせずグローバリズムを安易に支持したりする前に、『グローバリズムと国内雇用が果たして両立するものなのかどうか』、じっくり考えておくべきだ。」

2016年6月25日、EU離脱を後から愚痴るイギリスの若者を見て世界中の若者が思い知っておくべき、グローバリズムと雇用の関係。 | Damejima's HARDBALL

---------------------------------------------------

安い商品とは何か。
原価の安い商品だ。

原価を下げる最大の原動力は何か。
安い労働力だ。
(「安価な原材料」という答えもある、と思う人が数多くいるだろうが、原料の安さというのは元をただせば安い労働力が源泉だ。また、労働力の安さには、外食産業でみられる異様なほど長時間のサービス残業なども、もちろん含まれる)

では、安い労働力はどこにあるか。
先進国以外の国にある。

安い商品の調達のために海外生産率と輸入依存を高めることは、安い労働力の調達のために生産拠点を海外に移すということだから、結果的に先進国の雇用を発展途上国に移転することを意味している。
(これが一種の「国際的なワークシェアリング」であるのは確かだが、実際には、雇用だけでなく、生産技術や設備投資も先進国から発展途上国に移転されるのであって、そんな悠長な話をしている場合ではない)


「安い商品」の追求は、
国内経済に2つの結果をもたらす。
国内雇用の減少国内生産商品の国際競争力低下だ。

雇用不安に常に怯える低所得層(あるいは若年層)は生活防衛のために「安い商品」を追い求めることがよくあるわけだが、その安さ追求の姿勢が結果的に国内生産と国内雇用の海外流出をまねき、国内の低所得層の雇用を減少させ、不安定化させるわけだが、そのことはなかなか低所得層自身に理解されない。(ただし、よく誤解している人がいるが、この話とデフレの善悪とは、基本的に関係ない)

また、低価格競争を強いられ続けている企業が、安い商品の調達を海外生産や輸入に依存するようになること、さらには自社技術の海外流出を放置することは、結果的にその企業の国際競争力の大幅な低下をまねくことになるが、シャープがそうであったように、そのことはなかなか企業自身に理解されない。

つまり、自分の身に起きていることの原因が、「自分自身のパフォーマンス」である場合、それはなかなか理解されない、ということだ。


そうした事態をみて政府は、得票維持のために、低所得層の保護とか競争力の低下した産業の保護とかと称して、一時金や補助金の支給、一時的な減税などを行う。いわゆる「再分配」というやつだ。

当然ながらこうした政府の臨時支出は本質的な解決にはならない。
政府収支は悪化するし、国内雇用の質や量、企業の国際競争力がこうした再分配によって向上することは、ほとんどない。

そうこうするうち、やがて、先進国の雇用移転先である海外の発展途上国自身は、先進国の製品と生産手法を「コピー」して自国製品を製造・輸出するようになり、海外に生産拠点を移した先進国企業の国際競争力は完全に失われる。

また、海外の途上国から先進国にたくさんの出稼ぎ観光客犯罪者が来るようになる。雇用は海外に移転できても、モラルは簡単には移転されないのである。
(出稼ぎ者と観光客では国内経済にとっての意味は異なるが、ここではふれない。もちろん出稼ぎ者は「代替品」として国内の雇用をさらに奪うことになるし、また、社会保険料や税金をマトモに納めることもないから、自治体や国の財政悪化の原因にもなる)

---------------------------------------------------

ここまで書いたことは、「本来なら」あくまで概論にすぎない。「本来なら」世界のすべてがこれで説明できてしまうわけではない。というのは、上に書いた論理には、さまざまな論理の破綻や弱さ強引な決めつけ誤り数多くの例外があるからだ。

ところが、たいへん問題なことに、こんな「風ふけば桶屋が儲かる式の、シンプルなだけの出来のよくないロジック」によって「この20年ほどの間に世界経済で起きていたことの、かなりの部分」が説明できてしまう。「間違いだらけで単細胞な時代」が、この10年から20年もの間、続いてきたからだ。

---------------------------------------------------

ここまで説明しても、まだ理解できない人がいるかもしれない。さらにわかりやすくするために、「上に書いた論理にそわない例」でも挙げてみる。

---------------------------------------------------

上に書いた国際的な雇用移転サイクルは、必ずしもすべての産業分野、商品分野で起こるわけではない。

例えば、食肉の生産においては、アメリカやオーストラリア、カナダといった先進国で国内生産の優位性が保たれ続けている。
海外の安い労働力に依存する労働集約的生産を行うことによって低価格を実現するのではなく、大規模化や機械化で「ヒトへの依存度を減らす」ことによって国内生産の優位性を維持しているからだ。
(欧米の大規模農業はエコでないと批判する人がよくいるわけだが、では、コメをはじめとして農薬をまきまくって連作しまくっている日本の零細な農業がどれだけエコロジー的かと問いたい。もちろん「エコロジー」という思想自体が胡散臭いことは、いうまでもない)

また、日本においても、裾野が非常に広い産業分野である自動車は、歴史的に非常に多くの国内雇用を維持してきた。
これは、日本の自動車産業において、コスト監視やムダの排除が非常に強い企業文化の伝統になっているためだ。日本の自動車産業では、被雇用者自身が生産現場で行う非常にきめ細かい自助努力によって、作業のムダが徹底的に省かれ、ヒトに依存した低品質の生産ではなく、ヒトにしかできない高品質な生産が実現され続けている。いわば日本の自動車産業における国内雇用は、働く人たち自身の自助努力によって守られてきたのである。(もちろん企業側の管理能力も高い)


こうした事例がある一方、近年倒産を連発してきたアメリカの小売チェーンはどうか。

家電、スポーツ、衣料、書籍など、アメリカの一般庶民の身近にあった専門小売チェーン店が近年バタバタ倒産している。シアーズ、ペニー、タワー・レコード、サーキット・シティ、ボーダーズ、ゴルフスミス、スポーツオーソリティ、レディオシャック、アメリカンアパレル、ダフィーズ。
こうしたチェーンは製品の多くを中国の安い労働力に依存することで、アメリカの国内雇用を中国に「輸出」してきた。反面、こうしたチェーン店の多くは、欧米の食肉生産や日本の自動車にみられるような「安い労働力のみに依存しない強い経営体質」を実現することはなかった。

また、よくアメリカの小売チェーン店の不調ぶりはアマゾンやウォルマートに売り上げを食われたのが原因などと書く人がいるわけだが、では、アマゾンやウォルマートが好調なのか。
そうでもない。

実情は、お互いのパイを奪いあった結果、寡占化が進行しただけの話なのであり、規模拡大競争に勝ちつつあるアマゾンやウォルマートすら、いまだに低価格競争から逃れられてはいない。


視点をちょっと変えてみる。
「海外への雇用移転」「国内競争力の低下」をまねく「安い商品」は、同時に、「遠くの国から先進国に輸送が必要な商品」でもある。
いいかえると、いくら人件費の安い国で生産したからといっても、先進国への輸送コストはゼロにはできない、海外生産商品を国内に輸送するコストは商品代金に上乗せされる、ということだ。
そこに目をつけたのが、先日破綻した韓進海運のような中国韓国の新興の海運業者だ。韓進海運が破綻してコンテナが港で立ち往生したとき、コンテナの荷主がアマゾンやウォルマートであることがわかったのは、当然の成り行きだ。
また、ウォルマートとの蜜月を続けてきたオバマ政権が中国を甘やかし続けてきたのも当然の成り行きだ。
参考記事:2015年2月7日、「陰謀論愛好家」を公言してしまい、ちょっと火傷してしまったチッパー・ジョーンズ。 | Damejima's HARDBALL

---------------------------------------------------

ここに書いたことは、ニュースを読んでいれば誰でも頭に入る、そして頭に入っているべき、初歩的なことばかりのはずだ。

だが上でも書いたように、「自分が日常やってきたことと、自分の身にふりかかっている事態との間に、少なからぬ因果関係が存在すること」が、働く人であれ、企業であれ、当事者たちに「あなたがた自分自身が当事者である」と把握され、意識されだすのに、10数年から20年もかかっているのが実情なのである。

---------------------------------------------------

今回の大統領選は、この数十年に醸成され続けてきた、さまざまな「既得権」の問題を世間にさらすことになる。

国内雇用の減少は主に「若年層」にふりかかる。一方で、雇用が海外に移転されるグローバリズム時代が来る前に、キャリアを終身雇用のもとで終えた老人たちが国内にわんさかいる。老人たちは分不相応な額の年金をもらいながら、あいかわらず自動車で若者を轢き続けているわけだが、その「老人に轢かれる側の若者」が「福祉国家」などというコンセプトにいつまでも期待してくれる、などという発想は、それ自体が、メディアの世論誘導や、既存政治家の幻想にすぎない。

予想屋ネイト・シルバーニューヨーク・タイムズはじめ、既存メディアがトランプ勝利を予測できない原因のひとつは、出口調査自体の信頼性が失われていることよりも、むしろ、「彼らの分析や記事が、データや取材より記者個人、あるいは、メディア側の期待値が大きく反映したものになっていた」ことにある。これは今に始まったことではない。
彼らが「自分の期待値を、そのまま記事にしてしまう」原因は、彼ら自身がトランプ勝利を期待しないクラスターや人種層出身であるケースや、アメリカの既存メディアにおける中国資本支配が進んだこともあるし、また、慰安婦問題において無根拠なデマ記事で長年日本の世論を誤誘導して国益を損なってきた朝日新聞、東京都知事当選後に汚職に手を染めた猪瀬直樹がそうだったように、ジャーナリズムなんてものはとっくに死んでいるということもある。

逆にいえば、ジャーナリズムの死を「読者に気づかせない」ほど、マスメディアは既得権として非常に長い間維持されてきたし、彼らの能力は過大評価されてきたのである。


いずれにしても、「人がうすうす感じてきたこと」は今後、トランプ登場を契機により鮮明なカタチをとって表現されることになる。今後が楽しみだ。

October 30, 2016

日本シリーズに敗れた広島の監督で、緒方という人が、試合後にこんな意味のことを言ったらしい。

ゲーム後の勝利監督インタビューで日本ハムの監督である栗山氏が言ったように、自分もこのシリーズでは「いろいろなことを学ばせて」もらった。


酷いものだ。

本人、自分の吐いた言葉の「酷さ」に気づかないまま、クチを開いているのである。自分はこのチームのファンでもなんでもないが、もし自分がこのチームのファンだったら罵倒する程度では済まさない。


形を変えて考えてみればわかる。
例えば、この「戦い」が戦争だったとする。
もし、負けた側の代表者が、敗北の直後に「いろんなことを学ばせてもらった」などと軽率に語ったら、どう感じるか


『敗者は、勝者と同じ言葉、同じ土俵で語ってはならない』のである。それが敗れるということの「重さ」だ。

敗北の重さにまみれること、それは敗者に求められる「矜持」とか「モラル」であり、また同時に、「勝つためのオリジナリティ」に深くかかわる。
近年ワールドシリーズに勝ったカンザスシティ・ロイヤルズの独特の戦い方(参照:2015年4月14日、昨年のワールドシリーズ進出がフロックでなかったことを証明し、ア・リーグ中地区首位を快走するカンザスシティ・ロイヤルズの「ヒット中心主義」。 | Damejima's HARDBALL)を見てもわかることだが、いまや勝利のために必要なものは、おざなりな戦力補強や月並みなデータ分析ではなく、『オリジナリティ 』だ。
(間違ってもらっては困るが、「オリジナリティ」という言葉にビリー・ビーンは含まれない。あれは単に「もともとチームスポーツの才能のまったくない数字オタク」にすぎない)


考えてみてもらいたい。
勝者が 「相手から学ばせてもらった」 と語るのは、「余裕」のあらわれであり、「謙虚さ」でもある。

だが、それは「敗者に用意されたポジション」ではない。ありえない。

本来、敗者は、土砂降りの雨で消えた焚き火から泥まみれの炭を指で拾い上げるように、自分の敗北そのものの中から言葉を見つけるべきだ。

敗北を喫した立場であるにもかかわらず、勝者の弁を二番煎じする」ような安直な人物に、矜持も、モラルも、戦略も、プライドもない。プライドの欠片すらないから、そういう安直な言葉を吐けるのである。そういう人間は「自分が負けた理由」が骨身にしみてわかっていない。だから勝者の弁を二番煎じするような、馬鹿げたことができる。


立派に敗者たる、ということは、自分独自の言葉を持たない、プライドを持たない、ということではない。
むしろ、自分の言葉を持たず、持とうと常に努力することの意味を知ろうともしない、だから『敗者』なのである。

August 11, 2016

英語で会話する能力という話題において、ひとつ、とても不思議なことがある。

それは、「英語を話す」という表現をしたとき、多くの人が「英語を聞き取ること」と「英語を話すこと」、2つの「まったく異なる能力」を、「両方が両立すべきものと即断してしまう」ことだ。
「英語的な硬質のロジックを使って話す、発信すること」は、世界のどこにでもある普遍的な方法論ではない。にもかかわらず、英語でしゃべる、つまり「英語的発想で発信する」のが当然で、英語的な論理でしゃべれないのは、その個人の能力の無さが原因などと、すぐに思いこんでしまうのである。


そんなわけはない。


たしかに「日本人にとって、英語を聞き取ることは、英語を話すことより簡単」だと思うが、それにはもちろん「理由」がある。

英語の「硬質で構築的なロジック」は、話す側の人の「意図が見える」ようにできている。だからこそ、英語を話す人が自分に話しかけてきたとき、相手の意図を受け止めること自体は(修練はもちろん必要だが)それほど難しくない。

だが、「英語を話すこと」は、こと日本人にとって「聞き取ること」に比べて容易ではない。その理由は、従来、英語経験の少なさとか、習得した単語やイディオムの少なさ、トレーニングの未熟さなどに原因があるとされてきたわけだが、そうではないと思う。


ブログ主が言いたいのは、「聞く」より「話す」ほうが技術的に難しいとか、英語を毎日話すことのできる環境を身近に整えるのが簡単でないとか。そういうたぐいの話ではない。

もし英語という言語の持つ「ロジックの構造」が、「英語とかなり異なるロジックの仕組みをもつ日本人」にとって、「受信するのはたやすいが、発信するのは容易ではないシステム」だとしたら、どうか、
ということだ。



説明のための「たとえ話」として、「建築物における骨組み」と「折り紙の折り鶴」を比較してみる。


建築物の「骨組み」

英語におけるロジックの「見え方」は、建築物でいう「骨組み」に似ている

建築の「骨組み」はたいていの場合、その建築物の「完成時の外観」をなぞったカタチをしている。別の言い方をすると、「骨組みさえ見れば、完成形がどういう建物になるか、だいたい予測できてしまう」わけである。「四角い」骨組みからは「四角い」建物ができ、「丸い」骨組みからは「丸い」建物ができる。

この「相似性」は、「生物の骨格というものが、だいたいその生物のカタチをしている」のと、まったく同じ現象だ。魚の骨格は「魚のようなカタチ」をしており、キリンの骨格は「キリンのようなカタチ」をしている。建築物と骨組みの関係は、「生命体と骨格の関係」のアナロジーにほかならない。

この「建築と骨組みの相似性」は、英語におけるロジックの見え方を示している。つまり、英語の文章においては、話者の言いたいことは「ロジックという硬質な骨組み」によって「目に見えるカタチ」で示され、ロジックを把握することで話者の言いたいことがおおまかにわかるようになっている、ということだ。



では、「折り鶴」はどうか。
日本語の骨格」は、どこにあるか。

折り鶴のプロセス

「折り鶴」では、最初に「斜め二つ折」にして、次も同じように「斜め、二つ折」して、徐々に最終形に向かっていく。

では、最初の「斜め二つ折り」と、最終形である「折り鶴のカタチ」には、「建築と骨組みの相似」や「生物と骨格の相似」にみられる「直接的なカタチの相似性」はみられるだろうか。

みられない

最初の「斜め二つ折」という行為だけからは、「最終形の折り鶴のカタチ」はまったく想像できない。


では、折り鶴の完成形と、最初の斜め二つ折という手順の間には、まったくなんの関連も存在しないのか。

そうではない

たしかに、建築と骨組みの関係における「目に見える相似性」と違って、「折り鶴」の最初の段階における「斜め二つ折」という行為からは、「最終的にそれがどんな形になるのか」が見えてこない
だが、「三角形を基本モチーフとして制作する」という意味では、「折り鶴」において、最初の「斜め二つ折」の「抽象性」と、最終形の折り鶴の「具象性」との間には、「単なる見た目からはわからない、つながり」が連綿と存在している。
つまり、折り鶴を折るという行為は、「三角形を作っては、開く」という「抽象的」なプロセスを反復しながら、それがいつしか「折り鶴」という「具象的な自然模写」に至って完成するという、複雑なプロセスなのだ。


建築物の骨格と折り鶴の比較によって言いたいのは
こういうことだ。

「日本語における論理の構造」は、いわば「平らな折り紙をおりたたんで、立体的な鶴にしていくようにできている」のであり、英語とは大きく異なる
ということだ。


いつものように長い話になったが(笑)、ここでようやくイチローが通訳を使う意味がみえてくる。





いちいち例を挙げるのが馬鹿馬鹿しいので止めておくが、イチローが英語を聞きとり、日常的に話せること、またそれどころか、スペイン語についてもトラッシュトークできるほどのレベルにあることは、既にラウル・イバニェス、デビッド・オルティーズはじめ、多くの選手・監督の証言があり、またイチローに好意的なアメリカ記者のメディア記事など、たくさんの証拠が既に出されている。あらためて議論する必要などない。
スポーツセンターのアンカー、ESPNの Todd Grisham が、「イチローの3000安打について印象的だったのは、彼が15年もたって、いまだに進んで英語を習得しようとしてないことだ」などとタワゴトを言っているのは、単なる勉強不足とライトな人種差別に過ぎない。無視していい。


3000安打の会見においても、アメリカ人記者の質問にイチローは通訳を介すことなく、直接答えている。ヒアリングには何も問題はない。
論議になるのは、回答についてであり、英語で返答する能力があるはずなのに、なぜ「日本語で」返し、通訳に英語に訳させているのか、という点だ。


以下に自分なりの解釈を記す。

外国人通訳と仕事したことがある人はわかると思うわけだが、彼らは、日本語話者の意図に「自分なりの解釈」を加えて話したがる。あるいは、話者の表現が英語的表現でない場合、英語的表現に変えて話したがるし、自分が回りくどいと感じた部分は省略してしまう。
また、英語の話者は往々にして「ロジックが同じなら、言い方は変わってもいい」と考えたがる。

だが、彼らは、広い世界には「折り鶴的な言語」、つまり、「ニュアンスの中に意図を織り込みながら、ロジック全体を完成させていく」という、英語と違う論理体系をもつ言語が存在することに気づこうとしない。


ことイチローの場合でいうと、彼の日本語には、彼特有の「迂回したロジック」、「言い回し」、「省略」、「皮肉」、「ユーモア」、「過剰すぎるほどの礼儀」、「オブラート」、「内面と外見の温度差」がある。
これらの特徴をブログ主個人の意見として簡単にまとめるなら、彼の日本語は、ある意味とても「日本語っぽい」が、よく聞いていると、ときとして
笑顔を浮かべず冗談を言うイギリス人のような話し方をすることがけして少なくない
のである。(だからこそ、イチローの言葉をアメリカ人記者に伝達する場合、イギリス人とアメリカ人の意思疎通におけるギャップのようなものが発生することがある。イギリス人とアメリカ人は両者とも英語ネイティブだからといっても思考スタイルは同じではない)

加えて、「これまでのイチロー」は「ストレートなモノ言い」をあまりしてこなかったということもいえる。氷山の一角という表現があるように、外部にあらわれた言葉は、彼の内部の大量の思考や感情の断片でしかない。その断片どうしは彼の内部ではつながりをもって動いているわけだが、たまに言葉として発せられる氷山だけで見ると、氷山と氷山が内部でどうつながっているかは、外部からは見えにくい。


そういう、「ちょっと複雑な人間」であるイチローの「通訳」に課せられる「仕事」とは、けして「ロジックさえ同じなら、あとは自分の英語的表現に好きなように変えてもいい」というような意味での、「ギャラの安い通訳がやるような安易な仕事」であるはずはない。

むしろ期待されているのは、「イチロー的な温度」「イチロー的なニュアンス」を、「そっくりそのまま温存したまま、なんとか英語にもっていく」のが、「イチローの通訳の仕事」だ。

通訳の考える「英語的表現」というやつは、往々にして「発言者自身の意図」を逸脱して、発言者の意図にない外部領域が含まれてしまうことも多い。ならば、日本語発言者の意図の英語置き換え作業の「正確さ」にとっては、英語っぽい表現を多用することには実はあまり意味がない。
むしろ、「あえて通訳の存在感をまったく消して、そっくりそのまま通訳してくれる人」のほうが適しているわけだが、我の強い欧米人(笑)にはそういう謙虚な人はけして多くない。


では、「イチローに好都合な通訳」とは結局「直訳すること」なのか、というと、そうでもない。
なぜなら、「イチローにとっての通訳の位置」っていうのは、「ロジックの伝達」というより、むしろ「プレス」として仕事してくれる人のことだからだ。プレスリリースにとって不自然な抑揚など必要ない。


少し「建築の骨組みと折り鶴の比較」に戻ると、「話者のロジックの骨組みさえ見えれば建物全体のカタチは想像できるのだから、ロジックさえ明確に相手に伝われば、細部のニュアンスなんてどうだっていい」という雑な意見の持ち主では、「折り鶴的な構造の言語のもつ微細なニュアンス」など理解できないし、まして、「折り鶴的なロジックを、英語の硬質な構造に変換すること」などできはしない。

「折り鶴的なロジック」において大事なことは、「角と角をあわせて、しっかり折りたたんでいくこと」なのだ。ひとつひとつしっかりきちんと折っていくからこそ、最終的にできた鶴が「美しく仕上がる」わけであり、最初から最後まできっちり折らないとダメなのだ。だからといって、直訳であっていいわけでもない。
最初は英語ネイティブにとってわけがわからない発言であっても、ひとつひとつを丁寧に英語に折りたたんで変換していくことで、やがて「折り鶴の全体像」ともいうべき「イチローらしさ」がたちあがってくるのが見える、そういうのが、「理想的なイチローの通訳の仕事」というものだろう。

英語で聞き、日本語で答える
このことは、これら2つの言語の論理構造の違いを考慮すれば、けして不自然なことではない。


ここまで書きながらいつも頭に浮かんできたことは、かつてハワイでフラが禁止になった時代があったことだ。
(その歴史の意味については一度ちょっとだけ書いたことがある 2012年8月13日、『父親とベースボール』 (番外編-1) 歌にこめられたダブル・ミーミングの世界。フラ、スピリチュアル、ランディ・ニューマン。 | Damejima's HARDBALL

日本人にとって、日本人っぽいしゃべり方というものは、ハワイでいうフラに近いんじゃないか。だからこそ、自分ぽくしゃべること、それ自体は、なにも間違ってはいない。それは和製英語は現地ではまったく通じないからやめるべきだというのとは、意味がまったく違う。
(むしろ、自分らしくしゃべれること、それこそが、本当は英語上達の早道ですらあると思う。自分の意見の無い人が英会話だけ上達しようと思うこと自体が間違ってる)

今回書いたようなことを「論理」として提示するのはなかなか簡単ではない。
なぜなら、日本人としての「折り鶴的な論理のやわらかさ」を守りながら、「英語的な、つまり構築的な論理しか理解できない、固い頭脳の持ち主たち」に「わかるように説明」しようとすることは簡単ではないからだ。
だが、なんとか「折り鶴のたとえ」の発見で、カタがついた、と考える。


なにも「聞き取れるからといって、それを英語で話せなければ会話したことにならない」ということはないのだ。むしろ、相手の聞きたいことをきちんと聞いて、自分固有の言いまわしで答えたければ、それが何語だったとしても、何の問題もない。それくらいのブレない気持ちで臨まなければ気持ちの上で負けてしまうのが、国際的な舞台におけるコミュニケーションというものだろう。

Copyright © damejima

マーク・テシェイラプリンス・フィルダーという2人の一塁手が引退することになった。彼らが「高額サラリーの不良債権一塁手」であることは偶然ではない

(実は、この記事、2016年6月に書き始めていたものだ。だから、この2人の引退を前提に書いたわけではない。なんとも象徴的な8月だ。
また最初にことわっておきたいが、以下の文章は「マーク・テシェイラが一塁手として二流の役立たずだった」と言っているのでは、まったくない。むしろ彼は、怪我に悩まされなければ、2000年代以降で最も優秀な一塁手だったと思うし、ブログ主は今でも彼のファンだ)

一塁手とかDHに得点力を依存する時代は終わっていることに気づきもせず、常識にとらわれたままチーム編成をしているような馬鹿なチームは終わっていくのだ。

2016ナ・リーグのポジション別WAA
2016ナ・リーグ ポジション別WAA
2016 National League Season Summary | Baseball-Reference.com

2016ア・リーグのポジション別WAA
2016ア・リーグ ポジション別WAA
2016 American League Season Summary | Baseball-Reference.com

2つのグラフは2016年6月時点でのポジション別WAA(=勝利貢献度を表わすWARの算出のための数値)を表している。データが少し古いのはとりもなおさずこの記事を2016年6月に書き始めたなによりの証拠だ(笑)

青色の円は「プラス」赤色の円は「マイナス」を示し、また、円の「大きさ」が平均をどれだけ上回っているかという値を示している。
注:評価は打撃だけでなく「守備」も含めたものになっている。だから、例えばDH制のないナ・リーグでは投手の評価に「打撃を含む」し、一方、DH制のア・リーグでのDHの評価は「打撃のみ」で決まってくる。


見た目から、まず以下のようなことがわかる。

●両リーグ共通の「貢献度の高いポジション」は
 先発ピッチャーセンターサードセカンドなど

●逆に、両リーグ共通の「貢献度の低いポジション」は
 キャッチャーファーストレフト

●ナ・リーグのゲームはほとんどが先発投手の出来に左右される

「頼れるDH」なんてものはいまや、ほんのわずかしかいない

一塁手は、もはや「スラッガーの定番ポジション」とはいえない


項目の中で、ブログ主が最も印象深いと思うのが
一塁手とDHの「地位の低下」だ。


今のMLBは、センター中心に外野手の活躍が目立つ。

ブライス・ハーパーマイク・トラウトジャンカルロ・スタントンだけでなく、売り出し中のデクスター・ファウラージョージ・スプリンガーマーセル・オズーナムーキー・ベッツジェイソン・ヘイワードも外野手だし、既存のヴェテランにも、ホセ・バティースタアダム・ジョーンズユニエス・セスペデスアンドリュー・マッカチェン、そしてもちろんいうまでもない天才イチローと、沢山の人材がいる。


他方、ファースト、サードなど、「従来スラッガーの定番と考えられてきたポジション」の選手層はもはやペラペラに薄くなっている

例えば一塁手だが、ポール・ゴールドシュミットジョーイ・ヴォットーとか、中身の濃いスターが全くいないわけではないにしても、外野手と比べると層の薄さは歴然としている。(サードが本職と思われがちなミゲル・カブレラはメジャーデビューは外野手で、もともとショート出身。サードやファーストが本職ではない)
今の時代の一塁手は、例えば打線の強力なトロントでは1軍半クラスのハンパ選手でしかないジャスティン・スモークがファーストを守らせてもらえるように、「他に与えるポジションがないからファースト」とか、「多少打てるが、守備が下手だから、しょうがなく一塁手」とかいう「とりあえず一塁手」が増えている。

三塁手の選手層にしても、エイドリアン・ベルトレ、ジョシュ・ドナルドソン、マニー・マチャド、カイル・シーガーなどがいるとはいえ、選手層はもはやイメージほど厚くはない。(そういえば、引退するアレックス・ロドリゲスなんていう名前のクズ野郎もサードだった)


では、もともと守備意識の強いポジションである「セカンド、ショート、キャッチャー」はどうだろう。「攻守に秀でた選手」はどのくらいいるか。

セカンド、というと、ロビンソン・カノーやベン・ゾブリスト、チェイス・アトリーなどが思い浮かぶ人がいまだに多いわけだが、いまの時代のMLBで「二塁手のWAA」を引き上げているのは、ジェイソン・キップニスディー・ゴードンホセ・アルトゥーベなど、20代の若手二塁手であって、けしてロビンソン・カノーが彼の巨額サラリーに見合った貢献をしているわけではない。

ショートにしても、デレク・ジーターが引退し、トロイ・トゥロウィツキーなどにも精彩がなくなったことで、打てるのはクロフォードとかボガーツくらいだし、「攻守に秀でたショート」なんてものをだんだんみかけなくなってきた。

キャッチャーにしても、ジョニー・ベンチマイク・ピアッツァイヴァン・ロドリゲスジョー・マウアーとか、「打撃にも守備にも秀でた名キャッチャー時代」がかつては存在した。
だが今となっては、マウアーの後継者ともいうべき存在だったバスター・ポージーが一塁手に転向してしまって、すっかりキャッチャーは「守備専用ポジション」として定着してしまった感のほうが強い。
今キャッチャーはどこのチームでも「別に打てなくていいから、とりあえず球をしっかり受けといてくれ」という「とりあえずキャッチャー」が当たり前になった感じがある。


こうして眺めてみると、ブライアン・マッキャンとかマーク・テシェイラ、アレックス・ロドリゲスなど「中古のヴェテラン」に大金を注ぎ込んでチーム編成をしてきたヤンキースの選手編成コンセプトが、どれだけ「時代遅れで、馬鹿げたものか」が、よくわかる。
たとえで言うなら、「本人は最先端ファッションを大金出して買い集めたつもり」だが、実際にやっていることといえば、「他人が着たおしてヨレヨレになった古着を買い集めて、おまけに、それを滅茶苦茶なコーディネートで着てみせて、毎日街を鼻高々に歩きまわっている、壊滅的に時代感覚が衰えた、センス皆無な老人」そのものだ。ダサいこと、このうえない(笑)

ヤンキースにおけるマーク・テシェイラの劣化は何年も前からわかっていたことだが、プリンス・フィルダーにしても、今のテキサスにフィルダーとチュ・シンスとハミルトンがいなければもっと早く首位奪還できていたはずであって、ノーラン・ライアンなきあとのジョン・ダニエルズの大型補強はことごとく失敗だ。


「成長の止まった分野」に資源を集中していたら、企業は消滅してしまう。当たり前の話だ。
投資の最適化のルールというものは、「限りある投資を、事業を構成する分野それぞれにおいて見込まれる収益やサービスに見合った割合において実行すること」だ。もちろん、将来の収益確保のために、まだ利益を生み出してはいない新分野に投資することがあるにしても、それは先行投資という意味なだけであり、長期的な収支は「最適化ルール」から外れない。
例えばIT企業が、卓球台を購入したり、オフィスでペットを飼ったりすることにしても、それが許されているのは「社員のリフレッシュのアイデアとして一定の意味はあるから」であり、なにも2017年シーズンにアレックス・ロドリゲスが野球をまるでやらなくても20Mもらえるのと同じように、「毎日卓球だけやって帰宅するアホ社員でも、高額なサラリーがもらえる」という意味ではない。
同じように、新聞のような印刷メディアを買わなくなってきた、そんな時代に、新聞広告に大量の広告費を投資するようなことをしても、なんの意味もない。人の目に触れない広告にカネを払う価値など無いからだ。

こんなこと子供でもわかる。わかるはずだが、そういうことをいまだにやっているマネジメントは確実存在する。
野球という「世界で最も巨大かつ数値化によるデータ管理が進みつつあるスポーツビジネス」においても、あいかわらず「ミスとしかいいようがない投資」「凡庸なマネジメントによるミス」が横行している。


確かに、プレーひとつひとつの「価値」が数値化・可視化され、細かく評価されだしている、それは事実だ。
だが、OPSのようなデタラメな指標、パークファクター、守備補正の根本にある「いい加減さ」でもわかるように、その「価値判断をする人間の判断力そのもの」は実はいまだに正確になど、なっていない。


ブログ主はむしろ「野球におけるスポーツ数値化の流れは、いまや停滞し、それどころか頭打ちになっている」と考える。

プレーを数字で分析する行為が流行したせいで、今の野球ではあらゆる点がきちんと合理的に価値判断されている、などと思っている人がいるかもしれないが、ブログ主に言わせれば、そんなものは「真っ赤な嘘」だ。
実際にやっていることといえば、「ニセモノで、出来損ないの数字」を使い、ひとつひとつのプレーに「間違った価値判断」を下し、ビリー・ビーンがそうであるように「プレーヤーの評価を大きく間違え」、ジョシュ・ハミルトンやプリンス・フィルダーのような「ウィークポイントがすでに全球団に知れ渡っている有名選手」に大金を投資するようなミスを犯して、チームを弱体化するような間違った行為が日常的に行われている。


他方、これは困ったことなのだが、「商品の質と価格が必ずしも比例せず、質の悪いものの価格がむしろ高騰する」というような事態は、たしかにある。

例えばだが、アイク・デービスがそうであるように、「ロクな一塁手がいなくなってきたことによって、かえって、平凡な一塁手にすら希少価値が出てきてしまい、二流のプレーしかできない平凡な一塁手やDHの価格までもが高騰する」というような悪例が少なからず見受けられるのだ。
MLBのようなスポーツマーケットでは「限られた人材を多数のチームが取り合う売り手市場」なので、質がまるで見合わないのに、希少価値のみが理由で質の悪い選手の価格が高騰する例は少なくない。


だが例えば、突然の地震でびっくりした人がミネラルウォーターやガソリンを買い占めることで一時的にそれらの小売価格が暴騰したとしても、やがて事態が落ち着けば、高値で買い占めた人間は損をこうむることになる。
つまり、希少価値のせいで二流の一塁手が大金を稼ぐなんて事態は、長続きしない、ということだ。


それでも、近い将来ヤンキースはどこかの一塁手とか三塁手に大金を払うことだろう(笑)そうなったとき、彼らにはどこかのブログ主が冷笑しながら眺めていることを必ず思い出してもらいたいものだ(笑)

August 09, 2016



3000安打を目前にしていたイチローが、2016年7月末に、抜けていればおそらく三塁打だっただろうという「2本の長打」を、フィラデルフィアのライト、ピーター・ボージャスの好プレーと守備シフトに阻まれたことは、以下の記事に書いた。
2016年7月26日、イチロー vs フィリー 「3000安打 全力阻止シフト」。3000安打目前のイチローから長打2本を奪い去ったピーター・ボージャスへの拍手。「他チームのセンターには手を出すな」という負の法則。 | Damejima's HARDBALL


イチローのMLB3000安打達成が、野茂さんがかつてノーヒット・ノーランを達成したクアーズで、それも、ホームランではなく、三塁打だったことは、昔から「三塁打こそ野球の華」と思ってきた自分にとって非常に嬉しいことだったのはもちろん、信貴山縁起ではないが、野球というスポーツにはやはり何か「縁のつながり」のようなものがあることを感じたのだ。


イチローと縁のあるHOFポール・モリターの3000安打達成が「三塁打」だったことは日米のメディアがさんざん伝えたわけだが、同じく忘れてもらっては困るのは、日本の「三塁打王」福本豊さん(イチローの116本は日米通算だから、記録上は今も福本さんが日本の三塁打王)は「通算2543安打」で引退なさっているわけだが、その福本さんの節目となった2500安打も、イチローの3000安打達成と同じ、「三塁打」だったことだ。


他にもある。

福本豊さんが「最後の三塁打」を打ったのは「1988年4月8日」の近鉄バファローズ戦5回裏(投手:阿波野秀幸 場所:阪急西宮球場)だが、この1988年というのは、いうまでもなく阪急ブレーブスという球団の最終年でもあった。
この球団の衣鉢を受け継いだのはいうまでもなく今のオリックスであり、そのオリックスの黄金期を作った仰木彬さんが育てたのがイチローなのだから、簡単にいえば福本さんとイチローという2人の「三塁打王」は、球団史的にも「先輩後輩の間柄」にあるわけだ。


さらにいえば、日本プロ野球の「三塁打史」には福本豊さんだけでなく、他にも何人かの阪急ブレーブスの選手が登場する。

例えば、1936年に阪急で「3イニング連続 かつ 3打席連続 三塁打」という、日本プロ野球における唯一無二の三塁打記録を樹立したのは、ハワイ出身で、日本プロ野球「最初の外国人選手」にして、柴田勲に先立つ「スイッチヒッター第1号」でもあった堀尾文人(ジミー堀尾)だ。
堀尾は、プロデビューとなった大日本東京野球倶楽部(=後の巨人)の一員として、沢村栄治スタルヒンなどとともに1935年の第一回アメリカ遠征に参加していることからもわかるように、草創期の日本野球の第一人者のひとりで、かのBaseball Referenceにも経歴紹介ページがあるほどの選手だ。
ちなみに、当時メジャーデビューの夢を持っていた堀尾は、1936年にパシフィックコースト・リーグのシアトル・インディアンスの入団テストを受けるなどしたが、メジャーデビューの夢はかなわなかった。(1949年に42歳で病没)
Jimmy Horio - BR Bullpen
The Dai Nippon Baseball Club in 1935, photographer Stuart Thomas
後列右端が堀尾文人。後列左端から2人目が沢村栄治。前列左端がスタルヒン。Photo courtesy of the City of Vancouver Archives, photographer Stuart Thomas

また、1948年11月1日に「1試合3本の三塁打」という珍しい記録を持っていた川合幸三も、阪急ブレーブスの選手だ。(おまけに川合幸三はイチローと同じ愛知県出身の選手)


こうした「阪急ブレーブスと三塁打」の関係はけして偶然ではない。
プロ野球で1シーズンのチーム最多三塁打の日本記録を持っているのが、ほかならぬ、阪急ブレーブス(66本 1955年)であり、「3者連続三塁打」などという珍しい記録が生まれたのも、同じ「1955年の阪急」(河野旭輝、原田孝一、バルボンで記録。他に1987年ヤクルト、1990年阪神)であり、とにかく「福本豊さんが入団するはるか前から、阪急というチームは、1955年はじめ、神がかったかのごとく三塁打を打ちまくってきた『三塁打の王国』だった」のである。


こうして「三塁打王国の歴史」を追ってみると、むしろピーター・ボージャスがイチローの長打性のライナー2つを捕ってくれていなければ、「ちょうど3000安打で三塁打を打ったイチローが、ちょうど2500安打で三塁打を打った福本豊さんの三塁打記録を抜く」なんていう「劇的展開」にはならなかった気もしてくるわけで(笑)、ボージャスにはむしろ感謝しなくてはならない(笑)ありがとう、ピーター。


いうまでもなくイチローの3000安打という記録は「MLBデビュー後の記録」であり、たったの16シーズンでその大記録を達成できてしまったイチローは「天才」以外の何物でもない。
以前書いたように、イチローがこれほど短い間に3000安打を達成できたのは、「1番打者だったために打席数が多かった」のが理由ではない。それはただの「いいがかり」にすぎない。
2015年8月24日、「ヒット1本あたりの打席数」ランキングでみれば、イチローの通算ヒット数の多さは「打順が1番だから」ではなく、むしろピート・ローズの安打数こそ単なる「打数の多さによるもの」に過ぎない。 | Damejima's HARDBALL


だが一方でイチローの「通算三塁打116本」という記録は、3000安打と違って「イチローが日本でプロデビューして以来の、すべての三塁打の数」なわけだから、「試合数がMLBよりはるかに少ない日本の野球環境の中で、通算115本もの三塁打を打った福本豊さんの「三塁打王としての能力」がいかに凄いか、あらためて驚かされる。
通算打席数/通算三塁打数

イチロー 約122打席(NPB+MLBの打席数で計算)
福本豊  約88打席


いずれにしても、三塁打王国・阪急ブレーブスから、福本豊さん、オリックス、そしていまイチローへと、「三塁打王」の「王冠」が無事受け継がれたことを喜びたい。







July 30, 2016

走塁死で有名になれる選手なんてものは、そうはいない。そういう意味では、セントルイスのコルテン・ウォンには一風変わった才能があるかもしれない(笑)


2013年10月27日 ブッシュ・スタジアム
ワールドシリーズ Game 4

スコア:BOS 4-2 STL 9回裏2死1塁
走者:代走コルテン・ウォン 打者:カルロス・ベルトラン
投手:上原浩司
October 27, 2013 World Series Game 4, Red Sox at Cardinals | Baseball-Reference.com
2点差を追うセントルイスは9回裏1死から代打アラン・クレイグのライト前ヒットで、代走にコルテン・ウォンが起用される。打席はシリーズ打率.300のカルロス・ベルトラン。カウント1-1で、ボストンのクローザー上原がファーストに素早い牽制球、1塁手マイク・ナポリが走者ウォンにタッチして、ゲームセット。

牽制死でのゲームセットワールドシリーズ史上初。この日の敗戦から3連敗したセントルイスはワールドシリーズ制覇を逃すことになった


2014年5月26日 ブッシュ・スタジアム
スコア:NYY 1-1 STL 2回裏1死2塁
走者:コルテン・ウォン 打者:マット・アダムス
キャッチャー:ブライアン・マッキャン

May 26, 2014 New York Yankees at St. Louis Cardinals Play by Play and Box Score | Baseball-Reference.com
1点差を追うセントルイス。コルテン・ウォンのタイムリー・ツーベースで同点に追いついた。打者がマット・アダムスにかわって、1死2塁。ここでコルテン・ウォンがサードへの盗塁を試みる。サードにはこの年引退したデレク・ジーターがカバーに入った。
タイミングはぎりぎりセーフ。ところが、走者ウォンが1メートル以上もオーバーランしてしまい、アウトに。
2死走者なしとなって、ここでマット・アダムスにレフト前ヒットが飛び出す。もし盗塁死がなければ、1死1、3塁になった場面。同点に追いついたばかりの1死2塁で、サードへ無理に盗塁する必然性はない


2014年9月16日 ブッシュ・スタジアム
スコア:MIL 0-2 STL 2回裏
走者:コルテン・ウォン 打者:マット・カーペンター
キャッチャー:ジョナサン・ルクロイ
September 16, 2014 Milwaukee Brewers at St. Louis Cardinals Play by Play and Box Score | Baseball-Reference.com
先頭のコルテン・ウォンがヒットで出たが、2つアウトが重なって、2死1塁。ウォンはカーペンターの打席で盗塁を試みるが、セカンドベースの1メートル手前でアウト。


2016年7月29日 マーリンズ・パーク
スコア:STL 3-1 MIA 4回表
走者:コルテン・ウォン 打者:グレッグ・ガルシア
レフト:イチロー
July 29, 2016 St. Louis Cardinals at Miami Marlins Play by Play and Box Score | Baseball-Reference.com
2016年ナ・リーグのワイルドカードを争っている2チームの直接対決。4回表、セントルイスはコルテン・ウォンのスリーベースで無死3塁と、絶好のチャンス。
1死となって、1番ガルシアのレフトフライは、この日マッティングリーの粋なはからい(笑)で3番スタメン出場、3000安打まであと2本と迫っているイチローのもとへ。
けして浅くないフライだったが、イチローは91.6マイル(時速約147.4キロ)、距離238フィート(=72.542メートル)のロケットスローをキャッチャーにストライクで返す。キャッチャーのJ.T>リアルミュートが走者ウォンに素早くタッチし、アウト。
http://m.mlb.com/video/topic/73955164/v985113283/stlmia-ichiro-nabs-wong-at-home-on-916mph-throw/?c_id=mlb


こうして眺めてみたとき、今日のコルテン・ウォンを「俊足の」と形容していいものかどうなのか、考えてしまう(笑)

彼はおそらく、足は速いのだ。

だが、野球というゲームにおける「走塁のうまさ」とは、やはり「足の速さそのもの」ではない。結局のところ、コルテン・ウォンは足は速いが、走塁は下手なのだ。

July 29, 2016



ある意味で、これが「イチロー」なのだ。

相手にシフトをしかれれば、こんどは「そのシフトの裏をかく打球を打つ」のである。

シフトの裏をかく」などと、言葉で言うのは簡単だ。だが、プロの、それも「MLBの投手の球を打って、データ分析に基づくシフト守備の裏をかく打球を打てるだけのバットコントロールをもった選手」など、歴史的にみても、そうはいない。

2016年7月28日
STL vs MIA 7回裏 1死1塁


フィリー同様、イチローシフトをしいてきたセントルイスだが、カウント1-0からジョナサン・ブロクストンの2球目をしっかりヒットした代打イチローの打球は、一塁手マット・アダムスの右を抜け、ライト線への強烈なゴロ。「イチローシフト」であらかじめセンターに寄っていたライトのスティーブン・ピスコッティがふとフェンス到達前に追いついた

この「フェンス到達前に追いついた」というプレーが結局ゲームの趨勢を分けた

このプレーは、イチローの2998安打の陰にかくれた形になって目立たないが、セントルイスのライト、スティーブン・ピスコッティの隠れたファインプレイだ。


もしイチローの鋭い打球がフェンスに到達していれば
どうだったか。


まず前提としてアタマに入れておくべきなのは、セントルイスはいま、ポストシーズンに向けて地区首位カブスを6.5ゲーム差の2位で追っているわけだが、カブスの強さからいって、地区優勝を狙うというよりはワイルドカード争いをしているわけで、その対象チームは、ほかならぬ今日の対戦相手マーリンズなのだ、ということだ。(他にドジャース、メッツ、パイレーツ)

だから、このセントルイス対マイアミ戦は、両チームにとって今シーズンのポストシーズン進出のために絶対に勝ち越さなければならない「ガチの決戦シリーズ」なのだ。


代打イチローの打席のシチュエーションを確かめでおこう。
スコアは3-5」「1死1塁」だ。

ということは、もしライトのスティーブン・ピスコッティが緩慢な守備で打球のフェンス到達を許してイチローを三塁打にしていれば、マイアミ側には「スコア4-5、1死3塁にイチロー」というまたとない同点のチャンスがころがりこむ。
もし「1点リードされた1アウトで、走者はサードにイチロー」というシチュエーションが実現できていたら、走者が足の速いイチローだけに、内野ゴロ、外野フライ、パスボール、ボーク、エラー、どんなプレーでもマイアミが同点にできた可能性はとても高い。

セントルイスはその「潜在的な大ピンチ」を、「外野がシフトの逆をつかれたが、打球のフェンス到達は許さないという、ライトの俊敏な守備」で「スコア3-5のまま、1死2、3塁」と、「リスクを最小限に抑える」ことに成功したわけだ。


マイアミは、その後ヘチャバリアのショートゴロの間にランナーがひとりだけ還り、「スコア4-5で、2死2塁」とした。だが、セントルイスは「イチローの三塁進塁」を許さず、それが「マイアミの同点を許さないこと」につながった。
というのは、ブロクストンがマイアミの8番打者、右のヘチャバリアのインコースだけを2シームで徹底して攻めて、絶対にライト方向の打球を打たせず、レフト方向に引っ張らせてゴロを打たせる配球をしたからだ。
右投手のブロクストンの2シームは右打者ヘチャバリアのインコースに食い込むように動く。ヘチャバリアにはこの厳しい攻めをライト方向に返すだけの技術がない。

かつて、イチローは1点差のランナー2塁でインコース攻めにきたマリアーノ・リベラの初球のカットボールをサヨナラホームランしてみせたわけだが、あのひと振りがどのくらい凄いか、このヘチャバリアのショートゴロと比べてもわかる。

2016年7月28日ヘチャバリア ショートゴロ配球data:http://www.brooksbaseball.net/pfxVB/pfx.php?s_type=3&sp_type=1&year=2016&month=7&day=28&pitchSel=455009&game=gid_2016_07_28_slnmlb_miamlb_1/&prevGame=gid_2016_07_28_slnmlb_miamlb_1/&pnf=&prevDate=728&batterX=57


説明するまでもないことだが、もしヘチャバリアの同点内野ゴロが「ショートゴロ」でなくセカンドゴロとかファーストゴロだったら、「二塁走者イチローがサードに行けていた可能性」があった。
そうなればシチュエーションは「1点差、2死3塁」だから、マイアミ側はパスボール、ボーク、エラーのような「相手側のミス」でも同点にできる可能性が出てくる。
だが実際には、「ショートゴロの結果、イチローは進塁できなかった」わけだから、「2死二塁」の場面で後続のマイアミの9番打者クリス・ジョンソンはヒットを打つか四球出塁しないといけなくなる。打撃のよくないジョンソンにヒットは期待できない。(実際の結果:ジョンソン三振)


シフトをしく
シフトをかいくぐる
三塁打になるのを防ぐ守備
サードに進塁させない配球
内野ゴロを打たせる
同点にさせない

こうしてプレーをトランプのように並べてみると、何度もワールドシリーズ制覇してきたセントルイスというチームの「強さ」の意味がひしひしとわかる。

野球における「強さ」とはなにも、「ホームランをたくさん打つこと」などでは、まったくない。そしてまた、野球というゲームにおける「面白さ」とは、プレーを断片として味わうことのみではなく、「プレーとプレーのつながり」や「プレー相互の関係」を連結して考えてみることでもある。


ここまで丁寧に説明すれば(笑)、7回裏のセントルイスが「イチローがサードに行くのを全力で避けた」ことがゲーム結果に直結していることが誰にでもわかる形になった、と思う。


ちなみに、7月26日フィリーズ戦でピーター・ボージャスのファインプレーに阻まれた右中間のライナーと同様に、もし今日の打球がフェンスに到達していれば、おそらく「三塁打」だった。そして、三塁打ならイチローはあの福本豊さんの記録を抜き、「日本人通算三塁打数のトップ」になれたところだった。
ボージャスのファインプレーに続いて、こんどはセントルイスのライト、スティーブン・ピスコッティに三塁打記録を阻まれたわけだ(苦笑)長い長い道のりである。


こうしてゲームメイクの観点からみたとき、「ライトの守備」が現代野球にとっていかに大事なものかがわかる。
野球というゲームにおいては、「無駄な進塁、特にサードへの進塁を防ぐ」という意味で、ライトの選手の守備位置や肩、落下点を読む洞察力などは、特に僅差で試合が決まるようになった現代野球においては、ますます大事なファクターとなっている。

かつてMLBデビューしたばかりの時期に、イチローがライトからのレーザービームで走者の三塁進塁を阻んだプレーの意味は、他に例をみないほどの強肩を自慢するためのプレーではない。あのプレー以降、どれほどの数の打者が「ライトをイチローが守っているときの、ライト線三塁打を諦めた」ことか。

フライキャッチに執念を燃やすセンターの守備とはまったく違う意味で、これまでの「イチローのライト守備」の歴史的価値はもっとずっと高く評価されるべきだ。(だからこそ、せっかくのイチローの守備力をゲームに生かそうとしないで代打起用ばかりしているマッティングリーは監督として無能だと思う)

July 27, 2016

7月に入って、フィリー、メッツ、カーズとばかり試合してる印象のマイアミだが(笑)、フィリーの「3000安打全力阻止シフト」でイチローは2本も長打を損した。



7月のセントルイスでは、ヤディア・モリーナアダム・ウェインライトの素晴らしいアクションをはじめ、セントルイスの選手とファンが示してくれたイチローへのリスペクトは、イチローファン史に永久に残るほどの素晴らしい記念碑になったわけだが、別の視点からいうと、フィリーが示してくれた「イニング先頭の代打のイチローにさえ容赦なくシフト守備をしくというフェアプレイの精神」も、「3000安打達成のプロセスでの、忘れえぬモーメント」として、最大の敬意を払いたくなる。

やはりスポーツというものはこうでなくてはいけない。全力全霊で立ち向かってくれてこそ大記録の価値も上がるというものだ。


7月20日 MIA vs PHI 8回表

このゲームでのイチローは「代打」。しかも「イニング先頭」「走者なし」だったのだから、それでも容赦なくシフトをひいたフィリーは、「本気」だった。
フルカウントに粘って、8球目、根負けしたジェレミー・ヘリクソンの真ん中の失投を振りぬいたイチローだったが、右中間への長打性の強烈なライナーは、ライトのピーター・ボージャスに難なく捕られてしまう。
というのも、以下のツイートの画像からわかるように、フィリーは「対イチロー外野シフト」をしいていたのだ。



7月26日 PHI vs MIA 1回裏

場面変わって、5日後。こんどはホームゲーム。ようやく1番センターでスタメン出場したイチローは、1回表のジェラド・アイクホフの初球をたたき、打球を右中間フェンス際まで飛ばした。
飛距離およそ119メートル。右中間が平らで369フィート(≒112.471m)しかないシチズンズ・パークと違って、マーリンズパークの右中間は23フィート(約7メートル)も長く、392フィート(≒119.482m)。右中間の狭いボールパークなら100%確実に「先頭打者、初球ホームラン」の飛距離だった。

Marlins Park

だが、またしても、「ピーター・ボージャス」だ。フェンス激突しながらの大ファインプレイ。

もちろん、偶然の産物などではない。チームのスカウティング担当者との共同作業による「意図的なファインプレイ」だ。

もしボージャスがこの打球を捕り損なって打球がフィールドに転がっていれば、先頭打者だし、イチローの足からしても明らかに三塁打
7月はじめイチローは福本豊さんに115三塁打(日米通算)で並んでいたわけだから、抜けていれば「日本選手の通算三塁打数 歴代1位」に踊り出ていた。ボージャスに拍手するしかない。

ボージャスはフェンス激突で肩を痛め、途中交代。ある意味、「2本のイチローの長打」と「ボージャス自身」がひきかえになる形になった。


ボージャスはエンゼルス時代、当時ゴールドグラブの常連で、アナハイム不動のセンターだったトリー・ハンターをライトにコンバートさせているくらいだから、センター守備には定評があった。
Article | Arkansas Travelers News
いまエンゼルスのセンターといえば、2012年Fielding Bible賞を受賞しているマイク・トラウトがいるわけで、エンゼルスのセンターは、ハンターからボージャス、そしてトラウトと、名手に受け継がれてきたことになる。


いまフィリーのセンターといえば、2015年新人王のオデュベル・ヘレーラだ。ボージャスがかつてエンゼルスでハンターをライトに押しやったように、ヘレーラは、デビュー以来センターしかやったことがなかったボージャスをライトに押しやったわけだ。
さかのぼると、近年のフィリーのセンターには、ゴールドグラブ1回受賞のアーロン・ローワンド、4回受賞のシェーン・ビクトリーノがいた。
2000年代のビクトリーノ全盛期は、チェイス・アトリーがいた2008年ワールドシリーズ制覇を含む、5シーズン連続地区優勝と重なるのが思い出される。やはり、アトリー、コール・ハメルズ、ビクトリーノなど、役者がズラリと揃ったフィリーこそがフィリーだった。
そういえば、こうして並べてみるとボージャス含め、どういうわけかフィリーのセンターは怪我に悩まされる人が多いのはどうしてか。


フィリー時代が全盛期だったシェーン・ビクトリーノは、その後ボストンに移籍し、2013年に自身2度目のワールドシリーズ制覇を経験したわけだが、当時ボストンのセンターにはジャコビー・エルズベリーがいたから、ボストン時代のビクトリーノはライトだった。そのライトでのビクトリーノは鳴かず飛ばず。
そのエルズベリー、ボストンがなぜか慰留しなかったため、ワールドシリーズ制覇の翌2014年にライバルのヤンキースに移籍。ボストンのセンターは2011年ドラフト1位ルーキーのジャッキー・ブラッドリーに変わった。この数年、MLBのセンターの若返りが進んでいるが、フィリー同様、ボストンも「センターが若返った」というわけだ。

エルズベリーが来る直前、ヤンキースのセンターはブレット・ガードナーの定位置だったわけだが、ガードナーには肩が弱いという致命的欠陥があって本来ならセンターの器ではなく、外野を守るならレフトくらいしかない。
ヤンキースのセンターは、2000年前後のチーム全盛期のバーニー・ウィリアムズが目立つわけだが、バーニー引退以降はステロイダーのメルキー・カブレラ、ガードナー、エルズベリーと、チームの地区順位同様、もうひとつパッとしない。


こうして「有名センターの移籍」を並べてみると、「センターの選手が大型契約を得て移籍した場合、移籍先でパッとしない成績に終わる」ことは、まったく珍しくないことがわかる。

例えばヤンキースにはそういう「センター出身のろくでなし外野手」が掃いて捨てるほど、ゴロゴロいる(笑) デトロイトが全盛だったカーティス・グランダーソンなど、まだマシなほうだ。(それでもメッツ移籍直前のグランダーソンはベンチに座ったまま高額サラリーをもらっていた無駄メシ食いだった)
例えば、バーノン・ウェルズだが、センターで活躍できたのは給料が非常に安かった2000年代トロントのみ。移籍して20Mを越える身分不相応な高額サラリーをもらうようになったLAAとNYYでは、一度たりともマトモな成績を残さず引退している。
アンドリュー・ジョーンズにしても、センターを守って10年連続ゴールドグラブに輝いたアトランタを離れて以降、ロクな成績を残さないまま引退した。
カルロス・ベルトランも、全盛期はセンターを守った2000年代メッツであり、移籍してライトを守るようになった2010年代は給料に見合った成績とはけしていえない。
こうした数々の失敗例を経験したにもかかわらず、それでも懲りずにヤンキースはエルズベリーに大金を払ったのだから、馬鹿としか言いようがない。

ニューヨークではこういう「無能GMが毎年集めてくる、名前ばかりでロクに働かないクセに、ポジションだけは確約されている外野手たち」とポジションを競わされ、打席数を減らされ続けたイチローが、いかに迷惑したか。本当に無駄なキャリアだった。


他にもドジャースがうっかり大型契約を結んでおいて、後から大失敗に気付いて、あわててサンディエゴに押し付けた(笑)マット・ケンプも、移籍先ではライトを守っているが、成績はパッとしない。ケンプのサンディエゴでの給料は、いまだに一部をドジャースが払っていて、2019年までドジャースは毎年3.5Mを負担し続けなければならない。
センターが本職ではないが、いまのドジャースでたまにセンターも守るアンドレ・イーシアーにしても、たとえドジャースを出たとしても活躍できるとはとても思えない。ライトのヤシエル・プイグにしても似たり寄ったりだろう。


ちなみに、過去にセンターでゴールドグラブを何度も受賞しているトリー・ハンターやアダム・ジョーンズの「守備評価」だが、近年のデータ分析で検証すると、かなり「低い評価」にしかならない。
こうした「センターの選手の守備の過大評価」は、「ゴールドグラブの権威が揺らぐ原因」や、「センターの選手のサラリーが、実情に見合わない高額になる理由」のひとつにもなっている。
(もちろん、新興のFielding Bible賞にしても、ビル・ジェームス自身がそうであるように、特定の審査員がデータではなく「自分個人の好き嫌い」を審査結果にそのまま反映させていたり、守備範囲の狭いアレックス・ゴードンが何度も受賞するするとか、Fielding Bible賞がそれほど公平な賞ともいえないことは近年判明しつつある)

アレックス・ゴードンの守備範囲2012-2014アレックス・ゴードンの守備範囲2012-2014


まぁ、数々の実例から察するところ、「センターの名手」といわれた選手は、実は「特定のチーム」、特に「ドラフトされ育成されたチームの専用選手」なのであって、他チームは、いくら触手が動いたとしてもけして大型契約などすべきではない、という「負の法則」があるようだ。

この「センター移籍の負の法則」、マイク・トラウトが打ち破れるかどうか。彼がFAになったときがちょっと楽しみではある。

June 28, 2016

「ネット検索して出てくる情報」が正しいとは、限らない。たとえそれがもっともらしく「Q&A形式」になっているとしても、だ。

そういう例のひとつとして、ボールパーク名物のひとつ、「ホットドッグのネーミングの起源に関する話を出発点に、いろいろと書いてみる。

「1908年ポロ・グラウンズで行われる野球の試合の告知ポスターが、"Take Me Out to the Ball Game"の作詞をてがけたJack Norworth (1879-1959)のインスピレーションの源だった」ことを2012年に記事に書いた。
2012年4月27日、1908年の試合告知ポスターにインスピレーションを得て作られたといわれる "Take Me Out To The Ball Game" の「元になったゲーム」を探り当てる。 | Damejima's HARDBALL

1908年にできた"Take Me Out to the Ball Game"の歌詞に、"Buy me some peanuts and Cracker Jack" とあることからして、20世紀初頭のMLBのでは既に「観戦中に観客が楽しむ食べ物」がボールパーク内で販売されていたことがわかる。もちろん「ホットドッグ」もそのひとつで、1900年代初頭には既に販売されていた。


STEP 1) 初歩的間違い

「ホットドッグ」というネーミングの起源に関して、よくある「間違った説明」は例えば以下のようなものだ。
1901年4月ニューヨークのポロ競技場にて。  
熱々のソーセージをパンに挟んだ「ダックスフント・ソーセージ」が売れに売れており、それを見たニューヨークジャーナル誌のスポーツ漫画家が,「Hot dachshund!」と声高に売られていた「パンに挟まれて湯気を立てているソーセージ」の漫画を描いて紹介した。だが、その漫画家は「dachshund」の綴りがわからず、その漫画の中で「Hot dog」としてこれを紹介した

もっともらしく書かれているが、「ポロ競技場」などという書き方で、そのいい加減さがわかる。「ポロ・グラウンズ」という言葉の意味もわからない人間がアメリカのスポーツ文化についてマトモな話ができるわけもない。おそらく「自分で何が書いてあるのかわからないまま、どこかのサイトから引用」して、下手するとそれを「機械翻訳した」だけだろう。

この説明文のいう「漫画家」とは、1900年代にニューヨーク・ジャーナル紙の漫画家だったTad Dorgan (Thomas Aloysius Dorgan 1877-1929)のことで、実在の人物ではある。

だが、Tad Dorganの経歴からわかることだが、「Tad Dorganが1901年にニューヨーク・ジャーナル紙にホットドッグの漫画を描く」ことなど、ありえない。
Dorganは1902年まで西海岸のサンフランシスコ・クロニクル所属であり、彼がニューヨークに転居するのが1903年(資料: "Word Myths: Debunking Linguistic Urban Legends" by David Wilton, 2008)、New York Journalで働きだすのはもっと遅れて1905年だ。

ハッキリした経歴との矛盾から「Tad Dorganがホットドックの命名者ではない」ことは、かなり前からアメリカの数多くのサイトと書籍に明記され、否定されてきた。加えて、現在にいたるまで「Tad Dorganが野球場のホットドッグを題材に書いた1901年の漫画」そのものがこれまでまったく発見されていない。
No one has found a copy of the cartoon said to have given the hot dog its name. Maybe the cartoon never existed.
Hot Dog History | NHDSC

ちなみに、日本のウェブ上には、この誤った「Tad Dorgan1901年命名説」をいまだに記載しているサイトが多数あるわけだが、その「元ネタ」をきちんと明示しているサイトはほとんど存在しない。ということは、そうしたサイトのほとんど全部が「Tad Dorgan1901年命名説」をまったく検証もせず載せているということだ。


書籍 "The Cooperstown Symposium on Baseball and American Culture, 2013-2014" (William M. Simons, 2015)によれば、「Tad Dorgan1901年命名説」のオリジナルは、1935年にCollier's誌に掲載されたジャーナリストQuenthin Reynoldsの記事だそうだ。

Collier'sはアイリッシュ移民だったPeter F. Collierが1888年に創刊した雑誌で、1892年には25万部を売り、当時アメリカで最も売れている雑誌のひとつだった。
Collier'sの売りは、記者が「埋もれている事実」を発掘してきて記事にするという独特の執筆スタイルにあった。Collier'sや、1893年創刊のMcClure'sなど、20世紀初頭の「追及型の記事スタイルの雑誌」を、アメリカのジャーナリズム史においてMuckraker(マックレイカー)と呼ぶ。
Collier'sやMcClure'sの一時的な成功は、1906年の演説で大統領セオドア・ルーズベルトが "muckraking journalism" と苦々しく呼んだように、第一次大戦前までのアメリカで多くの追従雑誌を生んだ。(Muckrakerは後年名称が変わり、Investigative journalism(=調査報道)などと呼ばれるようになった)

だが、Collier'sの創刊初期の宣伝文句は "fiction, fact, sensation, wit, humor, news" というものであり、Collier's自身が必ずしも「事実のみを報道する」とは言っていないのである。日本のジャーナリズムにありがちなことだが、Muckrakerが事実のみを追求した純粋な報道だったというのは、単なる思い込みに過ぎない。この点を忘れずに、ここから先を読み進めてもらいたい。

The Baseball Player by Norman Rockwell, Collier's June 28, 1919.Collier's 1919年6月号
イラストはノーマン・ロックウェル


STEP 2) 少しこみいった話

Madison Square Garden (1890)二代目Madison Square Garden
今では否定されている「Tad Dorgan1901年ポロ・グラウンズ説」にかわる説として、「Tad Dorgan1906年マジソン・スクエア・ガーデン説」というのもある。
これはTad Dorganが1906年にマジソン・スクエア・ガーデン(=1889年移設された二代目MSG)で開催されたいわゆる「6日間レース」でホットドッグに出会い、それをネタに漫画を描いたという説で、こちらのほうは書いた漫画も実在しているらしい。

だが、この説も残念ながら間違いだ。
イェール大学の学生の出版物などの資料によって、Hot Dogという表記が1900年より前からあったことがわかっている。たとえTad Dorganが1906年にホットドッグの漫画を描いたのが事実であっても、その時点では「ホットドッグ」という名称は「既にあった」わけだから、Tad Dorganの命名ではない。


ただ、1906年MSG説がちょっと面白いのは、なぜ話が「ポロ・グラウンズの野球」から突然「MSGの自転車レース」にすりかわったのか、という点だ。

ブログ主が思うには、 Tad Dorgan の2歳年下の弟、John L. DorganがMSGのPR責任者だったからではないかと思う。

Six-day racingというのは、1878年ロンドン北部イズリントンという町で開催された「2人組で6日間走りぬく耐久的な自転車レース」のことで、1891年にニューヨークのMSGで開催されるようになった。2人組の自転車レースに今でも「マディソン (Madison)」というレース方式があるが、そのネーミングは、100年ほど前に「Six-day racing」がMSGで開催されはじめたことに由来している。

Six-day racingはしばらくしてからアメリカで人気となって、逆輸出もされてヨーロッパ各地でも開催されたが、当初はあまり人気がなかったらしい。

と、なると、当時MSGのPR担当者だったTad Dorgan の弟、John L. Dorganが、ニューヨークメディアの漫画家である自分の兄に「なぁ、兄ちゃんよぉ、ちょっと人気がイマイチで困ってるんや。MSGの自転車レースをネタに、漫画をひとつ書いてもらえへんか?」と「頼んだ」のではないかと、ブログ主は考えた。

これが事実かどうかについては、これまで誰も追及していない。
ホットドッグのネーミングの起源をいい加減に書きつらねてきた人々は、Tad Dorganの弟がMSG関係者だったことにも、「1906年の自転車レース」というのが、ただの普通名詞ではなくて、「スポーツの殿堂でもあるMSG発祥の、歴史的なイベントのひとつだった」ことにも、まるで気づかないまま書いているのだから、当然だ。


STEP 3) 少しこみいった蛇足

1906年マジソン・スクエア・ガーデン」という話でどうしても書きくわえておきたいのは、同じ年、同じ場所で起きた実在の大スキャンダル、スタンフォード・ホワイト事件だ。

二代目MSGは、20世紀初頭のアメリカを代表するボザール出身の3人の建築家の設計事務所、McKim, Mead & Whiteの、スタンフォード・ホワイト(Stanford White, 1853-1906)が設計したものだ。

100年ほど経った今も数多く現存している彼らの作品群は、彼らがアメリカ建築史に永遠に名前を刻まれたレジェンド、いわば殿堂入り選手であることを物語っている。
1993年シカゴ万博の有名な白い建築群。イタリア産大理石に包まれたBoston Public Library(旧館)。荘厳なコロンビア大学のLow Memorial Library。Washington Square Arch。とても書ききれない。壮麗なアーチの美しさに時を忘れてみとれてしまう作品が多数ある。

Agriculture Building, Columbian Exposition, Chicago, 1893
Boston Public Library(旧館)
Low Memorial Library, Columbia University


その有名人が、自分が設計したMSGでミュージカルを観劇していて、不倫相手イヴリン・ネズビット(Evelyn Nesbit, 1884-1967)の夫、富豪ハリー・ソーに射殺されるという悲惨な事件が、スタンフォード・ホワイト事件だ。
1906年6月25日、色男でオンナ遊びに忙しいスタンフォード・ホワイトと、ハリー・ソー夫妻は、昼間レストランで、そして夜遅くにMSGのミュージカルで、二度顔を合わせた。曲が演奏される中、いきなり立ちあがったハリー・ソーはホワイトの顔面に鉛の弾を3発も撃ち込んだ。おそらく二度も顔を合わせたことでブチ切れたのだろう、

Evelyn NesbitEvelyn Nesbit

この事件の裁判では、ネズビットがハリー・ソーの母親にカネをちらつかされ、夫ハリー・ソーに有利な証言をしたこともあり、なんとハリー・ソーは「一時的な狂気」として罪を逃れた。ちなみに、ハリー・ソーの母親は結局ネズビットにカネを払わなかったというから、したたかすぎる。

この事件は何度も映画化されていているが、リチャード・フライシャー監督『夢去りぬ』(The Girl in the Red Velvet Swing)では、イヴリン・ネズビット本人が監修しているため史実に近いらしい。
なお、原題のRed Velvet Swing(赤いベルベットのブランコ)とは、スタンフォード・ホワイトが24丁目に持っていたアパートの「隠し部屋」の天井からぶら下がっていたブランコのことで、ネズビットが裸に近い恰好でブランコをブラブラさせて遊んだという実話が由来になっている。

こうした突拍子もない事件に「1900年代のスキャンダルが死ぬほど好きなメディア」が飛びつかないわけはない。ウィリアム・ランドルフ・ハースト系列の新聞メディアなどは、この裁判を「世紀の裁判」(Trial of the century)などと謳って、連日記事にして儲けたらしい。


STEP 4) 単純で、あまり面白くもない「真実」

さて、話をhot dogに戻して英語辞書をウェブ上でひくと、こんな結果が出てくる。
hot dog (n.)
also hotdog, "sausage on a split roll," c. 1890, American English, from hot (adj.) + dog (n.). Many early references are in college student publications; later popularized, but probably not coined, by cartoonist T.A. "Tad" Dorgan (1877-1929).

Meaning "someone particularly skilled or excellent" (with overtones of showing off) is from 1896. Connection between the two senses, if any, is unclear. Hot dog! as an exclamation of approval was in use by 1906.

hot-dog, n.
1. One very proficient in certain things. 2. A hot sausage. 3. A hard student. 4. A conceited person. ["College Words and Phrases," in "Dialect Notes," 1900]
The Online Etymology Dictionary

どうやらアメリカの19世紀末の英語では「ソーセージ」のことを dog と表記する表現があったり、あるいは、傑出した人物、勤勉な学生のことを hot dog などと呼ぶ表現もあったらしい。

実際、前述のWord Myths: Debunking Linguistic Urban Legendsによれば、1884年のイェール大学の学内新聞Yale Recordに、 "dog" という単語を「ソーセージ」という意味で使っていたという記述例らしきものが複数みつかっているらしい。このことから、同書は「ホットドッグのネーミングの起源」として、「19世紀末の大学では、dogはソーセージと同義語として使われていた」という、味もそっけもない拍子抜けな結論(笑)を導きだした。(なお「大学内のスラングがなぜ世間に広まったか」は説明されていない)
Yale Recordにおける1985年の使用例
But I delight to bite the dog
When placed inside the bun
Word Myths: Debunking Linguistic Urban Legends - David Wilton - Google Books


STEP 5) Tad Dorganのための、蛇足の蛇足

これはジャズ・スタンダードのひとつ、But Not for Meという曲の歌詞だ。(曲はジョージ・ガーシュイン、作詞はその弟で作詞家のアイラ・ガーシュイン)
Old man sunshine listen you
Don't tell me dreams come true
Just try it and I'll start a riot
Beatrice Fairfax don't you dare
Ever tell me he will care
I'm certain it's the final curtain
I never want to hear from any cheerful Polly-Anna's
Who tell you fate supplies a mate - it's all bananas



この歌詞に it's all bananasという不思議な表現がある。これはTad Dorganが作った「気が変になる」という意味の造語 go bananas からきているらしい。
他にも、"cheaters"、"drugstore cowboy"、"hard-boiled" などがスラングづくりの天才といわれたDorganの作といわれていて、たとえHot DogがDorganの創作でないとしても、Dorganが多彩な才人だったことには疑いない。(ただ「ハードボイルド」に関して「ブロードウェイでビリヤードの教習所を開いていたJack Doyleという人物が発明者だ」なんて説もあるくらいで、Dorganのオリジナリティは常に霧の中に包まれている)



ここまで長々と書いたが、以上の事象のすべてに共通していることは、Tad Dorganの活躍した19世紀末から20世紀初頭にかけてのアメリカが、新しい言葉、新しいメディア、新しいビジネスが次から次へと生まれた「若さあふれる時代」、「アメリカが本当に若かった時代」だったということだ。


この時期に生まれた初期のマス・メディアを「アメリカでジャーナリズムがまだ飼いならされていない、アメリカが正義感に溢れた時代」と、やたらと称揚したがる人が多い。

だが、Collier'sに掲載された「hot dogのネーミングの語源に関する記事」が実は根拠のない間違ったものだったにもかかわらず、Tad Dorgan起源説が長く信じられてきた。
記事が間違いであることは当時のTad Dorganの経歴を調べれば誰でも簡単に指摘することができるわけだが、それが長年行われてこなかったのは、「Collier'sのジャーナリズムは高級だから、間違ったりはしないだろう」という先入観によるものだったのではないだろうか。


ブログ主にいわせれば、19世紀末から20世紀初頭の非常に若さに溢れていた時代のアメリカの人々が、日々起こるニュース、新製品、新しいスポーツ、新しい言葉、新しい食べ物、企業や有名人のスキャンダルなど、さまざまな「新しさ」に飛びつくことが、3度のメシより好きだった理由は、けして「真実を貴ぶ気持ちから」ではなく、むしろ単純に、それらが情報として強い刺激に満ち満ちた「スキャンダラスなまでの赤裸々さ、なまなましさ」に溢れていたことが理由だろうと考える。

つまり、当時の彼らにとっては、Tad Dorganが作ったスラングも、スタンフォード・ホワイト事件も、ウィリアム・ランドルフ・ハーストのイエロー・ジャーナリズムも、Collier'sのInvestigative journalismも、「赤裸々さ」、「リアルタイムさ」、「なまなましさ」という点で、たいした差はないのである。


いいかえるなら、「情報」という「強い酒」に酔うことを初めて覚えた、それが、「20世紀初頭の若きアメリカ」だったのだろうと思うのだ。

June 26, 2016

高齢化社会という出来損ないのスローガンと、老人を最優先すべきとかいう間違ったモラル、この「セットメニュー」を誰が、いつ広めたのか知らないが、いまの時代に最も必要なモラルはむしろ、「若者は安易に老人に道をゆずるな」、「足の遅い老人は脇にどいて道をゆずれ」というものだろうと、ずっと真面目に思ってきたが、人前でそれを言うと誰もが眉をしかめるのはなぜだ(笑)
日本国籍の無い外国人に税金で生活保護費を払ってやるような根本的に間違ったことがいまだに現実にまかり通っているおかしな国では、こういう話はマトモには取り扱ってもらえない(笑) ガイジンに払う生活保護費こそ、他の用途、例えば介護する人の給料にでも回すべきだなんてことも誰も発言しない(笑)
 

2013年にこんなことを書いた。(太字は今回の記事で新たに添付)

「若者」という存在は、古代から現代にいたるまで、いついかなる時代においても「主役」であると思いこまれがち(そして、そう教えこまれがち)だが、実は、「若者をそれほど必要としない時代」もある

2013年5月4日、「1958年の西海岸」 特別な年、特別な場所。アメリカにおける「放浪」の消滅(3) サイモン&ガーファンクルの "America"の解読〜ニュージャージー・ターンパイクの渋滞の中で気づく「若者を必要としないアメリカ」 | Damejima's HARDBALL

昔のMLBについて調べているうち、移民の国アメリカが「本当の意味で若かった」、「チャンスにあふれていた」のは、よくいわれる50年代とか60年代とかではなく、むしろ「1900年前後」だという確信が湧いてきた。
40年代に「放浪」が法的に禁止されたことでもわかるように、アメリカは50年代には既に成熟期だったのであり、実は「若さに対する需要」なんてものはそれほど大きなものではない。もっと後のアメリカン・グラフィティ世代、フラワーチルドレン世代に至っては、いわずもがなだ。それらは見た目に派手だが、アメリカの若さの「本質部分」ではない。

上の記事でも書いたが、ブログ主の中では常に「今の時代に若者がマイノリティなのは当然」という意識がある。
ただ、意味を間違ってもらいたくない。「若者はもともと無力だから、黙って耐えていろ」という意味ではない。
「若いという立場に安住していてはダメで、自分たちがただでさえ数が少なく、常に押され気味だという意識をもて。アタマを使え。安易なヒューマニズムに、けして流されるな」とでもいう意味だ。


国民投票でEU離脱を選んだイギリスの「投票結果」について、メディアはしきりに「失業に苦しむ若者はEU残留を望んだのだが、EU離脱を望む老人のわがままに押し切られた」という図式を連呼して世論誘導をはかろうとしている。また、徒党を組んで署名を集め、国民投票のルール自体を変えて、国民投票までやってようやく決まった結論を覆そうとする人たちもいる。

だが、そうしたムービング・ゴールポスト的な行為こそ、恥ずべき「衆愚」というものだ。

考えれば誰でもわかることだが、少数者が「多数決」なんてものに頼ったら負けるに決まっているし、負けたら結論に従うべきだ。当たり前だ。
選択を間違えた勝負に出て、負けてしまい、後から「ルールそのものがおかしい。変えるべきだ」とか愚痴をたれることこそ、愚劣な衆愚そのものだ。


そんなころ日本のメディアでも離脱派の勝利をよく思わない慶応大学の教授だかが「ポピュリズムの蔓延」という言い方でEU離脱を批判していた。

ほんと馬鹿馬鹿しい。「ポピュリズムとレッテルづけすれば批判できたことになる」、「グローバリズムという言葉を使えば正当性を説明できたことになる」なら、誰でも学者になれる。批判したいターゲットを決めて、なりふりかまわず「相手をヒトラー呼ばわり」する幼稚で馬鹿げた手法を使う馬鹿と、どこも、なにも変わらない。

こういうタイプの人間はたぶん「グローバリズム」という言葉を、他人を批判するときに使うだけでなく、理想を語るときにも使う。例えば、世界企業がケイマン島で税金を逃れる的な意味でのグローバリズムは罵倒するくせに、ヨーロッパをひとつにまとめる的な意味のグローバリズムは歓迎したりする。

そういうご都合主義で他人を批判できるようにはならない。


そもそもグローバリズム「信仰者」がなんとも不思議にみえる理由のひとつは、彼らが「グローバリズムと国内雇用が正比例でもする」と思っているらしいことだ。
彼らはEUのような「アメリカとはまた違う、変種のグローバリズム」が「新たな不平等」を生んでない、とでもいいたいのだろうか。


考えてみてもらいたい。
「国家という集団」にとって「自国内の国民」がそうであるように、「企業という集団」にとっては、「正社員」とそのスキルが持つ「ローカリズム」は、いわば国内文化、自国文化のようなものだ。
ならば、いまグローバル化を最大限に進めようとしている企業があったとして、その企業は「雇用」について、「正社員数を最大化して、企業内部のローカリズムをより深化させていく方向」をとるだろうか。

ありえない

むしろ、グローバル企業というものは「雇用を外部化」する傾向にあるのが普通なのであって、彼らは世間の批判をかわすために正社員を増やす例外的なとき以外には常に「正社員という、ある種のローカリズムにできるだけ依存しないですむ内部構造をとろう」とする。当たり前の話だ。
いいかえると、グローバリズムにとりつかれた企業が「地域性」や「ローカリズム」に重きを置く理由など、どこにもないのである。


イギリスのEU残留を支持したのが、当地の若者だとしたら、いい機会だから「EUという名の、ある種のグローバリズムが、イギリスの国内雇用をも増大させてくれる」という発想がどれだけ安易だったか考えるべきだ。


ここでちょっと角度を変えてみる。

「老人対若者」という対立図式は、いわば世の中の構造における「上下」の方向の問題で、昔からあった「左右方向の問題」、つまり、イデオロギーの違いとか、政治信条の違いとかの問題ではない。

この「上下の問題」をきちんと扱えた党派やメディアなんてものは、いまのところ存在しない。(メディアは左右方向でしかモノを考えられない人間だけが集まった硬直した場所だから、当然といえば当然だが)
それが証拠に、今の時代、「政策課題」なんてものは(他国の便宜をはかろうという異常な目的ででもなければ)どんな国、どんな党派、どんなイデオロギーだろうと、それほど違わない。
例えば、どんなイデオロギーの国だろうと、与党だろうと、野党だろうと、財政は健全化しなくてはならないように、「やるべきこと」や「目標」は実はたいして変わらないのであり、手法や期待値もそれほど大きくは違わない。
つまり、もはや「左右という価値観」には価値などほとんどないということだ。


かつて日本で、「非正規」といわれる人たちが、特に若い世代で急速に増加し、「新しいクラスター化」しつつあった時代があった。その同時期、老人に対する年金支払いなどの「手厚すぎる庇護」はかつてないほど肥大していった。
これはある意味、「上下」方向、つまり世代間の利害は、不一致どころではなく、むしろ「完全に衝突している」ことが判明した時代でもあった。


だがこのとき、その「新たに出現したクラスター」と、その層の人たちに向けて何を発信すべきかを明確にとらえていた既存組織があったか、というと、少なくとも日本にはなく、鋭敏に反応したのは違法な人材派遣業だけという悲惨な有り様だったため、働き方の自由などという甘い言葉につられて、多くの若者がフリーターに転落していった。

労働組合があるじゃないかと思う人がいるだろうが、第二次大戦後ずっと労働者がどうのこうのと連呼し続けてきたこの既存団体は、新しいクラスターの発生にも、世代間の利害の衝突にも、当初からまるで無頓着で、そういう既存組織の「反応の遅さ、世間の変化を見る目の無さ」は違法な人材派遣業が跋扈する原因を作った。
それは、それらの既存団体が実は「公務員」や「特定の業界」、「正社員」といった「限定された特定のクラスだけを庇護するだけの団体」で、社会の流動性を確保していくチカラなど全く無いどころか、むしろ社会の「固定化」に資する団体でしかないことがバレた瞬間でもあった。


こうした「既存団体に庇護された特定のクラス」は、公務員に代表されるように、社会のグローバル化に左右されない、いわば「無風地帯」であり、グローバル化によって雇用(あるいは違法な生活保護)が脅かされる心配がない。「無風地帯」に長らく生存している人たちと、「無風地帯」の庇護が目的の団体にとって、社会のグローバル化で起きる事象の大半はしょせん「他人事」でしかない。

そのクセ、イギリスでトニー・ブレアの労働党もそうだったように、グローバリゼーションを肯定した人々は、その一方で厳格な負担を個人に求めた。日本でも社会保険庁のルーズさが厳しく摘発された一方で、同じ時代にその裏では公的機関による個人からの「取り立て」が厳格化されていった。「無風地帯の人々」が「風当りの強い場所」から「年貢」を取り立てるのだから、無風地帯への支持など広がるはずもない。


こうした「グローバル化と雇用が反比例していく流れ」は、ルーズすぎた諸制度の立て直し、あるいは、財政健全化というタテマエがあったにせよ、実質的に「個人生活を国家の財政再建へ隷属させる」ことにつながった。非・無風地帯の個人消費は文字どおり「死んだ」のである。にもかかわらず、「100円のハンバーガーを食うことはデフレだ」などという狂った考え方を、モノを考えるチカラのまったく無い既存のマスメディアが広めたのも、この頃だ。

もしこの「流れ」が、日本の高度経済成長期のような「正社員がたくさんいるローカリズム重視の時代」に起きたなら、直接税の増収などで国家財政は多少健全化した程度の効果はあったかもしれない。
だが、実際には「非正規」が大量生産されだすグローバリズム加速時代に行われたわけだから、「過度の福祉負担」なんてものが「若年層の貧困を加速させる直接の原因」のひとつにしかならないのは当然であり、「遊休資産を持たない貧困世代に対して、とりわけ重い負担を強いる一方で、遊休資産を持った世代を厚く処遇する」という、まったく本末転倒な時代の幕開けにしかならない。


ローカリズム全盛時代に長い正社員生活を経験し、いまや年金負担もとっくに終えた老人が「多数」いて、「無風地帯に住む特定のクラス」だけを庇護する、やたらと横につながりたがる既存の団体がある一方で、グローバリズム全盛時代に育ってほとんど正社員雇用を経験せず、重い福祉負担を義務化された若い世代が「横のつながりをほとんど持たないマイノリティ」として存在している、としたら、どうだろう。

「若い世代が安易にグローバリズムを支持すること」は、かえって自分の立場を苦しいものにしかねない。よく考えもせずグローバリズムを安易に支持したりする前に、「グローバリズムと国内雇用が果たして両立するものなのかどうか」、じっくり考えておくべきだ。


なお蛇足でひとことつけ加えると、「多数決」などという古臭い方法論が理想的に機能する、つまり、結論が出た後では対立が収まって全てが丸く収まる、なんていう、絵に描いた餅みたいなことが起きうるのは、多数決の参加者の大半が「ローカリズムの内部に共存できている場合」だけだ。
散逸的なグローバリズムが蔓延した今の世界においては、「ひとつの結論は、次の新たな対立を呼ぶ」ただそれだけのことであり、共同体内部の対立の解消につながったりはしない。

June 17, 2016

ジョー・ポズナンスキーがこんなコラムを書いてるんだけどさ。
ダメだね。ダメ。計算がまるでなっちゃいない。




ポズナンスキーは、「ピート・ローズとイチローの27歳から42歳までの打撃数値(具体的には打率やヒット数)が似てることを挙げた上で、「仮にイチローがMLBでデビューしていて、なおかつ27歳になるまでの間に899本のヒットを打てるかどうか」について書いてる。

彼は「なんの疑いもない。イチローは899本打てただろう」といちおう書いた上で、こうも書いてる。
If you got to the Major Leagues at age 20 and got 200 hits a year for 21 consecutive years ― every year until you were 41 ― you STILL would not get to Pete Rose’s hit total.
もし20歳でMLBデビューして、41歳になるまで21年連続200安打打ったとしても、ピート・ローズの安打記録には届かない。

つまり、彼が「暗に」いわんとするところは、
もしイチローが「20歳」でMLBでデビューしていたとしても、「41歳まで21年連続200安打」なんてできてたかどうかわからないし、もし仮にできてたとしても、ピート・ローズには届いてない可能性だってある。それくらい、やっぱりピート・ローズの記録は凄い。
ってことでもあるわけだ。いやらしい書き方するもんだ。


おいおいおいおい。
ちょっと待てよ、ポズナンスキー。
と、ブログ主は即座に思った。


「21年連続200安打できるかどうか」なんて、
単なるレトリックに過ぎない。

なぜって、ポズナンスキーだけでなく「もしイチローがMLBでデビューしてたら」という議論のほとんどが、「日本での打数の少なさを、MLBでの打数の多さにアジャストするとどうなるか」って視点が完全に抜け落ちているからだ。ポズナンスキーも例外じゃない。


わからない人のために説明しようか。

イチローが日本でプレーしてた時代、「1シーズンの打数」は540をようやく越えたのが2度あるだけで、600越えたことなど、一度もない。

だけど、MLBでは余裕で690前後ある。

日米で打数が大きく異なるのはいうまでもなく「1シーズンの試合数の違い」が原因だ。日本とアメリカでは、1シーズンで最低でも「150打数」程度、うっかりすると「200打数」近いくらい違うこともある。


ここで、「もしイチローがメジャーでデビューしてて、1994年から2000年までの7シーズン、毎年690打数だった」と仮定してみる。
すると、7シーズンの打数は4830で、「1994年〜2000年の仮想ヒット数」は、「打率」によって以下のように変化することになる。

仮想打率 仮想ヒット数(小数点以下切り捨て)
.330   1593本
.320   1545本
.310   1497本
.300   1449本
.290   1409本
.280   1352本


上の表で、「.330」という打率を最初に挙げたのは、実際のイチローの2010年頃までのMLB通算打率がそのくらいだったからだ。だから、非現実的な数字ではないどころか、非常に現実的な数字であり、若い体力みなぎるイチローがむしろ.330より高い平均打率を残した可能性だって十分ある。
だが、ここではいちおう控えめに「.330」としたまでだ。

打率.270以下は計算しても意味がないので計算しない。
なぜなら、打率がたった.270しかない若い1番打者が、7シーズンもの間、年間690打数も与えられるわけがないからだ。

この計算から
27歳になるまでに、たった899本しかヒットを打てなかった若い凡才ピート・ローズ」と、「27歳までに7年連続首位打者になった20代の天才イチロー」が、同等に比べられなきゃならない理由なんて、どこにもない
ことがわからない人間は馬鹿だと思う。


だがまぁ、まだわからない人もいるだろう。
あえてもうひとつ計算して、わかりやすくしておこう。


もし仮に「イチローがMLBでデビューしてて、仮に1994年から2000年までの間に4830打数あったとして、ヒットを899本しか打たなかった」としたら、打率はどうなるか。

.186だ。

「イチローが最初からMLBでデビューして、27歳になるまでにヒットを899本打てたかどうか」なんてことを真面目ぶって議論に組み込んだようにみせかけてるようなヤツが、その実、いかに慇懃無礼な人間か、これでおわかりだろう。
こういう「非現実的な話」を自分の文章に散りばめる人間が、リアルな議論をしているなどと、ブログ主はまったく思わない。たとえそれがジョー・ポズナンスキーであろうと、Cut4であろうと、だ。


もっと厳しくいわせてもらうと、ヒットを大量生産すべき貴重な若い時期にやっとこさ「899本」しか打てなかったような、そんなヘボい打者が、「若い時期のピート・ローズ」だ、ということだが、ピート・ローズの「最晩年」についても、その間の「ヒット数」と「打率」をひきくらべてみるといい。
晩年、ローズはプレーイング・マネージャー(選手兼監督)という立場を利用し、400打席以上を自分自身に与えながら、100本程度しかヒットを打っていない。そういう「ひどい低打率」だったにもかかわらず、彼は自分をスタメン出場させ続けた。それが最晩年の彼の通算安打記録の実態だ。(そしてその最晩年にローズは現役選手であるとともに現役監督でありながら、野球と自分のチームをギャンブルの対象にしていた)
参考記事:
2015年8月24日、「ヒット1本あたりの打席数」ランキングでみれば、イチローの通算ヒット数の多さは「打順が1番だから」ではなく、むしろピート・ローズの安打数こそ単なる「打数の多さによるもの」に過ぎない。 | Damejima's HARDBALL


ロジックというものはきちんと点検しないと騙される。

ちょっと聞きかじって、「ああ、たしかに、いくらイチローでも21年連続200安打はちょっと無理だろうな」などと思ってはいけないのだ。

「21年間シーズン200安打を続けられるかどうか」などという仮定を設けること自体が、単なる「上から目線からの恫喝」に過ぎない。そんな仮説は単なる机上の空論に過ぎないのである。

話はむしろ逆だ。

もし
日本の野球がもっと試合数が多くて、「日本でのイチローの打数」が「MLB並みの多さ」だったなら、当然「27歳になるまでのイチロー」がもっと多くのヒットを打っていたはずであることは、疑いようがない。
したがって、それが日本であろうと、アメリカであろうと、「27歳になるまでのイチロー」が「MLB並みの打数」を与えられていたなら、とっくの昔にピート・ローズの記録など追い抜いて、42歳時点では既に日米通算5000本に接近していた、と考えるのが、「マトモな議論」というもの
だ。

いいかえれば、
「イチローは打数の限られた日本で何年も過ごしたが、21年連続200安打なんかしなくても、イチローはピート・ローズに届いた。つまり、そのくらいイチローはMLBで、誰よりも早い、ものすごいスピードでヒットを量産し続けてきた」というのが、正しい表現だ。


加えて、ポズナンスキーはじめ「もしもイチローがMLBでデビューしていたら議論」なんてものに手を染めたがる人間はたいてい、ピート・ローズがさまざまな手を使って4256本のヒットを達成したのが「ようやく45歳で達成して、引退」であり、イチローは「まだ42歳で、なおかつ現役で、これからもヒット数は増える」ことも忘れている。
「42歳までのピート・ローズのMLBヒット数」は、「42歳のイチローの日米通算」より260本以上も少ない
のである。
日米通算というアスタリスクはともかく、同じ数字を3年も早く達成できた人間と、3年余計にかかった人間を同等に扱いたがる人は、もっと礼儀というものをわきまえつつ現実を直視したらいいと思うが、どうだろう。

3000安打達成者の1安打あたりの打席数

タイ・カッブ 3.123
(ジョージ・シスラー 3.205 3000安打未達成)
ナップ・ラジョイ 3.226
トニー・グウィン 3.256
キャップ・アンソン 3.298
トリス・スピーカー 3.413
ポール・ワナー 3.416
ホーナス・ワグナー 3.435
イチロー 3.437
(2016年6月19日現在)
ロッド・カルー 3.456
スタン・ミュージアル 3.503
デレク・ジーター 3.637
ポール・モリター 3.666
ジョージ・ブレット 3.686
ハンク・アーロン 3.697
ピート・ローズ 3.727
ウィリー・メイズ 3.806
ロビン・ヨーント 3.848
エディー・マレー 3.936
デイブ・ウィンフィールド 3.974
カル・リプケン 4.046
クレイグ・ビジオ 4.086
カール・ヤストレムスキー 4.092
リッキー・ヘンダーソン 4.369


ハワイ移民150周年
No Ichiro, No watch.

Play Clean
日付表記はすべて
アメリカ現地時間です




Twitterボタン

アドレス短縮 http://bit.ly/
2020TOKYO
think different
 
  • 2014年10月31日、PARADE !
  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。
Categories
ブログ内検索 by Google
Google

livedoorブログ内検索
Thank you for visiting
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

free counters

by Month