October 25, 2009





2009年の早春にNHKで放送された第2回WBCでのイチローを扱ったアーカイブでよく知られているように、日本ハムの稲葉は、彼が最年長プレーヤーだった第2回WBCで、打撃不調に悩む孤高の男イチローに意を決して声をかけ、イチローのソックスを真似た数人の若手プレーヤーたちとともに、イチローの不振脱出のきっかけを作った。たいへんにキャンプテンシー溢れるプレーヤーである。

その稲葉、2009年秋には、どういうわけか、楽天監督を勇退する野村克也氏の「両チーム胴上げ」の輪の真下にいた。

野村率いる楽天は、最後にエース岩隈をセットアッパーとして投入することまでして、「力尽きるまで戦ったこと」は誰の目にも明らかだった。

だが、岩隈はホームランを打たれて最後の矢は尽き、このゲームを最後に野村はチームを去った。

日本ハム投手コーチで、野村氏がかつて監督を務めていたチームのひとつ、ヤクルトの出身で、メッツなどに在籍した元メジャーリーガー吉井が野村氏に握手を求めに足早に駆け寄る。野村氏と同じキャッチャー出身で、BSのMLB解説もつとめていた梨田氏が、勝利した日本ハム監督であるのに、負けた野村氏のもとに握手を求めに行った。

負けた監督は数度、宙に舞った。

胴上げが終わると74歳の老将は帽子をとりファンに挨拶を済ませ、ひとりダグアウト奥に消えていった。
選手たちはお互いを称えあい握手とハグをかわし続けたが、やがて彼らも両サイドのダグアウトに別れていった。

彼らがグラウンドでふたたび会うのは、
雌雄を決するこの場所に立った日、のみ、である。



力尽きるまで戦うのが彼らの幸せ。
まったく幸せな男たちである。

damejima at 07:14
WBC | 野村克也

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