October 29, 2009

素晴らしい。
クリフ・リーという大輪が秋の大舞台に咲いた。

無四球。ヤンキースのクリンアップから7三振を奪い、合計10奪三振。しかも、122球、完投
まる左腕のロイ・ハラデイである。

2008年サイ・ヤング賞投手の苦労人クリフ・リーは、2009年サイ・ヤング賞候補フェリックス・ヘルナンデスに並ぶレギュラーシーズン19勝(ア・リーグ最多勝タイ)で、ア・リーグ優勝決定戦でも、あのLAAですらまったく寄せ付けなかったクリーブランド時代の同僚で2007年サイ・ヤング賞投手のCCサバシアとの新旧サイ・ヤング賞投手同士の白熱の投げあいにも、また、強打を誇るヤンキース打線にも、まったく動じなかった。
ゲーム後のインタビューを見てもわかるが、冷静そのもの。興奮などありえない、とでもいわんばかりの飄々とした喋り。なんともクールな男である。
クリフ・リーの10奪三振(動画)
Baseball Video Highlights & Clips | WS 2009 Gm 1: Lee dominates the Yankees - Video | MLB.com: Multimedia

このゲームの6回裏、ヤンキースのジョニー・デーモンのピッチャーフライをクリフ・リーが捕るシーンがあるのだが、これは、どんな忙しい人でも、今日これからデートがある人でも、野球好きなら、ぜひぜひお薦め。いや、絶対に見るべきだ。このゲームがどんなゲームだったか、ひとめでわかる

揺るがない男、クリフ・リー。
「ミスター・コンプリート」である。


クリフ・リーの
「クール・フライ・キャッチ」&背面ゴロ・キャッチ(動画)

Baseball Video Highlights & Clips | WS 2009 Gm 1: Lee makes two plays look easy - Video | MLB.com: Multimedia

Baseball Video Highlights & Clips | Cliff Lee on "cool" defensive plays in Game 1 - Video | MLB.com: Multimedia

クリフ・リーの動画検索(MLB公式)
Multimedia Search | MLB.com: Multimedia


また、この試合でイチローの元チームメイトのラウル・イバニェスは、6番DHで先発出場。
2-0と、フィリーズが2点リードして迎えた8回表の2死満塁で、セットアッパー、ロバートソンの6球目のカーブをライト前へ見事に2点タイムリー。フィラデルフィアのリードを4点に広げて、ゲームをほぼ決定づけた。
まさにシアトル時代そのままの、このクラッチぶり。ほんとうに嬉しい。このままイバニェスがチャンピオン・リングをゲットしてもらいたいものだ。
フィリーズ側の記事
Complete Lee: Phils ride gem over Yanks | phillies.com: News
ゲームログ
Game Wrapup | phillies.com: News


クリフ・リーが、シアトル出身のサイズモアなどと一緒に、メジャー出場の果たせなかったエクスポズからクリーブランドに移籍してきたのは、2002年。90年代にクリーブランド黄金時代を築き、LAA時代にはイチローとよく対戦したコロン投手とのトレードである。
コロンが活躍した90年代のクリーブランド黄金時代を築いた監督は、シアトルの監督を2005年から2007年7月までつとめ、シーズン途中で「情熱がなくなった」と辞任した、あのマイク・ハーグローヴそのひとである。

また、クリフ・リーがフィラデルフィアにやってきた2002年のクリーブランドの監督は、2000年に就任していた元ヤクルト・スワローズで、現フィラデルフィア監督のチャーリー・マニュエルだ。
クリーブランド監督時代のマニュエルは、2001年にクリーブランド新人時代のサバシアのメジャー昇格を強く推した人物で、サバシアは期待に応えて17勝を挙げる活躍をみせ、チームは地区優勝した。
だがプレイオフでクリーブランドは、イチローがメジャーデビューし最高勝率を上げていたシアトルにプレイオフで敗れ、また、新人王争いでは、天才イチローがサバシアに投じられた1票を除いて全票を得て新人王を受賞。クリーブランドとサバシアは、イチローに敗れた。
2002年にはシーズン途中に成績不振からマニュエル監督はクリーブランドを去った。
2005年以降はチャーリー・マニュエルはフィラデルフィアの監督なわけだから、クリフ・リーにとってのチャーリー・マニュエルは、クリーブランドでメジャーデビューした当時の監督でもあり、また、フィラデルフィア移籍後の監督でもあるという、奇妙な縁である。

移籍後のコロンは、2002年にモントリオールで20勝し、2005年にはLAAでサイ・ヤング賞受賞と、トレード後も大活躍したわけだが、交換相手のクリフ・リーも2008年にサイ・ヤング賞投手になり、またサイズモアはトリー・ハンター以降のア・リーグを代表するセンタープレーヤーに成長したわけで、このときのトレードは、結果的に、サイ・ヤング賞投手同士のトレードにサイズモアという、なんとも豪華なトレードであり、いったいどちらのチームが得をしたのか、わからないほど充実したトレードだったといえる。

クリーブランドは、2007年にプレイオフ進出を果たしているが、このときクリフ・リーは故障明けでロスターからはずされたため、登板していない。故障明けの2008年にサイ・ヤング賞と同時にカムバック賞も受賞しているのは、そのため。
だからクリフ・リーにとって強豪フィラデルフィアに移籍した今年が、彼の最初のプレイオフにおける登板であり、また、最初のワールドシリーズ登板だった。
彼はその初めての大舞台で、悠然とパーフェクトな結果を残したのであるからよけいに素晴らしい。

クリフ・リーは「本物」だった。
ランディ・ジョンソンマダックスハラデイといった投手たちがもつ「大投手」という称号をもつのにはひとつ足りなかった、大舞台での活躍という結果を加え、サイ・ヤング賞投手に続いて彼自身が大投手に一歩近づいた。

クリフ・リーのポスト・シーズンの成績
Cliff Lee Postseason Statistics | phillies.com: Stats
クリフ・リーのキャリアスタッツ
Cliff Lee Career Statistics | phillies.com: Stats
クリフ・リー略歴(日本語)
クリフ・リー - Wikipedia


その大舞台で、このピッチング。素晴らしいとしかいいようがない。
フィリーズ公式サイトの見出しはComplete Lee、「完璧なリー」。

かつてウオッシュバーンが1安打ピッチング、つまり準完全試合を達成したときにもブログからThe Pitchという称号を進呈したが、今日のクリフ・リーには、このブログからも「ミスター・コンプリート」という称号を贈りたい。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:"The Pitch " achieved by Washburn & Rob Johnson in 2009



こんな完璧なクリフ・リーだが、2002年9月15日のメジャー最初の登板では、初登板初先発で5回1/3を投げ、2安打自責点1と、まだマウアーがメジャーデビューする前のミネソタ・ツインズ打線を抑えた。
にもかかわらず、味方打線がボストン移籍前のココ・クリスプのヒットなどわずか3安打とまったく冴えず、そのたった1点の失点のために負け投手となっている。その後のクリフ・リーの、「投げても投げても、チームが弱いために、優勝はできない」という苦しい運命を暗示するようなゲームだった。
2002年9月15日のクリフ・リーのデビューゲーム、クリーブランドのスタメンは、こうなっている。かつてシアトルでイチローと一緒にプレーしたベン・ブルサードがクリフ・リーのメジャーデビューゲームに8番レフトで先発出場している。
このゲームでの先発メンバーのうち3人が2003年から2004年に引退していることや、残りの6人も現在は誰ひとりとしてクリーブランドに残っていないあたり、当時のクリーブランドというチームの戦力の先行きの下り坂ぶりを予感させている。
September 15, 2002 Minnesota Twins at Cleveland Indians Play by Play and Box Score - Baseball-Reference.com

C Crisp CF ボストン、カンザスシティに移籍
O Vizquel SS サンフランシスコ、テキサスに移籍
E Burks DH 2004年古巣ボストンで引退
J Thome 1B フィラデルフィア、シカゴ等を渡り歩く
K Garcia RF 2004年引退
B Selby 3B 2003年引退
J Bard C サンディエゴ、ナショナルズに移籍
B Broussard LF シアトル、テキサスに移籍
B Phillips 2B シンシナティに移籍


クリーブランド時代のクリフ・リーが、なかなかプレイオフに出場できないチームのなかでひとり輝きを放ちながら黙々とプレーし続けた時代は、どこか、さえないシアトルというチームでオールスターに出場しつづけながら頑張っているイチローの姿にダブる部分がある。

クリフ・リーは、ワールドシリーズの重圧に負けずに、初舞台で素晴らしい結果を残し、たとえ下位チームに属していても、「本物は、やはり本物であること」を証明してみせた。

孤高の天才イチローにも、早くこういう、ワールドシリーズで本物の本物たるゆえんを見せ付ける日が訪れてくれることを願ってやまない。







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