December 23, 2009

そういえば、クレメントがトレードされたときもそうだった。トレードされてシアトルの一員ではなくなったのだから、後はもう「城島問題」とは無縁だし、どうでもいい。そんな風に考えたことなど、一度もない。むしろ、あまりにも理不尽だったコネ捕手の所業の歴史を保存するためにも、このブログはある。
だから、今回のブランドン・モローのトロント行きについても、クレメントのときに何本か記事にした(ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:「ジェフ・クレメントのための短い夏」)のと同じく、ブランドン・モローがシアトル時代にコネ捕手城島とどういう関係にあったかについて自分なりの一定の記録を残すべき、と考えた。だからこれはある種のレクイエムのようなものだ。

去り行くモローへのインタビュー by Seattle Times
Mariners Blog | Brandon Morrow hoping to finally develop as a starter in Toronto | Seattle Times Newspaper
"I was never really allowed to develop as a starter the way I and a lot of other people thought I should be allowed to,'' Morrow said. "Hopefully, this new chance means I get to develop as a starter more. Changing roles has just been detrimental to me.''


下記は、mynorthwest.comShannon Drayer氏のコラムの拙訳である。
以前からこの記事の存在は知っていたし、近いうちにリンクくらいは残そうと思ってもいたのだが、まさかモローがこういう形でトレードされて慌てるハメになるとは思ってもみなかった。自分自身の取り組みに甘さを感じる次第。
この記事は他サイトにいくつかの翻訳が存在するようだ。だから自分としては、わざわざ出来のわるい訳を掲載するより、そちらを見てもらったほうが正確だと思っていたわけだが、どうも今回あらためて詳細に見てみると、いくつかの誤訳があるようで、しかたなく記録用として新たに自分なりの拙訳を保存しておくことにした。
誤解してほしくないのは、既存訳の批判をする意味はないことだ。誤訳と感じる箇所の修正をし、改稿した、くらいの気持ちから拙訳を試みるのだということを、どうか了解してもらいたい。

また、モロー、という投手のことを知らない方々に紹介しておく必要があるかもしれないのは、モローという投手は「速球派の投手」だ、ということである。GMがズレンシックに変わる前のバベシ暗黒時代には、彼のような速球派の投手がたくさん集められたものだ。
マイナーの速球派の投手は、ピッチングがとかく単調になりがちなものである。2006年ドラフト1位のモローもなかなか芽が出ず、今シーズンはマイナーとメジャーを行ったり来たりしながら、コントロールの悪さと持ち球の少なさで苦しみながら、なんとかピッチングの安定化を図ろうともがいていた。
その彼にとって「カーブを投げるか、投げないか。投げるのなら、どのタイミングなのか」という問題は、単に球種を増やすの増やさないのというだけの問題ではなく、メジャー生き残りを賭けた大問題だった。また、ウオッシュバーンの変化球を磨きあげ「ドルフィン」の開発にも導き、彼のERAを飛躍的にアップさせた優秀な投手コーチ、アデアからの「もっとカーブを混ぜて投げてみな」というモローへの提案は、ピッチングの単調さに悩むモローの起死回生の策になっていたかもしれない、ということを、どうか理解してやってもらいたい。
その貴重な「コーチの指示」をメジャーの配球常識も無いのに間違った判断でゲームに生かさなかったコネ捕手の所業は言語道断である。


「メジャーの常識も知らないまま、コネだけで正捕手に居座るあんなプレーヤーに、メジャーの配球常識とも違う、今まで積み上げてきた自分のピッチングスタイルとも違う、さらには、チームの投手コーチの指示とも食い違う、意味のわからないサインを毎試合強要され、その勘違いだらけのゲームプランで成績を落とされ続けたんじゃ、もう、たまらない。あんなヤツに投げたくない。」
コネ捕手の加入以降続いてきた、もうベースボールとはいえないような理不尽さを停止させるために、2009年、先発投手たちは意を決して「一斉城島拒否」を打ち出したわけだが、それはある意味、投手陣の総意を受け、主戦投手たち自身も自分の選手生命を賭した「維新」だったわけである。
「維新」は、監督ワカマツなどチームサイドの優柔不断な首脳陣が提起したのではなく、プレーヤー自身が選手生命を賭して起こした波が原動力であって、彼らの勇気ある行動がダメ捕手を日本に追い返し、シアトルに健康的な前進をもたらした。けして優柔不断なワカマツが追い返す原動力になったわけではない。



Joh Leaves the Mariners, What Now For Both - MyNorthwest.com
2009年10月19日
written by 710 ESPN Seattle's Shannon Drayer

The Mariners were thrown a curve ball this weekend as Alan Nero the agent for Kenji Johjima informed Jack Zduriencik that his client was leaning heavily towards staying in Japan and playing close to home.
Today it was announced Johjima has opted out of the remaining two years left on his contract with the Mariners. According to Jack Z the opt out clause allowed for Joh to leave at anytime to return to play in Japan. There was no buyout.
There are reports out of Japan the Hanshin Tigers have targeted Kenji and are prepared to offer him a multiple year contract at 5 million dollars per year.
今週末、城島健司の代理人アラン・ニーロはマリナーズに、カーブを投げてきた。(ブログからの補足:カーブという球種は、城島がかねてから「投手有利のカウントに打者を追い詰めたときでないと投げない」としている決め球である、というのが、この記事の主旨。だから、この場合「カーブを投げてきた」という表現は、ここでは「カウントが整った」、つまり、「城島の帰国の意思が固まった」という意味にひっかけて使われているわけである)彼の依頼人城島が日本に戻り、家族の近くでプレーすることに強く傾いていると、GMジャック・ズレンシックに通知してきたのである。
そして今日、城島はマリナーズと交わした契約の残り2年をオプト・アウトすると報じられた。ズレンシックによれば、オプト・アウト条項により城島はいつでも日本でプレーするために帰国することを許される。これはバイ・アウト(=契約の買取り)ではない。日本からのレポートによれば、阪神タイガースが城島獲得を狙っており、年あたり5Mの複数年契約をオファーする用意がある、という。

Zduriencik stressed that this was a decision based soley on Joh's decision to play closer to home. He said that at no time this year had Joh expressed such a desire or showed that he was disgruntled with his current situation.
The writing however, was clearly on the wall for Johjima. At best this season he split the starting duties with Rob Johnson. Seattle's top three pitchers made it clear that they preferred to throw to Johnson and Don Wakamatsu made it clear that he was going to go with the catcher that his starting pitchers had the best belief in.
Johjima handled this turn of events as I have written many times, stoically. He did not cause trouble or express that he was unsatisfied other than the times when he would tease me that I didn't need to talk to him, I should go talk to Rob. There was one time when he said this to me that he was clearly unhappy but he did not let this effect the rest of his team.
ズレンシックは、より家族の近くでプレーするために城島が単独で決めた決断であると強調した。ズレンシックによれば、今シーズン中、ジョーが帰国の希望を表にあらわしたり、最近のシチュエーションについての不満を漏らしたことは、一度も無いない、とのこと。
しかしながら、城島の現実がどうだったかは明らかだ。(ブログ注:この部分が某サイトの訳で間違っている部分。「壁に大書されている」というのだから「事実は火を見るよりも明らかだ」という意味にとらなければなるまい)今シーズンせいぜい良くいったとしても、彼はロブ・ジョンソンとスタメンの座を分けあった、としかいえない。(現実には)シアトルの3人の主力投手たちはロブ・ジョンソン相手に投げたいと意思を明確にしていたし、監督ドン・ワカマツも先発投手たちが最も信頼するキャッチャーを選択する、と明言していた。(=事実上、「先発を分け合った」というのはリップサービスであって、実際には「正捕手の座を奪われていた」と、シャノンは言いたいわけである)
何度も書いてきたことだが、城島はこうした情勢の変化に冷静に対処した。トラブルを起こしたり、不満を言うことはなかった。せいぜい、私がロブ・ジョンソンのコメントを聞きに行かなくてはいけない時に、ジョーが「俺には話を聞かなくていいの?」とからかった程度のことだ。彼が不満を口ににしたのはこの時かぎりであり、彼はそのことが他のチームメイトに影響を及ぼさないようにしていた。

Joh's belief was that as the starting catcher he should catch every game he was physically able to. It was something he took pride in his first few years with the Mariners. Splitting catching duties must have been a bitter pill. The arrival of Adam Moore, regardless of how young he was no doubt was eye opening as well.
ジョーの信念は、体が許す限りすべてのゲームに先発捕手として出場する、というものだった。彼はマリナーズでの最初の数シーズン、それを誇りとしてきた。捕手の仕事をロブ・ジョンソンと分け合うことは、苦汁の思いがしたに違いないし、さらにアダム・ムーアが昇格にあっては、ムーアの若さ云々に関係なく、間違いなく彼は瞠目したことと思う。(eye opening、つまり目を大きく開くわけだが、驚くというよりは、自分の意図と違ったことで落胆や苛立ちを覚える意味だろうから、「瞠目する」という古いが正確な日本語がふさわしい)

Some have suggested that the communication issue was too much between a pitcher and a Japanese catcher. I did not see this at all as Joh worked hard at his English and it was actually quite good. I think the bigger issue was a battle of wills. While Ichiro has been able to bring his game to the US and make it work with Joh it was a different matter.
メジャーの投手と日本人キャッチャーの意思疎通の問題があまりにも大きすぎた、と言っている人もいるが、私はまったくそう思わない。ジョーは英語を一生懸命に勉強していたし、実際なかなか上手くなってもいた。
むしろ私は「意思と意思の戦い」がもっと大きな問題だった、と考える。イチローは彼独自のプレースタイルをアメリカに持ちこむことに成功できたが、その一方で、同じことがジョーにもできるかといえば、それは別問題だ。

I don't know that Joh necessarily called a game in the Japanese fashion but I do know that he had definite ideas about certain situations.
私は、ジョーが日本式でリードしたかどうか、必ずしも知っているわけではない。だが、ジョーが、あるシチュエーションに対して特定の考えを持っていることは知っている。

It finally occurred to me at the end of the season that Joh often would say in post game interviews that he didn't call for a breaking ball because his pitcher could not get ahead in the count. What if that was one of the pitchers best pitches?
今シーズンの終わりになってようやく気づいたのだが、ジョーは試合後のインタビューでしばしば「投手が有利なカウントに持ち込めなかったので、ブレーキング・ボールを使えなかった」ということを言っていた。では、もしそのブレーキング・ボールが、その投手の最高の持ち球のひとつだとしたら、どうするのだろう?

The real eye opener was in the game Brandon Morrow threw right before he was sent down. Don Wakamatsu had said in his post game press conference that it looked like Morrow's breaking ball was shaky the few times he threw it. When we asked Morrow about it he looked at us stunned and said that he didn't throw a breaking ball that game. The plan with Rick Adair and Joh going into the game was to incorporate the breaking ball, it was what he was working on but Joh never called one. His explanation, he couldn't get Brandon into a count where he could throw it.
本当にビックリしたのは、モローがマイナーに降格させられる直前のゲームである。監督ワカマツは試合後の記者会見で「今日のモローはブレーキング・ボールを何球か投げたが、どれも不安定に見えた」と話した。
私たち記者がモローにそれを尋ねると、彼は呆然と我々を見つめながら、「このゲームで自分はブレーキング・ボールは1球も投げてないよ」と言ったのである。
リック・アデア投手コーチとジョーがゲーム前に立てたプランでは、ブレーキング・ボールを交えるはずだった。だが、ジョーはそれを一度もコールしなかったのである。(=投手にカーブのサインを一度も出さなかった)ジョーの説明によると、モローがブレーキング・ボールを投げることのできるカウントに、ジョーが持ち込むことができなかったから、ということだった。
(ブログ注:この最後の部分を「モロー」を主語に「モローがブレーキング・ボールを投げるカウントにできなかった」と訳す方がいるようだ。だが、シャノンの原文をよく読んでほしい。「城島」を主語に、「城島が、モローにカウントを整えさせることができなかった」と書かれているはずだ)

(この後の部分もあるが、モローの話題が終わっているので略)







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