January 06, 2010


ランディの好きなもの


ビッグユニット」こと、300勝投手ランディ・ジョンソンがFAのまま引退を表明した。
あらためて彼のサイ・ヤング賞5回、という記録が痺れる。2009シーズンのヘルナンデスを見てもわかることだが、この賞、獲るのはどれだけ大変か。ランディは、そのサイ・ヤング賞を5回(95年にシアトルで受賞。その後1999年〜2002年にアリゾナで4年連続受賞)も獲っているのである。
また、試合中に鳥にデッドボールを与えたのは、たぶんメジャーでも、ランディ・ジョンソン、ただひとりだろうと思う。あれはあれで、たいへん懐かしい。あの鳥は出塁率100%のまま昇天した。

ランディ・ジョンソンの22年間のキャリアの記録

とか、なんとか、ねぇ・・(笑)頭の悪い新聞記者かライターなら、こういう誰でもわかること書いてお茶を濁しとけばてすむところだろうが、そうはいかない(笑)
ランディが現役を退いたことで、日本のMLBファンとしてはランディ・ジョンソンの実物に会って、握手のひとつもしてもらえる確率がかえって高まったことになる。喜ばしいことである。ランディ・ジョンソンにRock on!!!!、とでもいいたいところなのである(笑) 今後、新宿に行くMLBオタクは常に色紙を持参しとくべきだ(笑)
Big Unit officially ends 22-year career | SFGiants.com: News


ちなみに、上の記事には、さまざまな動画へのリンクがはられているが、MLB Tonight制作のランディ・ジョンソンのキャリア全体を眺めるA Randy Johnson retrospectiveというムービーは、一度みておく価値があると思う。
大投手になる前のモントリオール時代と初期のシアトル時代のランディが、いかにノーコンなヨレヨレ投手だったか。また、ランディが大投手になる道を歩みはじめることができたのが、ノーラン・ライアンにコーチされてピッチングを矯正してもらって以降であること、などなど、彼の素晴らしい投手成績を眺めているだけではわからない内容がドキュメント風にわかりやすく詰め込まれているからだ。さすがMLB Tonightである。

ノーラン・ライアンのコーチを受ける若き日のランディ・ジョンソンノーラン・ライアンの指導を受けるノーコン時代のランディ・ジョンソン
Baseball Video Highlights & Clips | MLB Tonight looks back at the career of Randy Johnson - Video | MLB.com: Multimedia

ランディ・ジョンソンの動画(公式サイト)
Multimedia Search | MLB.com: Multimedia

ランディ・ジョンソンのキャリア・スタッツ
Randy Johnson Stats, Bio, Photos, Highlights | MLB.com: Team


引退を表明したランディが、メタルはじめ、ロックミュージック・オタクであることは、一部ではよぉぉーーーーく知られている。
よく、彼が最も好きなアーティストがZEP、つまり、レッド・ツェッペリンだとか書いているサイトもあるが、そうでもない。
ランディが複数回行ってオトモダチ常連さん状態になっている某静岡県浜松のレコ屋さん(この方の名前、偶然だけど「スズキ」さんなんだよね。浜松らしい苗字だ(笑))のウェブサイト等の資料サイトを見れば、ランディのコレクションがジューダス・プリースト、ブラック・サバス、スコーピオンズ、ラッシュ、ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトンなどなど、たいへん幅広いものであることがわかる。

まぁ、ランディ・ジョンソンもこれでスプリング・トレーニングに行かなくてよくなったことだし、心置きなくレコ屋漁りができることになったわけだ(笑)だから、この冬には西新宿浜松に現れても、ぜんぜんおかしくない。これらの街に突然、身長2メートルを越す巨大なヒゲ面のアメリカ人がぬっと現れる確率が相当に高まったものとみていいのではないだろうか?(笑)
今年の冬はさすがに覚えている人がいるだろうから彼のコレクション選びの時間を邪魔しては悪いだろうけど、来年以降ともなれば彼のことを覚えている人はだいぶ減るだろうから、よけいにランディから直々にサインを貰えるチャンスは高まったんじゃないだろうか(笑)

ちなみに。
野球しか見ない人やMLBファンの場合、レッド・ツェッペリンというと、すぐにボストン・レッドソックスを思いだすかもしれないが、ZEPの「レッド」のスペルはLEDであって、RED SOCKS、赤靴下のREDとは違う(笑)
70年代バンドであるレッド・ツェッペリンのライヴが19年ぶりに実現したのは、2007年12月10日にロンドンで行われたアトランティック・レコード創設者アーメット・アーティガンの追悼コンサート。ランディはこのコンサートに、「ファンのひとりとして」行っていたらしい。
ランディ・ジョンソンが浜松のレコード店にふらりと現れたのは、その数日後、12月15日(日本時間)。某レコ屋さんのウェブサイトで「ジミー・ペイジはすごい、今まで見たなかでベストのライヴだった!」とランディ・ジョンソンが興奮しながら店主に話したというのは、もちろん、このコンサートのことだ。
たぶんランディは、コンサートのためにロンドンに行き、その興奮をキープしたまま日本に立ち寄ってレコード漁りをしまくり、それからアメリカに帰ったのだろう。つまり、ランディは、ロックのために「地球を一周」したのだ(笑)
ロックで世界一周旅行!・・ってアンタ・・・(笑)
本当にロック好きなんだなぁ。ロック馬鹿のランディ、大好き(笑)

2008年以降もあれこれとツェッペリン復活の噂はあるけれど、ソロ活動に専念したいロバート・プラントが「邪魔をするな」とカンカンになって否定しつづけているため、ツェッペリンの一時的な復活ライブが、次にいつ、どこで行われるのかは、ロバート・プラントのご機嫌次第という話。
だが、次のツェッペリンのライヴが、たとえ南極であろうと、宇宙ステーションの中であろうと、どこであろうと、ランディ・ジョンソンは必ず行くと思う(笑)
Led Zeppelin : レッド・ツェッペリン、21世紀に完全復活 / BARKS ニュース

ツェッペリンのギタリストといえば、もちろんジミー・ペイジだが、このジミー・ペイジも、ロック・オタクのランディ・ジョンソン同様に、西新宿の中古レコード屋でブートレグを漁りに来たのを目撃されたことがある。ジミー・ペイジの場合はどうも自分の演奏をコレクションしているようだ。
ジミー・ペイジがランディと大きく違うのは、ミュージシャンでなくMLBの投手であるランディは店でブートレグを買うのにお金を払うのに対し、そもそも原著作者であるジミー・ペイジの場合は、「自分の演奏しているブートレグをタダでもっていく」という点であるらしい(笑)やれやれ、ジミー・ペイジ(笑)

今回のランディ・ジョンソンの引退を記念して、ジミー・ペイジがランディになにか贈呈したりしないかねぇ。そしたらジミー・ペイジをもっと尊敬するんだが(笑)






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