July 11, 2010

セットアッパーのマーク・ロウはテキサス州ヒューストン生まれだが、クリフ・リーのトレードに巻き込まれる形でトレード要員になったために、奇しくも生まれ故郷テキサスのチームに移籍することになった。
今回のトレードについてロウはこんな風に言い、トレードされても気持ちがシアトルにあること、シアトルが彼の「野球の故郷」であることを話した。


Ex-Mariner Lowe still coming to terms with moving on

"This is the only team I've ever been with. They drafted me and I've been the setup man for them and helped them win a lot of ballgames last year and wish I could have been out there this year. It wasn't part of the plan, physically."
「ここは僕が唯一いたチームなんだ。僕をドラフトしてくれて、僕はここのセットアップマンとして去年はたくさんのゲームを投げてチームを支えた。今年も、もし叶うなら投げたかった。肉体的な問題で、それは無理だったけどね」


Mark Lowe
Lowe is still going through his rehabilitation following back surgery. He just had a post-op appointment and the doctor told him he's ahead of schedule. Though Lowe was unsure if he will be able to pitch this year.

(中略)

Lowe is a Houston native, so he will be hours away instead of thousands of miles away from family now. But that hasn't changed his emotions about leaving.

"It's a place I'm familiar with but this is home for me, my baseball home," Lowe said. "I looked forward to getting out of the desert as quick as possible to get up here every year and get the season started.
「(テキサスは生まれ故郷だから)たしかに慣れ親しんだ土地さ。だけど、ここシアトルが僕にとってのホーム、野球する上でのホームタウンなんだ。シアトルで毎年プレーできるように、できるかぎり早く砂漠(=テキサス)を抜け出せたらと願っているよ」



2009年7月にデトロイトに移籍させられる前のウオッシュバーンも「トレードされたくないんだ。だけど、いま自分のできることといったら頑張ることしかない。このチームでプレーしたいから頑張るんだ」と言っていた。カンザスシティに移籍させられたユニスキー・ベタンコートは、いまだに親友のロペスのネーム入りのバットを使っている。また、今シーズン途中にチームに出戻ってきたラッセル・ブラニヤンも復帰を心から喜んでいたようだし、あちらこちらのチームで問題を起こしてばかりいたブラッドリーもこのチームへ移籍できたことを心から喜んでいるとコメントしている。
マネジメントはいつもいつもどうしようもないチームではあるが、どういうものか、このチームの選手たち同士には愛着のわく人間関係が育つらしい。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2009年7月23日、ウオッシュバーンは「移籍したくない」といい、「プレーヤーが売り払われないために、頑張るしかない」と語った。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2009年7月27日、魚釣りの好きな男の父が息子に電話してきて「トレードされたのかい?」と尋ねた。息子は言う。it's not over.「チームはまだ終わってないよ。」そして彼は家族のために魚料理を作った。



もちろん、糖尿病という持病も抱えたマーク・ロウのシアトル復帰への願いがやすやすと叶うのが、野球という厳しいビジネス社会、人生という砂漠ではないとは思う。そんなこと、言われなくともわかっている。

そんなくだらない人生の手垢まみれの教訓よりなにより、トレードが決まってシアトルを離れる間際のマーク・ロウが、つらい気持ちのなかで
「ここが僕の故郷なんだ。戻ってきたい。」
とポジティブに語ってくれたことが、無性に嬉しい。

彼は別に「世間知らずの甘ちゃん」でもなんでもない。もしマーク・ロウが、グリフィーブランドン・モローのように、心のどこかでチームに対するネガティブな感情を持ったなら、こんなコメントは言わない。
むしろマーク・ロウは、「自分は今回のトレードについては、今は受け入れるしかないんだ」とわかっている、わかっているからこそ、「いつか復帰したい」と、素直な感情をポジティブに表現できたのである。
(勘違いしてもらいたくないのは、ブランドン・モローの場合、チームを去るにあたって多少チームに対するうらみつらみをクチにしたのには、そういう悪い扱いを受けてきた彼なりの理由があるのであって、それが悪いことだとはブログ主はまったく思わない)


マーク・ロウはメジャーリーガーとしてシアトルに戻ってくるラック、幸運に恵まれないかもしれない。だが、いま僕は、後ろ髪引かれながらテキサスに去っていく彼の活躍を祈らずにはいられない。

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