August 01, 2010

今日のミネソタ戦の結果の酷さはともかく、マイケル・ソーンダースの攻守にわたる向上ぶりには感心した。

とくに2本のレフト線の打球処理の鮮やかさには、ちょっと感動を覚えた。スライディングでフェンスにボールが届くのを阻止したのは素晴らしいし、その後の内野への返球も、動作が機敏なのがとてもいいし、返球そのものが強く遠くまでダイレクトに投げられるようになってきた。
また、バッティング面でも、苦手にしていたインローに落ちる変化球への対応にだいぶ改善の跡がある。たぶん自分でもなんとかしようと、ファンに見えないところで練習を重ねているのだろう。まだ変化が小さい場合に限られるにしても、変化球をだいぶ芯にとらえられるようになってきた。

ゲームに使われることでレフト守備も打撃もよくなりつつあるマイケル・ソーンダースだが、彼はこれまで、この最悪のシーズン中、誰かが怪我で休まないかぎり、ずっとベンチで我慢させられ続けてきたのであって、ほんとうに心が痛む。
たしかに彼の打撃には低めの変化球に弱点があったが、マイケル・ソーンダースの長打でどれだけ助かったゲームがあったことか。あやうくノーヒット・ノーランというゲームですら、彼のホームランで助かったことすらある。
彼の成長が楽しみだ。



先日、ローランドスミスについて、「あまりにも見苦しい選手」「見るに値しない」「この無能な投手が1勝10敗でも先発投手の権利を失わない理由を、本人と無能なGMは記者会見でも開いてファンに釈明するべきだ。」などとこのブログに書いたら、その途端、ローランドスミスが15日間のDL入りするという出来事があったばかりだが、こんどは、このブログで「小太りの扇風機」と書いたジャスティン・スモークがマイナー落ちした。(スモークの年棒調停のがれの対策だという話もあるが、ここまでくるとそんな小さい話題など、どうでもいい)

スモークのマイナー落ち、偶然にしては、まるで、どこかの会社のだれかさんが、このブログを読んであわててでもいるかのようなタイミングの「良さ」だ。


なんだ、いったい。
この、ローランドスミスに責任をとらせるタイミングといい、スモークのマイナー落ちといい、ささいな失敗を指摘されるのをおそれるド田舎の役場の小役人のような「みみっちいチームマネジメントぶり」は。

見苦しいにも程がある。



あんたたちの犯したミスは巨大なミスであって、ローランドスミスとスモークを下に落としたことくらいで言い訳できるような、そんな小さい代物ではない。

おまけに、この2人を落とした後釜にマイナーから上げてきたのが、移籍したくないと明言していた2009シーズンの先発3本柱のひとり、ウオッシュバーンを2009年7月末に無理矢理トレードまでして獲得したが、まるで使えもしなかった元デトロイトのルーク・フレンチと、三塁手としてはこれまで何度もテストして結果がわかりきっているはずのマット・トゥイアソソーポなのだから、何をしたいのか、わからない。
こんな2人をマイナーから上げてきたところで、「来期使える選手を見極めるための戦力テスト」にも、「来期スタメンで使う選手に実戦で経験を積ませる機会」にも、どちらの意味にもならない。

ファンを馬鹿にするにも程があるだろう、おまえたち。



とっくにわかっていたことだが、ズレンシックの選手編成は「もともとメチャクチャ」で、なおかつ「ツギハギだらけ」だったことがハッキリしてきた。

このブログではすでに何度も「ズレンシックの選手編成ぶりは、「選手同士の守備位置がダブりすぎているなど、無駄だらけ」と何度も指摘してきた。ズレンシックを神のようにあがめてきたアホウなメディアや、知ったかぶりの日本のMLBオタクもようやくわかったことだろう。
ズレンシックの編成は、内野、外野、投手、捕手、ほとんどすべてにおいて失敗したが、最大の失敗は、単に「無能なズレンシックが獲得してきた選手が期待どおりの活躍をしてくれなかったこと」にあるわけでない。

そんな失敗なら、よくある。
見苦しさはそんなことでは生まれてこない。


ズレンシックの失態が取り返しのつかないと言うのは、もともと機能するはずのない選手までも獲ってきて予算と時間とロスター枠を無駄にして、ファンの期待と時間と金を無駄にしたこと、機能のダブりまくった選手ばかり獲得してきて、限られた予算とロスター枠を無駄にしたこと、機能してない選手に対していつまでも見切りができずにチャンスを無意味に与え続けたこと、そして数々の選手獲得の失敗を、さらに無駄な選手獲得でツギハギに取り繕おうとしてさらに失敗を積み重ねたこと、また、不調の選手にプレー改善のチャンスとアドバイスを適切かつ柔軟に与えられる技量をもった監督もコーチも用意しなかったこと、などにある。

その結果、ズレンシックは、見苦しすぎるプレーをファンに見ることを強要し続けた。これこそは最大の失敗、失礼きわまりないファンの冒涜だ。

ファンは、ズレンシックのつまらないミスと、機能しない選手が無駄に与えられたチャンスを無駄に消費し続けるのを見せつられけ続けるために存在しているのではない。


たとえば守備位置の変更や打順を変える、控え選手といれかえて競争心を煽る、とかのように、現場の細かい工夫で選手の一時的な不調を乗り越えつつシーズンを送って、チームに一体感をもたらすのではなくて、GMや監督、不調の選手の犯し続けたミスをとりつくろうために、ツギハギだらけの「ミスをとりつくろうためだけの補強」をさらに何度も繰り返して行ったことで、もはや取り返しのつかないほど巨大な負債を作ったチームは、もはや破綻状態にあるといっていい。



イチロー以外の打撃の酷さや、先発以外の投手たちの酷さはもう言うまでもないことなので、守備について多少まとめてみる。書いていてあまりにイライラするので、キーを打つ指も、ちょっと怒りで震えるほどだ。


まず、内野守備だが、
2010シーズンにあたってマリナーズが内野守備を大きく動かしたもともとの原動力は「ショーン・フィギンズをセカンドに固定しようとした」ことにある。このことは、マリナーズファンなら誰でも知っている。

予備知識として、知らない人もいるかもしれないから、一応書いておくと、「使えないチビ、ショーン・フィギンズ」は、前の所属チームのエンゼルスでスタメン起用されだした初期の頃は「ユーティリティ・プレーヤー」としてスタートした選手だということを頭にいれるべきだ。
彼の守備の本職はセカンドでなくサード、どころか、かつては外野手としてもけっこうなゲーム数出場している。
つまり「使えないチビ、こと、ショーン・フィギンズ」は、使おうと思えば、外野ですら守らせられる「便利屋さん」だということを頭に入れておかなければいけない。
いつのまに「自分は大選手」と本人が誤解しているか知らないが、せめてオールスターに出られるくらいになってから、文句は言ってもらいたいものだ。

話を進めよう。

無能なズレンシックは、内野をいじくり倒して、「守備位置のダブりという、危うい地雷」をロスターにたくさん作りだした。(もちろんレフトとDHもいじくりたおして駄目にした)
「使えないチビ」フィギンズをマリナーズに連れてくるにあたっては、選手の年棒を釣り上げるので有名なスコット・ボラスが代理人をつとめるサード、エイドリアン・ベルトレをボストンに出し、セカンドの守備が上手くないといわれ続けてきたホセ・ロペスをサードにコンバートして、受け入れ準備を整えたフシがある。
ファーストのラッセル・ブラニヤンとは契約を見送って、かわりにフィギンズと同じ元エンゼルスのケイシー・コッチマンを連れてきた。ショートは、かつてショートを守っていたセデーニョとのトレードでピッツバーグから獲得してきたスペランカーでシーズン通して働けないジャック・ウィルソンだ。
ジャック・ウィルソンはセデーニョと同じポジションの選手だが、この「同じポジションの選手をわざわざ獲得してきてしまう」のは、無能なズレンシックの「悪いクセのひとつ」だ。



こう書くと、内野守備が鉄壁にでもなったかのような錯覚を持つかもしれないが、実際には、マリナーズは2010シーズンで「セカンドをフィギンズに守らせることに固執する、という大失敗」を犯した。大失敗というのは、「不調だろうが、なんだろうが、固執したこと」。そのことで内野手の起用は滅茶苦茶になった。

「使えないチビ」ショーン・フィギンズは、セカンド守備でエラーばかりしているが、そういう記録に残る、目に見えるエラーばかりではない。「見えないエラー」も多すぎる。
特に、ゲームでのキーになる場面、たとえばダブルプレーでの「送球ミス」「連携ミス」、ポップフライを追いすぎて外野守備の前進の邪魔をしてヒットにしてしまう、守備位置が悪くてゴロを外野に抜かれる、などなど、「記録にあらわれないミス」も毎週、どのカードでも見かける。お世辞にも、クレバーな選手とは呼べない。

フィギンズは守備の名手とかいう先入観にとらわれた地元メディアやファンサイトなどはなかなか認めないのだろうが、そんなことはどうでもいい。ハッキリ書いておかないと馬鹿はわからないだろうから、ここでハッキリ書いておこう。
フィギンズのセカンド守備はヘタ。
 セカンドで使う価値など、まるで無い。


しかし無能なマリナーズは、自らが犯した編成上の失敗の最大の事件のひとつである「フィギンズのセカンド守備が、上手いどころか、むしろ、ロペス以上に下手だった」ことがわかったにもかかわらず、「いまだにセカンドで起用しつづけている」という致命的なミスを、認めないという立場を貫いている。
それどころか、犯したミスをとりつくろうためにさらに無駄なトレード、無駄な選手起用を重ねて、金を無駄使いし続け、最初のミスについてお茶を濁そうとしてきた。


はっきりいって
フィギンズ程度のセカンド守備なら、ロペスで十分だ。
コッチマン程度のファースト守備なら、ランガーハンズで十分だ。
ジャック・ウィルソンの守備に多額のギャラを払うくらいなら、
ペーパーボーイ、ジョシュ・ウィルソンの打撃をとるほうがマシだ。
クリフ・リーをトレードの駒にして、スモーク程度の選手をもらってきてしまうなど、言語道断、もってのほか。その意味の無さは、言葉にならない。

なのに、だ。マリナーズは、ロペスをセカンドに、フィギンズをサードに戻して気分転換させるような工夫すら試してみることもまるでしないどころか、、
「使えないチビ。フィギンズ」の打順をいじることもせず、
打てないコッチマンにはチャンスをくれてやるクセに、
スペランカーのジャック・ウィルソンが怪我をしている間さにさんざん世話になったジョシュ・ウィルソンにはキレギレのチャンスしか与えず、
その結果、内野はどうなったかというと、打率が.250を切る打てないクセに守備もそこそこでしかない選手ばかりが雁首を揃えている。

そのクセ、彼らズレンシックがシーズン前に補強した選手がまるで打てないからといって
ただでさえダブついていた1塁手に、ブラニヤンを出戻り補強し、
名投手クリフ・リーを同地区に放出してライバルの補強に加担してまでして1塁手の小太り扇風機スモークを補強して
ただでさえダブついている1塁手を、意味もなくさらにダブつかせた。

こういう「補強のミスを、さらなる補強で埋めあわせしようとする無駄な行為」は、金銭感覚の乏しい貧乏人が「返せない借金を、さらに借金で埋めて体裁をとりつくろおうとして、借金を雪ダルマ式に膨れ上がらせる現象」と、まるでソックリだ。



同じような「雪ダルマ式にふくれあがる借金のようなツギハギ補強」は、レフトDHの選手起用でも起きている。

レフトの守備は、あの愛すべきラウル・イバニェスがフィラデルフィアに出ていってしまってからロクなことがない。
名前も出したくないほど見苦しい外野手、バーンズ」は、とてもメジャーの野球選手とはいえないどころか、草野球レベルの選手だった。にもかかわらず、この「バーンズの見苦しいプレーぶりを見ることを、ファンに強要しつづけた」のは、「マリナーズ」であり、ズレンシックである。
また、往年の守備もバッティングもできないのはわかっているグリフィーにすらわざわざレフトもやらせ、挙句の果てには名選手グリフィーのプライドと実績に傷をつける形で引退させた。この「老いたグリフィーの見苦しいプレーぶりと、悲惨な引退劇を見ることを、ファンに強要しつづけた」のも、ほかでもない「マリナーズ」であり、ズレンシックだ。


意味のない見苦しいプレーを見せ続けるのも、
限度がある。

GMも監督も、使えない選手も
さっさと次の世代に席を譲るべきだ。







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