August 19, 2010

子供の頃、夕暮れに家にあった斧で指に大怪我をしたことがある。

よく指先が飛ばなかったものだと今でも思う怪我だったが、そのときの最も覚えている記憶は指の痛みではなくて、父の「走り」だ。
父は出血し続けている指にタオルを巻きつけると、すぐに僕を背中に背負った。実家は住宅街にあるからタクシーが通りかかることはない。父はそのまま、街で大きめの病院まで一度も休むことなく走りぬいた。

近くの、といっても、数100mはある。地下鉄ひと駅分まではないが、普段は自転車で行くような距離の場所でもある。当時の自分の体重は、覚えてはいないが、小学校高学年ですでに身長が160センチ台後半にのるような子供だ、けして軽かったとは思えない。


父が走り出す前にどこかに電話をかけようとしていた記憶はまったくない。父は119番にもタクシー会社にもかけなかった。父がタオルを指に巻きつけたこと、父が走る背中、父が走りぬけた時間外の病院のロビーの薄暗さ。すべてを鮮明に覚えている。父は電話をかけることより、迷わず自分で走ることを選んでくれた。
いまは指はかすかに傷跡が残っただけで、機能はまったくなんともない。


Oriole Park at Camden YardsOriole Park at Camden Yards

成績不振で監督をクビにしたボルチモア・オリオールズの新監督になったバック・ショーウォルターさんの試合を何試合が見ることができたが、彼が本当に素晴らしい監督さんであることは、アンパイアに抗議に行くときの彼の「走り」ですぐにわかった。
このところのボルチモアの好調さの理由がここにある。本当に彼の「走り」は見る価値がある。

彼はまず、スタートダッシュに迷いがない。
気がついたときにはもうベンチから飛び出している。

そして、のろのろ歩いたりしない。せかせか、せかせか走る。
まっすぐアンパイアに向かう。迷わず走り寄っていく。

そしてなにより、けして背の高くない彼が「この事態をなんとかしてやらねば」と思いつつ懸命に走る、その切実な気持ちが、彼の態度の隅々にとてもよく表れていて、見ていてちょっと涙が出そうになった。



監督にもいろいろなタイプがいる。
ホワイトソックスのギーエンのような「気のいい兄(あん)ちゃん」もいれば、デトロイトのリーランドのような「厳格なおじいちゃん」もいる。

ショーウォルターさんは、さしずめ「父親」だ。
彼の走りっぷりが、まさしく「父親の走り」だからだ。

父親はいざとなったら無心で駆け出していく。もし子供が車にひかれそうになったら反射的に車道に飛び出していく。
「ショーウォルターは選手になにかあったら迷わず飛び出してくれる。」選手がそう確信できる人がベンチにいて自分のプレーを見守っていてくれると思えることが、どれだけ選手に戦う勇気を与えてくれることか。シンプルなことだが、ショーウォルターさんのような、「走り」で気持ちまで表現できる監督さんは、けして多くない。

判定がくつがえるかどうかはたいした問題ではない。ショーウォルターが走る、その「走り」が既に選手へのメッセージになっている。そのことが素晴らしい。
アダム・ジョーンズのサヨナラ・セフティーバントなど、ちょっと以前の大雑把なボルチモアならありえなかったし、以前なら諦めて投げてくれた負けゲームの終盤でも、今の彼らは諦めてはくれない。


シアトルは幸いにしてボルチモアとの3連戦を勝ち越すことができたが、そんなことよりショーウォルターさんの「走り」を見れたことで非常に満足。
もしあれを見逃したMLBファンがいたら、それはそれはご愁傷さま、あんないいものを、君の一生は本当にツキがないね、といいたい。あの「走り」を見たいがためにわざわざカムデンヤーズに通う観客が増えることは間違いない、そう思っている。

これからのボルチモアは楽しみだ。もともといい打者の揃っているチームだが、これからのボルチモアのゲームはアンパイアが誤審をしてくれないと、もったいない。
なぜって、ショーウォルター監督がベンチを光の速度で飛び出して、せかせか、せかせか駆けていくあの姿を見るだけで、高い入場料を払う価値が十分あるからだ。

それくらい、彼の「走り」は素晴らしい。







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