September 21, 2010

いやー。これは面白い記事だ。
ちょっと褒めているのとはニュアンスが違うけれど(笑)
面白い。絶対に読むべき記事。


シアトルの地元紙シアトル・タイムズの、無難な記事を書くしか能がなく、ちょっと保守的なコラムニスト、スティーブ・ケリーが、"The Tenth Inning"の制作にあたって、ケン・バーンズと共同監督のリン・ノビックイチローに行ったインタビューについて、なんとも哀れな記事を書いている。
正直、普段は無難な記事しか書かない人が、よくこんなあからさまな記事を人前に出したものだと思う。自分の欠陥を人前に晒したがるアメリカ版 太宰治か、とでも言いたくなる(笑)
Steve Kelley | Maybe all Ichiro owes us is hits | Seattle Times Newspaper



まずは、ケン・バーンズのコメント。
"There are so many factors," documentarian Burns said of the aloof Ichiro. "He needs to maintain, for the Japanese, the sense that he hasn't become Americanized. And he's so internally disciplined that, I think, his day-to-day relationship with the press isn't so important."

イチローを日々取材するプレスの一員であるスティーブ・ケリーを目の前にして「思うに、イチローが日々報道陣とどういうやりとりをするか、なんてことはさぁ、たいした問題じゃないんだ」と容赦なくコメントするケン・バーンズには、思わず膝を打ったし、思わず笑わせても、もらった(笑)
さぞかし、これまでシアトル・タイムズはじめ、必ずしもイチローに味方ばかりしてきたとばかりもいえない地元シアトルの「野球しかわからない新聞記者サンたち」は、心中、ヒートアップしたに違いない(笑)あー、可笑しいったらありゃしない(笑)
ケン・バーンズはさらに続けて「30年代の名女優グレタ・ガルボも、なんにも話さない人だったでしょ? イチローもそうだよね? だからこそ、話を聞いてみたくなるんじゃん。アンタ、わかる?」というような話をまくしたてていく(笑)

"He's negotiating a hugely different culture with a language that is so completely different and doing something at a level that few people have ever done," Burns said. "It's tough for (sportswriters), but we all get to enjoy the show."

"You know what they said about Joe DiMaggio," Burns said. "He owes us nothing but hits. And maybe, in the end, for as much as our media culture needs more, maybe Ichiro owes us nothing but hits."

Burns calls him Greta Garbo.

"He's so well known," Burns said. "And if you asked, of all the actresses of the thirties who was the most famous, your answer would be the one who never talked. It's a mystique."


スティーブ・ケリーが、ケン・バーンズとリン・ノビックに話を聞き、その感想みたいなものを書きつらねていくこの記事のタイトルは、Maybe all Ichiro owes us is hitsというのだが、読めばわかるのだが、この記事タイトルは、ケン・バーンズがジョー・ディマジオを引き合いに出してイチローについて語った言葉を、スティーブ・ケリーが貧弱にパクっただけのタイトルだ。このことは、絶対に頭に入れて、この文章を読むべきだろう。
なぜなら、この文章には、全米レベルではまったく無名の地方記者でしかないスティーブ・ケリーが、全米の有名人であるケン・バーンズに対して、同じく全米の有名人であるイチローについて話を聞くときの「なんともあからさまで、陰湿なヒガミ根性」が、たっぷりすぎるくらい入っていると思うからだ(笑)

インタビューした相手の言葉を貧弱にパクって自分の記事のタイトルにしてしまうスティーブ・ケリーは、実は、全米の有名人ケン・バーンズを前にして、これまで彼ら地元紙の記者たちが「イチローが野球というものを越えたアメリカ史クラスの存在であることに気づきもせず、イチローの野球における表面的にすぎないこと、うわっつらについてだけ、これまでとやかく、つべこべ書いてきただけであることを、とうとうあからさまにしてしまっている。
また、なお痛いことに、地方記者スティーブ・ケリーの筆力では、ケン・バーンズやイチローのようにアメリカ史に残ることなどありえない、という「お互いの立ち位置の違い」が、この記事のよって非常にあからさまになってしまっている。

哀れな「地方記者」スティーブ・ケリーの心は、おそらく相当痛んだに違いない(苦笑)


"There are so few players in every generation that are for the ages," Novick said, "and Seattle is lucky enough to have one like that on their team for a long time. You've been lucky to see him here for all these years. As a Yankee fan I feel the same way about Derek Jeter and Mariano Rivera."

こう語ったのは、リン・ノビックだが、おそらくスティーブ・ケリーにしてみたら、心底から屈辱的な感じがしたのではなかろうかとブログ主は思っている(笑)
なぜなら、リン・ノビックのこの言葉は、イチローをいつでも取材できる立場にあった地元メディアのライターの立場からしてみれば
「ヤンキースのジーターのように、これだけの歴史的な選手が身近にいて、きちんと彼のMLB史的な意味の取材もせず、また、彼の野球を超えたアメリカ史的な存在意義に気づきもしないで、それでよく『記者』がつとまりますね?」と、
正面切って言われたも同然だ
と、ブログ主は思うからだ。


"We see baseball as a prism through which we can see refracted much more than games won and lost," Burns said. "And really, steroids is the reason we wanted to do this. It wasn't obligatory. It wasn't like we said, 'Let's do the bad stuff, so we can get to the good stuff.' We wanted to tell a complicated 'Tenth Inning.'

"But can we just agree that baseball is the best game ever? It's an incredibly different game. It's so different from all others and it's been with us since our beginning. So it really is a reflection of who we are, more than any other game."


それでも、ケン・バーンズもリン・ノビックも、スティーブ・ケリーになんの遠慮も容赦もなく、コメントする(笑)
バーンズは、イチローをたとえるのに、ジョー・ディマジオだけでなく、グレタ・ガルボまで引き合いに出しただけでなく、野球専門記者を前にしてMLBの歴史の解説まで披露している(笑)

バーンズにここまで言われて、スティーブ・ケリーは、最後に悔しまぎれに、短くつぶやいた(笑)

And in this most American game, Ichiro, a player from Japan, has touched fans with his legs and his genius. Maybe all he has ever owed us is hits.

(笑)

あのさ。
いまさらそんなコメントを書いてどうするんだ、スティーブ・ケリー。そんなこと、とっくにわかってないと、ダメだったんだぜ?あんたたち。
と、ブログ主は、スティーブ・ケリー側に言ってやりたい(笑)
ケン・バーンズとリン・ノビックのコメント部分の力強さに比べて、なんとスティーブ・ケリーの書いた部分の「貧弱な」こと(笑)



このやりとりを追っていると、たいへん直撃で申し訳ないが、しょせん野球しかわからない記者は、野球記者以下の存在でしかないこと、が、よくわかる。
シアトルの野球記者たちが「野球史に残るような存在になれない」のは、ましてや「アメリカ史に残る存在になどなれない」のは、彼らが野球しか知らないからではない。
イチロー「あくまで野球を通して」懸命にプレーし続けることで、ついには「野球の枠を超えてしまい」、さらに「アメリカ史にも名前を残すような」存在になろうとしている。
そのイチローがもつ「ワン・アンド・オンリーな、何か」について、スティーブ・ケリーはじめ地元記者たち(加えて、日本の野球記者だってそうだろう)が、普段から十二分な敬意を払い、敬意を前提にした取材を行ない、本質的な何かを文字にしようと必死に務めてきたわけではなく、ただただ「野球のゴシップについて、あれこれ、グタグタ書くだけの職業記者でしかなかった」記者たちが、全米クラスの実力派作家に取材している最中に、足元をみられた話し方をされて屈辱を受けるのは当然のことだ。



スティーブ・ケリーもこれで思い知ったのではないか。
自分たちはイチローについてあれこれ書くのは、実は無理だ。なぜなら、ケン・バーンズのようにイチローを見る能力が無いからだ」と。

視野の狭い人間に残すものは、ヒットの数くらいで十分だ。
Maybe number of hits is enough for narrow person in view.
イチローの偉業は「ヒットの数」などという、小さいものではない。ケン・バーンズも言っている。「彼は野球を変えた」と。







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