October 06, 2010

3年目に自己最多の11勝を挙げてドジャースでの3年契約を満了した元・広島の黒田のコメントが、かなり面白い。配球マニアでなくても、必見だろう。
悩める黒田 残りたい理由と戻りたい理由とは…(野球) ― スポニチ Sponichi Annex ニュース
このブログで過去に書いたことの数多くの話とも、かなり響きあうので、ちょっといくつか記事を書いてみることにした。


ただ、この黒田のコメントを読む上では、まず最初に注意を促しておかなければならないことがある。それは球種の呼び名だ。

球種の呼び方、特に変化球の呼称は、ときに日米間で大差がある場合もある。また投手ごとにも、多少違いがある。
日米間で特に呼び方の差が激しいと思う球種はシンカーやツーシームのような、いわゆる「動くボール」の類(たぐい)だと思う。日米で「シンカー」と呼ばれている球は、実際には両国で大きな違いがある。

またメディア間、選手間で「こう握って、こう変化すると、シンキング・ファーストボール」とか、「こう握って、こう変化すると、スクリューボール」とか、絶対的定義が取り決められているわけでもない。
アメリカでは、なんでもキッチリしたがる律儀すぎる日本人からしてみればルーズだと叱られそうな話だが(笑)、場合によっては「なんだかわからないものは全部『チェンジアップ』と呼んで済ましておこう。それでいいじゃん。そうだ、そうしよう」などという場合も多々ある(笑)

投手にしてみれば「いま投げたのはサークル・チェンジです。次の球はスクリューボールです。」と、記者の質問にいちいち答えるわけでもなんでもない。
だから、映像で試合を実況するスポーツキャスターが、スローVTRの再生動画をチラッと見て、握りがなんとなく「サークルチェンジ風」だから「サークルチェンジ」と呼んだとしても、当の投手本人に言わせれば「あれはシンカーだよ?何いってんの」とか、違うことを思っていることだって、よくある。


また日本のプロ野球でプレーしているのにアメリカ風の球種分類に沿って話のできる日本人投手やコメンテイターもいれば、逆に、せっかくアメリカでプレーしているのに、いつまでたっても日本風の球種分類でしかコメントできない日本人捕手(笑)・日本人投手も、いる。
例えば中日ドラゴンズの山本昌のことを「スクリューボール投手」などと紹介するサイトは数多くあるわけだが、山本昌本人は「自分の投げるシンカー系の球を、全部スクリューだと言っている」わけではない。(また本人は自分を「速球派」といっているのは有名)

実際、ある実際のゲーム後、山本昌は「打者Aにはスクリュー、打者Bにはシンカーを投げた」と、きちんとスクリューとシンカーを区別したコメントをしている
相手打者が右か左かによってボールをどちら側に曲げるかを決め、何種類かのシンカー系の球種を、しかも高低にコントロールして投げ分ける山本昌独特のピッチングスタイルは、むしろ非常にアメリカっぽい。彼のコメントのシンカーとスクリューボールの分類も、きちんとアメリカ的な分類に沿っていて、彼はコメントにおいても、この2つの球種が混同されることもない。
これはたぶん、山本昌が若い頃にドジャースのキャンプを経験していて、オマリー家の墓地で眠る故・アイク生原さんなどに変化球をたたき込まれたことが大きく影響しているに違いない。
山本昌はメジャーでの登板経験こそ投げないが、ピッチングスタイルにおいて非常にアメリカ的な部分があって、引き出しも多いヴェテランだけに、たぶんドジャース経験後の黒田と山本昌には通じ合う部分が多いに違いない。


黒田は、スカウンティングの発達により、すぐに研究されてしまうアメリカ野球を生き抜くために、たくさんの大投手たちに教えを請い、ピッチングのコツを教えてもらってきたようだ。投手王国・名門ドジャースならではの人脈も、彼に幸いしたのだろう。

黒田「メジャーはスカウティングシステムが発達していてすぐに研究されてしまう。だから常に進化していかないと、やられてしまう(中略)(だから、グレッグ・マダックスクリス・カーペンターに直接指導してもらうなどして)いろんな勉強をして引き出しをたくさんつくった。(中略)
日本では小さい頃からきれいなフォーシームを投げる練習をするけど、こっちはスタートから違う。もちろんフォーシームで結果を残す投手はたくさんいるけど、合わない投手もいる。僕が動くボールを見せることで違う方向に行けば、違った結果が出る可能性もあると気づいてもらえればいい
悩める黒田 残りたい理由と戻りたい理由とは…(野球) ― スポニチ Sponichi Annex ニュース


黒田と山本昌、引き出しの多い職人気質のヴェテラン投手2人のピッチング談義があったら、ぜひじっくり見てみたいと思う。彼らのようなスタイルのヴェテランの話にこそ「メジャーでも通用する日本人投手の新しいピッチングスタイル」「日本野球のレベルを一段引き上げる日本の投手の新しいスタイル」が見えてくるかもしれないと思うからだ。



余談だが、この10年の長きにわたって、シアトルが投手の育成やトレード、バッテリーワークの構築において犯し続けてきた根本的な間違いも、たぶんこういうところにある。
シアトルが育ててきたのは、「4シームがちょっとばかり速いだけで、後は何もない投手」だが、彼らは、黒田投手の言葉を借りれば、『引き出しのまったく無い投手』ばかり」であって、スカウンティングが発達し、打者の対応技術も高いアメリカでは、そんな投手たちはすぐに何の役にも立たなくなる。

なのにシアトルは、誰が陰でこのチームを指揮してきたのか知らないが、「ストレートの速い投手ばかり並べて、日本人キャッチャーが決め球のストレートをアウトコースの低め一杯に決めさせる」なんていう思い込みひとつで、大金をかけてチームをがむしゃらに作り上げてきた。
そのセンスの、まぁ、老人臭いこと、カビ臭いこと。野球の世界にまだ球種自体が少なくて、速球投手全盛だった村山江夏の時代の日本野球じゃあるまいし。
誰がこのチームにクチを挟み続けてきたのか知らないが、この西海岸のチームだけは、広いメジャーの片隅で、こっそりと、そういうカビ臭い懐古趣味の実験を、10年もの間、続けてきたのだ

勝てるわけがない。







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