October 25, 2010

NLCS Game 6
9回裏、2死1、2塁。フルカウント。
ライアン・ハワードはなぜ、
あの、きわどいブレーキングボールを振らなかったのか?

ESPNJorge Arangure Jr.の興味深い記事によると、ハワード本人いわく、「ここでブレーキングボールが来ることはわかっていた。でも『ボール』だと思ったから振らなかった」のだそうだ。
So realistically, Howard knew that Wilson likely would throw a breaking ball. When it came, Howard was not surprised. He simply didn't think it was a strike. So he didn't swing.
MLB Playoffs: Philadelphia Phillies' run as National League champions comes to an end - ESPN


NLCSでフィラデルフィアは、得点圏にランナーを送る得点チャンスが45回もありながら、得点できたのは、わずか8回。またライアン・ハワードはNLCSの22打席で、12打席も三振した。
これらのデータは、2010年のポストシーズンでフィラデルフィアがいかに「打撃面で失敗してしまっていたか」を示していると同時に、ナ・リーグ各チームが、今年のレギュラーシーズンにおいて、いかにフィラデルフィア打線のスカウンティングに成功していたかも意味すると、ESPNのJorge Arangure Jr.は考える。

ライアン・ハワードが、ここで自分が凡退したらNLCSは終わりという、あの緊迫した場面で、「変化球が来るのがわかっていた」と自分で言うわりには、思い切りのいいバッティングができなかった。
このことの背景についてESPNの記事は「フィラデルフィア打線の『ストレート狙い封じ』のスカウティングが効を奏した」としている。

詳しいことは、後で説明するとして、もしハワードが「変化球が来るのがわかっていた」とまでいうなら、ボールを見極めて押し出しのフォアボールを選ぼうとするような「消極的バッティング」をせずに、なぜ、むしろ積極的にきわどい球をスイングして、タイムリーでヒーローになろうとしなかったのか、または、カットしなかったのか、誰しも疑問に思ったはず。
それに、すでに記事にしたように、今年のNLCSの審判団は必ずしもフィラデルフィア有利な判定をしてはくれないことはわかっていなければならなかった。
「変化球がくるとわかっていた」「ボールだと思った」は、残念ながら、単なる言い訳に聞こえてしまう。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年10月21日、ちょっと心配になるロイ・ハラデイの「ひじ」と、「アンパイアのコール」。今日の球審は、今年8月、これまで一度も退場になったことのないニック・マーケイキスと、監督バック・ショーウォルターを退場にしたJeff Nelson。



fastball counts


ESPNの記事は、フィラデルフィアの打者がNLCSで「精彩のないバッティングに終始した原因」を、こんな風に分析している。
All year, teams had stopped throwing the Phillies fastballs in fastball counts, a result of enhanced scouting -- and the byproduct of years of offensive success.
「スカウティングが進んだ結果、シーズン通じて、対戦相手のチームがフィリーズに fastball countsで、ストレートを投げてこなくなった。これはフィラデルフィアが打撃面において成し遂げ続けてきた成功の副産物だ。」


この記事のいう「fastball counts」というのは、もちろん3-0などの「投手がストレートを投げてきやすいカウント」を意味するわけだが、その背景にはやはり日米の配球の考え方の差異があり、それを踏まえてから読まないと、意味がわからなくなる。

メジャーの場合、カウント2-0、3-0のような「ボール先行カウント」は、イコール「投手がストライクゾーン内に確実に投げやすい球種であるストレートを投げて、カウントを改善すべき場面」を意味する。だからほぼ「ボール先行カウント」が、ほぼfastball countsであることになる。

だが日本では、かつて紹介した阪神・ブラゼルのコメントや(ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:メジャーと日本の配球論の差異から考える「城島問題」 『damejimaノート』 序論:2009年9月30日、大投手ハラデイの「配球芸術」を鑑賞しながら考える日米の配球の違い)、ファンの野球観戦経験からもわかるとおり、日本では、「カウント3-0、2-0でも変化球を投げる野球文化」が発達しているために、「ボール先行カウント」がfastball countsには、ならない。


ただ、メジャーでいうfastball countsには、いくつか違う説明パターンがあることには注意しなければならない。

1)3-1、3-0の2つ。いわゆる「ボール先行カウント」のうち、3ボールになっている場合のみを指す。
例:fastball count - Wiktionary

2)2-0、2-1、3-0、3-1の4つ程度。いわゆる「ボール先行カウント」のうち、3ボールの場合だけでなく、2ボールのケースも含む。
例:Be A Better Hitter -- The Pitch Count

3)ブログによる補足項目:
アメリカでの定義としては上の2項目が正しいだろうが、さらに0-0、1-0を加え、打者側からみた「ストレートを強振していいカウント。ストレートを狙い打つのが効率のいい打撃につながるカウント」と、広く考えてみたい。具体的には、0-0、1-0、2-0、2-1、3-0、3-1。平たい日本語でいなら「ヒッティングカウント」。 資料例:Hitting by Count

fastball countsの定義として正しいのは上の2項目だろう。
しかし、この2つの定義だけだと、ESPNの記事がいう「ストレート狙いのフィリーズ打線に対するスカウティングが厳しくなって、fastball countsでストレートが来なくなっている」という話に完全にフィットしているようには思えない。
2-0や3-0などの、いわゆる「ボール先行カウント」限定でストレートを投げるのを止めるだけで、フィラデルフィア打線を湿らせることができると思えないからだ。
むしろ、「カウント0-0、1-0も含めたヒッティングカウントの多くで、ストレートが来なくなった」と考えるほうが、より記事の主旨に合う感じがする。

そこで、いちおう補足項目3も付け加えておくことにした。3では、ほぼfastball counts=ヒッティングカウントという意味でとらえている。
早くストライクをとって早く打者を追い込みたいメジャーの場合、0-0や1-0のような「早いカウント」も、ストレートが配球されやすいカウントであり、それは、打者側からすると「ストレートを狙い打ちすることで、ヒットを稼ぎやすいカウント」ということになる。


さて、fastball countsで、ストレートが来なくなる」と、打者の打席でのパフォーマンス、そしてゲームの流れは、どう変わってくるのだろう?

damejimaノート風にいうと、こんな風に解釈できる。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:メジャーと日本の配球論の差異から考える「城島問題」damejimaノート

「1人の打者に投げる球数」が多くなる
●フルカウントや2-2のようなカウントが多発する
●結果、ゲーム時間がだらだらと長くなる

と考える。


何度となく書いてきたように、メジャーの典型的な配球の思考方法というと、「ストレートで入って、カウントを作り、変化球で決める。典型的な決め球をひとつだけ挙げるとすると、ホームプレートの真上に落ちる変化球」ということになる。
また、2-0、3-0といった「ボール先行カウント」では、メジャーの投手は必ずストレートでストライクをとりにくる。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:メジャーと日本の配球論の差異から考える「城島問題」 『damejimaノート』(1)「外角低め」「ストレート」という迷信

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:メジャーと日本の配球論の差異から考える「城島問題」 『damejimaノート』(3)「低め」とかいう迷信 あるいは 決め球にまつわる文化的差異

比較:日本の配球文化
日本野球では最も典型的な決め球は、アウトコースの低め一杯に決まるストレート(またはスライダーやフォーク)。アウトローで勝負するのが安全であり、理想的という考え方が根強くあり、メジャーとはまるで逆。また日本では、2-0、3-0というボール先行カウントでも、投手は変化球を投げる。これもメジャーとは逆。


さて、ESPNの記事に戻ると、2009年までフィラデルフィアの打撃が劇的にうまくいっていた理由は「fastball countsで、投手のストレートを打ちこなしていたこと」にあることになる。
Fangraphのデータで確かめてみると、たしかに2008年、2009年のフィリーズは、ナ・リーグで最もストレートに強いチームだった。どうやら、2010年にスカウティングされ対策されるまでのフィラデルフィアの打者が「ストレートを打ちまくって、荒稼ぎしていた」のは、どうも確かなことのようだ。
だが、2010年になって事態が変わり、ストレートへの対応力は急激に下がっている


2008年のPitch Value
National League Teams » 2008 » Batters » 7 | FanGraphs Baseball
2009年のPitch Value
National League Teams » 2009 » Batters » 7 | FanGraphs Baseball
2010年のPitch Value
National League Teams » 2010 » Batters » 7 | FanGraphs Baseball

2009年までのフィラデルフィアの打者たちは、ストレートを狙い打ちして、ヒットを荒稼ぎしてきた。だが、2010年に突如として「ストレートが来るのを期待できなくなった」ということは、フィラデルフィアの打者にとって、どういう意味があっただろう?

メジャーのfastbal countsは、ほぼ「ボール先行カウント」と重なるわけだが、さらに細かいことを言えば、「早いカウント」や「インコース」などにも、「投手がストレートを投げてきやすいカウントやコース」は点々と存在している。
例えば、早いカウントで狙い打ってヒットを稼がせてくれた「ストライクになるストレート」が来ない。インコースを変化球でえぐられる。1-0、2-0、3-0などの「ボール先行カウント」ですら、いくら待ってもストレートが来ない。そういう投手の巧妙な攻めにばかり遭遇するシーンが、フィラデルフィアの2010年レギュラーシーズンに多々あったのかもしれない。

予想されるシチュエーション
●早いカウントから変化球のオン・パレード
●投手は、勝負どころでのストレート勝負を避けてくる。また、早いカウントでも、ストレートは投げない。ストレートで早め早めに打者を追い込もうともしない(特にランナーズ・オンの場面)


変化球のボール・ストライクの見きわめを要求される中で、じっくり待球型のバッティングをすることは、四球が多いことで有名なボビー・アブレイユばりに、たくさんの変化球の中から「自分の打てる球」を探りあてられる能力が求められる。また、フルカウントや、2-2などのカウントでも、きわどい変化球に対応できる柔軟性を求められる。

そういう能力は急には身につかない。

変化球に苦戦し続けているうちに、いつのまにかフィラデルフィアの打者から「かつての勢い」が消えていくのが、なんとなく想像できる。
たしかに、もし「いかにもストレートが来そうなカウントで、突然、ばったりとストレートが来なくなった」なら、打者としては非常に苦しい。
2010年シーズンのフィラデルフィアの打者は、要所要所で遭遇する数多くの変化球への対策を見つけられないまま、ポストシーズンを迎えたのかもしれない。


9回裏2死1、2塁。ライアン・ハワードの打席に戻ってみる。

ここまで書いてくると、NLCSの最終戦、Game 6の最終回の様相が、簡単ではないことがわかってくる。
San Francisco Giants at Philadelphia Phillies - October 23, 2010 | MLB.com Wrap

2010年10月23日 NLCS Game 6 9回裏 ハワード 三振

初球ストレートの空振り
前の打者、チェイス・アトリーは四球で歩いて、1塁走者を得点圏に押し上げることに成功した。
それだけに「四球直後の初球を狙え」というセオリーどおりに言えば、ハワードにとって、初球の、四球直後にストライクを取りにきた真ん中高めのストレートこそ、まさにfastball countsだったはず。
だがハワードは、その、まんまとやってきた「真ん中高めのおいしいストレート」を空振りしてしまっている。これは大失態といっていい。

4球目、2-1からの「スライダー」の見逃し
この打席で投球された7球のプロセスで、上に書いたfastball countsの定義に最もあてはまるシチュエーションは、カウント2-1からの4球目だ。ここでストレートが来てもおかしくない。
だが、このfastball countsでサンフランシスコのクローザー、ブライアン・ウィルソンが投げたのは、アウトコースいっぱいのスライダーであり、ストレートではなかった。
ハワードは、この4球目、fastball countsの定石どおり、ストレートを待っていたのだろうか? そこまではさすがにわからないが、ともかくライアン・ハワードは4球目のスライダーを見逃し、カウント2-2と追い込まれてしまった。

7球目、フルカウントからの「スライダー」の見逃し
そして、7球目。6球目のインコースのストレートをファウルしていたハワードは、7球目の真ん中低めいっぱいのスライダーに手が出ない。三振。ゲームセット。


終わってみると、ブライアン・ウィルソンの配球全体の流れそのものは「ストレートから入って、変化球で決める」という、典型的なメジャー的配球をした。大きな視点でみた場合、ウィルソンの配球はメジャーの典型的パターンで、とくに変わった点はない。
では細かい点で、とくに変わった点はあるだろうか。探せば、やはり4球目のfastball countsに目がいく。この「ストレートを投げることが多いボール先行カウント」で、「ストレート」ではなく「スライダー」を投げた4球目だけが、風変わりといえば風変わりであることに気づく。
そしてライアン・ハワードは、2009年までのフィラデルフィアの打者がそうだったように、ストレートは基本的に振り、変化球は基本的に見逃した。人間、習慣はなかなか変えられないものなのだ。


なるほど。
そういうことか。と、思う。

この「要所でフィラデルフィア打線にストレートを投げない戦略が、いかにフィラデルフィアの打者たちの狙いを迷わせたか」という視点で、このNLCS全体を見直してみたくなった。
2010 Postseason | MLB.com: Schedule







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