November 05, 2010

アンディ・アイアンズ追悼のためのパドル・サークル


まさか、としか、言いようがない。

なぜ。

Andy Irons 1978 - 2010

【訃報】 元世界チャンピオン、アンディ・アイアンズが死亡 News - ASP Japan Tour - 最新ニュース - ASP Japan Tour

サーフィンはマーケットの小さなスポーツだから、MLB好きのアメリカ通の人でも、彼のことを知らない人は多いと思う。
ハワイのカイルア島出身の彼は、フロリダ出身のケリー・スレーターと並んで、アメリカン・レジェンドの一人。亡くなったのは、テキサス州ダラスだ。


Andy Irons(アンディ・アイアンズ)。
32歳。


11月5日金曜日に彼の追悼のために青色の服を着よう、という話が広がっている。Wear Blue For Andy Irons On Friday.

ニューヨーク生まれで、今年1月に91歳で亡くなったJ.D.サリンジャーの短編に、A Perfect Day for Bananafishというのがある。アンディ・アイアンズはバナナフィッシュになって海に帰ってしまった。
多くのサーファーたちがバドルアウトしていき、沖で手を繋いで円になって、彼の突然の旅立ちを見送った。

130 surfers took part in a service to remember ANDY IRONS
United in grief, 130 surfers form circle in the sea for champion Andy Irons as investigators 'find methadone in room where he died' | Mail Online

Andy Irons – Overdose of drugs led to Andy Irons’ death ! | TellyCafe.com

Surfing champ Andy Irons' death may be an overdose - Game On!: Covering the Latest Sports News

Andy Irons: Speculation About Death of Surfer Intensifies After Prescriptions Found in Room - ABC News

Radio New Zealand : News : Sports : World surfing boss knew of Irons' health problems

Surf champ Andy Irons' death a possible drug overdose - National Celebrity Headlines | Examiner.com


アンディ・アイアンズの死は当初、デング熱によるものと伝えられていた。だが、やや時間がたって、Methadoneによるオーバードーズが原因という見解が報道されるようになっている。(USA Today, ABCなど)


MLBにステロイド問題があり、そして近年のツール・ド・フランスには常に血液ドーピングの問題がつきまとっているように、プロスポーツ、そしてオリンピックをはじめとするアマチュアスポーツ、ありとあらゆるスポーツには、たくさんの、繰り返されてきた薬物問題の存在がある。
薬物の問題からいつも痛感するのは、競技に薬物をもちこむことの是非そのものより(薬物の力で勝つなど、もってのほかに決まっている)、むしろ、「他人に勝つ」という行為そのものが、人間にとって、どれだけ強い麻薬的な行為か、ということ。

つまり人間は、一度「他人に勝つ、という麻薬的行為の味」を覚えたら、なかなかそれを止めることができない。勝利の瞬間、脳内に撒き散らされるあのドーパミンの味を、人は覚え、やがて溺れる。その興奮をとことん味わい尽くそうと、薬物に手を出す者もでてくる。


走る、という行為がそうであるように、サーフィンは、スポーツである一方で、内省的でスピリチュアルな文化、という側面をもつ。ある立場の人にとっては娯楽でしかないが、別の立場の人にとっては宗教であり、また、ある立場の人にとっては哲学になる。
このことはランニングだけでなく、文学や音楽などにしても、同じことが言える。ある人にとっては単なる娯楽でしかないランニングや文学や音楽が、別の立場の人にはドラッグと同等以上の重さと価値をもち、習慣性が存在し、身の破滅を招くこともあり、身を守る哲学にもなりえる。

人は、ランニングや文学から、果ては割り箸の袋のデザインに至るまで、あらゆる人生のアイテムを、宗教やドラッグにしうる。人はいつだって、自分の熱中するものに宗教や哲学を見いだしたがるからだ。そして宗教的恍惚に浸るとき、人はえもいわれない恍惚感を感じる。やっかいな生き物だ。
それがサーフィンであろうが、割り箸の袋であろうが、田舎の鉄道の無人駅だろうが、それは変わらない。人はある意味、自分の歩く道すがらに宗教や哲学を見いださずにはいられない、哀れな弱い存在なのだ。

だからサーフィンだけが特別ということはありえない。サーフィンはたしかに、サーフィンだけは特別、と思いこませるほど魅力あるカルチャーだが、サーフィンは、サーフィンだ。サーフィンが、割り箸の袋より文化的に偉いかどうかは、それぞれの人が自分の価値観で決める。


うまく書けるとは限らないが、アンディ・アイアンズの死因についてきちんと考えを書こう。
もし彼の死がオーバードーズが原因なら、単に軽い病気をこじらせただけの死であるかのように装って、真実を覆い隠す必要など、まったくない。
むしろ、そういう恥ずかしい行為こそ、彼の死の尊厳を冒涜するものだ。もしオーバードーズならオーバードーズと、ハッキリ伝えるべき。もしそれが彼の人生の一部だったのなら、隠すほうがどうかしている。
アンディ・アイアンズが、お坊ちゃま的、いい子ちゃん的サーファーだったのならともかく、彼がそういうタイプでないことくらい、誰だって知っている。いまの現実のビーチは、かつてビーチボーイズが歌ったような牧歌的な世界ではない。アンディ・アイアンズは、シド・ビシャスではないが、フランク・シナトラでもない。

波には本来、良い波も、悪い波も、ない。
海はいつでも海だし、波はいつでも波だ。

もし、「いい子で、サーフィンの上手いアンディ・アイアンズ」だけがアンディ・アイアンズの人生だ、なんて映画があったら、そんなクソつまらないシナリオの映画に用はない。
上手に乗れた波は彼の人生の一部だが、彼が上手に乗れなかった波もまた、まちがいなく彼の人生の一部だ。良い波に乗って勝ったアンディだけがアンディで、良い波に綺麗に乗るのがプロだ、と考えたがる人がサーフィンをビジネスにしているのかもしれないが、そんなのは嘘だし、どうでもいい。

死に様で、彼が波乗りとして築いてきた偉業も死に至ってしまうかどうかについては、例えば音楽の世界で、オーバードーズで死んだミュージシャンの肉体的な死の後、そのミュージシャンの音楽が死に絶えてしまうかどうか、考えるといいと思う。彼の生前のサーフィンが強いものだったのなら、風雪に耐えて生き残るし、そうでないなら死に絶える。それだけのことだ。
また、ガンで亡くなった忌野清志郎が、オーバードーズで死んだミュージシャンより偉くないと考えるくらい馬鹿馬鹿しいことはないのと同じように、オーバードーズで死んだからといって、それを理由に彼を持ち上げる必要もない。


彼は一時ワールドツアーから身を引こうとしていて、復帰を果たしたばかりだった。
彼がツアーから身を引いた理由はよくは知らないが、短すぎる時間の中で勝ち負けを決める「見世物としてのサーフィン」のストレスに無意味さを感じたのかもしれないし、「勝つ」という行為の麻薬的な習慣性を断ち切りたいと願っていたのかもしれないし、よくはわからない。また、ツアーに復帰するにあたって、一度は否定した「ツアーのサーフィン」を再び肯定するにあたって、どういう迷いや割り切れなさ、せつなさを抱えていたのかも、よくはわからない。
かつての世界チャンピオンだったトム・カレンも、ケリー・スレーターも、一度ツアーを止め、そして復帰している。もっといえば、あのマイケル・ジョーダンですら、一度バスケットをやめて、MLBに挑戦していた時期がある。アスリートだけでなく、人の歩いていく道の果てには「迷い」という地雷が、そこかしこに埋まっている。

迷うことは恥でもなんでもない。
人はいつか迷いを自分の身体の一部にしていかないと、パドルアウトした沖から岸に帰ることができなくなり、いつか溺れてしまう、と、そんなことを彼の死因がはっきりしない今は思うのだ。


たしかに、短すぎる競技時間、大会の開催期間の有限なデッドライン、クソみたいな波でも勝ち負けを決める「見世物としてのサーフィン」には無意味さもないわけではない。
じゃあ、短かすぎる人生の中で勝ち負けを決めていく「ぼくらの見世物としての人生」は、どうなのだ。

無意味なのか。

海にも陸にも、逃げ場なんてない。どんな場所にもストレスはあり、どんな場所にも波はあり、良い波もあれば悪い波もある。
そして、どんな場所にも楽園がある。

ぼくらは、自分がいやおうなく乗るべき一度だけの波に、毎日立ち向かう。どう乗ればいいのか。わかっても、わからなくても、岸で見ていても、いつかぼくらの人生は終わってしまうんだ。

だったら。
パドルアウトしないわけにはいかないじゃないか。

Methadone
Methadone - Wikipedia, the free encyclopedia

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