January 08, 2011

たぶん去年亡くなった名物アナウンサーデイブ・ニーハウスさんも草葉の陰で喜んでいらっしゃることだろう。
元マリナーズGMでもあるパット・ギリック氏と、カル・リプケンや、オマル・ビスケールとのコンビで知られる名二塁手ロベルト・アロマーがそろって殿堂入りを果たした。今年は春から非常に目出度い。

Pat Gillick - Wikipedia, the free encyclopedia

2011 Hall of Fame Voting - Baseball-Reference.com


日本のマリナーズ・ファンは誰もが知っている話だが、ギリック氏はマリナーズに来る前に、トロント・ブルージェイスのGMとして、地区優勝5回、2年連続ワールドチャンピオン、またボルチモアのGMとして地区優勝するなど、既に大きな成功をおさめていた。
マリナーズのGMになってからも、チームをシーズン勝利数のMLBレコード116勝を記録するような強豪にし、また、マリナーズの年間観客動員数を当時のMLBトップにもしており、さらに最近ではフィラデルフィアのGMとしてワールドチャンピオンになっているわけで、彼のGMとしての手腕の素晴らしさは言うまでもない。


ブルージェイズは、MLBがチーム数を増やした1977年のエクスパンジョンで、マリナーズなどとともにできた新しいチームなわけだが、ブルージェイズでの前任GMは、あのビル・バベジの兄のピーター・バベジ(苦笑)。ピーター・バベジ時代のトロント・ブルージェイズは創設されたばかりで、創設翌年の78年から3年連続100敗以上、82年まで6シーズン連続の最下位を記録している。
もちろん、マリナーズでのギリックの後任は、ピーターの弟の、あのビル・バベジなわけで、名伯楽ギリックはどういうわけかバベジ兄弟と縁が深い(笑)

創設されたばかりの球団はどうしても負けてばかりの時期を経験するものだが、ギリックは(どこかの兄弟と違って 笑)新興球団を2つ渡り歩いて、どちらでもきちんと実績を残しているのだがら、その足跡には本当に文句のつけようがない。



もともとスカウト出身のギリックが、良い選手を見つけてくるケタはずれの才能を持っていたことは有名なわけだが、今年90%以上もの高い記者得票率でギリックと同時に野球殿堂入りを果たした名二塁手ロベルト・アロマーを90年冬にトロントに獲得してきたGMは、まさにギリック、その人だ。
このときの2対2のトレードでトロントが放出したのは、かつて.322打ったことのあるトニー・フェルナンデスと、89年にホームラン王になったフレッド・マグリフの主軸打者2人だから、ギリックはこのトレードによほどの自信があったに違いない。

さかのぼってみると、ギリックは、シアトルではマイク・キャメロンなどと交換にケン・グリフィー・ジュニアを放出しているし、またフィラデルフィアでもジム・トーミを放出している。
つまりギリックは、「実は盛りを過ぎた強打者に早めに見切りをつける」のが非常に上手い人なのである。

トロントでのアロマーは、移籍してきた91年以降、6年も連続してゴールドグラブを受賞し、92年には初の3割を打ってシルバースラッガー賞も初受賞した。若いアロマーがGMギリックの期待通りの活躍をみせたことなどもあって、ブルージェイズは92年、93年と、2年連続してワールドチャンピオンになった。


95年以降ギリックは、こんどはボルチモアのGMになったわけだが、95年のシーズン後にブルージェイズからFAになったアロマーをボルチモアに獲得してきて、名遊撃手カル・リプケンと黄金の二遊間を組ませた。つまり、ギリックは、グリフィー・ジュニアやトーミは思い切りよく手放したが、アロマーはむしろ手元に置きたがったわけだ。
ギリックのボルチモアは、1996年にワイルドカードを獲得し、1997年には地区優勝している。



何が言いたいかというと(笑)、要は、そのギリックがシアトルにGMとして君臨していた時代に、彼の眼力にかなったのが「イチロー」という選手だ、ということ。

ギリックの眼鏡にかなって活躍し、ついに殿堂入りを果たした名選手ロベルト・アロマー同様に、イチローの殿堂入りも、もはや確実といわれているわけで、キャリア通算10回のゴールドグラブを獲得したアロマーが2004年を最後に引退した今となっては、イチローが2011年シーズンに11回目のゴールドグラブを獲得して、回数でもアロマーを抜くことだろう。
これもなにかの縁とか、偶然とかいうより、名伯楽ギリックに言わせれば「必然的な出来事」であり、彼の眼力には狂いがなかった、ということなのだろうと思う。

Potential Hall of Fame players take stage in 2011 | MLB.com: News

創立時以来のマリナーズ観客動員数推移グラフ







Play Clean
日付表記はすべて
アメリカ現地時間です

Twitterボタン

アドレス短縮 http://bit.ly/
2020TOKYO
think different
 
  • 2014年10月31日、PARADE !
  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。
Categories
ブログ内検索 by Google
ブログ内検索 by livedoor
Thank you for visiting
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

free counters

by Month