February 19, 2011

大事なのは、野球そのもので、数字などではない。

たしかに数字という道具は便利だ。「野球の見えづらい部分に、より正確にピントをあわせるためのメガネ」や、「自分なりに野球を測定するための定規」、「野球を別の角度から見るための双眼鏡」になってくれたりする。
だが、忘れてならないと思うのは、どこまでいっても「メガネや定規は、野球そのものではない」ことだ。ボールはバットでなら打てるが、定規では打てない。


いままで、こういう当たり前のことは、誰かが説明しなくてもハッキリしていた「はず」だった。
だが、これだけ数字が幅をきかせる時代になってくると、いつのまにやら「数字をいじくること」が、ヒットを打つことと同等だとか、それより偉いとか、大きな勘違いをするようにもなってくる。人間ってのは、ほんとうにそういう「心の弱い動物」で、困ったものだ。


数字という「メガネ」をかけてモノを見ることに慣れると、いつのまにか「裸眼」で野球を見れなくなってしまう。

そうすると、もう、その人の「目」はダメだ。

「メガネをかけ続けるようになって、目をダメにした人」の意見は、時代を牽引しない。むしろ、発展にフタをして、成長に邪魔をするようになる。(もちろん、ここで言いたいのは、「たとえばなし」である。メガネをかけた人たちを差別しているわけではない)



イチロー好きなスポーツライターJoe Poznanskiは、数字だけにとらわれないライターだとは思っているし、好感をもっている。
だが、だ。「500の四球は、350本のヒットに相当する」なんていう雑すぎる論点から、「打率.280で四球をたくさん選んだバッターは、打率.320のバッターに匹敵する」なんてことを軽々しく、公共の場(この場合はSI.com)に書いてはいけない。
たまにはJoe Poznanskiも「メガネ」をはずしてみるべきだろう。師匠のビル・ジェームズのような「Fielding Bibleの投票で、ロクにゲームに出てないのに、自分のお気に入りの選手だからという、くだらない理由だけでジャック・ウィルソンに高い点数を入れてしまうほど、耄碌したメガネ親父」のことなど忘れて野球を見るべきだ。
Joe Posnanski » Posts Trading 500 for 325 «


ブログ主は複数の理由から
500個の四球が、350本のヒットと「同じもの」だ、「同等」だ、
なんて思ったことは、一度たりとも、ない。四球はヒットとは根本的に違う性格のプレーである。

数字は、ヒットを打ったり、カーブを投げたりはしない。ヒットを打つのはバッターで、カーブを投げるのはピッチャーの仕事である。数字は、盗塁したり、ファインプレーしたりもしない。
数字も、数字を扱う人も、ヒットを打つことより偉くなんかない。


打率.280あたりで四球をたくさん選んだバッターは、打率.320のバッターにも匹敵する、なんて与太話は、「メガネ親父の好きな、つまらない『数字の上のお遊び』」だということくらい、瞬時に見抜けなくてはいけない。
こういうくだらないギミックは毎日のようにメディアに大量に流布され続けているわけだが、こういうのを見ても、まるで疑問も抱かず、即座にうなづいてしまうほどアタマが弱ったら、ブログ主は野球ブログなんてやめたほうがマシだと思っている。







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