March 13, 2011

1985年の「USAフォー・アフリカ」として集結したミュージシャンたちが歌った名曲 We Are The Worldの最初の歌いだしは、マイケル・ジャクソンとともにこの曲の作詞・作曲をしたライオネル・リッチー

There comes a time
when we heed a certain call
When the world must come together as one


と、静かに歌い出すところから始まる。
(heed:他動詞 〜に気を付ける、〜を気に掛ける、注意{ちゅうい}を払う、〜を心に留める、留意{りゅうい}する)



ライオネル・リッチーが口を開いて歌い出すその瞬間、瞬時に鳥肌が立つ。声を張り上げるわけでもない。なのに、正確だし、なによりハートが熱くなる。
これが、いわゆる「歌のチカラ」というやつだ。聞く人は、彼が「本当のなにかをもって生まれてきた歌手」のひとり、であることがわかる。そして、この曲に参加している天才シンガーたち全員が、空間に解き放つ「声」は、世の中には、天性ならぬ「天声」とでもいうべきものが存在していることを、まざまざと教えてくれる。
ウィ・アー・ザ・ワールド - Wikipedia

この曲のメイキングでは、狭いスタジオに一同に会したミュージシャンたちが、深夜どころか朝になるまでレコーディングを繰り返したことが記録されているが、数ある有名なシーンの中に、シンディ・ローパーがジャラジャラつけていたアクセサリーについて、エンジニアか誰かに「録音にジャラジャラ音が入る」と言われて、シンディが笑顔でアクセサリーをはずしてOKテイクを歌う、というシーンがある。

当時のシンディは、前年84年にソロ歌手としてGirls Just Want to Have Funでメジャーデビューを果たして大ヒットをぶっ飛ばしたばかりの新人だったわけだが、We Are The Worldの録音においては、アメリカの名だたる大御所だらけの中、遠慮なく自分のスタイルで堂々とシャウトしまくり、名録音を残した。
(大ヒット曲Girls Just Want to Have Funは当初、日本での曲名は『ハイスクールはダンステリア』とかいう、わけのわからないタイトルだったが、後にガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファンと、原曲名どおりのカタカナ表記に訂正された)


シンディ・ローパーは、新幹線の中でビール片手にスルメ(笑)をかじるほどの親日家として知られている。
彼女が親日家になった理由については、彼女が1989年に日本の番組に出演した際に、以下のエピソードを披露した。
なんでも、シンディが定職もなくブラブラしていた時、ニューヨークで『ミホ』というジャパニーズレストランを経営しつつ、売れないアーティストの支援もしている鈴木サクエさんという日本人女性から、「それじゃ駄目だから自分の店で働きなさい」と誘われ、鈴木さんは常にシンディに、「いつか売れる日が来るから頑張りなさい」と激励した。この出会いがシンディを日本贔屓にさせるきっかけとなった、らしい。

その後シンディは、We Are The Worldから10年たった1995年の阪神淡路大震災の折にも、寄付を行ったのみならず、1996年2月3日に震災チャリティーとして行われた生田神社震災復興節分祭の「豆まき神事」に、「この豆まきに参加する、ただそれだけのためだけ」に来日している。

いかに、シンディの親日家としてのパフォーマンスがホンモノであるかがよくわかる。
シンディ・ローパー - Wikipedia


さて、日本の東北地方での大震災が起きる約1週間前、2011年3月4日にシンディはブエノスアイレスの空港にいた。そのとき空港ではフライト遅延や欠航が続出、怒りに燃える乗客から空港側に抗議が殺到して、非常に殺伐とした雰囲気に満たされていたらしい。

たまたまその場にいたシンディがとった行動は、なんと、「空港のアナウンス用マイク」をひっつかんで、『Girls Just Wanna Have Fun』を歌い出す、というものだった。

世界的ミュージシャンの突然の「空港ライヴ」が始まったことで、乗客や乗務員が大合唱。みんなの表情は一変して歓喜の笑顔になったという。
このときのシンディの雄姿は、たまたまその場に居合わせた幸運な人々が家庭用ビデオカメラで撮った映像として、何種類もYoutubeにアップされている。
興が乗ったのか、シンディは、Girls Just Wanna Have Funだけで終わらず、名曲True Colorsまで歌ってみせた(笑)
Cyndi Lauper : シンディ・ローパー、怒りを一瞬で笑顔に / BARKS ニュース




「さすがシンディ」と思わせたブエノスアイレス空港での心温まるエピソードが某巨大掲示板などで紹介され、大きな話題になったのは、つい先週の、それも、東北で巨大地震が起きる前のことだ。
ブログ主も先週の時点ですでにこのニュースを知っていて、これをどうにかMLBと関連づけて記事にできないものか考えていたのだが、まだ記事にしないうちに、この巨大地震が起きたのだ。


そのシンディ、今の今、いる場所は
どこだろう。

日本、である。


どこまで日本に縁のある人なのだろう。
15年前、あの神戸の地震において、あれほど日本を気にかけてくれたシンディが、ブエノスアイレスのハプニングの後、どうやら日本でコンサートのために来日していて、偶然この東日本大震災に遭遇したらしいのだ。

この人、ほんとうに
「なにかもっている」。


こんな状況のもとだし、多数の人数を集めてコンサートを開くことは簡単ではないだろうし、もしかしたらコンサートは中止になるのかもしれない。

だが、ばかばかしい妄想とのそしりを承知、無理も承知でブログ主は妄想したいと思う。
15年前に大地震にみまわれた、あの神戸のスタジアムで、テレビカメラを前に、あの笑顔で、日本の「さくら」を、日本全国に向けて歌うシンディの姿を見てみたい。
余震も多いことだし、安全を考えれば無観客なのはやむをえない。また、ブログ主の好みからいうと、本当はシンディのヒットソング、たとえばTime After Timeなんかを聞きたいところだが、残念なことに、日本のお年寄りの方にはおわかりにならないだろう(苦笑)。神戸スタジアムが無理なら、シアトル・マリナーズの開幕戦で歌うのも、可、である(笑)


シンディが口を開いて、
さくら」と、
歌いだした瞬間に、
1985年にWe Are The Worldの最初の歌いだしをライオネル・リッチーが歌い出したときと同じように、「歌のもつチカラ」は、人々の心の奥深くに刻まれるのではないか。そう思うのだ。

さくら さくら
やよいの空は
見わたす限り
かすみか雲か
匂いぞ出ずる
いざや いざや
見にゆかん

さくら さくら
野山も里も
見わたす限り
かすみか雲か
朝日ににおう
さくら さくら
花ざかり


Girls Just Wanna Have Fun

I come home in the morning light
my mother says when you gonna live your life right
oh mother dear we're not the fortunate ones
and girls just want to have fun
oh girls just want to have fun

the phone rings in the middle of the night
my father yells what you gonna do with your life
oh daddy dear you know you're still number one
but girls they want to have fun
oh girls just want to have--

that's all they really want some fun
when the working day is done
girls-- they want to have fun
oh girls just want to have fun

some boys take a beautiful girl
and hide her away from the rest of the world
I want to be the one to walk in the sun
oh girls they want to have fun
oh girls just want to have

that's all they really want
some fun when the working day is done
girls--they want to have fun
oh girls just want to have fun,
they want to have fun,
they want to have fun...






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