March 25, 2011

前の記事で書いた松坂投手の投法だが、何の物理学的知識もないクセに、今の時点では「不完全で、未完成な、やじろべえ方式」なのではないか、と、勝手に思いだして、いま「やじろべえ」にハマりだしている(笑)
また「やじろべえ」とか「振り子」は、地震はもちろん、柔軟で安定した防災システムにもたぶん大いに関係がある。


鉄道車両に「振り子式車両」という、通過速度の向上と乗り心地の改善を狙った技術がある。
ブログ主は、いわゆる「鉄ちゃん」ではないため(笑)、よくはわからないのだが、できたばかりの頃、「単純に傾くだけだった」振り子式車両は乗り物酔いを起こす欠点を持っていたようで、背骨で内臓を錘(おもり)にして「やじろべえ方式」に支える人体もまた、左右への体重移動だけで簡単にコントロールできたりはしないのではないか、と、今の時点では思っているわけだ。
この「やじろべえと、人体、およびピッチングの関係の話」については、いつかただの好奇心としてだけでなく、きちんとした話にまとめられる日が来たらいいなと思う。
振り子式車両 - Wikipedia


下記の図は、大阪大学の2011年度大学院物理学科の入試問題に出題された「やじろべえ」だ。
大学院の、それも物理専門の入試に出題されるような複雑で高度なものを、頭に血が昇るのは誰よりも早いクセに、頭はけしてよくないブログ主が理解できるわけはないが(笑)、「やじろべえ」に内在している力学には、なにかしら「美」みたいなものが存在することは感じとれる。
大阪大学:過去の大学院入試問題
大阪大学2011年度大学院物理学科入試問題に出題された「やじろべえ」

こちらは、上記のリンク先の大学院入試問題を解いた人の描いた「傾いたやじろべえの状態」。回答を読んだが、難しくて、1行もわからない(笑)どうやら、単純にみえる「やじろべえ」には、非常に複雑で愉快な仕組みが隠れているらしい。野球と同じだ。
2011年度 大学院入試問題 物理学専攻解答 その1 - 〜なんとなく物理〜 - Yahoo!ブログ
大阪大学2011年度大学院入試問題を解いた人の書いた「やじろべえ」

問題の意味がさっぱりわからないブログ主だから、回答のほうの意味もさっぱりわからない(笑)が、「やじろべえ」は重心が支点より低い位置にあって、重心が支点と離れていることで安定していること、「傾いたやじろべえ」には、元の位置に復帰しようとする復元力が働くことは、あやしげな理解からなんとなくわかっている(笑)

上の、問題を解いた方の指摘で、「なるほど」と気づかされたのは、「傾いたやじろべえ」は、「傾くことで、重心位置がごくわずか上昇」して、「重心と支点の距離が、ごくわずかだが、接近する」という点だ。

支点と重心の位置の距離が近くなることは、「やじろべえ」にとって「不安定化」を意味する。支点と重心が重なると「やじろべえ」は「やじろべえ」でなくなる。これはよく飛ぶ紙飛行機をつくる原理と同じだ。
二足歩行するように進化してきた人体は、骨盤にささった位置にある背骨が、左右の内臓を錘(おもり)にして「やじろべえ方式」に支えるような力学的なしくみになっているらしいが、ブログ主の意見では、野球のピッチャーは、単純に「やじろべえ方式」に左右に体重を移動するだけのシステムでは、開発当初の振り子式車両が「お釣り」などさまざまな問題があったように、どうも「自分自身の力学的制御がうまくいかなくて、不安定になる部分が出てくる」のではないか。そんなことを思ったが、どうなのだろう。
人体の力学

横にステップする松坂投手横にステップする松坂投手

上に書いた大阪大学大学院の入試問題でわかるとおり、「やじろべえ」の形から横に傾くと、重心位置は「まっすぐ立った状態」よりもやや高くなり、重心が支点に近づくことで、やじろべえである人体は、わずかながら不安定化する。

一度でいいから、大学の物理の先生をとっつかまえて、死ぬほど野球の質問責めにしてみたいものだ(笑)


法隆寺などの五重塔などは、「やじろべえ」や「振り子」そのものではないが、さまざまな力学的な仕組みによって、ある種の柔構造を獲得することで、1000数百年の時を超え、壊れずにきたらしい。
資料:五重塔は耐震設計の教科書【プラント地震防災アソシエイツ】
野球とは関係ないが、津波の被害を防止するための防波堤とかの技術について、「やじろべえ」的に考えて思うのは、剛構造で、15メートルとか20メートルとか、ものすごく高くて硬いコンクリートの防波堤を作ったところで、所詮は人間の知恵、巨大津波のような自然の超越的パワーには勝てなかった、ということだ。

もし防波堤が硬いコンクリートではなくて、柔らかなシリコンでできていたらどうだったかな、などと妄想したくなった。
と、いうのも、三陸沖では、かつて100年ほど前にも巨大津波に襲われて、そのときも、今回同様の、2万2000人ほどの方が亡くなられているからだ。
明治三陸地震 - Wikipedia
100年という月日が経ち、数知れぬ人の努力、それも科学の発展初期によくある人生すべてを犠牲にするような献身的努力によって、日本の技術と科学と素材は格段に進歩してきた。
だが、やはり100年たっても、100年前とまるで同じように、2万人以上の人命が失われるのを防ぐことはできなかった。そのことに、ブログ主はある種の、言葉にできない感覚に襲われている。

科学に失望し、政治に失望して、ブルーになったのではない。
言葉にするのが非常に難しい。むしろ、ある種の「感銘」に近い。

100年たってもダメだったのは、技術の進歩がなかったからではなく、ぼくらの頭の中じゃないか。
1次災害の「地震」は、少しは予知もでき、家屋の全面的倒壊もなんとか防げるようになってきても、ぼくらの頭の中の構造はまだまだ「硬くできて」いて、2次災害の「津波」も、3次災害の「原発事故」も、4次災害の「電力不足」「帰宅難民」も「水不足」も、防げるようにはなってはいない、そういうことを知ったとき、ブログ主は、ただただ単純に「なるほどっ」と、膝を打ったのだ。
なぜだか失望はまったく感じない。むしろ、どういうわけか、まだまだやることだらけじゃないか、と、うれしくなる。

コチコチに硬い防波堤を作る、という発想は、ある意味の「硬い脳」から生まれてくる。津波や原子力のような、「人間の力をはるかに超越した自然界のパワー」を、力づくで封じ込めようとする発想だ。
だが、人の暮らしを守りたい、と思うのなら、「コンクリートの硬さ」だけではダメだ。そう思ったのである。別に、コンクリートの壁でなくて、シリコンでもいいのなら、ぷよんぷよん、ぽにょんぽにょんのシリコンでいい。
ブログ主はなんとなく、こういう気づきから、次の100年のライフスタイルが生まれはじめてきている気がする。


復興のためのスローガンについてだが、
「がんばる」は、やめてみようと思う。

なぜかというと、「がんばる」「がんばろう」というだけの発想は、いかにも「硬い、頑固なコンクリートのにおい」がするからだ。欝病の人に対する励ましの言葉で「がんばれ」は禁句だというが、災害で精神的に疲弊しきった沢山の人たちがいるにもかかわらず、こうも誰も彼もが「がんばろう」とか言い出すのでは、ちょっと気味が悪いし、工夫が無さ過ぎる。



できないとき、人は無理にがんばらなくていい。
たとえば、壊れ果てた故郷の土地にしがみついて命を落とし、健康をそこなうのではなく、モノがない、電気がないのなら西にでも一度逃げて、時期がきたら帰ったらいいし、そのまま、行った先の土地に住み着いて、その土地の土に、その土地の海のチリに還るのも、また人生だ。地盤沈下で使えない土地に無駄に再び大金を落とし必死になって元の町を復元しようとする頑固さばかりではなく、まったく新しい場所に新しい町をつくろうとする、そういうしなやかさもあっていい。

強い風に無理に抵抗しない、だが、けして屈しない。
そういう、しなやかさ。
それが、五重塔や、やじろべえ。
日本という、世界の東の果ての、小さい小さい場所で育まれた
美しい心の様(さま)である。






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