June 03, 2011

5月31日のボルチモア戦3回表に、ボルチモアの監督バック・ショーウォルターが2死2塁の場面でイチローを敬遠したとき、イチローの熱心なファンであるブログ主ですら、正直いって「いくら元テキサスの監督でイチローをよく知っているからといっても、3回という早いイニングで、敬遠? いくらなんでも警戒しすぎでしょうに」などと、思ったものだ。

だが。
試合結果からいうと、
正しかったのは、MLB監督として最優秀監督賞も受賞しているショーウォルターで、浅はかなブログ主ではなかった。


試合後にショーウォルターはこんな風にゲームを振り返った。
“It’s the type of game where you look back on the opportunities you had, and just realize there was no margin for error,”
Where were you? Mariners stun Orioles before record-low crowd | Seattle Mariners blog - seattlepi.com
「あとから振り返ってみると、ああ、今日のゲームはわずかなミスすら許されない、そんなゲームだったとわかることって、あるものだ。
でもね。後からわかって後悔してるんじゃ、遅いんだ。そこの甘ちゃんなキミ、わかってるのかい?」
と、ショーウォルターは厳しく言ってのけているわけだ。

実際、このところバットの湿ってきたジャスティン・スモークの劇的な逆転3ランで決まったこのゲームについて書かれたボルチモア側の記事で、トップに掲げられている動画は、スモークの3ランのシーンではなくて、イチローの出塁なのである。
このなにげない出塁がいかにゲームを動かしたか?を知っているのは、スモークのホームランで浮かれているシアトルのメディアでも、試合の機微をまるで伝えようとしない日本のメディアでもなくて、対戦相手のボルチモア側なのだ。
Baltimore Orioles at Seattle Mariners - May 31, 2011 | MLB.com BAL Recap

Orioles Insider: Error dooms Orioles in eighth - Baltimore Orioles: Schedule, news, analysis and opinion on baseball at Camden Yards - baltimoresun.com
"Quick runner. You have to get rid of the ball," Scott said. "That’s a tough play to make as a pitcher because he’s running, focusing on the throw and then he’s got to touch the bag at the same time. ... I just tried to get it to him as fast as I could. It was a tough play. Jeremy is very athletic. He's made plays, he’s made tremendous plays before. I led him maybe two or three inches too far."

(「俊足のランナーだしね・・・」と、イチローの足を意識するあまりのエラーだったことを認めるルーク・スコットのコメント)


ボルチモアのセットアッパー、上原投手も最近始めたというツイッター上でこんな風に言っている。
「負けるとキツいって思うけど、今日のは更にキツいと感じる負けやわ。ガスリーが頑張ってたんやけど、一つのプレーで流れが変わってしまったよね。野球って難しいσ(^_^;) その流れを変えたのは、イチローさんの足だと思う。速いっていいよなぁ(^^;; 」

https://twitter.com/#!/TeamUehara

ガスリー自身のツイートはこんな感じ。
「自責点ゼロで、負けちゃうんだからねぇ・・・(野球はむつかしいよ)」とでもいうところで、凹んでいた。
Accomplished something difficult tonight. Pitched a complete game allowing 0 ER & lost. #SweetFace

https://twitter.com/#!/jguthrie46
だが、6月2日のツイートでは、It is a brisk morning in Seattle. Still tough a loss to swallow but gonna 'recharge' & be ready next start. と気持ちを切り替えているから、ご安心を。


これはもう、3回表なのにイチローを敬遠したショーウォルターの見識に対して、謝るしかない。ごめんなさい。
Baltimore Orioles at Seattle Mariners - May 31, 2011 | MLB.com Classic


ここからは余談だ。

8回裏のイチローの出塁にからむボルチモアのプレーヤーは3人いる。ピッチャーのジェレミー・ガスリー、この日筋肉の張りからゲームを休んだ本来の1塁手で、過去に3回ゴールドグラバーになっているデレク・リー、この日の臨時の1塁手ルーク・スコット
あのエラーについて、ショーウォルターは「ガスリーは毎年ゴールドグラブの候補に挙がるくらい守備はうまいのだから」とガスリーの守備の良さを認めていることを示した上で、ルーク・スコットの送球があの場面では強すぎたと、ガスリーの肩を持った。


ジェレミー・ガスリーは、母親が日本語を話さない日系3世の日系4世カート・スズキはマウイ島出身だが、ガスリーはオアフ島のホノルル出身。好物は母親が作ってくれるエビの天ぷらで、食べるのはもっぱら白米。(といって、ガスリーがアメリカ人ぽくないわけではなく、バック・ストリート・ボーイズに心酔する、ごく普通のアメリカ人でもある)
asahi.com(朝日新聞社):信頼集める「ど根性」 ジェレミー・ガスリー(オリオールズ) - スポーツ人物館 日系大リーガー編 - スポーツ
Japanese-Americans (Nisei and Sansei, Yonsei and Happa) playing (or played) in the Major League Baseball
Jeremy Guthrie Statistics and History - Baseball-Reference.com

ジェレミーは、最初ブリガムヤング大学の所属だったが、後に野球のさかんなスタンフォード大学に移って、そこでエースになった。
2001年のカレッジ・ワールドシリーズでは、Pac-10カンファレンスの代表として決勝にまで行ったが、そこで残念ながら、マイアミ大学に1-12と惨敗している。
2001 College World Series - Wikipedia, the free encyclopedia
2002年のドラフトでクリーブランドに1位指名(全体22位)されて入団したが、クリーブランドでは芽が出ず、DFAされてウェーバーにかかって、2007年1月27日にボルチモアに拾われた。
1st Round of the 2002 MLB June Amateur Draft - Baseball-Reference.com
ちなみに、いまシアトルでピッチング・コーチをしているCarl Willisは、2003年から2009年までクリーブランドのピッチング・コーチだったから、ジェレミー・ガスリーのことはよく知っているはず。また、いまガスリーのいるボルチモアのブルペン・コーチは、去年までシアトルのピッチング・コーチだったRick Adair

ボルチモアに移籍してからのジェレミーは、よほど水があったのか、2007年にいきなりWHIPランキング9位の1.209を記録してブレイク。とうとうメジャー定着を果たした。
オリオール

2009年の第2回WBCでは、アメリカ代表のになり、3月11日の第1ラウンド・ベネズエラ戦ではセットアッパーとして、第2ラウンド3月18日のベネズエラ戦では先発投手として登板したが、いずれも負け投手になっている。
2001年カレッジ・ワールドシリーズ決勝といい、どういうわけか、ガスリーは大きなゲームに縁がない。
2009 ワールド・ベースボール・クラシック 2組 - Wikipedia

実力がないわけではない。
いや、むしろ、素質も実力もある。だが負けてしまう。
なぜなのだろう?

今年の防御率は3.24だが、それで2勝7敗では、ちょっと気の毒だ。BB/9、つまり9イニングあたりの四球率などは、この記事を書いている時点で1.320、ア・リーグ1位と、素晴らしい数字を残してもいる。
キーマン、イチローの出塁を許したルーク・スコットのエラーで負けたようなシアトル戦の内容も、実に素晴らしいものだったが、それでも逆転3ランを打たれ負けてしまうあたりに、ガスリー独特の「運の無さ」がある。

ツキの無い原因。
よくわからないが、ホームランかもしれない。
ガスリーは2009年にア・リーグ1位の17敗しているわけだが、その原因のひとつが被ホームランの多さ。2009年の35本はア・リーグ1位で、それ以降も被ホームラン数はずっと多いまま。
たぶん、よほど負けん気の強いピッチャーなのだろうと思う。


ガスリーのキャリアを追っていくと、野球選手がもつべき「目に見えない何か」、野球選手が翻弄される「目に見えない何か」というものの不思議さを感じる。
ガスリーと同じ日系アメリカ人であるブランドン・リーグについて、日系だからといって容赦することなく日頃厳しいことばかり書いているブログ主だが、ジェレミー・ガスリーについても、日系だから応援するという気持ちからではなく (そういう贔屓は、あまり好きではない)、せっかくもって生まれた才能をもっと上手に生かす道さえ見つかれば、もっともっと大成できる優れたプレーヤーなのに、もったいない、という意味で、応援したくなる選手ではある。


才能はある。
あるのに、負けてしまう選手が星の数ほどいる。
本当に野球は難しい。

10何年も負けないでやってこれたイチロー。
天才でないわけがない。

どういうわけで、ガスリー登板試合に限って3度ゴールドグラブを獲得してもいるデレク・リーが休みで、ルーク・スコットが1塁にいるのか。そういうときに、イチローの打球がそこに転がるのか。
「負ける」という現象が、どこで、どういう風に起きるのか。
バック・ショーウォルターが、ゲームがまだスコアレスなのにイチローを警戒したのはたぶん、「何かもっている選手に、何も仕事させないままゲームを終われるようにすることが、自分の仕事」と心得ているからだが、それでも「何かもっている選手」は、それすら乗り越えて仕事してしまう。

才気と才気が、なんの遠慮もなくぶつかりあうMLB。
厳しく激しい斬り合いの、サムライ世界である。






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