June 17, 2011

イチローがメジャー10年ちょっとで達成したMLB400盗塁という記録の意味を、ちょっとメモしておこうと思っていたら、いつのまにか、Youtubeでクレイグ・ビジオの動画を見てちょっと泣きそうになった(笑)
ちょっとズルいよ、ビジオにあの曲は(笑)

まずは、通算盗塁数のオールタイムベスト100人のリストを見てもらいたい。(リスト内、太字は現役選手。名前の横に+(プラス)という記号が添えられているのは、殿堂入りした選手。リストを詳しく見るためには、まずワンクリックして別窓に出し、さらにリストをクリックすると原寸でみられるはず)
資料:Career Leaders & Records for Stolen Bases - Baseball-Reference.com(2011年6月16日現在)

2011年6月16日現在 盗塁数ランキング オールタイムベスト100人最初、この長い長いリストを保存して記事を書こうと思ったのは、単純に、イチローとオマール・ビスケールが、ともに401盗塁、68位に仲良く並んでいるのが、見ていてなんだか美しいからである(笑)

もちろん、1989年にケン・グリフィー・ジュニアとともにシアトルでデビューしたオマール・ビスケールはまだホワイトソックスで現役なわけだが、彼の44歳という年齢を考えると、やがてこの2人の数字が離れていってしまうのは間違いない。
シアトルの先輩後輩2人の数字が並んでいるのを眺めて、ほんのひととき感慨を楽しみたいなら、今しかない。

こういうデータには、
いい意味での「せつなさ」がある。


401盗塁68位のイチローのすぐ上、63位には、あの「ミスター ツーベース」クレイグ・ビジオ414盗塁がある。
Craig Biggio Statistics and History - Baseball-Reference.com

オマール・ビスケールは1996年にハッチ賞を受賞しているが、クレイグ・ビジオも2005年に同じハッチ賞を受賞し、また、2007年にロベルト・クレメンテ賞も受賞している。資料:ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:Hutch賞と、フレッド・ハッチンソン・ガン研究センター。野球と医学の架け橋。

クレイグ・ビジオがどれほどヒューストンの人たちに愛されたか、それをいまここで書いていては、このブログはたぶんビジオの動画と記事だけで埋め尽くされて、たぶんビジオ・ブログになってしまう(笑)そういうのは他の人にまかせたい。

ビジオは、1988年のメジャーデビューから1991年まではキャッチャーとしてプレーしているのだが、彼が引退した2007年の9月末に行われた、ミニッツメイド・パークでのアストロズ本拠地最終カードのアトランタ戦の第2戦(9月29日)で、チームは1991年以来16年ぶりに彼をキャッチャーとして先発させた。このゲームでビジオは、最初の2イニングをキャッチャーとしてプレイし、シーズン30本目、通算667本目のツーベースを打った。
ミニッツメイド・パークの収容能力は40,950人となっているが、このゲームに押し寄せた観客数は、収容能力を超える43,624人だった。

このことだけを挙げても、ビジオがファンにとってどういう選手だったかわかると思うが、足りなければ、3000本安打達成の瞬間のファンの狂ったような興奮ぶり(笑)なんかをYoutubeでお腹いっぱいになるほど見続けると、納得がいくと思う(笑)
Boxscore: Atlanta vs. Houston - September 29, 2007 | MLB.com: News

Gameday: Atlanta vs. Houston - September 29, 2007


この動画で使われているBGMは、フィラデルフィア出身のBoyz II Menの"It's So Hard To Say Goodbye To Yesterday"。1975年のモータウンソングで、1991年にBoyz II Menバージョンが発売され、全米2位になった。アルバム"CooleyHighHarmony"に収録。


クレイグ・ビジオが3000本安打を達成したときのスタジアムの熱狂は、いつのまにか、イチローがシーズン最多安打記録を作ったときのスタジアムの鳴り止まない拍手と、脳の中で重なっているのを感じる。
観客が「ビッジッオッ! ビッジッオッ!」と激しく叫び続ける「ビジオ・コール」を聞いていると、いつのまにかセーフコの「イチロー・コール」に重なって耳に聞こえてしまう。

実を言うとブログ主は、イチローが、ヤンキースでもどこでも好きなように移籍して、なんとしてでもワールドシリーズに出て欲しい、という意味での「移籍ぜんぜんオッケー派のイチローファン」なのだが、ビジオのああいう姿を見ると、どうもいけない(笑)
移籍ぜんぜんオッケー派イチローファンとしてのドライな気持ち(笑)が、どうもセンチメンタルにほんの少しだけ揺らぐのを感じるのである(笑)


ともあれ、イチローはやがて、オマール・ビスケールの401盗塁も、クレイグ・ビジオの414盗塁も、トリス・スピーカーの436盗塁も、ロベルト・アロマーの474盗塁も、ウィリー・キーラーの495盗塁も、ルイス・アパリシオの506盗塁も、追いつき、並び、そして、追い越していくことになる。

クレイグ・ビジオの映像と記録を見ながらしみじみ思う。

誰かの記録を超えていく、という作業は、能力比較として、ある選手が、過去の選手より「上の」選手になったことを証明することで、過去を凌駕すること、ではない。
そうではなく、以前の記録に並び、そして超えていくときに、自分が超えていく選手が持っていた、デビューできた喜び、ケガの苦さ、スランプの苦しみ、記録達成の歓喜、引退の安堵と哀しみ、そういうプレーヤーとしての長い歴史のエスキスを、ほんの少しだけ自分の一部としてもらい、やがて野球の歴史の地層に共に折り重なって土に還っていく日をめざして、さらに歩き出していく、ということだ。
ジョージ・シスラーのシーズン最多安打も、オマール・ビスケールやクレイグ・ビジオの通算盗塁数も、イチローはそうやって超えていくのである。

これは、単なる文字の上のセンチメンタリズムではなくて、実際にそうだ。だからこそ、イチローとオマール・ビスケールの数字が並んでいるをしみじみと眺めたくなるし、保存しておこうと思うのだ。







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