February 04, 2012

第47回Hutch賞の受賞セレモニーで、ビリー・バトラーは、カンザスシティ・ロイヤルズの先達で、同じカソリックでもあるマイク・スウィニーが行ってきたスタジアム外での偉業に触れて、次のようなスピーチを行った。

このスピーチを紹介したMLB公式サイトの記事タイトルには、「人のかしこまった様子」を表すhambleという言葉が使われているが、この言葉はバトラーがマイク・スウィニーから受け継いだ何かをとてもよく表していて、このスピーチにふさわしい優れた言葉のチョイスだと思う。 (公衆の前でのスピーチの言葉だから、いちおう敬語の文章として訳してみた)

"Mike Sweeney was the portrait of what you want to be as a man," Butler said. "He does everything right, so to win this award after he's won it means a lot to me. ... ."

マイク・スウィーニーは、人としてこうありたいという、お手本でした。彼は、彼にできるあらゆる正しい行いをしていました。だから、(自分に先立って2007年にこの賞を受賞している)彼の後に続く形でこの賞を受賞できたことは、私にとって、とても意味のあることです。」
Billy Butler humbled, thankful for Hutch Award | MLB.com: News

Sweeney wins 2007 Hutch Award | MLB.com: News



マイク・スウィニー

こんなところで彼の名を聞くことができるとは。喜ばしいことだ。
だが、スウィニーの野球におけるスタッツの高さはわかっていても、彼の「人間としてのスタッツの高さ」を、正直言うとこの記事を読んで調べるまで知らなかった。いまさらながら申し訳なく思い、この記事を書いている。

ビリー・バトラーはこんなことも言っている。

"One of the joys of playing baseball is to be able to give back as much as possible. It's almost the least you do, because without fans, baseball isn't anything."

バトラーの言葉を直訳するのは簡単だ。だが、直訳するだけでは何の意味もない。バトラーの発言は短いものだが、その意図の背後にある歴史を遡っていくことはなかなか膨大な作業になる。そして、それを読み解く作業は、解釈する人それぞれの生き方のバックグラウンドに、大きく左右される。
ならば、単純に日本語に訳すより、原語のまま頭に入れるほうがずっとマシだ。

例えば、バトラーの言うgive backという言葉はもちろん、「与えられた恵みを、やがて地にかえす」行為をさす。
スポーツには「恵まれた才能」という、よく使われる言葉があるが、「恵まれた」という言い方は、「誰がその恵みを与えたのか」という主語が曖昧なままの、ぼんやりとした言葉使いなわけで、ホームインしたとき、天を見上げて十字を切る国の野球選手たちにしてみれば、「誰によって、才能という恵みが自分にもたらされたのか」は、言葉にするまでもない自明のことだろう。
また、without fans, baseball isn't anythingという部分にしても、彼が「野球にgive backする行為を含ませることで、野球というものが意味のあるもの、価値あるものになることができる」と言外で言っていることを思えば、背後にworthという意識が非常に強く働いていることは明らかだ。

英語にworth one's saltというイディオムがあるが、これはworth one's pay(給料にみあった働きをする)というイディオムと同じ意味で使われる。
塩と給料が同じ意味で使われるのには理由があって、salaryという言葉は語源として、もともとラテン語のsalarium、さらに言葉を分解すれば「塩」を意味するsalというラテン語から来ていて、古代ローマ時代の兵士の給料が、現代のように紙幣や貨幣ではなく、「塩」で支払われていたという歴史的なバックグラウンドがあるからだ。

だが、「地の塩」という言葉があるように、中世ヨーロッパの人々の意識の中で、「saltは、自分が働いて得た稼ぎであるが、それを日々の暮らしの中で消費して終わるだけではなく、社会へ還元することによって、そこに新たに、worth=自分の価値が生まれてくる」と、saltとworthを結びつけて考える意識が生まれた。(こうした「地の塩の解釈」それ自体が、おそらくは中世以降、近代における解釈だろうとも思うが、それはともかくとして)
saltとworthの結合の意識はやがて、起業や投資などによって社会を繁栄に導く経済行為の正当性や倫理の感覚としても発展を遂げ、それがアメリカにも流れこんで発展していくわけだが、こうした人間の意識の変化がいかに経済や社会の発展に寄与したかを知るには、単に「サラリーの語源は塩だ」と知るだけではとても足りない。それはまさにマックス・ウェーバーが名著「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で描こうとした世界であり、(ビリー・バトラーとマイク・スウィニーはプロテスタントではなくカソリックではあるにしても)それはアメリカがどういう風に成り立ってきたかという歴史の理解にも結びつく。
(「地の塩」という言葉の解釈にしても、古代ローマ時代における「塩」の意味を知るだけではなく、14世紀以降にラテン語聖書を英語に訳すに至った経緯や、産業革命とのかかわりをふまえると、単に中世以降に成立した英語の訳文をそのまま日本語に直訳すれば済むというわけではなくて、むしろ本来なら最低でも英語訳以前のラテン語段階くらいまでは遡って解釈するような慎重さが必要になると思うが、その長い話をここで書き切ることなど到底できない)


マイク・スウィニーは、1991年ドラフトで10巡目(全体262位)でカンザスシティに指名され、1995年のセプテンバーコールアップでメジャーデビューしている。初ホームランは、1996年8月12日にジェイミー・モイヤーから。
1999年に殿堂入りしたカンザスシティ黄金期の名リードオフマン、ジョージ・ブレットが引退したのは93年で、スウィニーのメジャーデビューはその2年後だから、スウィニーのデビュー時には、1980年代まで続いたロイヤルズの全盛期は既に終焉していた。
2010年に引退したスウィニーは、2011年ロイヤルズのホームパーク、カウフマン・スタジアムでのオープニングゲームで始球式を行っているが、そのとき捕手として球を受けたのは、ホール・オブ・フェイマー、ジョージ・ブレットだった。
Mike Sweeney Statistics and History - Baseball-Reference.com

Mike Sweeney » Statistics » Batting | FanGraphs Baseball

ことにスウィニーが素晴らしい打撃成績を挙げたのは、腰痛が持病になる前の1999年から2005年で、7シーズンの平均打率が.313、打点97、OBP.383。2000年と2002年には、wOBAがなんと.400を越えている。後輩ビリー・バトラーも真っ青の凄まじい打撃成績だ。この間、5回のオールスター選出も当然の話。
ちなみにイチローに関して話題になるシーズン200安打だが、スウィニーも一度だけ2000年に206安打を打っている。(この年のトップはANAのダーリン・エルスタッドの240本、2位がジョニー・デーモンの210本)
1999年から2005年の間の彼の平均ホームラン数は23本だが、OPSのデタラメさを批判した記事で何度も指摘している通り、平均打率で.313を打ってくれて、同時にホームランを20本以上も生産してくれる素晴らしい打者が、このブログでいう「OPSで甘やかされた低打率のハンパなスラッガー」なわけはない。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:指標のデタラメさ(OPS、SLG、パークファクターなど)

2000 American League Batting Leaders - Baseball-Reference.com

Sweeney purchases full-page ad to thank fans, organization - MLB - ESPN


マイク・スウィニーが運営するThe Mike and Shara Sweeney Family Foundationの活動については、非常に多岐に渡る事業が行われていることもあり、このブログであれこれ不正確なことを言うより、自分でウェブサイトを参照して確かめてもらいたい。
The Mike and Shara Sweeney Family Foundation - Mike Sweeney, Kansas City Royals 1B
一例だけ挙げておけば、都市のスプロール化による都心部の退廃が問題化して久しいカンザスシティのダウンタウンにおいて、ドラッグ売買に使われるような治安のよくない空き地を買い取り、野球場として整えて提供する、というようなことも行っている。
Sweeney has impact on life in KC | royals.com: News


彼の腰痛前のスタッツを眺めていると、もし腰痛さえなかったら彼がいったいどんなプレーヤーになっていたことかと思うが、The Mike and Shara Sweeney Family Foundationで、マイク・スウィニー自身が書いているところによれば、彼が野球のキャリアにおいて最も追い詰められた気持ちになったのは、むしろ腰痛ではなく、メジャーデビュー後なかなか芽が出なかった時代に経験した「トレードの噂による心痛」らしい。
Mike's Story - The Mike and Shara Sweeney Family Foundation - Mike Sweeney, Kansas City Royals 1B

スウィニーはデビュー当初、強打のキャッチャーとしてデビューしており、まるでかつてのジェフ・クレメントや、今のヘスス・モンテーロのような立場にあったわけだが、打撃が開花したのは1999年に一塁手にコンバートされて以降のことで、その後オールスターに5回出場を果たすまでの素晴らしい選手になったわけだが、それでもデビュー後数年は芽が出ず、スウィニー自身の言葉を借りると、「もしトレードされたら、という『仮定』の問題ではなくて、それはもう、いつトレードされるのかという『時期』の問題」だったらしい。

傷ついていた彼の心がいかに立ち直ることができたかについては、これも拙い日本語訳によって、彼の最も伝えたい「ストーリー」を妨げたくはない。
(彼は、自分の半生を綴る文章で、I believe there is power in a story. Jesus told a lot of stories. と語り、「ストーリー」と出会う大切さを説いている。彼の言うstoryとは、単なる「物語」というより、「必然的な出会い」に近い)

どうか、英語の苦手な人も自分の自助努力で、彼の大切にしている「ストーリー」を読んでみてほしい。タンデムの自転車、つまり、2人乗りの自転車がマイク・スウィニーが与えてくれた「インスピレーション」と「心の平安」についてのノンフィクションが、彼の穏やかで開放的な性格そのまま、てらいのない語り口で綴られている。 (マイク・スウィニーがカンザスシティ・ロイヤルズを去らなければならなくなった2007年にスウィニーの出した新聞広告と、ラストゲームのドラマについても、どこかで目にする機会を持っていただければ幸いだと思う)
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サヨナラホームランを打ったイチローを出迎えるマイク・スウィニー


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