March 04, 2012

もうすぐ「3月11日」がやってくる。
あの震災から、もう1年が経とうとしている。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:東日本大震災および「やじろべえ、ニッポン」

本当は、こういうことは、もっと考えがまとまってから書きたいとは思うのだ。

だが、時間というものは待ってくれない。歴史も同じだ。時間は、ジッと佇んだまま、人が動きだすのを待っていてなどくれない。
だからどんどん書いて、書きなぐって、時間を追い越していかなければ、やがては自分自身の内側にだけ存在する「スピンする何か」に対して遅れが出てきてしまう。そして、やがては、その「内側でスピンする何か」は、みずからスピンを止めてしまう。だから、まとまりがなくとも書くしかないときがある。


去年の10月に、アップルのスティーブ・ジョブズが他界したときに追悼文みたいなものを書いた。(この話の続きも、とっくに出来あがっているのだが、ブログにはまだアップしてない)
やれアップル製品は本当はオリジナリティが無いだのなんだの、ずっとケチばかりつけ続けてきたクセに、その一方では、アップルのパクリ製品ばかり作り続けてきた日本の電気屋さんには、もういちど自分たち本来の良さ、世界最高峰の技術力を思い起こして、本気で「オリジナリティ」を追求する姿勢を取り戻してほしい。アップルのやることなすことを、声すら直接届かないほど遠くから小馬鹿にする、まさにイヌの遠吠えでケチくさい満足感を得るような、そんな下卑た考えは捨ててもらいたいのである。
そしてジョブズは結局のところ、亡くなるまでずっと、2位を大きく引き離した先頭ランナーであり続けたとブログ主は考える。彼の突拍子の無いアイデアに追いつけた人など、世界のどこにもいなかった。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年10月9日、「iPodの原型は『パソコン』であって、ウォークマンではない」ことが瞬時にわかるのが、「パソコン以降の文化的視点」。


かたや日本で半導体を作っていたエルピーダメモリーが破綻した。
エルピーダは、半導体で遅れをとった日本の電機メーカーが、起死回生のために共同で設立した半導体メーカーだった。かつて半導体は日本のお家芸のひとつだったわけだが、いつしかアジアのライバルに追い抜かれ、追撃のためにこさえた組織すら落日の時を迎えてしまったわけだ。


ついさきほど、ロンドンオリンピックのマラソン日本代表選考レースのひとつ、「びわ湖毎日マラソン」が終わったのだが、ゴールまで2キロという地点まで日本人トップを走っていた実業団の招待選手が、ゴール直前のトラックで一般参加のランナーに追い抜かれてしまった。
日本人2位に終わってしまった彼が言うには、「後ろから(別の選手が自分に迫って)来ているのに気がつかなかった」らしい。
これで、代表選考レースで日本人トップになったのは、「公務員、無職、一般人」。実業団の招待選手は結局、(世界陸上を除いて)国内の選考レースをひとつも日本人トップで通過できなかった。

いまや、素人ランナーですら、「駅伝」と「マラソン」が、トレーニング手法から走るプロセス、ドリンクの中身に至るまで、あらゆる点で異なるスポーツであることを知っている。
というのも、イチローのコマーシャルしているCW-Xの大ヒットでもわかるように、盛り上がりまくっている日本のマラソンブームは、いつのまにかアマチュアのレベルを何段階も押し上げてしまい、いまや素人でもマラソンを3時間台でを走り切ってしまう選手は珍しくなく、うっかりすると2時間台(いわゆるサブ3)のタイムを持ったランナーが素人にもゾロゾロいる、そういう時代だからだ。

昔は、テレビで見ている人は、マラソンを走ることの本当の過酷さを「カラダ」ではわかってなかった。
だが、今は違う。多くの人が、42キロもの長距離を自転車並みのスピードで生身の人間が走り切ることの異常さ、特に、決着がつく35キロ以降の激しい消耗の意味を、「カラダ」でわかった上でテレビを見ている。
20キロ走の消耗と、体の中のエネルギーが一度すべて消耗して以降に勝負が始まるマラソンの違いを「カラダ」で知っている人たちには、「マラソンも、駅伝も、同じトレーニングで勝てる」なんていうゴマカシなど通用しない。

なのに、どういうものか、走ることのプロであるはずの実業団チームは「日頃は実業団駅伝への参加を目的にトレーニングしていても、我々は優れた選手ばかりを集めた専門家集団なのだから、いざとなったらマラソンでオリンピック選手を輩出することができる」とか、タカをくくっているように見える。
「先頭ランナーのつもりでいる実業団ランナーたちの意識や実力」、そして「実業団チームの指導者たちのコーチング能力やトレーニング理論」は、彼らが後ろからびっくりするほど多数の素人たちが激しく追い上げてきていたのをロクに確かめもせず、チンタラ、チンタラ練習している間に、素人の「意識」に追いつかれてしまったのである。



なぜ、われわれは
自分だけは抜かれない」と、
タカをくくるようになったのだろう。

なぜ、「誰かが追い付いてきているかもしれない」と、
後ろを振り向いて確かめようとしなくなったのか。



ブログ主は、知っての通り、性格がけして良くはない(笑)
たとえ街でプラプラ歩いているときも、性別も年齢も関係なく、高齢者、被災者、誰であろうと、容赦なく追い抜く、それを信条にしている。
歩いていて誰かを追い抜くと面白いのは、中に決まって、「あれ?」と、意外そうな反応を示す人が少なからずいることだ(笑)ブログ主は、そういうタイプの人が、追い抜かれた瞬間、わずかにうろたえて、慌てて足を速めだす姿を眺めるのが、なんともいえず好きだ。こたえられない(笑)
たとえば、自転車でメッセンジャーを追い越すときも、そうだ。決まって「あれ?」という反応をみせる(笑)なぜなら、彼らには「自分は追い越されない」という思い込みがあるからだ。

今年、日本ハムにソフトボール出身の大島匠君が入団したが、彼などもおそらく、周囲からたくさんの「あれ?」という反応を受けたはずだ。なぜって、周囲の野球出身の選手たちは、誰も彼もが「自転車で追い越されたメッセンジャー」なのだから。(彼は2軍スタートになったとのことだが、絶対に諦めずに1軍に昇格して、野球人としてのキャリアにアグラをかいている選手たちを片っ端からゴボウ抜きにして、競争というものの本当の意味をイヤというほどわからせてやってもらいたい)


また、ブログ主は「高齢化社会」という言葉が、死ぬほど嫌いだ。
「高齢化社会」という言葉をやたら使いたがる人が脳裏に描いている社会のイメージが、「年をとって、足の弱った人を、優先し、先に行かせてもやり、誰も追い抜かない優しい社会」なんてヤワなイメージのような気がしてならない。そんなことをしていては社会全体の速度が遅くなって衰退していくのが、わかりきっている。(「速度を維持する」というのは、なにも全てを経済優先にしろ、という意味ではない。また、道を譲る価値のない相手にまで道を譲る必要はない)
むしろ、いま必要なことは、「先に道を進んでいく能力があり、これからの社会を牽引してもらわなければならない、足の速い人、若い人に、むしろ年老いた人の側が道を譲ってあげること」だと思わない日は、一日たりともない。


油断している人は、追い抜いていいし、追い抜くべきだ。
ノロノロ歩いている人は、道を譲るべき。
追い抜かれたくない人は、油断せず、常に早く歩くべし。
そしてなにより、
先頭を走っている自覚がある人こそ、常に後ろを確かめること。



こういうことを言うと、すぐに「それは乱暴だ」とか、「優しくない」とか、決めつけたがる人がいるものだが、ここでいう「追い抜く」とは、植物でいうなら、「芽吹き」だ。悪いことなんかではない。(別に追い抜くためなら突き飛ばしていいとは言っていない)

ひとつの街がまるごと更地になるほどの大災害の跡には、やがては芽が出て、家が建ち、新しい子供が生まれいく。平らな場所に出現する凹凸、陰影、それこそが生まれてくる暮らしの新芽であり、何も無い平原に立ちのぼる炊事の煙こそ、人の暮らしの証である。


(誰もが歓迎する子供の誕生や家の新築はともかくとして)自分が追い抜かれていくのを感じさせられる新芽の存在を認めることは、最初はなかなか難しい。
だが、新芽の存在に気づかない人、新芽の存在を認めようとしない人は、どんどん追い抜いていい。待っていては、街も人も蘇らない。自分がランナーだと自覚する人なら、なおさらだ。どんどん追い抜いていくべきだ。


古代ギリシャ時代のマラソンの起源を考えれば、マラソンという競技の意味は「死ぬ気で走る」という意味だが、死ぬ気で走ってみることの意味を、もう長いこと我々は忘れている。
だが、2時間10分が切れない、なんて思われていた日本人マラソンランナーも、ラビットを入れ、レースのペースを上げてやることで、ジャカスカ10分を切れるランナーが現れた。


やれば、できる。
できるから、
遠慮なんかせず、敬意をもって追い抜け。

これがブログ主から
新しいエネルギッシュな「3月11日」に向けてのメッセージだ。














Play Clean
日付表記はすべて
アメリカ現地時間です

Twitterボタン

アドレス短縮 http://bit.ly/
2020TOKYO
think different
 
  • 2014年10月31日、PARADE !
  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。
Categories
ブログ内検索 by Google
ブログ内検索 by livedoor
Thank you for visiting
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

free counters

by Month