March 22, 2012

サンフランシスコの名コラムニスト、ハーブ・ケインハーブ・ケイン

ワシントン州タコマ生まれの作家リチャード・ブローティガンの詩 『A Baseball Game』は、ドジャースとジャイアンツがニューヨークから西海岸に移転してMLB史の流れを大きく書き換えた「1958年」の2月に、当時彼が住んでいたサンフランシスコで書かれた。
2012年3月6日、「1958年の西海岸」という特別な年、特別な場所。リチャード・ブローティガン 『A Baseball Game』の野球史的解釈。 | Damejima's HARDBALL

ブローティガンは、ジャック・ケルアック(Jack Kerouac 1922-1969)などの「ビート・ジェネレーション」と60年代ヒッピーの中間に位置するなどと、よく位置づけられているわけだが、マス・メディアによって、ビート・ジェネレーションを指す「beatniks(ビートニクス)」という言葉が新たに作られたのも、ブローティガンが『A Baseball Game』を書いた1958年のサンフランシスコなのだから、やはりこの「1958年の西海岸」は、特別な年、特別な場所なのだ。


ちなみに、今日書きとめておきたいのは、beatniksという言葉が根本的に誤解されているという話だ。

簡単にいえば、ケルアックが作ったといわれる「ビート」と、メディアが作った「ビートニクス(あるいはビートニク)」という単語は、言葉がつくられた経緯も意味も、まるで180度違う言葉なのだ。このことをまるで理解しないまま「ビートニク」という単語を安易に使っている人があまりにも多過ぎる。


ビートニク」という造語をcoin(=硬貨を鋳造する、新しい言葉をつくる)したのは、サンフランシスコ・クロニクル(San Francisco Chronicle)で長年活躍し、ピューリッツァー賞(1996年Special Citation=特別表彰)も受賞している名コラムニスト、ハーブ・ケイン(Herb Caen 1916-1997)だ。
(ついでに言っておくと、「ビート」を揶揄する記事を書いたからといってハーブ・ケインの名誉や業績に傷はつかない。なぜなら、彼が記事で書いた「ビート族の粗野なふるまい」は、アメリカでもきちんと触れているひとは触れている「事実」だからだ。知らない人が無知なだけだ)

ハーブ・ケイン愛用のロイヤル社のタイプライター
ハーブ・ケイン愛用のタイプライター。ブログ主もひとつ所有している「ロイヤル社」製。サンフランシスコ・クロニクルに展示されている。


「ビートニク」という造語について知っておくべき最も重要なことは、それを発明したハーブ・ケインが、このbeatnikという単語を「見下した侮蔑的な意味」で使っているということだ。

「ビートニクという言葉はビートに対する侮蔑を意味する言葉として発明された」ことをまるで知らないまま、「ビート」と「ビートニク」を同じ意味の言葉と勘違いして、混同している人があまりにも多い。
困ったことに、ビート・ジェネレーション作家の作品のファンにすら、そういう人が掃いて捨てるほどいるし、また、ビートを見下す言葉として発明された「ビートニク」という単語を、ビート・ジェネレーションへのオマージュを表す言葉と勘違いしてバンド名やアルバムタイトルにつけて喜んでいる「アホなミュージシャン」すら日本には存在する。
(ハーブ・ケインは、この言葉を1950年代のソ連の人工衛星スプートニクから発想を得たといわれているが、なぜまたスプートニクになぞらえたかについては、もちろん理由がある。ちょっと時代背景を考えればわかるが、めんどくさいので書かない)


ケインがこの言葉を使った1958年4月2日の彼のコラムを見てみる。
彼は、当時のアメリカの有名雑誌、Look (1937年創刊、1971年廃刊)がサンフランシスコのノースビーチにビートを集めて開催したパーティの参加者を、まるで「エサに群がる野良猫」扱いして、冷やかにこう書いている。
"Look magazine, preparing a picture spread on S.F.'s Beat Generation (oh, no, not AGAIN!), hosted a party in a No. Beach house for 50 Beatniks, and by the time word got around the sour grapevine, over 250 bearded cats and kits were on hand, "

出典:Pocketful of Notes(=1958年当時のコラムを1997年にサンフランシスコ・クロニクルが再掲したもの。太字はブログ側で添付)
注:No. Beachとあるのは、サンフランシスコの北東部にある街、North Beach。ビート文学の中心地とみなされ、ケルアック、ギンズバーグの作品を出版したLawrence Ferlinghetti (ローレンス・ファリンゲティ 1919-)のシティ・ライツ書店(City Lights Booksellers & Publishers) もNorth Beachにある。




日本のサイトではいまだに、「ビートニクスは、ビート・ジェネレーションの別名」などと、ある意味間違った記述が平気でまかり通っている。あたかも「ビートニクス」という言葉それ自体が、ビート・ジェネレーションの作家の発明品かなにかででもあるかのように、「ビート」と「ビートニクス」は混同して扱われてきた。

この「ビートとビートニクス、意味の違う2つの言葉の混同」は、残念なことに、日本だけのでなくアメリカでも常態化しており、例えば「ジャック・ケルアックはビートニクスだ」などと、間違った用法をしていても、間違いに誰も気づかなくなってしまっている。
(なお、ジャック・ケルアック自身はこの「ビートニク」という言葉を自分でも使っていた時代があった。他方アレン・ギンズバーグは、この言葉をひどく毛嫌いしていた)


だが、「ビート」と「ビートニクス」を同じものとして扱うのは間違いだ。根本的なところが間違っている。


英語表記では、Beatは固有名詞として「大文字」からはじまり、beatniksは「小文字」ではじまる。2つの言葉の扱いが違うのには、意味がある。

誤解の起こる原因の大半は2つある。
ひとつには、beatniksという言葉を発明したのが、Beatという固有名詞やBeatのライフスタイルを生んだジャック・ケルアックでも、他のビート・ジェネレーションの作家や詩人でもなく、作ったのは、ビートのステレオタイプを離れた位置から冷やかに眺めていたマス・メディアのコラムニストであるハーブ・ケインであるのに、そのことを大多数の人が全く頭に入れないまま、この言葉を流通させてきたこと
2つ目に、ビート・ジェネレーションの作家・詩人たち自身が、この「ビートニクス」という単語にどんな違和感を感じ、どう異議を唱えてきたかという点が、この言葉が生まれて半世紀も経つ2012年の現在に至るまで追求されずにきたことだ。


ビートとビートニクという2つの意味の異なる言葉が長年にわたって混同されてきた結果、1950年代後半のファッション化した「ビート」、つまり、「ビートっぽい身なりとビートっぽい発言をして、やたらとビートっぽくふるまいたがる、ちょっとイカれた人たち」を指して「ビートニクス」と呼ぶようになってしまい、ますますビートとビートニクスの区別がつかない人が大量生産されていった

それが、リチャード・ブローティガンが『A Baseball Game』を書き、ハーブ・ケインがbeatnikという単語を発明した、「1958年のサンフランシスコ」という場所と時代の、ひとつの側面でもある。
つまり、「1958年当時すでにビートはステレオタイプ化しつつあった」のであり、若いリチャード・ブローティガンがその影響を受けなかったとは、とても思えない。


詩人アレン・ギンズバーグは、この「ビートニクス」という言葉についてニューヨーク・タイムズにthe foul word beatnik(『ビートニクとかいう不愉快な言葉』)というタイトルの文章を寄稿し、不快感を露わにしている。
ルーズさが持ち味のケルアックは「ビート」と「ビートニクス」という言葉を混同することがよくあったが、潔癖な性格のギンズバーグは、オリジナルな意味の異なるこれらの言葉を明確に区別して使っているのである。
"If beatniks and not illuminated Beat poets overrun this country, they will have been created not by Kerouac but by industries of mass communication which continue to brainwash man."
「もし、いわゆる『ビートニクス』や脚光を浴びたことのないビートの詩人たちがこの国を荒らした、とするなら、彼らの存在は、(ビートの生みの親である)ジャック・ケルアックが創造したのではなくて、人々を洗脳し続けているマスメディアの産物である。」
Beatnik - Wikipedia, the free encyclopedia


Beatの生みの親と言われているジャック・ケルアックの場合、「俺はビートニクスなんかじゃない。カソリックだ」という彼特有の言い回しによる有名なフレーズを残しているように、ビートニクスという言葉に対する違和感を主張したこともあるくせに、彼自身が「ビート」と「ビートニクス」という単語を頻繁に混同して使っている。(もっとも、彼に統一的な用語法や一貫性を求めるような律儀さ自体が無意味なわけだが)
"I'm not a beatnik, I'm a Catholic", showing the reporter a painting of Pope Paul VI and saying, "You know who painted that? Me."
Beatnik - Wikipedia, the free encyclopedia

"I watch television," he said, leading the way up the front step. "San Francisco Beat--- you know that television show with the two big cops. Two big plainclothes cops running around grabbing these bearded beatniks. On television, yeah. And the bearded beatniks always have guns and they're beatin' the cops." He chuckled and, still chuckling, added: "I never knew beatniks had guns.
「テレビ番組だとなぁ、ヒゲはやしたサンフランシスコの『ビート』とやらが、いつも拳銃を持ってんだよな。でも俺にいわせりゃ、拳銃持ってる『ビートニクス』なんて、ひとりも知らねぇ」
F:\column22.html



ちなみに「ビートとビートニクス、2つの言葉の根本的な差異」をきちんと指摘しているアメリカのサイトも、もちろんある。
The term Beatnik was coined by Herb Caen of the San Francisco Chronicle on April 2, 1958 as a derogatory term
「『ビートニク』という単語は、サンフランシスコ・クロニクルのハーブ・ケインによって、1958年4月2日に、見下した意味の用語として新たに作られた。」
Beatniks - The Beat Generation - Hippie


Ginsberg wrote of "the foul word beatnik" and claimed (probably rightly) that it was a media creation and not something he or the other beat writers were happy to be associated with.
「ギンズバーグは、『ビートニクとかいう不愉快な言葉』を書き、この言葉と関わりになることで、ギンズバーグ自身や、他のビートの文学者たちがハッピーだと思えるようなシロモノではないことを主張した。」
Kerouac and other beat writers tried to turn the term around and use it in a more positive manner
「ケルアックと他のビートの作家たちは、この用語の意味を転換させ、もっとポジティブな形に使われるようにしようと尽力した」
Voices Of East Anglia: Beatnik Generation


トルーマン・カポーティは、「テレビで、拳銃を持ったステレオタイプのビートが登場する」のを見て呆れたと話すジャック・ケルアックに、こう言ったそうだ。雑誌ニューヨーカーで働いた経験のあるカポーティらしい、短いがシャープな発言だ。
they don't write, they typewrite.
「やつらは、手で書いたりしない。
 ただタイプライターを打つだけなんだ。」

F:\column22.html


「ビートとビートニクスの差」は本来は、トルーマン・カポーティが言うように、新しいムーブメントを生み出す創造行為と、人のやることを見てタイプライターを打って記事を書くだけのメディアとの差」なのだ。
ビートとして創造的なリアルライフをおくることと、ビートについてメディアで遠回しに批評することには大きな差があるし、自分の頭と経験によって新しい文学を創造することと、世の中で起きることを眺めてタイプライターを打つことには大きな隔たりがある。


サンフランシスコで長く愛されたハーブ・ケインをけなしたくて、この文章を書くわけではない。
イチローがフィールド上でバットを振る仕事と、それを見てキーボードを叩くだけの仕事の間には、果てしれぬほど大きな差があるように、「ビートとビートニクスの差」くらい、わきまえて書き、「書くことそのものの労苦と、タイプライターを打って記事にすることの差」くらい、わきまえて語ってもらいたい。それだけの話だ。(といって、簡単にできることでもないが)

もっとシンプルに言うなら、ビートを気取りたいなら、せめてビートニクスとは名乗るな、ということだ。
(作家自身が「ビートニクス」という言葉を自称するようになったら終わり、というような意味のことを、たしかギンズバーグも言っていた)
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