April 20, 2012

ジェイソン・バルガスは、シアトルに移籍してくる前のメッツ在籍時代、2007年10月に肘のbone spur(=骨棘 こつきょく)、そして2008年5月には股関節のtorn labrum(関節唇)を続けて手術している。長期休養後、球速は戻らず、その結果、大学時代から自慢だった4シームストレートを捨てざるをえなくなった。


関節唇というのは、肩と股関節にだけある。
人間の骨格は、重力にあらがって両手を自由に使える直立二足歩行をする独特の身体システムに進化したために、動物とは全く違う複雑な身体メカニズムをもつ。肩に故障が起きやすく、また、上半身の重みを支える股関節にどうしても大きな負荷がかかるのも、進化の副産物だ。
上半身の重量に耐えるために、股関節の形状は、球形になった大腿骨の端を窪みにはめこむだけでなく、股関節唇が包み込むことで、関節としての安定性を高めている。
ただ、股関節唇は柔らかいため、野球のスライディングなどで股関節が瞬間的に大きく広げられると、亀裂が生じる。そのままプレーを続けていると、股関節唇の亀裂は大きくなるばかりでなく、裂けた軟骨が関節の中に入り込んでスムーズな動きが妨げられるようになったり、入り込んだ軟骨が股関節表面に傷を付けるようになり、やがて手術が必要な状態になるほど深刻化していく。
関節唇の損傷で長期休養を強いられるMLBプレーヤーは近年急増しており (アレックス・ロドリゲスダレン・オデイチェイス・アトリーカルロス・デルガドブレット・マイヤーズエリック・ベダードグレッグ・ゾーン、ソフトバンクのクローザー馬原など)、特にピッチャーにとっての関節唇損傷の影響はトミー・ジョン手術より深刻だといわれてきた。
Baseball's most fearsome injury. - Slate Magazine

Torn Labrum(股関節唇損傷)Torn Labrum - International Hip Dysplasia Institute (IHDI)


torn labrumの起きるメカニズム




肘と股関節の手術後のジェイソン・バルガスのピッチングは、どう変わったのかを見てみよう。
数字を見れば明らかなように、故障手術後のバルガスは、配球の中心だった自慢の4シームを「捨てていく」ことで投手成績を向上させてきた
名門ルイジアナ州立大学、そしてカリフォルニア大学ロングビーチ校で速球をビシビシ投げてMLB入りし、20代なかばでローテーションピッチャーだった投手がスピードボールを捨てるのだ。さぞかし最初は無念だったことだろう。

年度  FA  CH  FT
2009 63.7 16.4 8.4
2010 26.5 29.3 35.6
2011 24.2 29.9 25.4
2012 17.0 19.7 39.1
FA:ファストボール CH:チェンジアップ FT:2シーム
Jason Vargas » PitchFx » Overview | FanGraphs Baseball

ジェイソン・バルガスの年度別FIP
ジェイソン・バルガスの年度別FIPJason Vargas » Graphs » Comparison » All Season » Pitching | FanGraphs Baseball


バルガスのトレードマークは昔も今も「チェンジアップ」で、近年、投げる率こそ下がってきてはいるものの、いまでもそれなりのパーセンテージのチェンジアップを投げている。
シアトルに移籍してきた当初、バルガスの投手成績が伸び悩んだのは、手術でスピードボールを捨てざるをえなくなり、活路を求めた彼が編み出した独特のチェンジアップ中心配球にまったく理解のない城島、キロス、ジメネスなどの無能なダメ捕手とばかりバッテリーを組まされたからだ。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:ジェイソン・バルガス

大学時代のバルガスは、カリフォルニア大学ロングビーチ校時代のチームメイトであるLAAのローテ投手ジェレッド・ウィーバーによれば、「94から95マイルを投げるほどの、バリバリの速球派」だった。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年5月18日、ジェイソン・バルガス、大学時代の元チームメイト対決で既に6勝のジェレッド・ウィーバーに投げ勝ち、9奪三振の快投で素晴らしい3勝目。エンゼルスを制圧!

かつて速球派だったバルガスの近年の持ち球の大きな変化は、なんといっても手術で球速の落ちた4シームを諦め、配球の中心を2シームやチェンジアップに切り替えたことだ。
だが、自慢の4シームを「捨てる」といっても、それをバルガスがすぐにできたわけではない。彼は手術後の2009年ですら、63.7%もの4シームを投げ、その結果打たれまくって、投手成績を大幅に悪化させている。
彼が、場合によっては引退を覚悟しなければならないほどの故障を手術した直後でさえ、あくまで自分を速球投手であると思いこみたかった切ない気持ちが、よく伝わってくる。投手はロボットじゃない。人間なのだ。
だが、彼は2010年にようやく速球に別れを告げて、カットボールを習得した。(それは自慢のカーブだけではやっていけないと感じたクリフ・リーがカットボールを習得したのと似ている)
その後、苦心して編み出したチェンジアップ中心の配球を相手チームに読まれて打たれ出したが、その対策として今年からナックルカーブを習得し、相手チームのスカウティングによって配球を読まれるのを防ごうとしている。

こうした努力の結果、これまでのジェイソン・バルガスはフライボールピッチャーだったが、今シーズンのバルガスは、キャリアで初めてゴロアウトがフライアウトを上回っている。これが大きい。
もちろん、ゴロアウトの増加には、多投している2シームやチェンジアップ、ナックルカーブなど、縦の変化が効いているのだろう。4月18日クリーブランド戦6回の二死満塁のピンチでも、2シームでかつての同僚ホセ・ロペスをゴロアウトにうちとっている。
Cleveland Indians at Seattle Mariners - April 18, 2012 | MLB.com Classic
ジェイソン・バルガスのフライアウトとゴロアウトの割合
初めてゴロアウトがフライアウトを上回った2012年のバルガス


ジェイソン・バルガスが例年、オールスター明け以降に調子を落とすことが多いのは当然承知しているが、その原因はスタミナ不足ばかりではなく、むしろ相手チームのスカウティングによって、そのシーズンのためにジェイソン・バルガスが編み出す配球や苦労して覚えた新しい持ち球が研究され尽くしてしまうからではないか、と思っている。

数々の故障を越え、毎年シーズンオフに新しい球種を覚え、毎年のように配球パターンを変え、2012年もまた新しいピッチングスタイルに辿り着いてマウンドに登り続ける、勇気あるジェイソン・バルガスに、あらためて心からの拍手を贈りたい。


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