April 28, 2012

名曲「野球小僧」を歌った灰田勝彦さん(以下敬称略)の持ち歌に、『真赤な封筒』という曲がある。

この歌の原曲というのは、インディアナポリス出身のAlbert Von Tilzer (1878-1956) の作った「Oh By Jingo!」という歌らしい。(資料:NAKACO'S CRAFT'S WEBLOG

Albert Von Tilzerという人物は、なんと、あの"Take Me Out to the Ball Game" (邦題『私を野球に連れてって』)を作曲した人物。ラプソディ・イン・ブルーなどで知られるジョージ・ガーシュウィンなどと同様、19世紀末のニューヨークのいわゆるティン・パン・アレーTin Pan Alley)で、シアター産業に供給する音楽が量産されていた時代の作曲家のひとりだ。

つくづく、灰田勝彦さんという人は野球に縁があるらしい。


1950年代の日本では『歌う野球小僧』などのミュージカル映画が非常に数多く生産されているのだが、そのルーツはアメリカのミュージカル(舞台や映画)に行きつく。
(このへんの詳しい事情についてはもちろん、小林信彦さんの一連の著作を読んで、フレッド・アステアの『イースター・パレード』(1948)とか『バンドワゴン』(1953)、ジュディ・ガーランドの『The Wizard of Oz(オズの魔法使い)』(1939)などの名作映画を観るなりしたほうが間違いがない)


灰田勝彦さんが育ったハワイのミュージシャン、IZ (Israel Kamakawiwoʻole 1970-1997)バージョンの
"Over the Rainbow"


かつて野球と、映画や音楽との関わりは、非常に親密なものだった。

日本の映画産業は1950年代にたいへんな繁栄期を迎えていたが、その時代は同時に、プロ野球が黎明期を終わって、英語でいうnational passtime、国民的娯楽になりつつあった時代でもあった。
つまり、野球が国民的娯楽になってきた時代は、同時に映画産業の最初の興隆期でもあるのであって、50年代に日本の大映松竹東映など、当時の景気がよかった大手映画会社がこぞってプロ野球チームを持ち、さらに野球映画も数多く製作しているのには、ちゃんと理由がある。
「ミュージカル」は、「ベースボール」や「ジャズ」と並んで、アメリカで発明された最もアメリカらしい文化のひとつだが、日本で野球をテーマにしたミュージカル映画が作られたことは、当時として自然な流れだった。


さて、"Take Me Out to the Ball Game"の作詞をてがけたのは、Jack Norworth (1879-1959)である。


この曲の歌詞が出来た経緯については、「1908年に彼がニューヨークの地下鉄に乗っていて、あるポスターを見て、この歌詞を思いついた」というのは非常に有名な話だ。(だが、どういうわけか知らないが、日本のWikiにはこの部分に関する記述が欠けている)

そのポスターは「野球の試合の告知ポスター」で、
こう書かかれていた。
"Baseball Today ― Polo Grounds"

もちろん Polo Grounds というのは、1958年にサンフランシスコに移転する前までニューヨークにあったジャイアンツの本拠地球場のことだ。
参考記事:カテゴリー:『1958年の西海岸』 特別な年、特別な場所。 1/12ページ目 │ Damejima's HARDBALL


非常に興味深いのは、作詞者 Jack Norworthがニューヨークの地下鉄の車内で見た野球の試合のポスター」というのが、いったい、「何月何日の、どんなカードのゲームだったのか?という点だ。


以前、一度書いたように、ニューヨーク時代のジャイアンツは、本拠地ポロ・グラウンズを他球団に貸し出していた
2010年8月25日、セーフコ、カムデンヤーズと、ヤンキースタジアムを比較して、1920年代のポロ・グラウンズとベーブ・ルースに始まり、新旧2つのヤンキースタジアムにも継承された「ポール際のホームランの伝統」を考える。 | Damejima's HARDBALL

2012年3月21日、1958年ドジャース、ジャイアンツ西海岸移転に始まる「ボールパーク・ドミノ」  (1)エベッツ・フィールド、ポロ・グラウンズの閉場 | Damejima's HARDBALL


だが、ポロ・グラウンズが、例えばヤンキースの前身であるニューヨーク・ハイランダーズのような他球団、あるいはフットボールの試合のために「貸し出された」のは、「1913年以降」の話だ。

したがって、「1908年にニューヨークの地下鉄の中で、Jack Norworthが見た『ポロ・グラウンズで開催される野球の試合』の告知ポスター」とは、「ポロ・グラウンズを借用していたチーム」のゲームではなく、明らかに、1908年当時にポロ・グラウンズを本拠地にしていた唯一の球団である、ニューヨーク・ジャイアンツのホームゲームを告知するポスターであることが確定できる。


アメリカ野球に関する優秀なリサーチサイトBaseball Researcherの調査によると、"Take Me Out to the Ball Game" が楽曲として著作権事務所に申請された日付が「1908年の5月2日」であることがわかっている。
On May 2, 1908, "Take Me Out to the Ball Game" was submitted to the United States Copyright Office.

Baseball Researcher: Take Me Out to the Ball Game Polo Grounds

ならば「Jack Norworthが見た試合告知ポスター」の「日付」をさらに絞りこむことが可能になる。


1908年当時のゲームログを、Baseball Referenceで調べてみると、"Take Me Out to the Ball Game" が著作権事務所に申請された5月2日までのニューヨーク・ジャイアンツのホームゲームの日程と対戦相手は、以下の通りであることがわかる。

4月22日〜25日 ブルックリン・ドジャース戦
5月2日〜4日 フィラデルフィア・フィリーズ戦

1908 New York Giants Schedule, Box Scores and Splits - Baseball-Reference.com


もし、「Jack Norworthが、ポスターを見て詞を書いて、その直後に著作権事務所に行った」と仮定すると、可能性があるのは、5月3日、5月4日の試合会場はポロ・グラウンズではないことから、「4月22日から25日えまでの対ブルックリン・ドジャース4連戦」か、もしくは「5月2日フィリーズ戦」の「2つの可能性」しかない。

著作権事務所に出すための書類や楽譜などをそろえるための手間などを考えると、常識的に考えてJack Norworthが見たポスターは、どうみても「4月末のポロ・グラウンズで行われたドジャース4連戦を告知するポスター」だっただろう、ということにはなるが、「5月2日フィリーズ戦」である可能性も、けしてゼロではない。(もちろん、詞と曲が揃っていたか、という問題はある)


ここでちょっと、Jack Norworthの書いた"Take Me Out to the Ball Game"のオリジナル原稿を見てほしい。5か所の単語が入れ替られていることを除けば、「ほぼ修正されていない」。
出典:Larry Stone | "Take Me Out to the Ball Game" turns 100 years old | Seattle Times Newspaper


"Take Me Out to the Ball Gameのオリジナル原稿"
(クーパーズタウンのMLB野球殿堂所蔵)

オリジナル原稿で見ると、たった5つ程度の単語の入れ替えを除けば、大きな修正はほとんど無く、この詞が最初からほとんど完成レベルにあったことがわかる。
このことからして、"Take Me Out to the Ball Game"の詞は、地下鉄車内でほぼ完全な形に書き上げられていた可能性が高い
、と見ることができる。


事実、2009年4月8日のTimeの記事(ライター:Frances Romero)にによれば、「Jack Norworthは、ポロ・グラウンズでの野球の試合告知ポスターにインスピレーションを得て、地下鉄車内で、持っていた封筒の裏に15分以内に書きとめた」とある。
One day while riding a New York subway, Norworth saw a sign that read "Baseball Today ― Polo Grounds." And in 15 minutes, he had scribbled the words of his fun-time anthem on the back of an envelope
'Take Me Out to the Ball Game' - TIME

「語句の修正の少なさ」、そして、「地下鉄に乗ったとき、たまたま持っていた封筒の裏に書きつけるような慌ただしさ」から推察して、この詞が「非常に短時間で完成レベルに達した」ことは、資料的にも裏付けられている。


これだけ完成度の高いレベル作品、ほぼ瞬時に書き切ることのできた作詞者Jack Norworthが、ただ著作権を出願する、それだけのために、1週間から10日間も手元に置いておくとは、当時のティン・パン・アレーの状況からして、到底思えない
むしろ、「書いたその日のうちに著作権事務所に向かう」ということだって十分ありえるのが、当時のティン・パン・アレーという場所独特の「スピード感」なのだ。


楽譜出版社や演奏者のエージェントが集まったティン・パン・アレーはとにかくスピードが命の町で、この忙しい街に「ティン・パン・アレー」という「鍋や釜」を意味する名前がつけられたのも、ラジオもテレビもまだなく、また、レコード自体がまだ高価だった時代に、楽譜を買いにくる客のために目の前でその曲をピアノで弾いてみせて楽譜を買ってもらう商売のやり方が流行し、また、楽譜出版社が曲の宣伝の為にピアニストに試演させたりもしたため、町中がなにか「鍋や釜を叩いているような賑やかさ」に満ちていただったからだ。(ブルックリン生まれのジョージ・ガーシュインも、元はそうした試演ピアニストのひとりだった)

音楽を大量に作って、即座に売り、ヒットしそうならすぐに舞台や映画にもする、そういうスピード感で生きていた作詞家が生みだしたのが、この "Take Me Out to the Ball Game"なのだ。


だから、Jack Norworthにインスピレーションを与えた告知ポスターが示していた「試合の日付」は、「1908年4月22日〜25日のポロ・グラウンズにおけるニューヨーク・ジャイアンツ対ブルックリン・ドジャース戦」である可能性が高いが、「同年5月2日ポロ・グラウンズのニューヨーク・ジャイアンツ対フィリーズ戦」のポスターを見て、たった15分で詞を書きあげ、その日のうちに曲がついて著作権事務所で登録したという可能性も完全には否定できないのである。

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Take me out to the ballgame,
Take me out with the crowd.
Buy me some peanuts and Cracker Jack,
I don't care if I ever get back, 'cause it's root, root, root for the home team,
if they don't win it's a shame.
For it's one , two, three strikes you're out,
at the old ballgame.


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