May 04, 2012

トロントのブランドン・モローがエンゼルスをわずか102球で完封して、3勝目。ヴェテランのダン・ヘイレンとの投げ合いだったが、一歩も引かないどころか、ワンランク上を行くピッチングをみせたのだから、たいしたものだ。
Toronto Blue Jays at Los Angeles Angels - May 3, 2012 | MLB.com Classic

モローについて前回書いた記事で、今シーズンのモローの配球の特徴について「シアトル時代には配球の70%以上がストレートで、ストレートばかり投げては狙い打たれていたが、今はわずか50数%しか4シームを投げていない」と、近年のモローの変化球多用について書いたわけだが、今日はなんと前の登板とガラリと変わって、全投球の74%、つまり4球のうち3球で4シームを投げ、ほぼストレートのみで知将マイク・ソーシアの裏をかいて、エンゼルスを押しつぶしてみせるという離れ業をみせた。(だからといって、シーズンスタッツで、モローのストレート率が急上昇したわけではない)

いやはや、エンゼルスのような、「三度のメシより分析が好きなチーム」を相手に、得意のスカウティングを不発に終わらせ、バッターに的を絞らせない工夫をしてくるとは。おそれいった。前回登板でイチローにスプリットまで投げていた投手とは、とても思えない。
クリーブランドでも、ボストンでも、選手を育てる手腕の高さで名をはせたジョン・ファレルが監督をしているだけのことはある。
参考記事:ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2012年4月28日、「アウトローにストレートが最も手堅い」などというダメ捕手発想など通用しないのがMLB。エドウィン・エンカルナシオンの初球満塁ホームラン。


トロント・ブルージェイズの現在の監督ジョン・ファレルは、かつてクリーブランドでエリック・ウェッジが監督になる2年も前から、選手育成ディレクター (director of player development)をやっていて、CC・サバシアクリフ・リービクター・マルティネスグレイディ・サイズモアなど、クリーブランド生え抜き選手の大成に深くかかわった。

その後、腕を見込まれて2007年からボストンでピッチングコーチに就任。ジョシュ・ベケットジョン・レスタークレイ・バックホルツを育て上げつつ、就任1年目にしてボストンのチーム防御率を前年から1点以上改善してア・リーグ1位の投手陣に押し上げ、ワールドシリーズ制覇に大きく貢献した。そして2010年10月トロントで、ついに「監督の座」を射止めた。
ボストンのチーム防御率
2006年 5.09
2007年 4.06 ジョン・ファレル Pコーチ就任(WS優勝)
2008年 4.28
2009年 4.54
2010年 4.59 ジョン・ファレル、トロントの監督に
2011年 4.55 
2012年 5.54



ジョン・ファレルとエリック・ウェッジの関係で、特に皮肉なドラマと言えるのは、2007年のア・リーグチャンピオンシップシリーズ(ALCS)だ。
十分な戦力をもちながら、なかなか地区優勝できないエリック・ウェッジのクリーブランドは、サバシアとカルモナ*1の2投手が19勝ずつすることで、ようやく6年ぶりの地区優勝にこぎつけたのだが、リーグチャンピオンシップで、前年までクリーブランドの選手育成ディレクターだったファレルがピッチングコーチに就任したボストンと対戦するものの、1勝3敗から逆転を許して劇的に敗退。
ボストンは勢いそのままにワールドシリーズ制覇を遂げために、ファレルはチャンピオンリングを手に入れたのだが、エリック・ウェッジはその後の2年間の不振から、クリーブランド監督をクビになった。
*1 在籍時期の重なりが少ないカルモナには、ジョン・ファレルはあまり関わっていない


シアトルが、他チームをクビになった人間をを監督に採用したのは、おそらく 「ウェッジは若手育成のうまい監督だから」 なんていうわけのわからない理由だったのだろうが、人を見る目がないにも程がある
かつてのボストンの躍進に関してテオ・エプスタインの手腕を評価している人間と同じで、シアトルは、2000年代のクリーブランドで、「誰が本当のキーマンだったか」を見抜きもしないまま、チームの運命をまかせっきりにしたのだから、おそれいる。

例えば、
クリーブランドのファームシステムが高く評価されていた2003年、監督ウェッジは就任1年目でまだ何もしておらず、ファームを整備していたのは、既に2001年から選手育成ディレクターをしていたファレルなどの功績であり、ウェッジではない。
During Farrell's time in Cleveland, the Indians received Organization of the Year honours from USA Today (2003-04) and their farm system was ranked No. 1 by Baseball America (2003).
Blue Jays name Farrell new manager | bluejays.com: News



以下に挙げたのは、2001年からの約10年間のクリーブランド・インディアンスのウェッジ、ファレル、主力選手それぞれの在籍期間とチーム勝率を重ね合わせたグラフ。(クリックすると別窓で大きなグラフが開く)

クリーブランドの勝率変遷とジョン・ファレル

CCサバシア、クリフ・リーと、2人のサイ・ヤング賞投手に加えて、好調時のカルモナと、最強クラスのローテ投手を抱えながら、7年間ものエリック・ウェッジ在任時代に、クリーブランドはたった1度しか地区優勝(2007)していない

それどころか、ウェッジの監督在任中、これほどの戦力がありながら、チーム勝率が5割を超えたことは、たったの2度しかない

当時のクリーブランドが、才能溢れる選手たちが集まっていたから多少は勝てたものの、それでも、十二分に彼らの才能を引き出せる指導者に恵まれてはいなかったことが、10年単位で振り返ると、よくわかる。
シアトルにおいても選手起用、特に投手起用に常に最悪の采配を見せ続けている監督ウェッジの手腕が、実はクリーブランド時代から最悪なものだったことが、上にまとめた図からよくわかるというものだ。
もしウェッジの采配が本当に素晴らしいものだったなら、クリーブランドは長く続く黄金時代を迎えることができ、クリフ・リーやサバシアといったMLBを代表するような名投手たちを次々に手放すようなハメにならずに済んだだろう。

エリック・ウェッジがクリーブランドをクビになった理由の一端については、以下の記事を参照 ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年8月21日、エリック・ウェッジが2009年にクリーブランド監督をクビになった原因は、2011年シアトルでやってきたチーム運営の問題点の数々とほとんどダブっているという事実。

2000年代クリーブランドの、ほんのわずかな好調期を演出したのは、無能なエリック・ウェッジの奇をてらった采配や、片寄った選手起用によるものではなく、選手育成部長ジョン・ファレルの用意した選手層の厚さである。
このことは、選手育成部長ジョン・ファレルのボストン移籍以降、クリーブランドのチーム勝率が急激に右肩下がりにV字降下し、2009年にはわずか4割程度になって、有力選手の大半を放出せざるをえなくなって、監督エリック・ウェッジが問答無用にクビにされた事実で、十分過ぎるほど、証明されている。



ちなみに、以前、2000年代の10年間にボストンで活躍した豊富過ぎるほどの人材を用意したのが、元GMテオ・エプスタインではなく、エプスタインの前任者ダン・デュケットであって、テオ・エプスタイン、ビル・ジェームス、さらにはビリー・ビーン、マネーボールなどの評価を、「格下げ」、「ダウングレード」する必要があることについて書いた。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年11月8日、ボストンの2004年ワールドシリーズ制覇におけるダン・デュケットの業績を振り返りつつ、テオ・エプスタイン、ビル・ジェームス、マネーボールの「過大評価」を下方修正する。

この「2000年代のボストンの選手層の厚さ」について、ダン・デュケットの「選手獲得」の手腕と功績の再評価が必要なのと同様に、ジョン・ファレルが、ダン・デュケット時代の選手たちを「育成」したことの手腕と功績の再評価も必要だろう。
そのことは同時に、テオ・エプスタインと、その周辺のセイバー関係者の「上げ底評価」を、さらにもう一段下げる必要があることも意味している。

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