May 07, 2012

ノーラン・ライアンがテキサス・レンジャーズ社長に就任したのは、2008年2月。さらに2010年1月にライアンは共同経営者になっている。
ライアンらの投資グループは、かつて大統領選出馬のための資金が必要になったジョージ・ブッシュから250M(=2億5千万ドル)でレンジャーズを買い取ったトム・ヒックスから、チームを買い取ったわけだが、その金額は元値の倍、500M(=5億ドル)以上といわれている。そしてテキサスは2010年に11年ぶりの地区優勝を成し遂げることになる。


以下に、2000年以降の10年間のア・リーグ全チームの平均ERAと、テキサス・レンジャーズのチームERA(防御率)の変遷を、グラフにしてみた。2つの事実を見るためだ。

1) 2000年代終盤のア・リーグ平均ERAは、全体として改善されていく傾向にあり、「投手の時代」に向かっていることが明確になっていた。

2) テキサスのチームERAは、2000年代中期までは常にリーグ平均より遥かに悪い数値だったが、ノーラン・ライアンが社長就任した2008年シーズンを境にして、劇的に改善されていき、ついにはア・リーグの改善トレンドを越え、リーグ平均より良い数値にまで到達した。

横軸: 時間軸(1=2001年 2=2002年・・・11=2011年)
青い折れ線: テキサスのチームERA
赤い折れ線: ア・リーグ全チームの平均ERA
曲線: それぞれの近似曲線(3次)
リーグとテキサスのERAの変遷比較

なお、上のグラフだけでは、「2000年代終盤のア・リーグ全体のERAは、かなり改善傾向を示していた」という点がわかりにくいと思うので、縦軸を縦方向に大きく引き延ばし、変化をより強調したグラフを作ってみた。
変化を強調したこちらのグラフで見れば、いかに「ア・リーグが、2008年以降変わっていっていたか」が、よりわかりやすく見えてくると思う。

赤い折れ線: ア・リーグ全チームの平均ERA
曲線: 近似曲線(3次)
リーグERAの変遷


これらのグラフを見るときに、頭の隅に入れておかなければならないことがいくつかあるのだが、最も大きなファクターのひとつが、ヤンキース移籍後のアレックス・ロドリゲスに対するテキサスの年棒負担の問題だ。

テキサスは2001年にシアトルから、10年総額252M(2億5200万ドル)でA・ロッドを獲得した。(これはなんと、かつてトム・ヒックスがジョージ・ブッシュに払ったチーム買い取り金額と、ほぼ同額の大金)
だがテキサスのチームERA変遷グラフからわかる通り、2000年初頭〜中期のテキサスの防御率は酷いものであり、いくらA・ロッドがステロイドを使用してホームランを打ちまくろうが焼石に水で、チーム低迷は改善できなかった。
そのため、やがてテキサスはA・ロッドをヤンキースに手放さざるをえなくなるのだが、このときテキサス側は、A・ロッドの残り年棒179Mのうち、約3分の1、67Mを引き続き負担しなければならなかった。
この重い金銭負担が、2000年代中期のレンジャーズのチーム再建に大変な足かせとなった

The Rangers also agreed to pay $67 million of the $179 million left on Rodriguez's contract.
Alex Rodriguez - Wikipedia, the free encyclopedia



なにも、2000年代終盤にテキサスだけがチームERAを改善していたわけではなく、ア・リーグ全体としてERAは改善傾向にあった。
だが、問題なのは、投手の時代に向かう動きが、1シーズン限りではなく、潮流の変動であることに早くから気づいて、「意図的に」チームカラー変更に着手できたかどうかだ。
2000年代末のア・リーグに、こうした時代の変化について「チーム方針として」きちんと対応しきれたチームが多かったとは、全く思わない。


例えば「シアトル」だ。

たしかに、2009年以降のシアトルのチームERAが、テキサスのチームERAが2009年以降改善されていったのと同じように、2009年にが1点近く劇的に改善されているため、シアトルのチーム方針が投手の時代に向かいつつあったと勘違いする人もいるだろう。
参考:シアトルのチームERA
2007 4.73
2008 4.73
2009 3.87
2010 3.93
2011 3.90

だが、2009年のシアトルのチームERAの変化は、チームが意図した変化でもなければ、ポジティブな変化でもない。まして、時代の変化を先取りしたチーム側が、チームコンセプトを変えたためでもない
2009年のシアトルの変化は「ネガティブな変化」、つまり、ただ単にチームがチームを腐敗させつつあった「城島問題」に、何も対策しないどころか、むしろチームと城島が優遇契約を交わすという腐った対応をしたことに業を煮やしたローテ投手3人が、自主的にダメ捕手城島とのバッテリーを全面拒否したことで、ダメ捕手がようやく正捕手からはずされ、対応が遅れに遅れ、間違った対応だけが続けられてきた「城島問題」にようやくケリがつけられた、それだけのことだ。
あのあまりにも馬鹿げた「城島問題」の処理が、もっと早く、それもチーム主導でできていたなら、もっとマトモなチームになるチャンスがあった。
チームに頼らない選手自身の手による解決という、前代未聞の方法で解決された城島問題」後のシアトルは、「もともと優秀だったローテ投手たちのERAが、本来の数値レンジに戻っただけ」であり、無能GMズレンシックが潮流の変化に気づいてチーム方針を転換したからでもなんでもない。

当のシアトルとズレンシックが、時代の変化を先取りするどころか、変化をまるで理解していなかった証拠に、GMズレンシックは、チーム本来のストロング・ポイントであり、また2010年代以降の時代のニーズでもある「ローテーション投手」(ウオッシュバーン、クリフ・リー、ブランドン・モロー、ダグ・フィスター、マイケル・ピネダなど)を同一リーグのコンテンダーに安売り、切り売りする馬鹿トレードを毎年のように実行しては、毎年のようにフィギンズ、ブラッドリー、グリフィー、バーンズ、ジャック・ウェイルソン、グティエレス、スモーク、ライアン、ウェルズ、モンテーロと、野手に投資しては、自分たちのお気に入り選手ばかり重用し、失敗した野手投資の後処理すらマトモにできないGMと監督であるにもかかわらず、時代の読めない地元メディアと日米の一部ファンとがそれを毎年追認して、挙句にはチームの得点力が足りないからというわけのわからない屁理屈で3000本安打という大記録達成を目指し盗塁もできる稀代の1番打者イチローに3番を押し付ける愚行までしている、のである。

ズレンシックが掲げて大失敗した「超守備的」というわけのわからないチームコンセプトにしたところで、あんなものは「単なる机上の思い付き」に過ぎず、「投手の時代」とは全く関係ない。また野手のひとりやふたり程度が多少の成功をおさめようが、愚鈍さと愚行が救われるわけでもなんでもない。
また近年の「育成モード」も、本当の意味でのチーム再建でもなんでもなく、単にかつてズレンシックの獲ってきた野手があまりにも使いものにならなくて店(=観客動員)が閑散としてきたので、あわててマイナーの選手をごっそり上げてきて店頭に並べているだけに過ぎない。


同じことは、先日記事にした2000年代クリーブランドの失態にも言える。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2012年5月4日、エリック・ウェッジの無能さを証明する、選手育成部長ジョン・ファレル流出後のクリーブランド・インディアンス没落。
ア・リーグ全体がひそかに「投手の時代」に向かって進んでいた2000年代中期に、クリーブランドはせっかくの分厚い選手層を抱えながら、「投手というものをまるで理解する能力の無い、投手起用の超下手クソな監督」エリック・ウェッジを起用し続けて大失敗を犯し、CC・サバシアクリフ・リーの生え抜きローテ投手2本柱を失って、他の多くのチームのERAが改善されていった2009年に、クリーブランドはチームERAを5点台にまで悪化させている。
たとえクリーブランドが近年になってようやくデレク・ロウウバルド・ヒメネスといったFA先発投手に投資することで、かつての馬鹿げたチームマネジメントの大失態からやや立ち直り、「投打のかみあったチームを目指すという常識」を取り戻しつつあるとはいえ、時代への対応に数シーズンは立ち遅れたクリーブランドが「ERA3点台の時代」「投手の時代」に追いつくまでの時間に、既に先行投資を追えたテキサスやデトロイトが時代をリードし、ボルチモアやトロント、タンパベイなどもチーム改革に取り組んで十分な成果を挙げはじめているとあっては、もうなまやさしいことではア・リーグ制覇はできない。

ちなみに、
クリーブランドは2010年に1試合あたりの観客動員数23,357人で、MLB最少観客動員数の球団だった(ホーム、アウェイの合計)。そして2012年5月7日現在、地区首位であるにもかかわらず、17,164人と、またもやMLBで最も観客動員の少ない球団になっている。1試合あたり2万人を切ったのは、2005年以降では、クリーブランドのみ。
2012 MLB Attendance - Major League Baseball - ESPN


社長に就任して以降のノーラン・ライアンのチーム改革の詳細な中身はあまりわからない。
だが、それにしたって、外から見ているだけでもデレク・ホランドトミー・ハンターネフタリ・フェリースを育て、CJウィルソンスコット・フェルドマンなどを大成させてもきた最近のテキサス・レンジャーズのローテ投手たちの選手層の厚さを見れば、ノーラン・ライアンが2008年の社長就任後から確実に進めてきたチーム改革事業の歩みの重さがわかろうというものだ。ダルビッシュ獲得も、そうしたノーラン・ライアンの敷いたレールの上にある。


やはり「変化」というものは、
時間がたってから気づくのでは、遅すぎるのだ。







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