May 25, 2012

マイアミ・マーリンズのキャッチャー、ブレット・ヘイズは以下にみるように、マーリンズのキャッチャー受難史を乗り越えてマスクをかぶっている期待の星「だった」わけだが、今日も今日とて、記録上はワイルドピッチの実質パスボールや、三本間の挟殺プレーでサードランナーを追いすぎてセーフにしてしまったりと、なんともいえない未熟ぶり。やれやれ(苦笑)
San Francisco Giants at Miami Marlins - May 24, 2012 | MLB.com Gameday

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ジョン・ベイカー John Baker
2002年ドラフト4巡目指名。2008年メジャー昇格。
2009年、2010年と、ロニー・パウリーノと併用された。相手先発が右投手の場合は左バッターのベイカーが先発し、左投手の場合は右バッターのパウリーノが先発した。
2010年に肩を負傷し、シーズン終盤にトミージョン手術を受ける。後にサンディエゴにトレード。

ロニー・パウリーノ Ronny Paulino
2009年3月にサンフランシスコからトレード。
当初ベイカーと併用されていたが、ベイカーの肩の怪我によるDL入りにより、単独で正捕手になる。しかし、2010年8月20日に薬物違反による50試合の出場停止処分を受けてしまい、チームにメジャークラスの捕手がいなくなる非常事態の発端を築いた。後にFAでメッツ移籍。
Paulino suspended for positive PED test | MLB.com: News

ブレット・ヘイズ Brett Hayes
メジャー昇格前は、ベイカー、パウリーノの後を継ぐべき将来の正捕手候補と嘱望され、大事に育てられていた。
2010年夏に、ベイカーの怪我を受けて単独正捕手になったパウリーノが薬物問題で出場停止という緊急事態が発生すると、2010年8月20日以降、経験の浅いヘイズがマーリンズの正捕手を務めることになった。
だが、そのヘイズも、正捕手になってわずか10日ばかりたった8月31日のナショナルズ戦で、外野手ナイジェル・モーガンにタックルされて左肩を脱臼、シーズンを棒に振ってしまうことになる。
チーム内には、ただでさえ足りない貴重なキャッチャーを壊したモーガンに対する憤りが渦巻いた。



Brett Hayes 2010 Batting Gamelogs - Baseball-Reference.com

参考)
ブレット・ヘイズの怪我に対する報復事件
2010年9月1日 ナショナルズ対マーリンズ戦
ブレット・ヘイズが肩を脱臼した翌日のゲームは、ナショナルズが3-14の大量リードを奪われていたが、4回表、マーリンズ先発クリス・ヴォルスタッドが、ナイジェル・モーガンにデッドボール。明らかに、前日のゲームで自軍キャッチャーの肩を脱臼させられたマーリンズ側の、モーガンに対する「報復死球」とみられた。ここから報復合戦が始まる。
ぶつけられて出塁したモーガンは、「大量点差の状況では、盗塁はしない」という「MLBの不文律」を故意に破り、二盗、三盗を立て続けに決め、「報復死球」に対して、さらに「不文律に反する盗塁、それも、2連続の盗塁」で報復した。
6回表、モーガンが再び打席に立つ。すると、マーリンズ先発ヴォルスタッドは、再びモーガンの背中側を通過する球を投じた。モーガンは即座に血相を変えてマウンドに駆け寄ると、拳(こぶし)でヴォルスタッドを殴ったため、両軍ベンチが空っぽになるほどの乱闘に発展。4人の退場者が出た。


さらに7回裏、こんどはナショナルズのピッチャー、ダグ・スレイトンが、6回の乱闘時にモーガンを最初に地面に抑えつけたマーリンズ一塁手ゲイビー・サンチェスに「報復の報復の報復」となるデッドボール。これによってスレイトンとナショナルズ監督リグルマンが退場処分となり、退場者は合計6人を数えた。
Washington Nationals at Miami Marlins - September 1, 2010 | MLB.com Wrap

2011年7月6日、「MLBでは不文律を絶対に破らない」という不文律は、「どこにも無い」。 | Damejima's HARDBALL

参考)バスター・ポージーの大怪我
2011年05月25日マーリンズ対ジャイアンツ戦
延長12回1死1、3塁の場面、浅いセンターフライでマーリンズのサードランナー、スコット・カズンズがタッチアップ。ジャイアンツの期待の新鋭、捕手のバスター・ポージーは完全にホームをブロックしていなかったにもかかわらず、カズンズはタックルを敢行。
ポージーは左下腿腓骨骨折と左足首靱帯断裂の重傷を負い、シーズン絶望となり、一時は選手生命も危ぶまれると言われたが、2012年復帰。
Miami Marlins at San Francisco Giants - May 25, 2011 | MLB.com Wrap

ブラッド・デイビス Brad Davis
ジェイソン・バルガスと同じカリフォルニア大学ロングビーチ校の出身。2004年ドラフト5巡目指名。
2010年7月21日メジャー初昇格したものの、マイナーに戻されたが、8月になってパウリーノの薬物問題による出場停止という緊急事態が起きたことで、メジャーに緊急昇格、ブレット・ヘイズの控え捕手となった。
そして8月31日にヘイズの肩の脱臼というさらなる緊急事態が発生したために、2010シーズン終盤のマーリンズは、本来メジャーの選手とはいえないこのブラッド・デイビスが33ゲームでマスクをかぶるという「非常事態を越える非常事態」に陥ってしまう。翌年2011年6月に戦力外。
Brad Davis 2010 Batting Gamelogs - Baseball-Reference.com

クリス・ハッチャー Chris Hatcher
2006年にマーリンズが5巡目指名。
2010年9月にメジャーデビューしているが、これはもちろん、いわゆるセプテンバー・コールアップによる昇格ではなく、ベイカーの肩の怪我、パウリーノの出場停止、ヘイズの脱臼、マイナーのデイビスの緊急正捕手で、控えキャッチャーですらいなくなるという緊急事態に伴った措置。4試合にキャッチャーとして出場した。
後に、肩の強さを見込まれ、投手に転向。2011年7月16日にリグレー・フィールドで投手デビューを果たす。捕手の投手転向は、1936年ボストン・ブレーブスのアート・ドール以来、75年ぶりの珍事。
Chris Hatcher 2010 Batting Gamelogs - Baseball-Reference.com

ジョン・バック John Buck
2010年トロントで、打率.281、ホームラン20本と、まとまった打撃成績をおさめたことで、2011年11月18日にマーリンズとの間で総額1,800万ドルの3年契約を得た。
打撃面でも期待された3年契約ではあったわけだが、1年目の2012年はここまで124打数18安打、打率.173という不振ぶり。
John Buck 2012 Batting Gamelogs - Baseball-Reference.com


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