August 14, 2012

ハワイ文化のひとつ、Hula(フラ)は、日本人なら誰でも一度くらいは見たことがあるために、とりあえず知っている、わかっていると思われがちだ。

だが、それは正しくない。

Hulaの現代的な分類には、現代的なおおまかな分類からいっても、古典であるHula Kahiko(フラ・カヒコ)と、19世紀以降に欧米文化の影響を受ける中で出来ていったHula ʻauana(フラ・アウアナ)の、2種類がある。
そして、かつて日本で「フラダンス」と言われていたもののは、フラ・アウアナの亜流のようなフラである。(ちなみに、フラという言葉そのものにダンスという意味が既に含まれている。だから「フラダンス」という日本的表記は、いわば「盆踊りダンス」といっているようなものだから、おすすめしない)

この2種類の区別ができたのは、有名なフラ・コンテスト、Merry Monarch Festival(メリーモナークフェスティバル)が、2つのカテゴリーを設けたことからきている。
The Official Web Site of Merrie Monarch Festival - Hilo, Hawaii

フラの基本的な歴史をわかっている人は、Hula KahikoとHula ʻauanaの区別をフラの基本的知識と考えるが、日本の一般常識としてみると、残念ながら、フラに分類が存在することはいまだにほとんど知られていないと考えるのが正しいだろう。
なぜって、フラ教室で実際にフラを習っている人たちの中にすら、フラ・カヒコを知らない、見たことがない人がいまだに実在するからだ。
ブログ注:
フラの分類はなにも2種類だけと限らない。
古典フラは、研究者によっては、さらに細分化された分類が存在する。また、現代のフラ・カヒコのスタイルを古典とすることに対して異議を唱える人もいる。
というのも、文字のなかったハワイ文化においてフラは、人から人へと継承され続けてきたわけが、古典フラのスタイルの一部が喪失してしまった哀しむべき時代があったために、すべての古典が現代に伝わっていないからだ。
ネイティブ・ハワイアンがフラの古典を喪失した原因は、欧米人宣教師によるフラの禁止や、欧米からもたらされた疫病によるネイティブ・ハワイアンの人口減少などにより、フラの歴史に断絶が生じ、貴重な口伝(くでん)が途絶えてしまったことにある。
だから、伝承喪失のダメージを考慮せず、「今のフラ・カヒコは必ずしも太古のフラのスタイルではない」と非難だけを行うことには、何の意味もない。だが、まぁ、とりあえず細かすぎる話は一時置いておこう。


日本でこうした事態を招いた原因のひとつは、フラが最初に日本に紹介されたときに、当時「フラダンス」と称された「踊り」が、実際には「フラ・アウアナ」とタヒチアンダンスの混じった雑種だったにもかかわらず、「あれがフラなのだ」と思い込みが出来上がってしまったからだ。(それはベンチャーズとビーチボーイズとホノルルだけで、それをビーチカルチャーと思いこんだ大昔の団塊世代のステレオタイプ文化の弊害でもある)
日本では、フラの古典である「フラ・カヒコ」がいまだに浸透していないにもかかわらず、日本人は最初に出会った「フラダンスと称する、混じりっけの多い踊り」を、「フラそのもの」と思いこみ続けてきた。

だがそれは、簡単にいえば
欧米人のフィルターのかかったフラ」でしかない。


日本では、マニアと専門家以外には、フラの古典のスタイルやネイティブ・ハワイアン(=ハワイの先住民)の歩んだ苦難の歴史がほとんどといっていいほど知られず、また、フラ・カヒコとフラ・アウアナが区別されていないくらいなのだから、かつてフラとハワイ語が欧米人によって禁止され、衰退しかかった時代があったことは、なおさら知られていない。

フラがなぜ禁止されていたのか、どういう種類のフラが禁止されていたのかを知ることは、フラとハワイをより深く理解することにつながるわけだが、そのすべてをここで書ききることはもちろん無理だ。興味をもったら、ぜひ一度調べてみてもらいたい。
フラが禁止された理由は、キリスト教的倫理観をもつ欧米人の宣教師がフラのもつセクシャルな裏の意味を嫌った、と説明されることが多いわけだが、もちろん、そんな単純な説明だけで説明が終わるほど、フラの歴史の底は浅くない。

まぁ、こむつかしい歴史やヘリクツは後回しでいい。(必ずしもYoutubeに落ちている動画だけが原典資料とは限らないのが困るが)とりあえず映像でフラ・カヒコを確かめてみるのがてっとり早い。(ここでリンクを挙げておくといいのだろうが、それだけがオリジナルのフラだと思われかねないので、やめておくことにした)
ひと目みれば、日本でこれまで「これがフラだ」と思い込まれてきたものが、実はステレオタイプのフラであり、実は何層ものフィルターのかかった「擬似ハワイ」でしかないことが、一瞬でわかると思う。


1960年代以降進んできたハワイアン・ルネサンスと、その一環としての古典フラ復興には、この「父親とベースボール」で書いてきたアフリカ系アメリカ人の公民権運動も関わっている。
ハワイのネイティブな文化の復興と、メインランドでのアフリカ系アメリカ人の公民権運動とのかかわりのストーリーは実に興味深い話ではあるわけだが、なにせ書けばまた長くなるし、いつか触れることにして、ここでは先を急ぐことにする。


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chant(チャント、詠唱)は、グレゴリオ聖歌の曲名などでよく聞く言葉なだけに、キリスト教文化の流れで知っている人が多いわけだが、chant はハワイにも存在するし、また、日本の「祝詞」(のりと)や「木遣」(きやり)、仏教の「声明」(しょうみょう)もある種のチャントであることを思うと、チャントは世界中にさまざまな名称とスタイルで存在する。






ハワイ文化における chant は "Mele"(メレ)という名称で呼ばれ、Mele を伴ったフラを "Mele Hula" (メレ・フラ)という。


Mele には、ダブル・ミーニング、つまり、「表の意味」と、「裏の意味」が存在する。また、フラの踊りそのものにも、表の意味、裏の意味があり、どの意味を強調して踊るかによって、踊り方が変わる。

こうした「裏の意味」を、ハワイの言葉では、"kaona"(カオナ)という。

例えば、「喜び」という表の意味をもつ言葉が、裏では「セックスにおけるオーガズム」を意味したり、あるサイトの挙げる例によれば、「noho paipai(揺り椅子)」という表現は、裏では、揺り椅子が男性で、女性が腰掛ける様子、つまり「男女が1つに組み合わさって揺れ動いている」というセクシャルな意味になるらしい。(kaonaはセクシャルな意味だけとは限らないが、詳細は専門サイトに譲る)


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こうした歌における「ダブル・ミーニング」(codeといってもいい。映画『ダヴィンチ・コード』でいう「コード」である)は、18世紀のアメリカの奴隷時代のアフリカ系アメリカ人が作ったスピリチュアル(霊歌)にも存在する。
奴隷時代のアフリカ系アメリカ人を南部から北部に逃がすための秘密の手段として、Underground Railroad(地下鉄道)が存在していたことは、既に書いてきたが、Underground Railroad時代のアフリカ系アメリカ人が歌ったスピリチュアル(霊歌)の歌詞には、表向きの宗教的な意味とは別に、裏の意味があったといわれている。
Damejima's HARDBALL:2012年8月5日、父親とベースボール (6)アフリカ系アメリカ人史にみる「都市と田舎の分離」。ミンストレル・ショーの変質と、「ジム・クロウ」誕生

裏の意味を歌の中に隠す必要があった理由は、2つある。

当時のアフリカ系アメリカ人は、英語の読み書きができなかった。(彼らに読み書きを教えることは法律で禁止されてもいた)
そして、当然ながら、奴隷として買われてアメリカに連れてこられたアフリカ系アメリカ人が、自由になる方法であるUnderground Railroadの利用法について教え合ったり、北部脱出についての憧れを公言することは、タブーの中のタブーだった。
(ちなみに、スピリチュアルに隠されたUnderground Railroadに関する秘密のコードと、フラにおける裏の意味「カオナ」とでは、根本的な性質の違いもある。スピリチュアルに隠されるコードはレジスタンスのための暗号なわけだが、フラの「カオナ」は元々ハワイ文化にあった先天的要素であり、欧米人によるフラの抑圧を避けるためにレジスタンス的な意味で後天的に発生したわけではない)
Songs of the Underground Railroad - Wikipedia, the free encyclopedia

例えば "Go Down Moses"という曲は、表の意味だけ見れば、旧約聖書に基づいた信仰の歌にみえるが、裏には次のようなUnderground Railroadに関する意味が隠されているとされる。
Go Down Moses

Go down, Moses/’Way down in Egypt Land,
Tell Ole Pharaoh To Let My People Go
When Israel was in Egypt’s land/Let My People Go
Oppressed so hard they could not stand/Let My People Go
Thus said the Lord bold Moses said/Let My People Go
If not I’ll smite your first born dead/Let My People Go

Moses:旧約聖書の登場人物モーゼ=ハリエット・タブマンのような地下鉄道のconductor(車掌=案内役)
pharaoh:エジプトの王様ファラオ=slave owner(南部の奴隷所有者)

An Analysis of the Message of the Negro Spirituals… « COASTLINE JOURNAL


また自由が得られる北部を意味する歌詞もある。
"Now Let Me Fly" という曲の歌詞にでてくる "promised land" は、表向きはヘブライ語聖書の「神がイスラエルの民に与えると約束した土地」を意味する「約束の地」のことだが、裏の意味としては、南部の奴隷が目指す北部の土地を意味しているといわれている。
他にも、鉄道になぞらえて、北部に逃亡をはかる南部奴隷を、passengers(乗客)あるいはbaggage(荷物)といいかえたり、逃亡途中で身を隠す協力者の家をstation(駅)、stationの家主をstationmasters(駅長)などと表現した。

もちろん歌に裏の意味をこめるだけでなく、“I have sent via at two o’clock four large and two small hams.”(2時に4つの大きなハムと、2つの小さなハムを送った)というメッセージを電報で伝えることによって、「4人の大人と2人の子供が、こんどそちらに行くからよろしく」というメッセージを伝えるような、文字に頼った伝達方法もあった。
The Underground Railroad : Write a Secret Letter : Scholastic.com


スピリチュアルにおけるコードの例には、後世に無理矢理解釈されたものがまったく無いわけではないから、こうしたサンプルの真偽については、きちんとした検証も必要だ。
だが、細かい歴史的な真偽の検証はともかく、これまで黒人霊歌(スピリチュアル)として知られてきた音楽を、「アフリカ系アメリカ人の宗教的信仰心の深さの表われ」とだけ思い込むのは間違っている。(日本に入ってきた当初、フラであると思いこまされてきたものが、実は必ずしも古典フラではなかったことと共通点が多い)


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こうしたダブル・ミーニングの例は、なにも古典フラや、アフリカ系アメリカ人の古典であるスピリチュアルだけに限らない。
ランディ・ニューマンは、『トイ・ストーリー』、『レナードの朝』、『カーズ』などの映画音楽を作曲した1943年ロサンゼルス生まれのシンガーソングライターだが、彼の曲にもダブル・ミーニングの曲がある。

1972年の"Sail Away" (セイル・アウェイ)は彼の評価を決定づけた代表曲だが、典型的なダブル・ミーニングがみられる。
この曲の歌詞は、表向きは大西洋の三角貿易においてアメリカへ奴隷を「買い付け」し、「発送」している奴隷商人がアフリカ人たちに向かって、「アメリカでの夢のような暮らしの素晴らしさを言い聞かせる」という設定になっているが、もちろん、言うまでもなく、「裏の意味」は180度異なっている。


"Sail Away" が「三角貿易における奴隷の売買」を歌った歌であることを示す決定的な証拠は、歌詞にあるCharleston Bayという単語だ。

三角貿易には、いくつかの種類があるが、イギリス、アメリカ、アフリカの間で行われた大西洋の奴隷貿易においては、ヨーロッパの繊維製品・ラム酒・武器、アメリカの砂糖や綿花、そしてアフリカの奴隷が交易された。
Charleston Bay(チャールストン・ベイ)は、大西洋に面したサウスカロライナ州の奴隷貿易港・綿花積み出し港で、アフリカからの奴隷を積んだ奴隷船は、まずチャールストン・ベイに到着し、ここの奴隷市場でセリにかけられ、全米各地に運ばれていき、また、アメリカ南部の奴隷プランテーションで生産された綿花は、チャールストン・ベイからヨーロッパに送られていた。
まさにサウスカロライナ州チャールストンという街は、奴隷貿易、綿花貿易の拠点として、「イギリスと、アメリカ南部プランターの互恵関係」「奴隷制の存立と、三角貿易」を象徴する場所そのものだった。

だからこそ、南北戦争が勃発したのが、このチャールストンだったのは、偶然どころか、歴史の必然だった。1861年4月12日の午前4時30分、南軍がチャールストン沖のサムター要塞(Fort Sumter)の北軍に向かって砲撃を加えたことによって、南北戦争の火蓋が切られた。(「サムター要塞の戦い」)
ちなみに、チャールストンは歴史的にドイツ移民の多い街のひとつとしても知られている。

サムター要塞の戦い(1861年)サムター要塞の戦い
(1861年)


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In America, you get food to eat
Won't have to run through the jungle and scuff up your feet
You just sing about Jesus, drink wine all day
It's great to be an American

Ain't no lions or tigers, ain't no mamba snake
Just the sweet watermelon and the buckwheat cake
Everybody is as happy as a man can be
Climb aboard little wog, sail away with me

Sail away, sail away
We will cross the mighty ocean into Charleston Bay
Sail away, sail away
We will cross the mighty ocean into Charleston Bay
(以下略)
RANDY NEWMAN - SAIL AWAY LYRICS




ランディ・ニューマンにこうした明白なダブル・ミーニングの歌詞があるわけだが、どういうわけか彼の曲の歌詞解釈には首をひねるようなものがある。

例えばブログ主の好きなNina Simone(ニーナ・シモン)もカバーしている "I Think It's Going To Rain Today" という曲がある。こんな歌詞だ。
(下の動画は、上がランディ・ニューマン、下がニーナ・シモン。ニーナ・シモンは一部歌詞を変えて歌っている chase love away→keep love away treat→create)

Broken windows and empty hallways
A pale dead moon in the sky streaked with gray
Human kindness is overflowing
And I think it's going to rain today

Scarecrows dressed in the latest styles
With frozen smiles to chase love away
Human kindness is overflowing
And I think it's going to rain today
(後半部省略)





けっこう有名な曲だけに、この歌の歌詞を日本語訳しているサイトは、けっこうたくさんある。
だが、そのほとんど全てが、この歌のダブル・ミーニングをまったく把握しないまま訳しているため、まるで意味の通らない言葉の羅列にしかなっていない。
例えば、何度も繰り返し歌われているHuman kindness is overflowingという部分は、「優しさが満ち溢れている」などと訳すサイトが大半なのだが、こんなふうに訳していたのでは、この曲がいったい何のことを歌っているのか、さっぱり見当がつくわけもない。
「優しさが満ち溢れている。明日は雨だろう」と言われても、なんのことやら、さっぱり日本語として意味が通じない。

この歌詞の真意についての、このブログ的解釈については、次回書く。
それには、アフリカ系アメリカ人のステレオタイプとして出来上がったミンストレル・ショーの田舎者Jim Crowと、都会人Zip Coonの関係が深く関わって、歌詞に織り込まれている。
Damejima's HARDBALL:2012年8月16日、父親とベースボール (番外編) (2)ランディ・ニューマンの曲 "I Think It's Going To Rain Today"の真意を、「田舎者ジム・クロウ、都会者ジップ・クーン」を解読鍵としてデコードする


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