August 17, 2012

表の意味と裏の意味が異なる記号の羅列について、解読(デコード)を試みる場合、鍵(キー)が必要なことがある。例えば、インターネットを通じてデジタルデータをやり取りする際に暗号化されたデータを読む場合、解読キーによるデコードが必要になる。


以下に、前回記事のおまけとして、ランディ・ニューマンの1972年の曲、"I Think It's Going To Rain Today" の歌詞について、顔を黒く塗った人物が歌い踊るミンストレル・ショー(Minstrel Show)の登場人物、ステレオタイプのアフリカ系アメリカ人である田舎者Jim Crow(ジム・クロウ)と、都会者Zip Coon(ジップ・クーン)を「解読キー」として、デコード、つまり訳詩を試みてみた。

ミンストレル・ショー、ジム・クロウなどについての詳細は、以下の記事を参照:Damejima's HARDBALL:2012年8月5日、父親とベースボール (6)アフリカ系アメリカ人史にみる「都市と田舎の分離」。ミンストレル・ショーの変質と、「ジム・クロウ」誕生
1900年のMinstrel ShowのポスターMinstrel Showのポスター
(1900年)

Minstrel show - Wikipedia, the free encyclopedia

Jim CrowJim Crow

Zip CoonZip Coon

"I Think It's Going To Rain Today"

Broken windows and empty hallways
A pale dead moon in the sky streaked with gray
Human kindness is overflowing
And I think it's going to rain today

Scarecrows dressed in the latest styles
With frozen smiles to chase love away
Human kindness is overflowing
And I think it's going to rain today

Lonely, lonely
Tin can at my feet
Think I'll kick it down the street
That's the way to treat a friend

Bright before me the signs implore me
To help the needy and show them the way
Human kindness is overflowing
And I think it's going to rain today

(ブログ注:ニーナ・シモンは一部歌詞を変えて歌っている chase love away→keep love away treat→createなど)






月の色と翌日の天気との関係に関することわざ
タイトルに "rain" という言葉があるこの雨を歌った歌の最初のパートに、pale moon (青白い月)という言葉があるが、これは、月の色と天気の関係に関する英語のことわざからきている。
Pale moon does rain, red moon does blow: white moon does neither rain nor snow.
「青白い月なら雨になり、赤い月なら風が吹き、白い月だと雨も雪も降らない。」
参照例:Weather Wiz Kids weather information for kids

この歌詞を訳す人は案外多いが、今のところ、この「月の色で天気を予測することわざ」に触れた上で訳した人を、ただのひとりも見かけたことがない。これに触れないのは、明らかな失態としか言いようがない。


ことわざの主旨は、「月の色によって、翌日の天気が予測できる」というものだが、当然ながらソングライターの本当の意図が天気の予報にあるわけはない。
結論を先に言えば、「人間の将来、未来というものは、肌の色によって決まってしまう」という「人種差別」に対する絶望感が、ランディ・ニューマンの "I Think It's Going To Rain Today" の歌詞の裏テーマである。

この解釈が正しいと考える理由を、以下に書く。


曲のタイトルはなぜ
tommorowでなく、"today" なのか

月の色によって翌日の天気を予測することわざからアイデアを得た、というだけなら、この曲のタイトルは、"I Think It's Going To Rain Tommorow" でいいはずだ。
Tommorowなら、タイトルの意味は「夜のうちに見た月の色が青白かったので、明日はきっと雨だろう」という、あたりさわりのない「天気予報の曲」であることになる。

だが、実際にはこの曲のタイトルは違う。"I Think It's Going To Rain Today" だ。ならば、これは単なる天気予報の歌ではない

つまり、この曲の登場人物が月を見た「時間帯」は、夜9時とか10時ではなくて、「12時を越えて、日付の変わった深夜に、月を眺めて」いるのである。しかも「今日も雨だろ・・・」と溜息まじりの呟きをしていることからして、「眠れぬ長い夜」であることが想像される。
この曲が表現したかった深夜の情景が、単なる天気予報ではなく、「絶望感」なのは明らかだ。

この人物は、どんな理由から夜更けに起きているのか。
なぜ眠らないのか、眠れないのか。
なぜ深夜に月を眺めるのか。
どういう感情のもとに月を眺めているのか。


曲のテーマは "Color"だ。
この曲のテーマが本当に「肌の色、つまり人種」なのかどうかは、ひとまず置いておくとしても、この曲を作ったランディ・ニューマンが「月の色によって明日の天気がわかる」ということわざを示したことは、この曲が「色」をテーマにしているというメッセージなのは、まず間違いない
というのも、それほど長くはないこの曲には、「色」にまつわる単語がいくつも登場していて、明らかにこの曲のキーワードになっているからだ。このうち、黒を意味するcrowという単語は、scarecrow(案山子)という単語の内側に巧妙に「隠されて」いる
pale 青白い
grey 灰色
crow カラス(=黒)


"scarecrow" (案山子)は
何を、何から遠ざけているのか

scarecrowという言葉は、「scare(怖がらせる)と、crow(カラス)」という、2つの単語を組み合わせてできた合成語だ。だから「黒いカラスを怖がらせることで、農産物が食われないように遠ざけておく、農業の道具」が、scarecrowだ。
2番目のパラグラフで、chase love away(愛を遠ざける)と歌われていることからしても、scarecrowという言葉は「何かを、何かから遠ざけていることを表現している」ことの比喩であり、掘り下げるべきポイントは「誰が、誰を、何から遠ざけているのか」という点にある。


遠ざけられているもの
それはcrow=blackbird=Jim Crow

Jim Crow(ジム・クロウ)は、ミンストレル・ショーにおけるアフリカ系アメリカ人の田舎者キャラクターだったが、ブラックフェイス・パフォーマーの歌い踊る "Jump Jim Crow" という曲の大ヒットによって、アフリカ系アメリカ人全体をさす言葉として意味が拡大していき、さらに19世紀後半には、アメリカ南部の元奴隷州で次々に作られた有色人種隔離政策の法体系の総称「ジム・クロウ法」として意味が転用された。
Jim Crowというキャラクターが、いつ、何を元にできあがったのかは歴史的に不詳となっているが、以下に挙げた証拠によって、黒い鳥 blackbird の一種である "crow" (カラス)にイメージの源泉のひとつがあることは明らかだ。

例えば、寸劇としても演じられた"Jump Jim Crow" の当時のシナリオに、次のようなシーンがある。田舎者のアフリカ系アメリカ人Jim Crowに、侮蔑をこめて "Blackbird" と呼びかける一節である。
Quickset: Hark ye, Mr. Blackbird!
Jim Crow: You don't appear to hab much more edicumcation dan oder man. My name, Sar, am Crow, not blackbird.
ブログ注:田舎者キャラクターJim Crowは、きちんとした英語が話せないという設定にある。だからJim Crowの台詞は、英語のたどたどしさを揶揄して、わざと赤ん坊のような英語として書かれている。普通の英文に直すと、こうだ。 You don't appear to have much more education than any other man. My name is Crow, not blackbird, Sir.)
Jump Jim Crow: Lost Plays, Lyrics, and Street Prose of the First Atlantic ... - W. T. Lhamon - Google Books

資料:Jump Jim Crow: Lost Plays, Lyrics, and Street Prose of the First Atlantic ... By W. T. Lhamon

以下の辞書には、crowあるいはblackbirdという言葉が、アフリカ系アメリカ人の蔑称として使われた、とある。
Even before that, crow (n.) had been a derogatory term for a black man.
Online Etymology Dictionary


歌詞に戻る。
こうした証拠の数々から、scarecrowが農作物から遠ざようとしている「黒いカラス」とは、Jim Crow=田舎者のアフリカ系アメリカ人であることは、ほぼ明らかだ。同じ方向性の論考はアメリカにもある。
the "crow" and even the raven represented us as African people(中略)
To keep us, the crows - discourage from eating away at and taking away what is naturally ours.
The majority of crops in America are grown in the south, this is where most of our Ancestors worked on plantations. Jim "Crow" was also in the south. Laws that kept us segregated and limited, just as crows are limited from the Farmer's crops. But there is a reason why.
Why Do They Make Scarecrows? | Black People Meet | African Americans | Destee


"scarecrow" は、白人を意味しているのか?
「scarecrowが、黒いカラス、つまり、Jim Crow(=田舎者のアフリカ系アメリカ人)を、農作物から遠ざようとしている」とすれば、次に問題になるのは、 "scarecrow" が「白人」を意味しているのかどうか、という点だ。

この点については、2番目のパラグラフに以下のようにハッキリ歌われている。結論から言えば、scarecrowは「白人」の比喩ではない。
Scarecrows dressed in the latest styles
With frozen smiles to chase love away
「着飾って」という特有の表現から、scarerrowが象徴しているのは、ミンストレル・ショーにおける野暮ったい田舎者Jim Crowと対照的なキャラクター、着飾った都会人のアフリカ系アメリカ人の象徴、Zip Coonだ。


"pale" という言葉のレイシズム的響き

pale moon
この歌の中における「白人」の位置は、「pale moon(青白い月)」と表現されている。
高い空の上でJim Crowとscarecrowのいる下界を見下ろしている月は、「手の届かない存在」であり、地上で畑の番をしているscarecrowとイコールになるわけはない。

"pale" という言葉は、肌の色をさす言葉として使われる場合、特殊な意味をもつ言葉になることがある。

日本人は、白人の肌の色というとどうしても、whiteというフラットな言葉をすぐに連想してしまうが、肌の白さには、実は、もっと何段階もの細かい「白さについての分類」がある。
この場合、pale(青白い)という表現は、「青白く見えるほど、抜けるように白い」という最上級の「白さ」を表わす表現として使われる。
ブログ注
資料:Human skin color - Wikipedia, the free encyclopedia
このリンクは、「肌の色に関する分類」を示した英語版wikiの資料である。見てもらうとわかるとおり、白い肌が "pale" と強調されて表現される場合、そこにレイシズム的な意図が含まれていることがわかる。
だからこそ、レイシズム的な誤解を受けるのを避けたい場合、 "pale" などと言わず、単に "white" と、毒のない表現をとるほうが無難なわけだ。
この歌詞をつくったランディ・ニューマンは、あえて "pale" という言葉を使うことで、逆に人種問題にスポットライトを当てようとしているのである。



この詞を訳すときの難関、
"Human kindness is overflowing"とは
どういう意味か

この部分が、この歌詞を訳す場合につまづきやすい最大の点だ。つまづく理由は、この歌詞の背景にあるアフリカ系アメリカ人の歴史に関心を持たないまま直訳しようとするからだ。

例えばこういう異口同音の日本語訳が、あちこちのウェブサイトに並んでいる。
「人間の優しさがこぼれている」
「人のやさしさが、世界にあふれれば」
「人間の優しさが溢れ出し」
「人の優しさが溢れてるな」
どれもこれも、日本語として前後の歌詞とつながっていないし、この曲の情景をまったく説明していない。
この曲が表現した情景が、「深夜の絶望感」なのは明らかなのに、「優しさがこぼれている」なんていうセンチメンタリズムな訳になるわけがない。


英語の苦手な人にとって
"kind" とは、「種類」という意味である

"kind" というのは、最も教科書的な意味は「種類」だ。
だから、"Human kindness" という表現は、表向きは、シェークスピアのっ戯曲『マクベス』にある "Milk of human kindness" という有名な表現を踏襲しているようにみせかけていても、裏では、「人間を『種類』に分ける考え方」、つまり、「人種差別」を意味していると考えるのが妥当というものだ。

19世紀初頭から半ばにかけて、南部から北部へ奴隷の逃亡を助けたUnderground Railroadのことを歌詞に歌うとき、「鉄道」にまつわるさまざまな言葉を使って、逃亡の方法や、北部への憧れは表現された。
当時、南部のアフリカ系アメリカ人奴隷は、まだ英語の読み書きができなかったくらいだから、たとえ暗号とはいえ、難解な言葉で表現したのでは、歌の意味を理解することができない。
だからこそ、Underground Railroadに関する暗号は、せいぜい逃亡する奴隷を鉄道になぞらえて、passengerとかbaggageと表現する程度のレベルの、「わかりやすい暗号」にとどめなければならなかった。

ランディ・ニューマンは、こうしたアフリカ系アメリカ人の歴史の前例にのっとって歌詞を作っているはずだ。

だから、"Human kindness" という歌詞を、難解に解釈する必要はどこにもない。「kind=種類」という小学生的な理解で十分、と考えるのは、それが理由だ。


ここまでの諸点を考慮し、
この乱暴なブログらしい日本語訳(笑)を最後に記しておく。

アフリカ系アメリカ人であるニーナ・シモンが、アフリカ系アメリカ人に関係すると思われるこの曲の歌詞のあちこちを、あえて別の言葉に換えて歌うことで、別の歌にしようとしている意味も、この訳からなら、汲み取ることができるだろうと思う。
ニーナ・シモンは、この刺激的な「裏の意味」をもつ歌の社会性を、あえて個人的なブルース感情に変えて歌うことで、アフリカ系アメリカ人の過去の歴史にとらわれない普遍的な歌として完成しようとしたのである。素晴らしい歌姫である。


壊れた窓 ガランとした通路
青白いヤツらは 無表情な月みたいに 高見の見物
そこらじゅう 人種差別だらけ
今日もたぶんロクなことがねぇ

都会の奴ら 俺たちと同じアフリカ系のクセに
気取った服なんか着やがって
冷たいつくり笑い浮かべて オレたちを寄せ付けない
そこらじゅう 人種差別だらけ
今日もたぶんロクなことがねぇ

ひとりじゃ さみしいから
中身の空っぽなやつでも 足元にひざまづかせて
通りにでも蹴り出してみるか
それが いけすかないヤツに対するやり方ってもんだ

アタマのいいヤツが 指図してきやがる
困ったやつ助けて 行くべき道を教えてやれ と
(でも オレ自身が困ってるのに
 行くべき道が オレにわかるわきゃない)
そこらじゅう 人種差別だらけ
今日もたぶんロクなことがねぇ

--------------------------------------------

以下に、比較する意味で、このブログによる「裏の意味」を考慮しない訳もあげておこう。どれほど表の意味と裏の意味が違うかがわかると思う。


壊れた窓 ガランとした通路
白髪交じりで空にかかる 青白い無表情な月
あふれかえる思いやり
今日はたぶん雨

流行のスタイルを身にまとったスケアクロウ
愛を寄せ付けない凍った笑顔
あふれかえる思いやり
今日はたぶん雨

寂しいものだね ひとりは
足元の空き缶
通りに蹴り出してしまおう
それが友達に対するやり方ってもの

明るい信号機が私に懇願する
愛に飢えた者を助け 道を示してやれ と
あふれかえる思いやり
今日はたぶん雨


Play Clean
日付表記はすべて
アメリカ現地時間です

Twitterボタン

アドレス短縮 http://bit.ly/
2020TOKYO
think different
 
  • 2014年10月31日、PARADE !
  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。
Categories
ブログ内検索 by Google
ブログ内検索 by livedoor
Thank you for visiting
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

free counters

by Month