May 01, 2013

前記事では挙げた3つの旅のうち、ここでは1960年代に作られたサイモン&ガーファンクルの "America" という曲の歌詞を解読することで、アメリカの旅の変貌ぶりを確かめてみたい。
歌詞全文は前記事を参照:Damejima's HARDBALL:2013年4月28日、「1958年の西海岸」 特別な年、特別な場所。 アメリカにおける「放浪」の消滅(1) 「アメリカの放浪の消滅」を示唆する3つの旅


この歌詞は、「トーンのまったく異なる2幕」から構成されている。愛し合うカップルが「旅立ちからグレイハウンドに乗るまで」を描いたハッピーな前半部分。そして、「冷えていく2人の関係」を描写した陰鬱な後半部分。

そして幕間にあるのが、脚本や小説の基本パターンである「起承転結」でいうところの『』」にあたる問題のシーンだ。
男が「タバコをとってくれないか」となにげなく発した、その言葉に、「1時間前に吸っちゃったから、そんなの、もう無いわよ」と女(名前はキャシー)がそっけなく応答するシーンである。

この曲を作ったポール・サイモンは、カップルの関係が一変してしまう原因かきっかけを、この「転」にあたる繋ぎ部分の「タバコを巡るやりとり」で表現しているはずだ。

"Toss me a cigarette,
I think there's one in my raincoat"
"We smoked the last one an hour ago"
So I looked at the scenery,
she read her magazine
And the moon rose over an open field.

「タバコとってくれないか。
 たぶんレインコートの中に1本あるはず。」
「最後のは1時間前、2人で吸っちゃったでしょ。」
そんなわけで僕は外の風景を眺めることにした。
彼女は彼女で雑誌を読みふけり
開けた風景に月が昇るのが見えた。

なにげないやりとりだ。それほど問題がある会話には見えない。だが、この短いやりとりを境にして、2人の関係は決定的に冷えんでしまう。

なぜだろう。
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男は、レインコートにタバコがある、と思った。一方、女はタバコがもう無いことを知っていた。

タバコは無いと断定した女は記憶力のよさそうな人物だが、レインコートにタバコを入れていたことそのものを否定しているわけではない。だから、男がレインコートにタバコを入れていたこと、そのものは、おそらく男の記憶違いではない。

問題は、いまタバコが「ある」のか、「ない」のか、だ。
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タバコを吸う人は普通、レインコートのポケットにタバコを入れたりはしない。理由は単純だ。濡れたタバコは吸えなくなる。濡れたタバコが乾くのを待つ人なぞ、まずいない。

それでも男は、「レインコートを着たまま、タバコを吸う」という「普段ならやりそうにない行為」をあえて実行したらしい。
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「外に月が見えた」、と男はいう。だから、男が座っているのはバスの窓側の席だ。男はタバコは「レインコートに入れたままになっている」と思ったわけだが、そのレインコートはどこにあるのか。正確に推測することはできないが、たぶん女のほうがとりやすい場所にあるのだろう。男は「レインコートからタバコをとって」と、女に甘えた。
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なぜ男はレインコートを着たままタバコを吸ったりしたのだろう。

雨具を着たまま吸うわけだから、長距離バスの中ではない。バスの中でレインコートを着ている必要などない。

男がレインコートを着たままタバコを吸ったのは
明らかに「屋外」だ。
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もういちど考えてみる。

なぜ「屋外で、レインコートを着たまま、タバコを吸う」という、普通しない行為をあえてしなければならない必要があったのか。
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レインコートを着ていたわけだから、
タバコを吸ったとき、天気は雨だったはずだ。

タバコを最後に吸った時間を、女は確信をもって「1時間前」と断言している。

そう。
カップルは約1時間前、雨が降りしきる屋外で、2人でタバコを吸っていたのだ。そのとき男はレインコートをはおっており、タバコはレインコートから取り出しては、しまわれていた。
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なぜカップルは1時間前、雨の降る屋外なんかでレインコートなんか着てタバコを吸っていなければならなかったのか。

2つ可能性がある。

可能性その1
1時間前、2人はまだグレイハウンドに乗ってなかった
可能性その2
2人はかなり前からグレイハウンドに乗っていた。長距離を走るグレイハウンドがサービスエリアのような休憩地点に着いた。気ばらしに2人はバスの外に出て、雨の降る中、タバコを吸った

正解は明らかに前者だろう。後者のような描写するのにまだるっこしい場所をポール・サイモンが歌にするわけがない。
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ここで歌詞全体をあらためで眺めながら
歌詞に隠された情報を掘り起こしてみる。
1時間前、2人は、まだグレイハウンドに乗っていなかった。雨が降りしきるピッツバーグのグレイハウンド・ステーションで2人は、ニューヨーク行きの長距離バスを待ちながら、繰り返し繰り返しタバコを吸った。男は取り出しやすいように、タバコを着ているレインコートに入れていた。
ようやく到着したニュージャージーを通過してニューヨークに向かうグレイハウンドに2人は乗った。男は再びタバコを吸おうと思い立って、女に「タバコをとってくれないか」と頼んだが、既に手持ちのタバコは吸いつくされて無くなっていた。

男はそのことに気づかず、女は覚えていた。

「あるとばかり思ったタバコが、実は全部吸い尽くされていたこと」は、雨のピッツバーグ(もしくはその周辺)でグレイハウンドを待ちながら吸ったタバコの本数が、ほんの1、2本ではなく、吸った本数を数えていられないほど多かったことを示している。
つまり、「雨に降られる最悪のコンディションの中でカップルがグレイハウンドが来るのを待ち続けた時間の長さは、けして短いものではなかった」のである。
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ここがひとつの重要な点だが、ヒッチハイクで旅していたはずのカップルなのに、なぜ急にグレイハウンドに乗ることにしたのか

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答えはポール・サイモンが書いた歌詞にある。

It took me four days to hitchhike from Saginaw

「ミシガン州サギノーから(ピッツバーグまで)ヒッチハイクで来るのに4日間かかった」

いくら自動車の性能が今よりも低くて、交通機関も今より未発達の60年代の話とはいえ、ミシガン州サギノーからピッツバーグまでは、約400マイル(約640キロ)だ。クルマで移動するのに「4日間」もかからない。

サギノーからピッツバーグまでの400マイル

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カップルは400マイルを移動するのに4日間かかった。それはつまり彼らのヒッチハイクがうまくいかなかったことを意味している。

4日間もかかってようやく辿り着いたピッツバーグ。
そこで彼らは雨に降られた。
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なぜ彼らのヒッチハイクはうまくいかなかったのか。

歌詞からその正確な理由を推測する証拠を探すことは難しいが、考えられるのは、彼らが単独ではなく「カップル」だったから、ではないか。

ヒッチハイクをしてみればわかることだが、カップルでのヒッチハイクは成功しにくい。なぜって、乗せる側にしてみれば、いちゃついているカップルなど、乗せてやる気にならないからだ。なんせ、カップルでヒッチハイクしたいなら男は木の陰にでも隠れてろ、とまでいわれるほどだ。

さらに考えるべきことがある。例えば1940年代の放浪者が、カップルでヒッチハイクしただろうか、ということだ。そもそも40年代の放浪は荒野で味わう孤独に耐えられる人たちの文化である。カップルで長距離バスに乗る行為は、40年代の放浪のワイルドさとは無縁のファミリーライクな旅でしかない
60年代のヒッチハイカーの意識が、実はこれほどまでに放浪と無縁のものだったことを、この歌は容赦なく描いている。

そしてもうひとつ、考えなければならないのは、このカップルが「田舎から都市に向かって旅している」ことだ。
ミシガンからニューヨークに向かう道路がたくさんあるにしても、都市に向かってクルマを走らせる人々は「なんらかの用件を抱えて急いでいる人たち」だったりする。けしてヒッチハイカーに優しくはない。
旅するならむしろ、都市の人間が田舎へ旅するほうが、なにかと「人の優しさに甘えることができる」だろう。ここが「アメリカを東から西へ旅する」ことと、逆に「アメリカを西から東に旅する」ことの差でもある。もしジャック・ケルアックの放浪がモンタナの田舎から東部の都市に向かうものだったら、もしかすると彼も旅を続けられなかったかもしれない。
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なぜ、この男女は、「ヒッチハイクが成功しにくいカップル」だというのに、4日間もヒッチハイクに挑んだのか。

歌詞に直接推定する証拠が見あたらないが、おそらくこの2人は、「カップルのヒッチハイクが成功しにくいことを、そもそも知らなかった」のだろう。たぶんヒッチハイク経験がなく、知り合いにそういうことをしている人もいなかったに違いない。
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なぜ彼らはグレイハウンドに乗れたのか。

単純な話だが、「もし困ったら、いつでも長距離バスに乗れるくらいのお金を持って旅行している」からだ。

そう。彼らは旅先で働きながら放浪を続ける放浪者ではないのだ。
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では、なぜ、実はバスに乗れるだけの金を持っているなら、成功しにくいカップルでのヒッチハイク、慣れないヒッチハイクなど試みずに、最初からグレイハウンドに乗らなかったのか。

これも歌詞から推測することはできないが、全体のトーンから察するに、ヒッチハイクみたいな小さな冒険をしたかったのだろう。

「4日間ものヒッチハイクの疲労」、そして「雨」。この2つの壁が、疲れ切った彼らの足をグレイハウンド・ステーションに向かわせた。
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もういちどまとめてみよう。
カップルでのヒッチハイクは成功率が低いことも知らないまま、無謀にチャレンジし続けた4日間のヒッチハイクで、カップルはようやくピッツバーグまで辿り着いた。
だが、ここで疲れ切った2人は、ヒッチハイクでニューヨークを目指すのはさすがに諦め、グレイハウンドバスに乗ることにした。雨が降り続く中、残ったタバコを吸い続けながら、グレイハウンドを待つカップル。
バスにようやく乗ることができたとき、2人の関係は、ふとした会話をきっかけにして冷めてしまうく。
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女は、自分が「ありもしない」とわかっているタバコを、男に「とってくれ」と言われ、イラついた。女はその後、黙りこくって雑誌を読みふけり始め、2人の会話は途絶えてしまう。

おそらく、女は、男が「探しているつもり」になっている「何か」が、実は「ありもしない」ことに気づいてしまったのだ。(比較すると、忌野清志郎の "Day Dream Believer" という曲に出てくる「夢みて生きてきた男」が、いかに女の優しさに支えられているかがわかる)

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男は、何かを探しているつもりになっていた。

横で眠りこける女を見ながら、
男はこんなことをつぶやく。

"Kathy, I'm lost," I said, though I knew she was sleeping
I'm empty and aching and I don't know why
Counting the cars on the New Jersey Turnpike

「キャシー、僕は何かを見失っちゃったらしい。」
彼女が寝てるのは知ってたけど、言ってみた。
虚しくて、心がつらい。なのに僕は、わけもわからないまま
ニュージャージー・ターンパイクで車の数を数えてるんだ。

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実は、若者たちが自分とアメリカを探しはじめるより、はるかずっと昔に、アメリカの放浪は消滅していた。だが、田舎育ちの若者たちはそれに気づかないまま、カップルで、それなりの金を持って、のほほんと都会に向かうという「ピント外れな旅」に出かけてしまったのである。

彼らは、無一文の放浪の詩人ほど孤独ではなかったが、
だからといって、幸せというわけでもなかった。

(次の記事へと続く)
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