May 12, 2013

Simon And Garfunkel

parkbench

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アメリカにおける「放浪」の消滅地点を確定する作業に始まったサイモン&ガーファンクルの "America" の解読は、旅客機の発達やMLBの西海岸進出を含む1950年代末のアメリカ社会の大きな変化を確かめる作業でもあるが、このシリーズのエンディングとして、どうしても「社会というものは『若さを常に必要としている』とは限らない」と "America" という曲の主張を、日本の近代にあてはめずにいられない気持ちになった。


今のように老成してしまう前の「若かりし日本」では、制度や経済のしくみを学ぶこととはまた別に、文化や生活としての「アメリカ」を十分すぎるくらい学ぶことで、暮らしを豊かにしていっていた面があった。

だが、このサイモン&ガーファンクルの割とよく知られた "America" という曲ですら、肝心の中身があまりよく理解されないまま、現在に至ってしまっている。
この例などみても、日本のこれまでのアメリカについての理解には、おそらく、とてつもない量の「勘違い」が含まれている。

例えば "America" という曲は、従来いわれてきたような、アメリカを探すとか、自分を探すとか、恋愛のはかなさとか、そういう何か70年代風のバラ色なことが歌われているわけではない。
"America" は、「1940年代までは「放浪」を文化として黙認してきたアメリカ社会が、50年代に放浪を消滅させ、やがて安定してきた60年代になると、もはや若者の無軌道な青さを必要としなくなりつつあったこと」に気づかないまま、若さを謳歌することばかり考えて行動し、没落しつつあった60年代当時の若者の無感覚さ、無神経さをシニカルなトーンで歌っている。

だが、アメリカの文化のうち、若さを謳歌する術を学ぶことにばかり熱中してきたかつての日本の若者たちは、そういう「アメリカ文化に確実に内在する苦さを表現として残しておこうとする "America" の、シニカルではあるが、ジャーナリスティックな音楽性」は、ほとんど理解しないまま年老いて、彼らはいまや、若さにはほとんど何の可能性も残さない時代を作り上げている。
そうなった責任が誰にあるのかについては意見がさまざまに分かれるだろうが、少なくとも、「昔の人間の物事の読み方」を、やすやすと信用する時代は終わりにしなければならない。
むしろ、これからは「古い読み方を捨てて、あらためて読み直し」、「自分なりの理解に変更していく」必要が生まれているように思えてならない。
例えば、新聞のような旧式なメディアがすぐに使いたがるのは、あらゆる事を「左・右」に分類するカビの生えた手法だが、いま問題なのは、そんな古びたイデオロギーでラベリングすることなどではなく、例えば、全てを後生大事に抱え込んだまま年老いていく人々と、なにも持たない若者、この「上・下」の関係のほうがよほど課題として大きいことくらい、誰でもわかっていなくてはならない。


「我々青年を囲繞する空気は、今やもう少しも流動しなくなった。強権の勢力は普く(あまねく)国内に行亙ってゐる。現代社会組織は其隅々まで発達してゐる。」

これは、『一握の砂』『哀しき玩具』で有名な石川啄木という歌人の1910年の発言で(明治43年 『時代閉塞の現状』)、「時代の閉塞感」を主張しようとする人によく引用される。特に「今という時代が、若い世代に十分チャンスが与えられていない」と批判する文章を書くときに重宝され、引用されるようだ。
(例えばジャック・ケルアックの『孤独な旅人』を翻訳された中上哲夫氏も、文庫版あとがきで引用なさっている。ただ、以下の拙文は氏のしたためた文章と何の関連も持たない。批判でも、感想でも、賛意でもない)
啄木の生涯を知るための資料例:1148夜『一握の砂・悲しき玩具』石川啄木|松岡正剛の千夜千冊


だが、幕末から現在まで100数十年が経過した日本の近代を俯瞰してみると、実は「『いついかなる時代にも、若い人間が必要とされている』とは限らない」ということがわかる。


例えば、幕末から明治初期にかけての維新の時期に「新しい才気」が必要とされたのは、武士の作った時代が終わりつつあり、価値のスタンダードそのものが流動化しはじめた一方で、欧米各国のアジア進出が足下に迫り、日本の社会が「新しさ」を緊急に必要とした時代だったからだ。
だからこそ、江戸の身分制度の下では活躍の場が限定されていた層、例えば下級武士などに時代の前面に躍り出るチャンスが生まれた。彼らは、江戸の繁栄期なら「地方で孤立したまま埋もれていくしかなかったはずの人材」だが、幕末の動乱期ならではのチャンスを生かして、お互いの間に新しい繋がりを作り、最終的には社会への強い影響力を持つことに成功した。(もちろんこの現象は、コンピューターとインターネットの時代が始まったことで、新たなタイプの人と人の繋がり、新しいタイプの富豪が続々と生まれたことに多少似ている)


江戸の次の時代、明治のある時期に、「小説」(あるいは詩歌)は、出版不況の今からは想像できないほど、かなり圧倒的な社会的影響力を持っていたらしい。
その背景には、「個人にとって明治という新時代、つまり近代が、どう生きたらいいのか、経験がないだけに、よくわからない世界だった」ということがある。

明治という時代が始まって、国の制度の改善については、政府に属する秀才たちが欧米留学などによって他国の優れた制度を吸収しながら日本を近代化していくわけだが、ひるがえって個人の暮らしについては、制度の近代化とはまた違った「壁」があった。
それは、例えば「個人個人の暮らしや、一般家庭のありようが近代的になるとは、そもそもどういう意味なのか」という漠然とした謎であり、一般人は、その謎の解を誰からも教えてもらえないまま、明治という新時代を迎えてしまった。
つまり、明治の日本人は、正直に言うなら、輸入モノである『近代』とやらの中で、突然「自由にしていいよ」などと言われ、喜んではみたものの、さてはて、人と人は、どういう関係をもち、どういうスタイルの家庭を築いて、どう幸せを追求していけば『近代らしくなる』のか」、誰にも具体的なことはわからなかったのである。

そういう「それまで手にできなかった自由を与えられたが、それをどういうふうに消費したものやら、さっぱりわからなかった時代」に、「小説」は、それを読む人にとって、立志、就職、恋愛から、憎悪、破滅に至るまで、「近代生活のありとあらゆるスタイルとディテールを学ぶ教科書」として機能した。
それは例えば、かつて昭和の時代に人々が、テレビアニメ「サザエさん」を見て、家庭で最初に風呂に入るのは誰か、どう子供におやつを与えたらいいか、次に買うべき耐久消費財はどれか、隣近所とのつきあい方など、暮らし、それも電化製品に囲まれた新しい暮らしのスタイルについてのトリビアを学んだのと、同じ現象だった。
まだテレビのない明治の人々は、「小説」や「詩歌」を熱心に読みふけることで、職業、恋愛、プライド、自由、あらゆる近代生活のディテールや概念を学んだ。だから、当時の小説や詩歌の役割は、後の映画や雑誌や音楽とまったく変わらない。
(つけ加えると、かつて人々が「テレビのサザエさんの家庭」を見て学んだように、1970年代以降しばらく、若者は「雑誌」から「アメリカ」を学んだ)


しかし、この「時代が必要とする『何か』」は、
永遠に続くものではない。

幕末に大きく「流動」の側に振れた「社会という時計の振子」が、やがて「安定」の側に戻ったとき、社会は「時代の先駆者としての若者」をもう必要としなかった。
石川啄木が「青年をとり囲む空気が流動しなくなった」と嘆いた時代は、「社会がもう新しさをそれほど必要としなくなったこと」を示しているのであって、啄木は、ある意味サイモン&ガーファンクルの "America" に出てくる能天気な若者と同じ、「既に過ぎ去りつつある激動の時代の高揚感を追体験し続けようとして、時代の変化についていけなかった若者」に過ぎない面がある。
だから、啄木がいくら嘆いたとしても、また、後世の人が、この啄木の有名な「嘆き」を借りて自分の時代の閉塞を嘆いてみせても、それらの嘆息にはそもそも、当人たちが期待するほどの有効性は感じられないのである。

啄木の嘆きにみられる「明治という時代が安定してきて、若者というものが必要なくなっていく現象」と似た現象は、これまで何度も繰り返し起きている。
日本の近代においては、時代が安定してきたことによって、「近代らしい人間像や、あらまほしき家庭像、さらには、それらからの逸脱さえ教えてくれた文学や詩歌」が必要なくなっていき、さらに後の時代には、家庭に電化製品や自動車がゆきわたったことで「豊かさをテレビを通じて教えてくれたサザエさん」がいらなくなり、またアメリカ文化を十分吸収し終えたとき、それまで「アメリカの流行を、ことこまかに教えてくれた雑誌」が必要なくなった



「我々青年を囲繞する空気は、今やもう少しも流動しなくなった」と石川啄木が時代を嘆いた言葉を引用することで、自分のロジックの強化をはかりたがる人(あるいはメディア)というのは、「未来をひらく立場にある若者は、あらゆる時代において重要だ。その重要な存在をないがしろにするような時代は、批判されてもしかたがない」という論法をバックグラウンドに持っていることが多い。
だが、繰り返しになるが、啄木がああした発言をせざるをえなかった時代は、明治維新で「衣替え」した日本が制度を整え、やっと落ち着いてきて、放っておいても自動的に回転できるシステムとして完成に近づいたことで、「先駆者としての若者」や「近代の教科書としての文学」が必要なくなり、「若者」や「文学」の必要度が暴落していく、そういう「維新の志士&文学青年バブル」がはじけた時代だった。
同じように、第二次大戦後、暮らしが安定してきて、あらゆる耐久消費財が珍しくなくなった頃、日本の家庭にとって「サザエさん」は必需品でなくなり、誰もがAmazonでいつでも「アメリカ」を直接発注できるような時代になって、若者に流行を紹介して金をとる「雑誌」を毎週買って読みふける必要は全くなくなっている。(かわりに、いま人はネット上の他人の評価を参考にモノを買い、雑誌を買う理由は「おまけが欲しいから」になった)


時代によって、「必要なものは変わっていく」のだ。
「若者」とて、例外ではない。「若者だけは例外」という考え方は、通用しない。


なのに、誰が、どうはきちがえるのか知らないが、「いつの時代にも若者は必要だ」とか、そういう、歴史に即さない、まことしやかなロジックというか、ゆるんゆるんのヒューマニズムみたいなものがまかり通ってしまい、かえって現実に立ち向かえない人々を増やしてしまっている。

「いつの時代にも若者は必要だ」などという甘ったるいロジックは、あくまで、「そうであってほしい」という「願望」であって、「歴史」ではない。
今の時代の突破口を発見できずに机に座ったまま脳が固まって、役に立たないロジックばかりまき散らしている新聞のコラムニストのように、時代の閉塞なんてことをやたら声高に言いたがる人たちがいくら嘆いてみせたところで、時代に置いていかれたメディアなんか復活できっこないし、そんな緩いセンチメンタリズムで時代の突破口が見つかるわけでもない。


「若さを必要としない時代」は確実に存在する。
そこから目をそらしても、しょうがない。

「自分は若者だから、必要とされているはずだ。だから、今のままでいいはずだ。なのに、どういうわけか、必要とされないまま、自分はほっておかれ、腐り始めている。なぜなんだ・・・」とか、そういうループした思考から抜け出さないと、誰もが思考のループの内側に閉じ込められてしまう。石川啄木は最初の発言者のひとりだったからまだ価値があったが、彼の追体験者には、何の価値もない。

若さを必要としない時代に「人から必要とされる理由」なんてものを、グダグダ嘆きながらいくら考えても、もはや世界は広くはならない。だから、前の時代を真似て、ヒッチハイクなんかしたりしないことだ。渋滞に巻き込まれたグレイハウンドの中で、追い越される車の数を数えてたって、なんにも生まれてこない。


やるべきことは、(自分のやるべきことが、よほど明確にわかっている人は除いて)「他人がいま、何を必要としているのか」、考えてみること。そしてその「人が必要としていることを、やってみる」ことだ。

こういうことをしてくれる人がいればいいのに。ああいうことがあればいいのに。
人が必要としていることって、思いのほか多いものだ。

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"Old Friends" という曲の冒頭でポール・サイモンが「ブックエンド」のほかに、「シューズ」も登場させているのには、もちろん意味がある。なぜなら、これらはどちらも「2つ揃っていてはじめて成り立つ道具で、片方だけでは意味をなさないモノ」だからだ。
なのに、ポール・サイモンがベンチに腰掛けた老境の二人の絆を「2つ揃っていて初めて意味があるブックエンド」にたとえた言葉の妙技だけ発見して喜んで、そこで終わってしまう人があまりに多い。もう少しきちんと読むべきだ。
同じような例は、"America" にもある。この歌詞には、カップルが冷笑する「ギャバジンのスーツを着た男」と、カップルのかたわれの「レインコートを着た若い男」、2人の男が出てくるわけだが、「ギャバジン」とは防水加工された布地のことだから、この2人の男を並列させたことにも意味がある。「違うタイプに見える2人の男の服装の間には、実は根本的な差はない。若いレインコートを着た男は、やがてスーツ姿の男のような人間になっていく」ことを暗示しているのである。

詩という言葉の海淵は思いのほか深い。いにしえのパールダイバーのように奥深く潜りもしないで解釈できたつもりになってもらっては困る。哀しいことである。

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Old friends, old friends sat on their parkbench like bookends
A newspaper blowin' through the grass
Falls on the round toes of the high shoes of the old friends

Old friends, winter companions, the old men
Lost in their overcoats, waiting for the sun
The sounds of the city sifting through trees
Settles like dust on the shoulders of the old friends

Can you imagine us years from today, sharing a parkbench quietly
How terribly strange to be seventy

Old friends, memory brushes the same years, silently sharing the same fears

Simon And Garfunkel "Old Friends"/Bookends


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