July 30, 2013

タンパベイ投手陣のメジャーデビューは、大半が2011年に集中している。このことはタンパベイ・レイズが生え抜きの若い投手たちの才能を、意図的かつ集中的に開花させ続けてきたことを示している。
2011新人王ジェレミー・ヘリクソンマット・ムーアアレックス・コブジェイク・マギー。すべて2005年以降の数シーズンのドラフトで獲得した選手たちばかりだ。他にクリス・アーチャーアレックス・トーレスにしても、ドラフトこそ他チームだが、メジャーデビューはタンパベイなので、まぁ、タンパベイ育ちといっていい。
若い才能をいっこうに開花させることができないで安物買いばかりしているヤンキースと比べると、正直な話、2つのチームの選手育成能力には既に雲泥の差がついている。


いまのタンパベイは、デビッド・プライスの影が薄くなるほどの投手王国ぶりで地区首位を争っているわけだが、これが誰の功績なのかは、このチームに詳しくないので、よくは知らない。
投手王国ができあがる原動力は、たいていの場合、ピッチングコーチに有能な人材がいる場合が多いわけだが(あるいは投手コーチ出身の監督)、今のタンパベイのピッチングコーチは、とりあえずヒューストン・アストロズが2005年にワールドシリーズ進出したときのピッチングコーチであるJim Hickeyだ。
2005年当時のアストロズの先発3本柱は、ロイ・オズワルト、ロジャー・クレメンス、アンディ・ペティットだが、うち2人がステロイダーなだけに、「ジム・ヒッキーが投手コーチとして有能だから、ヒューストンが投手王国だった」と断言するわけにはいかない気がする。


むしろ気になるのは、タンパベイのマイナー、Durham Bullsの育成能力の高さと、そこでピッチングコーチをやっているNeil Allenの存在だ。


簡単にいってしまうと、「今のタンパベイにとってのDurham Bulls」は、「かつてのヤンキースにとってのColumbus Clippers」なのだ。

ヤンキースという「老朽化しつつあるビルディング」で、長期間にわたってチームの屋台骨を支える「構造材」になってきたのは、バーニー・ウィリアムズのほか、リベラ、ジーター、ポサダ、カノー、ペティット、王建民などの「1990年代の末から頭角を現した、当時の若い才能」なわけだが、彼らを育ててメジャーに送り出し続けたのは、2006年までヤンキースの傘下だったColumbus Clippersだ。
ジーターが最も数多くClippersのゲームに出たのは1995年の123試合だが、当時のヤンキース監督はバック・ショーウォルター。この年が彼のヤンキース監督としての最終年で、ショーウォルター時代のマイナーの若手が、「ショーウォルター後」のヤンキース黄金時代を作った。(ちなみにジョー・トーリ時代の1999年から2001年までClippers監督だったのは、元・日本ハム監督で、現ドジャースのベンチコーチ、トレイ・ヒルマンだったりする。どうりで、マッティングリーがベンチコーチに据えるわけだ)
資料:List of Columbus Clippers managers - Wikipedia, the free encyclopedia

一方、タンパベイは、マイナーであるDurham Bullsで、ゾブリスト、ロンゴリア、ジェニングス、ロバトンなどの野手、ムーア、ヘリクソン、コブ、トーレスなどの投手と、現在のタンパベイの主力となる選手の大半を自前で育て上げてきた。
つまり、いってみれば、かつてのヤンキースがColumbus Clippersの輩出した若い選手によって黄金期を形成したように、今のタンパベイは若手の登竜門であるDurham Bullsによって強化が図られているわけだ。

なぜヤンキースが1979年から2006年まで、約30年間の長きに渡って傘下に置いてきたColumbus Clippersを手放してしまったのか、理由は知らないが、「1990年代代末のColumbus Clippersにあったような育成能力」は、いまでは「Durham Bullsに、お株を奪われている」といっても過言ではない。
近年ヤンキースとタンパベイの地区順位が急速に逆転しつつある原因も、近視眼的なトレードの成功不成功などという単純な話ばかりではなくて、マイナーの育成能力の差が原因になって起こる「生え抜き選手の実力差」がそのまま「チームの実力差」になって表われてしまっている部分が大いにあると考えないわけにはいかない。
資料:New York Yankees Minor League Affiliations - Baseball-Reference.com


Durham BullsでピッチングコーチをやっているNeil Allenは、かつてヤンキース傘下だった時代のColumbus Clippersのピッチングコーチだった人で、王健民に彼のトレードマークとなったシンカーを教えたのも、この人だ。また彼は、2000年にStaten Island Yankeesのコーチ、2005年にはヤンキースのブルペン投手コーチをつとめている。
つまり、ヤンキースのマイナーの投手コーチが、今はタンパベイのマイナーの投手コーチ、というわけだが、単なる偶然とも思えない。かつてヤンキースの若い才能あるピッチャーを育てたのがNeil Allenだとすれば、彼に投手育成能力があるのはもとより、ことヤンキース投手陣に関しては「配球のクセからなにから、あらゆることを知り尽くしている」彼が、「情報源」として機能していると考えないわけにはいかない。こんな人物がライバルチームにいたんでは、ヤンキース投手陣の「手の内」がタンパベイ・レイズの内側でデータ的に丸裸にされているとしても、まったく驚かない。
資料:Chien-Ming Wang Has A Secret (cont.) - Albert Chen - SI.com


まぁ、余談はさておき、所用で見られなかった7月28日のイチローの4安打を、Durham Bulls育ちのタンパベイのピッチャーたちの配球パターンと照らし合わせながら、データで振り返ってみたい。




まず大前提として抑えておかなくてはいけないのは、「タンパベイ投手陣の持ち球と配球パターンには、ひとつの共通性がある」ことだ。
彼らの大半は、「速度と重みのあるストレート系」と「チェンジアップ(あるいはカーブ)」というコントラストのある持ち球で、アクセントの強い緩急を使ってくる
あくまで想像だが、彼らが同じ持ち球と配球パターンをもつのは、おそらくタンパベイの若い投手がDurham Bullsという「同じ場所」で育てられていることと関係があるだろう。
それはともかく、基本的にどの投手も「ストレートとチェンジアップによる緩急」を使いたがることは、タンパベイと対戦するときに必ず頭に入れておかなくてはならない基本事項だ。


イチローの4安打は、面白いことに、以下の打席データでわかる通り、まったく共通したストライクを打っている。どれもこれも全部『真ん中低めのストレート系』を打っているのである(第4打席はアウトローだが)。
データで見るかぎり、ピッチャーたちは「自分で意図してそこに投げた」というより、「ファウルでチェンジアップをカットし続けながら、自分の打ちたいストレートをジッと待つイチローに、まるで誘導されるかのように、真ん中低めのストライクを投げさせられた」というほうが正確だろう。これだから、野球は面白い。

2013/07/28 イチロー4安打第1打席(マット・ムーア)第1打席
投手:ムーア
2死2塁
イチロー第1打席で先発ムーアは、アウトコースに、1球おきに4シームとチェンジアップを投げ分けている。この球種の使い方は、「典型的なタンパベイの投手の配球パターン」だ。
2013年版のムーアの球種をみると、前年までと比べ、カーブ、チェンジアップの量が増えて、むしろストレート系が減りつつある。ムーアの「生命線」は、徐々にだが、「変化球」のほうにシフトしつつあるかもしれない。もしかすると、ムーアはチェンジアップでイチローをうちとりたいと考えていたかもしれない。

生でゲームを見ていないのが、かえすがえすも残念だが、第1打席のイチローが4球目のチェンジアップを空振りするのを見て、なぜムーアが「変化球をもう1球続けてみよう」と考えなかったか、そこが不思議だ。マイク・ソーシアならチェンジアップの後に、ボールになるインローのカーブを、たとえワンバウンドしてもいいから投げさせそうな気がする。

「2球目のチェンジアップ」がワイルドピッチになってしまったことで、
おそらくムーアは、立ち上がりの変化球のコントロールに自信がなくなったのだろう。加えて、得点圏にランナーが進んでしまったことで、ムーアのマインドに「変化球勝負への気後れ」が生じていたのは、たぶん間違いない。
「何を言ってるんだ。4球目にもチェンジアップを投げているじゃないか」という人がいるかもしれないが、それはむしろ逆で、「4球目のチェンジアップは、本来はボールにして空振り三振させるつもりだったのが、意図に反してストライクゾーンに行ってしまい、イチローに強振されて、ビビッた」と考えるほうが、辻褄が合う。
タンパベイのピッチャーの大半に「ストレートか、チェンジアップか、という球種選択をするクセ」があることを考えると、ここでは打者は「ストレート」に球種を絞ることができる。

2013/07/28 イチロー4安打第2打席(マット・ムーア)第2打席
投手:ムーア
2死ランナーなし
第1打席でアウトコースを攻めてイチローにタイムリーを浴びてしまったムーアは、第2打席ではインコース攻めに方針を変えた。
3球目がファウルで、「カウント1-2」。このカウントは、以前書いたことがあるように、イチローのカウント別打率では最も数字が悪い。
ここで4球目、ムーアはインハイに、彼の持ち球としては珍しく「スライダー」を投げている。この球の「意味」が問題だ。おそらく、3球目のスライダーをストライクにするつもりは最初からなく、一度インコースでのけぞらせておいて、次の球をアウトローにでも投げる布石と考えるのが普通だろう。
「ストレートか、チェンジアップか」というタンパベイ投手の「配球グセ」からして、5球目には、低めのストレートかチェンジアップが来るのは、ほぼ間違いない。

2013/07/28 イチロー4安打第3打席(アレックス・トーレス)第3打席
投手:トーレス(交代直後)
先頭打者
タンパベイの監督ジョー・マドンは、このイニングの頭から有能なセットアッパー、アレックス・トーレスをリリーフさせた。
彼も、ムーアやヘリクソンと持ち球はまったく変わらない。配球の基本パターンは「ストレートか、チェンジアップか」だ。トーレスはインコースを続けて、あっさりイチローの苦手な「カウント1-2」に追い込んだ。
Durham Bullsでコントロールを改善してもらったトーレスは、ここから真ん中低め、アウトロー、インロー、アウトハイと、丁寧にコーナーに投げ分けた。だが、イチローは徹底して「チェンジアップをカット」して、「ストレートの見極め」にかかっている。
タンパベイの投手の基本的な配球方針が「ストレートか、チェンジアップか」であるなら、「チェンジアップを徹底的にカットして、ストレートに絞るバッティング」は非常に的確な対応だ。やがてトーレスは投げる球のなくなってしまい、判で押したように、ムーアが既に2本のヒットを打たれている「真ん中低めのストレート」を投げてしまうことになる。

2013/07/28 イチロー4安打第4打席(ジェイク・マギー)第4打席
投手:マギー(交代直後)
先頭打者
ジョー・マドンは、またしてもイチローの打席の前にピッチャーを変えてきた。こんどの投手は、球威のあるスピードボールを投げるジェイク・マギーだ。
彼はムーアやトーレスと持ち球が少し違っていて、4シームを主体に、今シーズンからは2シームを多く混ぜるようになってきている。だが、イチロー第4打席でのマギーは、その2シームを使わず、4シームだけで押してきた。

ひとつ、よくわからないのは、イチローが第4打席で「初球のほぼ真ん中の4シーム」をあっさり見逃していることだ。
まぁ、イチローが初球を見逃すこと自体はよくある光景ではあるわけだが、この打席では最初の3球を振らず、またしてもイチローの苦手な「カウント1-2」に追い込まれている。5球目にしても、アンパイアによってはストライクコールされても不思議ではない球だが、これも振ってない。
ピッチャー側からすると、追い込んでおいてボールになるスライダーや2シームを振らせるという、よくある配球パターンを使ってもよさそうなものだが、ジェイク・マギーがそういう気分にならなかった理由はよくわからない。ヤンキースのブルペン投手は「やたらとボール球のスライダーを振らせたがる」わけだが、どうやらタンパベイのピッチャーは「あくまでストライクを積極的にとりにいくピッチング」が信条のようだ。
イチローはアウトローのストライクを、ヘッドをきかせて、ものの見事にセンターに弾き返した。


こうして4つの打席を並べてみると、ジョー・マドンとタンパベイ・バッテリーが、イチローに対して、タンパベイ投手陣の得意な緩急を使った配球、2度の投手交代、ストライクで押していくピッチングで、必死にイチローの苦手な「カウント1-2」を作り続けて、力ずくで抑え込みにかかっていたことが、よくわかる。

まぁ、ジョー・マドンもこれで、ちょっとは懲りただろう(笑)次回の対戦では少しはマイク・ソーシア風にボール球を振らせにかかってくるかもしれない。楽しみだ。


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