October 14, 2013

2年連続地区優勝を果たし、レギュラーシーズンでは十分に最優秀監督賞に値する働きを示したボブ・メルビンだが、ALDSでは投打のタレントの揃ったデトロイトを2勝1敗と追い詰めておきながら、メルビンの投手交代ミスでシリーズの流れを明け渡してしまい、あえなく敗退することになった。勝ちぬけるチャンスが十分あっただけに、もったいない。
(日本のプロ野球セ・リーグCSで、阪神の和田監督が、広島戦の先発投手として「藤浪」を選択する一方で、ヴェテランの能見投手をとうとう使わないまま敗退したばかりだが、メルビンと和田、2つの敗退が意味的に似ているのは確かだ)


敗退の直接の原因は、ハッキリしている。
ボブ・メルビンの投手起用が的確でなかったこと」だ。

そして、遠因(というか、たぶんこちらが真の原因だと思うのだが)は、野球における才能や経験の有無ではなく、「メルビンの性格が、よくいえば慎重で論理的、悪く言えばスピードに欠け、後手に回りやすく、どこか弱気で、決定的な選択を回避しがちで、農耕的。全部をまとめていえば、『リニア』であること」にあると思う。


たとえでいうなら、レギュラーシーズンが、春の田植えから秋の稲刈りまで連綿と作業が続く稲作のような、定住農耕民的な世界だとするなら、他方、ポストシーズンでの戦いは、いわば「血なまぐさい狩り」だ。

狩り」は、定住して畑を耕すような「必然性や因果律、約束事に縛られたリニアな世界」と違い、運やミスなど「偶然性にまみれたカオス的世界」だ。(注:カオスにおける偶然性には一定の「法則性」があり、それは無原則でもランダムでもない 参照:Damejima's HARDBALL:2012年11月9日、2012オクトーバー・ブック WS Game 4でフィル・コークが打たれた決勝タイムリーを準備した、イチローの『球速測定後ホームラン』 による『バルベルデ潰し』。

そして「狩り」は、どこか血なまぐさい。ライオンが獲物のクビをへし折って確実に絶命させておいてからおもむろに食らうように、「獲物を仕留めるべきところ」では必ずトドメを刺す必要がある。


ALDS Game 4
OAK 1 0 0 0 2 0 1 0 2  6
DET 0 0 0 0 3 0 2 3 x  8
Oakland Athletics at Detroit Tigers - October 8, 2013 | MLB.com Classic

ALDS第4戦は、まさにオークランドにとって、「トドメを刺しそこなった狩り」だ。チェスや囲碁将棋に限らず、どんな勝負事でもそうだが、トドメを刺しそこなったら、流れは簡単には戻ってこない。
オークランドはこのゲームで一時は3点リードしている。だが、ゲーム終盤に死にかけたデトロイトに自らのミスで勢いを与えてしまい、息を吹き返したデトロイトに、この重要なゲームを与えてしまった。

終盤まで追いつ追われつの展開だったが、このポストシーズンでのデトロイトのキーマンのひとりになっているビクター・マルチネスの技ありのソロホームランを浴びて、5-4と1点リードを許した7回裏までの展開は、やむをえないし、それほど心配する必要もない。
なぜなら、「常に『クローザーというアキレス腱』を抱えるデトロイトという対戦相手は、1点差くらいなら、取り返しがつくチーム」だからだ。
去年までのクローザー、ホセ・バルベルデのセーブ失敗にもさんざん泣かされ続けたデトロイトだが、今のクローザーのベノワにしても、けして安定してはいない。だから、1点差くらいなら、たとえ9回裏でもなんとかなる。


だが、メルビンが8回裏に、2013レギュラーシーズンでERA6.04とまったく結果を残せていないブレット・アンダーソンを登板させたことは、致命傷だ。なぜならこれが「取り返しのつかないミス」だからだ。

7回表、デトロイト監督リーランドは思い切って2013サイ・ヤング賞最有力候補のマックス・シャーザーをリリーフ起用した。だが、この試合のシャーザーはコントロールが最悪で、1失点した上に、8回表には無死満塁のピンチを招き、このときデトロイトは一度死にかけた。
だが、無死満塁でのジョシュ・レディックの不用意な三振がきっかけで、死にかけのシャーザーは息を吹き返してしまい、その後の気迫のピッチングで失点を防ぎきってしまう。オークランドはトドメを刺しそこなった。




問題のメルビンの「アンダーソン起用」は、その「トドメを刺しそこなった」直後の重要な采配だった。
このとき、メルビンがなぜこういう「弱気な投手起用」をチョイスしたのかが、わからない。なぜなら、あの時点でマウンドに上がるオークランドの投手が対峙するのは、シャーザーが珍しく見せた「火を噴くような気迫」が野手に乗り移った「火の玉 デトロイト打線」だからだ。レギュラーシーズンですら実績を残せなかったアンダーソンでは、明らかに、この場面を乗り切るのに必要な経験も実績も足りなかった。

その後、点差が4点に広がってゲームが決まってしまった後で、オークランドはホワキン・ベノワを予定通り攻めてようやく2点返したが、結局、デトロイトの逃げ切りを許した。つまり、9回の攻撃がいくら「惜しい攻撃」のようにみえたとしても、結局それは4点差では「後手に回ったことの証」にしかならないのだ。

シャーザーをリリーフに使うという「老将ならではの気迫」を采配に見せたリーランド。勢いのないアンダーソンを使うことで、「この試合は負けてもいい、あと1試合あるさ」とでもいうような「農耕民的な緩み」をみせたメルビン。2人の指導者の選択の差が、試合結果に出た。


ALDS Game 5
DET 0 0 0 2 0 1 0 0 0  3
OAK 0 0 0 0 0 0 0 0 0  0
BrooksBaseball.net: PITCHf/x Tool | Strikezone Maps
第4戦で「狩り」に失敗したメルビンは、第5戦先発に、どういう意図からかはわからないが、ヴェテランのバートロ・コロンではなく、ALDSで2度目の先発となる若いソニー・グレイを抜擢した(もちろん、この先発投手の選択の是非が後にファンの議論を巻き起こすことになった)
結果的には、若いグレイは、シリーズを決めるゲームのプレッシャーに押しつぶされてしまったようで、コントロールがまるで定まらなかった。またメルビンは、リーランドがあのシャーザーにリリーフ登板を命じたように、グレイやコロンにリリーフをやらせるような臨戦態勢も選択しなかった。

だが、第5戦での最大の失敗は、メルビンがグレイを先発させたことより、むしろ、メルビンが、グレイの調子がよろしくないことがハッキリした時点で、「今日ですべてが決まるというゲームだから、グレイに長いイニングをまかせるのは諦め、早めに投手を替えることにしよう」と、「先を読む」こと、「敗退を予防する」ことをせず、むしろかえって、グレイをとことん引っ張ってしまったことにある。
この選択ミスにより、「オークランドだけが守勢に回らされ続けてしまう苦しい展開」が長く続いてしまい、「攻撃のターンが、オークランドに変わる」のを妨げた。


このゲームのBox Scoreを見ただけではわからないことだが、ボブ・メルビンは、先発ソニー・グレイが4回から6回まで、3イニング続けてピンチを招くそのたびに、ブルペンでダン・オテロに肩を作らせ続けた。(そして結果的にいえば、オテロはマウンドに上げてもらいさえすれば、いつでも好投が可能な状態だった)
だが、メルビンには、調子の悪いグレイを諦め、継投に入ることによって「無駄な失点を防ぐのと同時に、攻撃のターンをたぐり寄せるチャンス」が何度も何度もあったにもかかわらず、グレイを引っ張り続けたために、ようやくオテロがマウンドに上がったときには、6回表にグレイがノーアウトで2人のランナーを出し、にっちもさっちもいかないシチュエーションだった。

そしてさらに問題だったのは、このとき既にオークランドの野手があまりにも長時間に及んだ守備による消耗で、エネルギー切れを起こしていたことだ。
リリーフのダン・オテロは、3度も肩をつくったにもかかわらず、6回の無死1、2塁のピンチで、2人のバッターに続けて内野ゴロを打たせることに成功している。だが、既に消耗している内野手のミスが2度続き、オークランドはダブルプレーに2度も続けて失敗して、シリーズ敗退を決定づける3失点目を喫した。

明らかにこれは、メルビンがソニー・グレイを早めに諦めることを決断することによって、ゲームを落ち着かせ、さらにゲームのテンポをオークランド寄りに修正し、オークランドの野手が守備ではなく「バッティングに集中できる時間帯をつくる」のを怠ったのが原因だ。
(よくバレーボールの試合で、ピンチになると監督がタイムアウトをかけて得点リズムを変えるが、あれと似た話だ)


こうして、2つの試合でゲームの流れを完全にデトロイト側にもっていかれることになった「2つの継投ミス」によって、オークランドはデトロイトをあと一歩のところまで追い詰めながら、逆にトドメを刺される結果になった。
レギュラーシーズンをあれほど上手に乗り切ったメルビンだが、「カオス的世界であるポストシーズンで求められるリスク嗅覚」や「偶然性に左右される狩りにおける戦いの感覚」は、どこかで根本的に不足しているのかもしれない。もちろん、農耕には向いているのに、血なまぐさい狩りには全く向いていない人がいても、それはそれでしかたがない。


2013ALDS第5戦での継投でメルビンのやったことは、たとえとしていうなら、「複数のことを同時に考えて結論を出したり、複数のことを並行して処理するのが非常に苦手な、リニアな性格の人がとりやすい行動や手法」であるようにみえる。

メルビンが先発ソニー・グレイを替えることによって、「試合の流れを変えられるチャンス」は何度もあった。
だが、メルビン自身の関心は、先発グレイが「もっと多くのイニングをいけるのか、いけないのか」にしかなく、ゲーム全体を俯瞰してはいなかった。その結果、リリーフの肩をつくらせるタイミングが遅れ、グレイを替えるタイミングもをつかみそこない、あらゆる皺寄せは野手にいってしまい、失点に直結する野手の守備ミスの連発を招いた。


こうした、ノンリニアな判断ができないこと、全体を俯瞰できないことによる失敗は、ちょっと、「動きのトロい日本の公務員」とか、「決断の遅いデイ・トレーダー」に近いところがある。
「病気が実際に発症するまで治療しようとしない医者」、「相場が動いたのを見て確認してから大金をつぎこんでしまう個人投資家」、「ストーカー犯罪が実際に起きるまで捜査しない警察」、「津波が実際に起きるまで防波堤を高くしない自治体」、「いじめ自殺が起きるまで対策を始めない教育委員会」、「原発の電源が全て喪失したとわかるまで何もしない東京電力」、「利用者が激減するまでiPhoneを売らないNTTドコモ」、こうした例にことかかないどころか、あらゆる事故、損害、リセッション、衰退が、リニアにしか思考できず、リニアにしか自分のカラダと所属組織を動かせない人たち特有の「遅れ」や「迷い」から発生するのが、現代社会というやつだ。

病気でいうなら、症状が現れはじめたのを、視覚とデータでハッキリ確認して、それから「よっこらしょ」とばかりに重い腰を上げ、「治療」を開始しているようでは、手遅れになる。自覚症状が出た時点で、すでに病状が救いようのないレベルに達している可能性だってあるからだ。

ALDSにおけるメルビンは、「予兆」や「気配」に敏感ではなかったし、そもそも「予防」に熱心ではなかった。対応すべきピンチが目の前で発生しつつあっても、彼は「被害の出る確率がまだ低い、と思えるうち」は動かず、さらには、失点という実害が確率的に70%以上の確率で起きてしまうような危機的状態になっても、まだ「我慢」し、さらに実害が出はじめたのを視覚的に確認するに至って、ようやく「対策」を用意させるような、そういう「後手後手なところ」がある。


こうした「判断の遅れ」が起きるのは、野球上の指導の巧拙によるものというより、ボブ・メルビンが、「直線上に因果を並べて思考をすすめるリニアなタイプ」なのか、それとも「カオス的に思考するノンリニアなタイプ」なのかという、そういう人間的な性質の違いから発生しているような気がしてならない。
メルビンが、「話し言葉」より「書き言葉」が重視されるようになって以降に成立した、リニアな視覚重視の世界で起きる問題に対処するのが得意な、典型的なリニア人間だとすると、そういうタイプの人は、カオス的な環境(たとえばMLBのポストシーズンのゲーム)において、リニアな世界でのふるまいと同じように自由闊達にふるまえるとは限らないのである。

そして、これは常々不思議に思ってきたことなのだが、近年の書き言葉の衰えとネットの発達とともに、現代社会が再びどんどん「カオス的」になりつつあるというのに、どうしてそうなるのかわからないが、そこに暮らしているわれわれ人間のほうは、むしろ、どんどん、どんどん「リニア」になりつつあるように思えてならないのだ。

Like everyone else you were born into bondage. Into a prison that you cannot taste or see or touch. A prison for your mind.
他の誰もがそうであるように、君は束縛の中に生まれた。味わうことも、見ることも、触ることもできない牢獄の中に。それは「君自身の心」という名の牢獄なのだ。

You have to let it all go, Neo. Fear, doubt, and disbelief. Free your mind.
すべて忘れるんだ、ネオ。怖れ、疑い、猜疑心。心を解き放て。

by Morpheus
quoted from The Matrix(1999)


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