October 16, 2013

Dave DombrowskiDave Dombrowski

Yahoo SportsのJeff Passanが書いたデトロイト・タイガースの社長兼GMデーブ・ドンブロウスキーの手腕に関する記事を面白く読んだ。
「あのヒューストンがこの3年間で最も多く負けたシーズンですら111敗だというのに、2003年に119敗もしているデトロイトを3年連続でALCSに進出できるチームに変えた」とJeff Passanが書いた「かつてのデトロイトがどれほど弱いチームだったかを示すためのたとえ話」が、ヒューストンのファンにはたいへん申し訳ないのだが、なんともリアリティがあって笑ってしまった(笑) まぁ、興味があれば読んでみてもらいたい。
From a 119-loss team to a perennial power, Dave Dombrowski has spun magic for Tigers - Yahoo Sports


この記事の基本的な主旨のひとつは、このブログの以下の記事で、デトロイトについて書いた部分とまったく同じだ。
Damejima's HARDBALL:2013年9月19日、「2000年代中期までのドラフト上位指名の成果」と、「2010年代の選手層の厚み」との関係。「もともと育ちの悪かった植物」に、突然、大量の肥料を与えだしたヤンキース。
エッセンスだけもういちど書くと、ア・リーグ東地区の有力チームは2000年代中期までのドラフトをベースに現在の基本戦力を整えたが、デトロイトはそれらのチームとは手法が違っていて、「2000年代のドラフト上位指名選手を容赦なくトレードの駒にするというやり方で、現在の戦力を整えた、というのが主旨である。


ただ、Jeff Passanの記事を読むときに気をつけるべき点はある。

上っ面だけ読むと、まるで「2003年に119敗という最悪なシーズンを経験したデトロイトに、救世主ドンブロウスキーが2003年以降にGMとしてやってきて、見事なテコ入れに成功した」とか、勝手に思い込んでしまう人がいるかもしれない。
だが、ドンブロウスキーがデトロイトGMになったのが「2001年」であることを忘れてはいけない。
デトロイトが、MLBワースト記録(120敗 1962年メッツ)寸前の「119敗」を喫したのは2003年だが、これは2006年にジム・リーランドが監督就任する前の「アラン・トランメル監督時代」(2003年就任、2005年10月3日解任)で、その最悪シーズンだった2003年時点のGMだって、やはりドンブロウスキーだったのだ。
(注:トランメルは1980年代を中心に活躍したデトロイト生え抜きのショートストッパーで、フランチャイズプレーヤー。現在はアリゾナのベンチコーチ)

要するに、ドンブロウスキーのトレード手腕がどれほど素晴らしいにせよ、その有能な選手たちを上手に使いこなせる手腕をもった「監督」をみつけてこないことには、どうにもならないのが、野球というものだぜ、ということだ。

近年のデトロイトの栄光を、監督リーランドの統率力をまったく抜きにして、「GMドンブロウスキーだけの功績」と讃えてしまうなら、それはあまりに問題がありすぎる。
トランメルはデトロイト生え抜きのスタープレーヤーのひとりだったが、監督としては能無しで、かたや、リーランドは選手としては同じデトロイトの2Aモントゴメリーのキャッチャーで終わった程度だが、監督としてはとても優秀だったのだ。



さて、話を元に戻して、Jeff Passanの記事にある「ドンブロウスキーのこの10年のトレードリスト」を挙げてみよう。

ちなみに、元記事にはそれぞれの選手のドラフトイヤーが書かれていないので、こちらで付け加えておいた
照らし合わせれば、このブログで「デトロイトは、ア・リーグ東地区の各チームと違って、2000年代のドラフト上位指名選手を容赦なくトレードの駒にするというやり方で、現在の戦力を整えた」と書いたことの意味が、どれほどリアリティのある話かがわかるはずだ。

放出した選手

Curtis Granderson  2002年 ドラフト3位
Cameron Maybin  2005年 1位
Andrew Miller  2006年 1位
Avisail Garcia  2007年 アマチュアFA
Jacob Turner  2009年 1位
Rob Brantly  2010年 3位
Charlie Furbush  2007年 4位
Chance Ruffin  2010年 1位
Casper Wells  2005年 14位
Burke Badenhop  2005年 19位
Eulogio de la Cruz  2001年 アマチュアFA
Mike Rabelo  2001年 4位
Brian Flynn  2011年 7位
Francisco Martinez
Giovanni Soto  2009年 21位
Dallas Trahern  2004年 34位
Danry Vasquez


獲得した選手
(カッコ内は元の所属チーム)

Miguel Cabrera  4番打者 サード(FLA)
Max Scherzer  ローテーション投手(ARI)
Anibal Sanchez  ローテーション投手(MIA)
Doug Fister  ローテーション投手(SEA)
Austin Jackson  1番打者 センター(NYY)
Jhonny Peralta  ショート、レフト(CLE)
Jose Iglesias  ショート(BOS)
Omar Infante  セカンド(FLA)
Jose Veras  リリーフ(クローザーも可能 HOU)
Phil Coke  リリーフ(NYY)


「デーブ・ドンブロウスキーのこの10年間のトレードリスト」が驚嘆に値するのは、「獲得した選手」に三冠王ミゲル・カブレラはもちろんのこと、他チームが涎を垂らして欲しがるレベルのローテーション・ピッチャーがなんと3人もいることもさることながら、その一方で、「デトロイトが放出した若手」で、移籍先で大成した選手がひとりもいないことだ(笑)(いうまでもなくグランダーソンはNYY移籍前にすでに30ホームラン打った29歳の選手だし、ドラフトされたばかりの若手とはいえない)

前にも書いたことだが、ドンブロウスキーは、誰彼かまわず若手を手当たり次第に放り出してきたわけではない。ジャスティン・バーランダー(2004年ドラフト1位 全体2位)とリック・ポーセロ(2007年ドラフト1位 全体27位)のように、手元に置いておくと決めた若手選手もいて、それらの有望選手たちはデトロイト内部で成長を遂げさせることに成功しているのである。


だから、もしもデーブ・ドンブロウスキーにインタビューするチャンスがあったら聞いてみたいと思う質問は、「来年のデトロイトに欲しいのは、どの有名選手か?」などという、ありきたりのわかりきった話ではない。

聞いてみたい質問は、2つ。
ひとつは、それぞれの勝ちトレードにおいて、「なぜこのチームのジェネラル・マネージャーなら、普通なら放出しそうもない有力選手を放出してくれそうだ、と思えたのか?」という点。そして2つ目に、「放出する若手を選ぶにあたって、なぜこの選手はいらないとわかったのか?」という点だ(笑)

もちろん、その質問の回答はきちんとプリントアウトして、マーリンズやマリナーズのジェネラル・マネージャーのデスクパッドの真ん中にそっと置いて帰りたいと思う(笑)

参考記事:
Fister returns to haunt Mariners again - SweetSpot Blog - ESPN

Curveball key to Fister's recent success | tigers.com: News

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