October 30, 2013

東京の2020年五輪開催が決まったのは非常にめでたいにしても、1964年の東京オリンピックで作られた国立競技場(=国立霞ヶ丘陸上競技場)の建て替えどうのこうのという話が、どうにもよろしくない。


オリンピック誘致の成功で「浮かれている人間たち」は、50年も前につくられた旧式の施設である国立霞ヶ丘陸上競技場の「立地の限界」と、神宮外苑という施設の本来の目的である「静かなる顕彰」の意味を根本的に理解していないまま、無理に無理を重ねて建て替えを進めようとしている。

現状の国立霞ヶ丘陸上競技場の「限界」を頭に入れていない東京都や猪瀬知事は建て替えに必要な金額を安易に考えているようだし、巨大な競技施設を「神宮外苑」に無理にでも建てたいから、風致地区が風致地区でなくなってもそれはそれでしかたないとのお考えのようだが、そもそも50年も前に建てられた国立霞ヶ丘陸上競技場の「手狭な立地」では、非常に多数のアスリートが参加するオリンピックでは、国際的な陸上競技場としては「失格」なのだ。
そして内苑である明治神宮を控えた「神宮外苑」という場所の本来の目的は「心静かに顕彰すること」なのであって、この旧式の競技場を無理にでも陸上競技場の国際規格にあうよう「拡張」しようと思えば、「現在の手狭な場所」では「もともと無理」なのだ
ということを、関係者は根本的に忘れている。

ブログ注:
ここでいう「国立競技場」とは、あくまで「通称」でいうところの「国立競技場」であって、具体的に正式名称でいうなら、「国立霞ヶ丘陸上競技場」単体のことを指している。

だが本来、正式な意味での「国立競技場」というのは、文部省の外郭団体である独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が運営・管理する「国立霞ヶ丘陸上競技場」「国立代々木競技場」「国立西が丘サッカー場」の総称を意味するのであって、国立霞ヶ丘陸上競技場単体を指してはいない。

さらにいえば、「国立霞ヶ丘陸上競技場」という施設単体について考えるとき、この施設が抱えている「周辺施設の整備」という問題を甘く見てはいけない。
というのは、そもそも国立霞ヶ丘陸上競技場というのは、陸上競技施設としては、オリンピックのような国際競技を開催する施設としては「サブトラックが遠いうえに、狭すぎる」という重大な問題を抱えた劣悪な陸上競技場だからだ。
野球のスタジアムでも「外野のポールまでが100メートル以上」などといった国際規格があるわけだが、同じように「陸上競技場」にも国際規格があり、一流アスリートを世界中から集めた国際試合を開催できる第一種公認を受けるためには、さまざまな「条件」をクリアしていなければならない。
その国際規格のひとつが「ウォーミングアップのためのサブトラックの設置」だが、国立霞ヶ丘陸上競技場は、現在のところ、千駄ヶ谷駅前にある東京体育館の脇にある200mトラックをサブトラックとして使用するという「タテマエ」でギリギリ公認されてはいるものの、現実には、国立競技場から東京体育館まで距離がありすぎることに加え、そもそも200mの狭いトラックでは直線が短すぎて十分なウォーミングアップができず、また、200mトラックでは狭すぎて、数多くのアスリートが同時にウォーミングアップすることができないという重大な問題点を抱えている。
そのため、近年の日本の陸上競技界では、多くの国際競技が、この国立霞ヶ丘陸上競技場ではなく、他の施設、例えば神奈川県の横浜国際総合競技場(日産スタジアム)などで行われるようになってきている

つまり、東京都が考えているような「国立霞ヶ丘陸上競技場さえ建て替えれば、周囲の施設はそのままでも、オリンピックという国際競技は開催できる」というような考えは、実は「安易」かつ「甘い」のである。

したがって、文部省が想定する「国立競技場の建て替え」事業の意味するところが、「通称されている国立競技場」である国立霞ヶ丘陸上競技場のみの建て替えなど意味していないのは、むしろそちらのほうが当然なのであって、さすがに場所が北区で霞ヶ丘から離れている西が丘サッカー場の整備は含まないにしても、建て替えの「見積もり」の対象が、国立霞ヶ丘陸上競技場だけではなく、周辺施設の再整備を含む金額になるのは、むしろ当たり前のことなのだ。
対して、国立霞ヶ丘陸上競技場の直接の管轄者でもなんでもない東京都や猪瀬知事などは、単純に「国立競技場の建て替え=国立霞ヶ丘陸上競技場のみの建て替え」としか想定していないから、そもそも国立霞ヶ丘陸上競技場の「限界」を理解していない。

したがって、文部省が行った建設費見積もりが、「国立霞ヶ丘陸上競技場のみの建て替え」だけしか想定していないスポーツ素人集団の東京都の想定金額よりも大きくなるのは当然であり、むしろ見積もりが「周辺施設の整備」も含んだものになるべきであることを、スポーツ音痴の東京都もマスメディアも、最初からアタマに入れて議論・報道すべきだ。


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ちなみに神宮外苑は1926年完成で、東京では初の風致地区に指定され、これまで建築物の高さが「15m」に制限されるなどの法的規制によって、穏やかな景観が長年にわたって守られてきた。(ただ、「外苑」は元来、有志によって「寄贈」された施設であり、「内苑」である明治神宮が直接管轄する統合的な施設ではない)
だが、国立霞ヶ丘陸上競技場の建て替え完成時には高さが「70m」にも達するとみられたことから、東京都はなんと、2013年6月に神宮外苑エリアの建築における「高さ規制」を「15m」から一気に「75m」へ、5倍も緩和した
この場当たり的な「高さ規制緩和」でまず何が起きたかというと、すかさず周辺エリアで周囲の景観にそぐわない民間の「高層マンション」が建設されたのである。この高層マンションの「高さ」に反対する地元住民との間に摩擦が生まれたのは、いうまでもない。(ただ、おそらく、高層マンションの建設に反対した地元住民も、この高層マンション建設が可能になったそもそもの原因が「東京都が、国立霞ヶ丘陸上競技場の建て替えを可能にするため、建設物の高さ制限を大幅に緩和したことにあること」は、理解していないか、知らされてないのではないだろうか)


言いたいことを先に言えば、
現在の立地では、国際的な陸上競技場のための拡張と長期にわたる施設維持も、スポーツと顕彰の両立も、あらゆる点で無理なのだから、新・国立競技場は、「場所」自体を変えて再出発すべきだ
ということだ。
(それだけが建て替えの目的ではないが、別の場所に新築するなら、「顕彰」のための風致地区である神宮の森周辺の「建設物の高さ制限」を「75メートル」などという「とんでもない数字」にせずに済む。また、ここではあえて書かないが、「どうせ建てるなら、更地に戻すカネが少なくて済んで、人も集まりやすい、ここしかないでしょ」という「場所」のアイデアはもちろんある。さらには、現在の国立競技場の「跡地」、さらには外野が100メートルないことがわかった老朽化した神宮球場の「跡地」をどう再利用するかについても具体案はある)


明治維新の東京遷都でもわかることだが、「場所をかえる」とか、「場所を選ぶ」という、「場所」にまつわる行為は、時代が動いたときに求められる非常に大きな決断、「おおごと」、グランドデザインなのであって、それにくらべれば建築物の見た目のデザインなんてものは、些細なこと、トリビア、表層、小手先でしかない。
(そもそも「同じ場所に建て替える大規模公共建築物のデザインコンペ」なんてものは、その建て替え事業そのものが都市計画としてウェル・デザインされていない「ハンパな計画」と受け止めるべきであって、よくもまぁコンペに参加しようなんて気になるものだ。「場所自体も変えてしまいましょう!」と大胆に提案できてこそ、本気のデザイン、本気の都市計画というものだ。安藤忠雄には悪いが、やはり渋沢栄一のほうがはるかに天才だ)

イチローはかつてWBC監督が星野仙一に決まりかけたとき、「WBCは五輪のリベンジの場所ではない」とそれを退ける画期的発言をして、WBC日本代表は結果的にイチロー発言によって「人心の一新」に成功し、輝かしい連覇を果たすことになるわけだが、それに習っていわせてもらうなら、「2020年東京オリンピックは、1964年東京五輪の二番煎じをやる場所ではないし、二番煎じでは何の国益ももららさない」、と言いたい。
たとえ国立競技場が外観と規模を一新しようが、そんな建て替え程度のせせこましい変化では「老朽化したオフィスビルを取り壊して、建て替えるだけの行為」と何も変わらない。同じ場所で建て替えたのでは、本来オリンピックという国際的な大イベントで期待される経済効果や国益が、十二分な質と量で得られるとは到底思えない。

例えばもし、フジテレビがかつてあった曙橋の「フジテレビ下通り」で建て替えられただけだったなら、スカイツリーがかつての東京タワーと同じ場所で建て替えられただけだったなら、もっといえば、もし江戸時代が終わっても首都が京都のままだったなら、どうだったか、本当に人々が新鮮な驚きをもって新しい時代を受け入れたか、考えてみるといい。


そもそも問題なのは、
国立競技場がある今の「場所」に、何のパワーも無いことだ。

建設費が予定よりはるかに多いだの、収容人数が多すぎるだの、ドタバタ劇が当分続くらしいが、ブログ主に言わせれば、「パワーが無い「場所」に建った建造物が、老朽化したからといって、「高いカネをかけて更地にし、同じ場所に再び建て替える」などという二番煎じな発想の「陳腐さ」を指摘する声がないことのほうが、よほど理解できない。


2012年11月に行われた「第1回富士山マラソン」(旧名『河口湖日刊スポーツマラソン』)で起きた「不祥事」について書いた記事がある。
記事リンク:Damejima's HARDBALL:2013年1月27日、マラソンブームに便乗した、あまりにもずさんな「富士山マラソン」から、「日本の新しい景観美」に至る、長い道のり。

このマラソンは、参加ランナー総数1万数千人のうち、約3分の1にもあたる5000人もの数のランナーが、スタート予定時間にスタート地点にたどり着けなかった。もう、これは不祥事というより、「事件」といっていいレベルのマラソン大会だ。
読んでもらえばわかるが、この前代未聞の事件が起きた原因は、この件を報じた新聞記事や、大会に参加していない野次馬のブログによく書かれている「渋滞」などではない。(というか、このマラソン自体が新聞社主催だったからか、この事件を報じる記事の露出自体が抑えられまくっていた)
「モビリティの確保から宿泊可能な人数に至るまで、あらゆるキャパシティに限度があることが最初からわかりきっている田舎町の、それも山間部のマラソン」において、「モビリティに制約のある場所で開催しても無理がないマラソン大会の規模の限度」というものをまるで理解していない無謀きわまりない主催者が、開催してもさしつかえない大会の規模レベルを最初から根本的に読み間違えていたこと、にある。

つまり、身の丈にあわない大会の開催を強行した「第1回富士山マラソン」の大失敗は、このマラソンが行われた山間の湖という「場所」がもっている「キャパシティ」や「限界」を過信したところに始まっているわけだ。


パワーの無い場所に建設されている「国立競技場の建て替え」も、第1回富士山マラソンと同じ、「場所」にまつわる失敗を犯す可能性は相当高いと思う。


こう書くと、国立競技場周辺のことを何も知らない人から、「何を馬鹿なことを。国立競技場(実際には「国立霞ヶ丘陸上競技場」だが)は、サッカーの聖地で、大試合も数えきれないほど開催されているし、アイドルグループの大規模コンサートだって行われるような場所だ。収容能力、交通機関、どれをとっても何の問題もない。アホなこと言うな」などと、いいがかりをつけられるかもしれない(笑)


言わせてもらうと(笑)、そういう、3年に1回とか、1年に1回しか国立競技場周辺に行かないような人の意見なんてものは、何の役にも立たない。参考にすらならない。

もし、国立競技場周辺にスポーツ施設を作るだけで、その「ハコ」が満員にできるのなら、とっくにヤクルト・スワローズは超人気球団になっていなければおかしいし、神宮球場だってとっくに資金が集まって建て替えに成功していなければおかしいし、ラグビーが日本有数の人気スポーツになっていなければおかしいのである(笑)

でも、どれひとつとして実現できてない。

そもそも国立競技場自体がすんなり建て替えられていないのは、この「場所」が思ったほど集客できる場所ではなく、スポーツやコンサートで集めた人たちにしても、試合やコンサートの直後に去ってしまうような、そういう「受け皿となる施設がまったく無い、受け皿が育たない、そして、育てるつもりもまるで無い「場所」」だったからだ。だから、国立霞ヶ丘陸上競技場は、建設から50年もたってコンクリートがどこもかしこも老朽化しているのがわかりきっているのに、ほっとかれたままだったのである。もし2020年の五輪が他の都市に決まっていたら、間違いなく「無用の長物」になっていた。

加えて、国立霞ヶ丘陸上競技場は、上でも書いたように、サブトラックが「遠すぎる」うえに「狭すぎる」という、国際的な陸上競技施設としては致命的欠陥を抱えているのだから、東京都の考えているような国立霞ヶ丘陸上競技場だけを整備すればオリンピックが開催できるというような甘っちょろいものではなく、周辺施設の整備にもカネをかけないわけにはいかない「程度のよくない中古スタジアム」なのである。


マラソン大会は少なくとも「ハコモノ」ではない。
だから、「場所」の問題をそれほど考えなくてすむ。市街地の道路だろうが、河川敷の土手だろうが、高速道路の上だろうが、どこでもいいから、42.195kmという距離を走れる「道」さえ探してくれば、あとは地域活性化とかいうお決まりのお題目で書いた企画書で地域の有力者を説得し、タダで働いてくれるボランティアをかき集め、警察の協力を仰げば、なんとか低予算でも開催できる。
たとえその大会が、「第1回富士山マラソン」のように破滅的に失敗したとしても、少なくとも「無駄なハコモノ」は後に残さずに済む。


だが、国立競技場は「ハコモノ」だ。意味が違う。

都心に大金かけて「ハコ」を作るなら、その「ハコモノ」は本来、その「場所」のバリューを増やす義務があるわけだが、そもそもこの国立競技場の場合、いま建っている「場所」がいくら都心だからといっても、「場所のバリュー」があまりにも低いまま50年もの時が過ぎたことは、わかる人にはとうの昔にわかりきっている。

東京オリンピックは1964年のイベントなわけだが、それから約50年もの歳月がたって、千駄ヶ谷外苑前など、国立競技場の周辺の街は、後背地にあれだけの数のスポーツ施設群を抱えていたにもかかわらず、街として十二分に発展してきたか? スポーツの伝統が育ったか? 風致地区にふさわしい街になったか? スポーツに関係ない人でも憩うことのできる街になったか?
まぁ、これらの街の「日常」、それも「あまりに閑散とした、わびしい日常」を理解してない人は、一度行って、自分の目で見てきたらいい。ドーナツ化のこの時代、郊外のターミナル駅のほうがよほど発展しているし、中央分離帯やガードレール、並木などにしても、よほど郊外のほうが都市らしい整備が行き届いている。


国立競技場がもし今の場所で計画通り8万人規模の施設としてオープンしたとしても、採算などとれるはずはないし、また、5万人規模に規模を縮小したとしても、年間通じてみれば採算はとれない。スケジュールの大半が空っぽで、たまに運動会でもやるのが関の山のド田舎の陸上競技兼用サッカースタジアムと、まったく同じ酷い運命をたどることになる。
国家あげての大規模イベントだった1964年の東京オリンピックですら、国立競技場周辺の街は、結局は多くの人がつどい集まる街にはなれなかったわけで、そんな「パワーの無い場所」に、8万人収容規模(あるいは5万人規模)の「1年で通算しても、1か月も満員にならないのに、屋根を開閉式ドームにして、天然芝を養生するだけで莫大な経費がかかることがわかりきっているスタジアム」を建てれば、どうなるか、なんてことは、地方の身の丈に合わない陸上競技兼用のサッカースタジアムを見ていれば、子供でも想像がつく。


そう。
今の国立競技場がいまある「場所」は、ある意味「都会のド真ん中のド田舎」なのだ。そして「田舎」には、8万人もの規模の、近未来的とか自称する図体がでかいだけのデザインのスタジアムは必要ない。長期的にみて、維持なんてできっこないし、前のオリンピックから50年たっても発展できなかった街に、期待しても全く意味がない。

新しい国立の陸上競技場を建てるなら(そして、同じように老朽化した神宮球場を建て替えるなら)、もっと別の場所に、もっとパワーと集客力があって、なにより神宮としての歴史にふさわしい場所が、ちゃんと都心にある。

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