July 15, 2014

シーズン14年目半ばにしてMLB通算2800安打を越えたイチローだが、この数字、簡単に割り算すれば、「14シーズン連続で、年平均200安打ずつ打った」とでもいう意味になる。凄い数字だ。
だが、こういう積み重ねの数字というのは、案外その凄さや重さがつかみにくいものだ。凄さを表現するためには、ちょっと角度を変えてみてみる必要がある。


イチローがある程度まとまった数のプレーをした、という意味で、「200打数打っているスタジアム」というのは、以下に示した13のスタジアムある。
これらの「200打数以上打った13のスタジアム」のうち、イチローは赤字で示した3つのスタジアムでMLB歴代1位(2014年7月14日現在 以下同じ)、黒い太字で示した3つのスタジアムで歴代3位までに入る打率を残しているのである。(カッコ内の数字は、そのスタジアムでの2014年7月14日現在の打数)

セーフコ・フィールド(3875)
レンジャーズ・ボールパーク(513)
現在のヤンキースタジアム(509) 1位 カノー
エンジェル・スタジアム(479)
オー・ドット・コロシアム(467)
ロジャース・センター(301)
プログレッシブ・フィールド(266) 1位 ジーター
コメリカ・パーク(255)
カウフマン・スタジアム(253)
カムデンヤーズ(254)  1位 ジーター
トロピカーナ・フィールド(251)
USセルラー・フィールド(242)
フェンウェイパーク(228)

ブログ注:実は、この記事を書くほんの直前までイチローはカムデンヤーズでも歴代1位だった。だが、2014シーズン前半の最終シリーズとなったカムデンヤーズの連戦でイチローが打率を落としたため、2014年7月14日現在でみると、イチローは「カムデンヤーズでの打率歴代1位」ではない。
もちろんイチローは3875打数のセーフコでも当然上位に入っている。ただ「200打数以上」という条件でいうと、ゲレーロ、オーランド・カブレラ、ジーター、カノー、イチローなんていう順位になる。

もう少し細かいことを言わせてもらうと、これらのイチローが歴代上位にいるスタジアムというのは、「キャリア通算3割以上の数字を残したバッターが、ほんの数えるほどしかいない、難攻不落なスタジアム」であり、なおかつ、「ホームランが出やすいといわれているスタジアムではない」ことが多い。


まぁ、スタジアム別打率といっても、レギュラーシーズンの打率のように「規定打数」が存在するわけじゃないから、「200打数」とか、ある程度まとまった数の打数を記録している歴代の打者のうち、「歴代で最も高い打率を残している打者」とでもいうふうに、ひとつの数字遊びだと思って、ゆるーく考えてもらいたい。
だが、以下の点は勘違いされても困るので、いちおう注釈をつけておく。


スタジアムというのはほとんどの場合、何十年かに一度、建て変わる。だから「スタジアム別の打率順位」というのは、「同時代のプレーヤー、あるいは近接した時代にプレーした打者の中での順位」という意味に、どうしてもなってしまう。

たとえば、かつてシアトルにあったキングドームでは、最高打率(200打数以上)を記録したバッターは.372を残したロッド・カルーなのだが、カルーは1985年に引退しているため、当然ながらセーフコの歴代打率リストには出てこない。同じように、イチローはセーフコでも当然のように歴代上位に入っているが、キングドームではプレーしていないためにキングドームのリストには出てこない。


だから、よほど長い歴史のあるスタジアムの話でもしないと、大昔のバッターと今のバッターの数字を同時に並べることはできないのだ。


例えば、20世紀初期のベーブ・ルースやルー・ゲーリッグからデレク・ジーターまでのデータが揃っている旧ヤンキースタジアムでいうと、このスタジアムで「200打数以上で3割を超える打率を残したバッター」は、60人以上もいる。この数字の多さは、ひとえにこのスタジアムの歴史の長さ(と老朽化)を物語っている。
デレク・ジーターは、現代のバッターでみるとイチローやロビンソン・カノーと同じように、かなりの数の現役スタジアムで歴代3位以内に入る数字を残してきた最高のバッターのひとりだが、旧ヤンキースタジアムでの打率順位だけでみると、.322という素晴らしい数字を残しているにもかかわらず「歴代18位」にしかならない。

ジーターの18位という順位を、「古い時代のバッター、特にヤンキースには、ジーター以上のバッターがぞろぞろいた」とみるか、それとも、「かつてのMLBは、超バッター有利なスタジアムだらけだった」とみるかは、それぞれのファンの考え方次第であり、簡単に結論を出すわけにはいかない。


ただ、ブログ主が思うには、こうした「3割バッターがぞろぞろいる現象」は、旧ヤンキースタジアムや、レンジャーズ・ボールパーク、フェンウェイパークのような、「バッター有利なスタジアム」に特に典型的に表れる現象に思える。
これは「超バッター有利なスタジアムでは、たとえホームランを量産するスラッガーであっても、同時にハイ・アベレージを残すような現象が可能になる」という意味だ。
例えば、稀代のホームラン王ベーブ・ルースは、旧ヤンキースタジアムで2835打数で.349という高打率を残しているし、また、ウラジミール・ゲレーロ、エイドリアン・ベルトレ、Aロッド、アルフォンソ・ソリアーノのようなタイプのバッターは、レンジャーズパークのような打者有利スタジアムで、長打を量産しつつ、しっかり打率も稼いでいる。

例えば、広いセーフコで通算3割打てたバッターはイチローを含め歴史的に数人ほどしかいないわけだが、これが例えばフェンウェイパークになると「200打数以上、3割を打てたバッター」が、旧ヤンキースタジアムのさらに3倍、180人以上もいて、その180人のうちには、ウェイド・ボッグズテッド・ウィリアムズジミー・フォックスノマー・ガルシアパーラカール・ヤストレムスキーなど、「ボストンに長期在籍経験のある殿堂入り野手」が数多くいるのである。

こうした「ボストンに長く在籍した有名バッター」がスタッツを荒稼ぎしたスタジアムは、もちろん地元フェンウェイパークだ。
確実に野球の天性があった彼らについて、「フェンウェイに長くいたから、殿堂入りできた」とまでは、もちろん言わないが、少なくとも彼らの打撃成績がフェンウェイでの長いキャリアで底上げされ、いわば「フェンウェイ補正」の恩恵を受けているのも間違いない、とは思う。


だからこそ、イチローがセーフコだけでなく、他のスタジアム、例えばコメリカ、カムデンヤーズ、プログレッシブ、オードットなど、数々のスタジアムで同世代のバッターを置き去りにするほどの数字を残してきたことを凄いと思うわけだし、また同時に、彼が、ヤンキースタジアムやフェンウェイ、アーリントンのような「バッター有利なはずの球場」(特にフェンウェイ)で思いのほか打率がよくないことを不思議に思うわけだ。


Play Clean
日付表記はすべて
アメリカ現地時間です

Twitterボタン

アドレス短縮 http://bit.ly/
2020TOKYO
think different
 
  • 2014年10月31日、PARADE !
  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。
Categories
ブログ内検索 by Google
ブログ内検索 by livedoor
Thank you for visiting
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

free counters

by Month