August 26, 2014

野球にかぎらず、記録更新というものには2つの瞬間がある。

ひとつは「並びかけた」瞬間。
もうひとつが、「抜き去った」瞬間だ。


いうまでもなくブログ主は、他のどんなことより「他者を追い抜くこと」に快感をおぼえるタチであり(笑)、「スピードで相手をぶっこ抜いて、あっという間に自分の背後に置き去りにする一瞬」が、このうえなく好きなのだ。
水泳の記録などもそうだが、タイ記録なんてものに「更新の快楽」はない。極端な言い方をすれば、タイ記録など記録ではないと言う人がいてもまったくおかしくないし、むしろ同感する。



だからイチローのMLBでのシングルヒット数がハンク・アーロンのそれに並んだといっても、別になんの感慨もないし、また、ハンク・アーロンのシングルヒット数を抜いた後も、たぶん別になんとも思わない。

たしかにハンク・アーロンは、ホームランの多さだけでなく、ヒット数においても、MLB通算3771本と、あの4189安打を打った球聖タイ・カッブにつぐMLB歴代3位の安打数記録をもつ稀代の安打製造マシンのひとりではある。
だがイチローは、日米通算ではあるものの、とっくの昔にアーロンを凌駕する4000本オーバーの通算ヒット数を記録しているわけであって、安打製造機の分野では日本製の最高峰マシンほうがアメリカ製よりも優秀であることをとっくの昔に証明し終わっている。
(そして、アメリカン・フットボールにおいてクオーターバックとランニングバックの役割の違いを無視して両者のスタッツを直接比較するのが馬鹿げているのと同じように、野球においてもホームランバッタータイプの打者とスピードスタータイプを直接比較することに意味などない)



むしろ、ここ最近でイチローの達成した記録で感慨深かったのは、15シーズンで2810本あまりのヒットを打ったジョージ・シスラーの通算ヒット数を、イチローが1シーズン早く、14シーズンで抜き去ったことのほうだ。これは嬉しかった。


誰しも高速道路で走行車線でノロノロ走っている遅い車を追い抜くときに経験することだが、「抜く側」からみた場合、走っている途中に容易に肩を並べることができる相手というものは、「抜けることが、最初からわかっている相手」だ。息も絶え絶えゴール地点でようやく追いつけた相手とは、わけが違う。

あえてぶっちゃけた言い方をすれば、イチローがジョージ・シスラーの15シーズンでの通算安打数記録を抜くこと自体は、長期休養を強いられる大怪我でもないかぎり、最初からわかっていた。


だが、それでも不思議なのは、シスラーの通算安打数記録に関してだけは、ハイウェイで他車を追い抜く爽快感とは違い、「イチローが肩を並べたとき」、ある種の感慨が感じられたことだった。
というのも、シスラーという人の記録には、もし彼がもっと恵まれた時代、恵まれた健康、恵まれた環境でプレーしていら、どれほどすざまじい記録をたたき出していただろう、という、「表面的な数字だけからではわからない、凄み」があるからだ。


よく早世した歴史上の人物について、もし彼(彼女)が生きて次の時代を過ごしたなら、どんな偉業を達成し、どんな人生をたどっただろうと想像をかきたてられる人物がいるわけだが、それと似たような感慨が、ことジョージ・シスラーの記録にはある。

そして、「日本のイチローファンがシスラーの記録を調べていて、想像をかきたてられる経験」は、アメリカのMLBファンがイチローを見たときにも同じように起こる。
多くのアメリカのMLBファンが、「もし、この選手がキャリアの最初からMLBでプレーしていたなら、どんな凄い記録をたたき出しただろう・・・」と想像をかきたてられ、その思いをSNSなどに綴っているのをよく見かけるのである。


そうした「ヒトの想像力をインスパイアする人物」は、歴史上、そうたびたび登場するものじゃない。

まさにジョージ・シスラーがそのひとりであり、そして同じように、イチローもそうだ。野球100年の隔たりを越え、ヒトとヒトが出会ったのは、両者がまさに「100年ごとにひとり出現するレベルの人物」だったからだ。


だからこそ、ジョージ・シスラーについては、通常の記録の更新時のように「相手を凌駕したときにだけ、快楽がある」のではなくて、むしろ、「肩を並べたときに、あらためて畏敬や畏怖の念を感じた」のだろう。そう、思う。


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