September 02, 2014

『ぼくは勉強ができない』を1993年に書いたのは作家・山田詠美だが(ブログ主にいわせれば、この作品が駄作も多い彼女の代表作だ)、「ぼくは作家にはなれない」と2014年に言ったのは、アニメ界の天才宮崎駿の不肖の息子、宮崎吾郎だ。

彼は、駄作しか作れない、親の七光りなだけの、ダメな田舎の公務員そのものみたいな凡人なのだが、人をやる気にさせる天才でもある鈴木プロデューサーの意図が当たって、この言葉が生まれた。たぶん、若くして凡人であるのが確定したまま生きながらえるという「不幸な幸運」に恵まれてきた彼にとって、この言葉こそが、生まれて初めての「自分のカラダから発した言葉」、つまり、「作品」になっていると思う。
彼のような「自分というものをまるで持たないまま、カラダだけオトナになった人間」は今の時代、掃いて捨てるほど、うじゃうじゃいる。
そういう人にとって「初めて『自分というものを持たない自分』というものが、存在としてハッキリと見えて、さらにそれを自分なりの言葉によって言い表すことができた」ことは、「初めて自分の目でモノが見えるようになったこと」を意味している。この「自分の目」というやつが、「作家」の原点になることは、いうまでもない。


彼は、彼の対極の存在であり、作家以外の何者でもない自分の父親の仕事ぶりについて、こう表現した。
「自らスタジオを持って、自らの原作、原案で物を作る」


この凡才がいわんとしたことをいいかえるなら
「自分のイメージする世界」ってやつを自前で持ち、それを「物語」に変換し、イチから始めて完成までもっていけるだけの、夢とエネルギーと発想と技術を持てる人こそ、「作家」といえる
てな意味のことを言っているわけだ。

この発言は認識としてまさに正しい


物語」というものは、起承転結という「紆余曲折」、「流れの変化」、「ドラマチックな原因と結果のつながり」のことだと普通思われているわけだが、そうした「川の流れを、山奥の源流から、海に流れ込む河口まで書き上げるような、トータルな行為」をやり遂げることによって、いったい何が生まれてくるのか、といえば、それこそカラマーゾフの兄弟に代表されるような、「世界」というやつにほかならない。

そう。だから
「作家」とは、
「世界」を自分だけで作り上げることができる人
のことをいうのだ。つくる世界の大きさや色・形は関係ない。


小説家と企業家はつまるところ同じ「職能」だ。
なぜかといえば、ビジネスとは、資金を用意することでも、スタッフを育てあげることでも、モノやサービスを提供してお金を得る行為そのものでもなく、結局のところ、スティーブ・ジョブズがそうであったように、経営者が「自分のイメージした世界観を、実世界においてカタチあるものにしようとする執念」が、本来の経営者の仕事というものだからだ。
小説家と同じく、「自分の世界」を石にかじりついてでも「人に見えるカタチ」に仕上げようとする固い決意を持てた人が、本来の意味での経営者だ。人に見えなければ、何の意味もない。

(作家・百田尚樹は以下のインタビューで、「世界観」というものについて、「同じ世界観で書いたら、作家として停滞する」、「人をコストとのみ考えがちな、いまの経営者にも読んでもらいたいんですよ」などと言っていて、なかなか面白い。 ベストセラー作家 百田尚樹インタビュー(1)とにかく読者を楽しませたい | PHPビジネスオンライン 衆知|PHP研究所


やっと平凡な自分が置かれてきた立場について「目が覚めた」宮崎吾郎氏を、野球でたとえるなら、「彼のような人間が映画監督をする、というのは、守備を免除されたDHが打席に立つような、不完全な状態だった、といえる。
本来は、堂々たる作家タイプである彼の父親がそうであるように、守って打って、投げて走って、ベースボールの全てを自分のプレーを通じて描き切ってこそ、「世界を描きあげる作家」たる「完全体」として完結したキャリアを全うすることができた、といえるのである
」という話になる。
そしてベースボール100年史において、「世界を描ききった作家タイプ」といえるプレーヤーは、そうは多くない。たしかに「ただ野球ができるだけ」でも凄いことではあるが、それだけでは「世界の作り手」として物足りない。


それにしても、鈴木プロデューサーという人はやり手だ。これだけ平凡な人を、外に武者修行に出すことで、「自分に足りないものが何だったのか」を自ら悟らせてしまうのだから。

どうみても宮崎吾郎氏は「作家になれっこないタイプ」である。だが、そういう「作家になれっこないタイプの人」に限って、「自分に何が足りないのかすらわかってないままモノを作っているのが周囲からミエミエなのに、それでも、舌ったらずなものを作品と称して世の中に発表させてもらってきた、運がいいだけの凡人」のまま、自分が作ったわけでもない与えられた場所に居座り続けるのが、世の中というものだ。

それよりも、「自分に足りないものをハッキリ自覚することができた凡人」になったほうが、たとえほんのわずかではあったとしても、「作家」に近づいた(というか、オトナへの階段を上り始めた)といえるのではないか、と思う。


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