October 28, 2014

オールドスクール
現代のデータ分析をわかってない旧式な野球
ヴェテランを重視し過ぎ

これが、これまでの典型的なサンフランシスコ・ジャイアンツGM Brian Sabean評だ。

2010年以降ワールドシリーズに1年おきに3度も登場し、3度とも勝っていながら、いまだに「バリー・ボンズがMLBから消去されて以降に、ジャイアンツのチームカラーを一新したBrian Sabeanの仕事ぶり」を評価したがらないメディアは少なくない。
さらにいえば、ポスト・バリー・ボンズ時代のSFGの「独特の勝ちかた」が好きになれないライター、ジャイアンツはデータ軽視のオールドスクールの「はず」だからSFGは嫌いと勝手に思い込んでいる「データ分析出身ライター」もけして少なくない。

だが現実を見てみれば、2014ワールドシリーズを戦っているSFGの内野はキャッチャー含めて全員が生え抜きの若手で構成されている。Brian Sabeanがヴェテラン重視だった時代は、はるか昔に終わっているのである。
また、データを重視しないという風評についても、2012年ワールドシリーズ最後の打者となったミゲル・カブレラを、スライダーピッチャー、セルジオ・ロモがストレートで見逃し三振させた場面について書いた記事でわかるように、SFGはMLB屈指の「相手チームの得意分野、やりたいことを探りあて、封じ込める、卓越したスキルをもったチーム」だと思う。

それでも、Brian Sabeanを「オールド」と決め付けたがる風潮は、ジャイアンツのワールドシリーズ視聴率に影響するほど(笑)根強い。
原因はおそらく、Brian Sabeanが1990年代にヤンキースで、スカウトとして後に「コア4」と呼ばれることになるヤンキースの将来の中心選手(ジーター、リベラ、ポサダ、ペティット)のような若い有望選手をまとめて獲得した仕事と、2000年代後半のジャイアンツGMとしての仕事の両方を、ほとんど認識しないまま批判ばかりしてきた人間がメディアに多いせいじゃないだろうかと思う。


だが、このところ少し風向きが変わってきた。

というのは、かつてはまるで評価されなかったヤンキース・スカウト時代の実績に「ごく一部のライター」(それもあまり有名でなく、野球専門サイト所属でもないライター)が気づいて(笑)、彼を持ち上げる記事を書き始めているからだ。
例:NY TImes Brian Sabean, in Front Office, Is a Giant Among Giants - NYTimes.com
Brian Sabean's formula for the Giants: Tough, gritty, determined - San Jose Mercury News

まぁ、たしかに、「育成にとんと興味を示さないヤンキースに、コア4をスカウトしてきて、1990年代末の黄金時代を築いたこと」についても、そして「ジャイアンツGMとして、2000年代後半のドラフトで次世代の若手を揃え、ポスト・バリー・ボンズ時代の新しいチームカラー導入に成功して、2010年以降ジャイアンツ黄金時代を築いた」ことにも、Brian Sabeanが関わったのは確かだ。

だが、だからといって、「ありとあらゆることが、Brian Sabeanの功績だ」という話か、というと、それはちょっと言い過ぎだ。

早計な決め付けが大好きなメディアに「全部が全部、Brian Sabeanの功績」だということにされてしまう前に、どの時代に、誰が、どんな役割で仕事をし、その黄金時代を支えたのか、わかる範囲でだが、書いておこうと思う。けしてブログ主の得意分野ではないが、どうせ誰もやらないだろう(笑) 多少間違いや不十分さがあるかもしれないが、資料を後世に残さないよりマシだ。

90年代末ヤンキース黄金期を用意した人物たち

Gene Michael(GM)
関連記事:2013年8月5日、「生え抜きの成長、黄金期、ステロイド、そして衰退」 正しいヤンキース30年史。 | Damejima's HARDBALL
詳しくは上のリンク記事を読んでもらいたいが、Gene Michaelは、ヤンキース監督として、1981年に「80年代における唯一のワールドシリーズ進出」を果たした人物であると同時に、1990年にヤンキースGMとなって以降、92年にバック・ショーウォルターを監督に据え、彼とともに「若い人材を育て上げる」という、それまでのヤンキースになかった「新しいチーム編成方針」を創造した人物でもある。彼の素晴らしい業績は、1990年代末のヤンキース黄金期となって見事に結実した。
黄金期のキープレーヤー、バーニー・ウイリアムスがオーナーシップの気まぐれによってトレードされそうになったとき、ショーウォルターとともに阻止したことでも有名。

Buck Showalter(監督)
関連記事:2012年4月29日、長年の課題だった投手陣再建を短期で実現しア・リーグ東地区首位に立つボルチモア (1)ボルチモアはどこがどう変わったのか? | Damejima's HARDBALL
現職は、2010年就任のボルチモア・オリオールズ監督。2014年地区優勝。かつてボストン黄金期の選手層を用意した実績をもつ現GMダン・デュケットとともに、パワーだけはあるがクオリティがあまりに雑で、低迷続きだったボルチモアを、とうとう地区優勝できるチームに変身させることに成功した。当初のボルチモアの投手コーチは元シアトルのリック・アデア。
このショーウォルターが、1990年代にヤンキースの若手を、2000年代初期にテキサスの若い才能を整備したことによって、これら2つのチームが優勝争い常連チームになる基礎を築いたことは明らか。

Brian Sabean(スカウト)
現在はサンフランシスコ・ジャイアンツGMだが、1990年代はGene Michael時代のヤンキースでスカウトをしていた。GM・Gene Michaelの「若手育成路線」を支え、後に「コア4」と呼ばれることになるデレク・ジーターマリアーノ・リベラホルヘ・ポサダアンディ・ペティットなどとの契約をまとめて、ヤンキース黄金時代の基盤を築くことに貢献。

Neil Allen(AAA・Columbus Clippersの投手コーチ)
関連記事:2013年7月29日、かつてColumbus ClippersのピッチングコーチだったNeil Allenが支えるタンパベイ投手陣と、ヤンキースのマイナーとの差。イチローが投手の宝庫タンパベイ・レイズから打った4安打。 | Damejima's HARDBALL
長くヤンキースのさまざまなマイナーで投手育成の要職をこなしてきた人物。2003年、04年、06年には、コア4を生んだヤンキース傘下の伝説のマイナー、Columbus Clippersの投手コーチをつとめた。マイナー時代の王建民にシンカーを教えたのも、この人らしい。
ブライアン・キャッシュマンの2000年代ヤンキースが、Gene Michaelが築いた「若手育成路線」を捨て、選手編成方針を「FA選手を買う」方向へ転換したため、ヤンキースは、1997年以降28年間も傘下に置いてきたColumbus Clippersを2006年に手放してしまう。
それをきっかけにNeil Allenもヤンキースを離れ、翌2007年にタンパベイのマイナー、Durham Bullsの投手コーチに就任した。Neil Allenとヤンキースとの絆は断たれ、その一方でタンパベイに投手陣躍進の機会が訪れた。
Columbus Clippersを手放したこと、そして、Neil Allenのようなマイナーの経験あるコーチを失ったことは、ヤンキースの2000年代以降のファームシステムが「80年代の貧弱さ」に戻ることを意味しており、2000年代以降ヤンキースの若手の才能がまったく開花しなくなったことの「謎解き」がここにある。

2010年代ジャイアンツ黄金期を用意した人物たち

Brian Sabean(GM)
データ:San Francisco Giants 1st Round Picks in the MLB June Amateur Draft | Baseball-Reference.com
スカウト出身で、1996年以降、現職。バリー・ボンズなどによる「90年代末のステロイド・ホームラン時代」をモロに経験したGMでもあるが、2003年、2012年のSporting News Executive of the Yearを受賞したことでわかるように、2000年代以降はチーム編成の路線を変更、ドラフトで最も実績を挙げたGMのひとりとなった。
2002年マット・ケインに始まり、2006年ティム・リンスカム、2007年マディソン・バムガーナー、2008年バスター・ポージー、2011年ジョー・パニックと、2010年代のジャイアンツ黄金期に主力選手として活躍する若手選手を指名し続けてきた。彼ら全員がそれぞれの年度における全米1位選手ではなかったところに、セイビアン独特のこだわりと目のつけどころの良さが感じられる。
もし世間がこれまで言ってきたように、この人が「まったく若手をかえりみない、ヴェテラン重視なだけのGM」だったとしたら、ジャイアンツの5シーズンで3回のワールドシリーズ制覇などという輝きの季節は訪れなかった。

Bruce Bochy(監督)
近年のボウチーの偉大な功績については、もう細かくあれこれ書く必要はないので、短く書く。
キャッチャー出身。フランス生まれで、フロリダ育ち。GM Sabeanとは家族を含めた親交があり、ボウチーの妻は、Sabeanに息子ができたときのドゥーラ(付添い人)であり、名づけ親でもある。
いわずとしれた、ポストシーズンの魔術師。名監督なのは既に間違いなく、このまま実績を積み重ねていけば、いずれ殿堂入りまであるだろう。

John Barr(スカウト担当重役、球団副社長)
データ:San Francisco Giants: Front Office
ニュージャージー出身。球団重役だが、GM就任前のBrian Sabeanと同じく、スカウト専業のキャリアを歩んできたスカウトのプロフェショナルでもある。1984年メッツを皮切りに、1989-90ボルチモア(マイク・ムッシーナ)、1991-93サンディエゴ、1994-97メッツ(AJバーネット、テレンス・ロング)、1998-2007ドジャース(ラッセル・マーティン、エドウィン・ジャクソン、ジョナサン・ブロクストン)を経て、サンフランシスコにやってきた。
ジャイアンツでのキャリアは6年目。スカウト担当として、2008年バスター・ポージーのほか、ブランドン・クロフォードブランドン・ベルトなどの獲得に携わった。2009年にProfessional Scouting Hall of Fameに選出。


注:Sabeanという名前の「読み」について

Brian Sabeanという名前は、マーク・テシェイラやブライアン・マットゥースほどではないにしても、日本語で表記するのが難しい名前のひとつではある。
このブログでは、耳ざわりがいいという理由で「ブライアン・セイビアン」としているが、もし原音に忠実にカタカナで書こうと思うなら、本来は「サビアン」と書くのが最も近いだろうし、歴史的にも辻褄があう、とは思う。(ちなみに彼自身はニューハンプシャー生まれだが、アメリカでSabean姓をもつ人たちの大多数が1940年代以降のマサチューセッツ(=ニューハンプシャーの隣の州)に記録があることから、近い先祖がマサチューセッツの移民の出である可能性は高い)

よく彼の名前を「サビーン」と表記したがる人がいるが、何を根拠にそんな表記が出てきたのか知らないが、それについては以下の理由から同意できない。


欧米人の名前は「聖書に起源をもつ名前」が多数あるが(例:ジョン=イエスの弟子ヨハネ、マイケル=大天使ミカエル)、旧約聖書に「シバの女王」という有名な人物が登場する。「シバ」というのはアラビア半島南西(今のイエメンあたり)に栄えた古代国家の名前で、表記は、英語なら "Sheba(シバ)" だが、ヘブライ語の英語転写では "Saba"(サバ)となる。
「Saba国の人」あるいは「Saba国の言語」を意味する言葉として、"Sabaeans" あるいは "Sabeans" という単語があり、その発音をカタカナで無理に表記してみると「サビアンズ」という感じになる。

"Sabeans" という言葉の、「接尾辞 -an の読み」は、「American」を「アメリカン」、「Canadian」を「カナディアン」、「Hawaiian」を「ハワイアン」と発音する原則と同じで、「アン」と読む。

だから、もし仮に "Sabean" という名前が旧約聖書由来だとすると、「サビアン」とか、「セイビアン」とか読む可能性はあっても、「サビーン」とはならない。(ただし、残念ながら "Sabaeans" あるいは "Sabeans" が、Brian Sabeanの姓の由来かどうかまでは、完全には確かめられなかった)

別資料:
Sabean Name History, Name Meaning and Family Crest
Sabean is an ancient Anglo-Saxon surname that came from Sabinus and Sabine.
この資料は「Sabeanという名前」のオリジナルの形はSabinusあるいはSabineであって古代ローマに起源があるとしているが、ブログ主は賛同できない。
たしかに、ユリウス・カエサルの有名な手記『ガリア戦記』にSabinus(サビヌス)という名の人物が登場するし、古代ローマにSabine(サビーヌ)という地名もある。
だが、古代ローマの姓の末尾につく「-us」という接尾辞は、「出身地」あるいは「出身家系」を意味するケースがあるため、Sabinusという名前をさらに遡ることができるはずであり、旧約聖書に登場するSaba(サバ)という地名、あるいは、Sabaゆかりの家系と無関係だとは必ずしも断定できないのである。



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