December 20, 2014

「かつてはホームランを10本打てば、得点が15点くらい入った気がするのに、今では11点か12点くらいしか入らない感じ」
「ほんのたまにホームランを打つくらいで、あとは守備能力も走塁もできない、DHタイプの野手が増えた」
「ホームランは申し訳程度に出るが、タイムリーはほとんどない」
「残塁がやたら多い」
「どこのチームの野手も、似た感じしかしない」
「先発投手が打てないから、ゲームはいつも終盤にひっくりかえる」
「ホームランにゲーム決定力がない」
「ソロホームランが多い」
「延長戦がやたら増えた」
「試合結果に関係ないホームランばかり打っている選手がいる」
「防御率のいい投手が増えている割に、良い投手が増えたという実感がない」
「打者のほとんどが、三振か四球かホームランのタイプ」
「クリンアップに不動のホームランバッターがいる打線よりも、シーズンに15本程度のホームランを打つ中途半端なバッターが打順のすべてに点在しているオークランド・アスレチックス的チームが多くなった」
「四球がやたらと増えたが、得点にはつながってない」
「特定の打者さえ敬遠しておけば、投手は失点を簡単に回避できる」
「ソロホームランは打たれても、ゲーム結果には、ほとんど関係ない」
「特定のひとりだけはいつもヒットを打つが、チームはいつも負ける」
などなど。

以上の項目の半分程度に「そういえば最近、そういうゲームが増えたな・・・」という「感想」があるなら、以下の記事を読んでみたほうがいい。


これは、1990年から2014年までの四半世紀の「MLB総ホームラン数(X軸)と総得点数(Y軸)の関係」をグラフ化したものだ(グラフ1)。この25年でMLBの野球スタイルがどう変わったか、非常によくわかる。

グラフ1
この25年間のホームラン数と得点総数の関係(1990-2014)
赤い線は線形近似であり、相関係数は0.9097となっている。
何度も書いてきたことなので、あらためて書くのもアホらしいが、2つの事象の間の相関係数を計算した程度のことで、「Aという事象(この場合は野球の得点)は、ほぼ事象B(ホームラン)だけを要因にして決定される」などと考える単細胞な人間は、例外なく、間違いなく、「馬鹿」だ。
もし2014年の19761点の総得点の90パーセントを 「たった4186本のホームランだけ」で稼ぎ出そうとすると、たとえ「2014年のホームラン全てが満塁ホームラン」であったとしても、まるで足りない。例えば「打点」にしても、得点と打点の相関はホームランよりはるかに100に近いのだが、その「打点」ですら「打点が野球の全て」などとはいえないというのに、馬鹿なことを言うなといいたい。また線形近似だけが近似を示す方法論ではないのに、線形近似だけを用いて何かを断定する論拠にして、論理的に正しいと言い張る合理性はどこにもみあたらない。

そもそも、野球において「得点との間に高い相関係数を有するプレー」というのは、ホームラン以外にも「複数」ある。
と、いうことは、「野球における『得点』という現象は、常に、相互に独立でない複数プレーの『集合体』として存在している」という意味だ。
そういう、「相互に独立でない事象どうしが、相互に複雑にからみあった結果、成り立っている事象」を説明する場合、たとえ、その発生事由のひとつ(ホームラン)と解明しようとする事象(得点)との相関係数がいくつだろうが、そんな数字の断片で語れる可能性など、無い。ゼロだ。
「相関係数を調べたくらいで、なんでも語れると勘違いしてきた根本的な馬鹿」のためにもっと詳しい説明をするのもアホらしい。さらに詳しい話は自分の頭を使って考えてもらいたい。


さて、グラフ1を観察すると、以下のことがすぐにわかる。
近い年度のデータ群が、いくつかのグループに分かれて、特定の場所に「固まって」点在している。

特定年度ごとに固まっている」という、このシンプルな事実は、野球のスタイルの変化というものについて重要な示唆を与える。

つまり、こういうことだ。
「シーズンごとのホームラン総数」は、MLBの得点方法のスタイルに影響を与える大きな要因のひとつだが、その「増減」という「変化のトレンド」は、「連続的に、なだらかに、変化する」のでは、まったくない。

むしろ、予期せず起きた巨大地震で陸の地形が一気に変化するように、「ホームラン総数の変化というトレンド」は、「特定の年」に、しかも「突発的かつ不連続」に起きる。そして、この「不連続な変化」は、「発生後、次の不連続な変化が起こるまで、何年でも維持される」のである。

さらにいえば、次のようなことも言える。
おそらく「ホームラン総数の突発的で不連続な変化」は
偶然起きるのではなく、何か原因がある可能性が高い

原因を特定できるかどうかは別にして、「ホームラン数の突発的で不連続な変化」は、例えば、「ストライクゾーンの突然の拡張や縮小」、「アナボリック・ステロイドの大流行」、「ボールの反発係数の突然の変更」など、必ず何らかの「突発的で不連続な原因」があってはじめて発生すると考えられる。


グラフ2
ホームラン数と得点総数の関係 4グループ推移(1990-2014)


グラフ2は、MLBのホームラン数と総得点数の関係を「4つのグループ」に分けたものだ。(注:グループBとCの「境界」は「別の位置での線引き」もありえるのだが、もし境界線の位置を変更したとしても以下の論旨に影響はないので、このままにしておく)
A:1990-1993年
B:1990年代中期と、2010-2014年
C:1998年までの1990年代末期と、2000年代
D:1999年、2000年の2シーズン

これを年代順に記述してみると、こうなる。
A→B→D→C→B

A(1990年代初期)→上昇→B(1990年代中期)→上昇→D(1999年、2000年のピーク)→下降→C(2000年代)→下降→B(2010年代)


よく見ると、1990年代の「上昇」(グループA→B→D)と、2000年代以降の「下降」(グループD→C→B)では、以下にまとめたように、「変化の軌跡」がかなり違う。
1900年代のドット(点)は、MLBストライキがあった1994年などの例外を除き、ほぼ全体が常に「近似曲線の上側」にある。

それに対して、2000年代以降は、データのかなりの部分が「近似曲線の近辺か、下側」にある。

このことは、MLB総得点においてホームランという現象がもっている「質的な重さ」、つまり「比重」が、1990年代と2000年代とでは非常に大きく異なっている可能性が高いことを意味している。


グラフ3
ホームラン数と得点総数の関係 3グループ比較(1990-2014)


総得点に占めるホームランの「比重」は、常に「一定」ではない。そのことを「過去25年のMLBの歴史の中で、ホームランの得点効率が異常に悪いシーズンだった2012年、2013年」を例に、3つ目のグラフで説明する。

総ホームラン数と総得点数
X:2012年 4934本 21017点
Y:1993年 4030本 20864点
Z:2007年 4957本 23322点

2012年を中心に3つのシーズンを相互比較してみると、以下のような
2010年代のMLBのホームランによる得点効率の悪さ」がわかってくる。

グラフ3における
X(2012年)とY(1993年)の比較

1993年は、2012年よりホームラン数が「約900本」も少ない。にもかかわらず、1993年の得点総数は、2012年とほぼ「同程度」だ。
「MLB全体でホームラン数900本の差」というのは、MLBのチーム数は30だから、「1チームあたりホームラン30本の差があった」ことを意味する。たとえでいうと「2012年は1993年にくらべると、計算上、全チームでクリーンアップのホームランバッターがひとりずついなくなっていた勘定」になる。

X(2012年)とZ(2007年)の比較
2007年は、2012年とホームラン数がほぼ「同程度」だ。にもかかわらず、2007年の得点総数は、2012年より「2305点」も多い。
「1シーズンで、約2300点の得点差」というと、MLBの1シーズンの試合数は4860試合だから、「2012年は2007年に比べて、1試合1チームあたり約0.47点も、得点が低かった」ことになる。


2012年と2013年のホームランの得点に対する貢献度が著しく低い可能性があることがわかった。そこで、以下のようなことがいえる可能性が浮上してくる。

ホームラン数から、その年のMLB総得点数はある程度の誤差で概算できるわけだが、「2010年代のMLB」は、「ホームランによる得点効率」という面で過去25年間で最低レベルにある


年代順にもう一度まとめ直してみよう。

MLBの野球は、「1990年代初期」には今よりはるかに「ホームランだけに依存しないプレースタイル」だった。
それは例えば、「1試合あたりのホームラン数(HR/G)と盗塁数(SB/G)」が1990年代初期まではほぼ同等の数値だったことからも明らかだ。1970年代後期から1990年代初期までのMLBでは、野球のあらゆるプレーを利用して得点チャンスをつくるダイナミックな野球が行われていた。
資料:2010年9月9日、盗塁とホームランの「相反する歴史」。そしてイチローのメジャーデビューの歴史的意義。 | Damejima's HARDBALL

だが1990年代中期になると、MLBのオフェンスは「ステロイドへの階段」をまっしぐらに駆け上がりはじめ、1999年と2000年に「ステロイド・ホームラン時代のピーク」を迎えることになる。1999年にマーク・マグワイアが65本のホームランを打ち、2000年にバリー・ボンズが73本のホームランを打ったことが、2つのシーズンの「意味」を象徴している。
「1試合あたりのホームラン数、盗塁数」からみても、HR/GとSB/Gの数値は1990年代中期以降大きく乖離しはじめており、「MLBでのホームラン偏重が始まったのが1990年代中期であること」は明らかだ。

だが、イチローがMLB入りした2001年に時代は一変する。ステロイダー追放の機運が急速に上昇するとともに、得点総数とホームラン数は年を追うごとに減少していく。
2000年代のホームランによる得点効率はまだそれほど低下してはいないが、「2010年代」に入ると、ホームラン生産数減少だけでは済まなくなり、クルマに乗っていてギアを落としたら同時にトルクもなくなったかのように、「2010年代のホームランと得点との関連性は急速に薄れて」いき、2010年代のMLBのホームランによる得点効率はこの25年間での最低水準になった。ホームランが大量生産されたステロイド・ホームラン時代ですら、ホームランと得点との関係は今よりはるかに良好なものだった。

1999MLB 総ホームラン数 5528本
2014MLB 総ホームラン数 4186本(▲1342本 24.3%減)

2014年のMLB総ホームラン数は、いまや「ピーク時の約4分の3」にまで減少している。
だが、グラフ1で2014年のデータが「近似曲線の真上」にあることから、実は2014年の「ホームラン数と得点総数の関係」そのものはあくまで「例年どおりの水準」だ。ここ数年の「ストライクゾーン拡張」や「アンパイアの判定精度の向上」、「ステロイド規制の強化」など、ホームラン発生を阻害する要因が増え続けていることを考慮すると、2014年の「量的な減少」という結果そのものは、実は「想定内の変化量」であり、それほどたいした問題ではない。

むしろ2010年代の大きな問題は、ホームランと得点との関係が、MLBストライキのあった1990年代中期に肩を並べるほど「質的に悪化している」ことのほうだ。


だから今のような時代に、「ホームランバッターに多額の投資を行うこと」の意味は、昔とは大きく違っている。

「ホームラン総数が激減している」ということは、ホームランバッターの希少価値が高まっているという意味でもあるから、たった40本(しかもステロイドで)ホームランを打つだけでホームラン王になれるこのおかしな時代には、ホームランバッターの「価格」、つまり「サラリー」がむやみと高くなるのは当然だと、誰しも思ってしまいがちだ。

だが、
1990年代中期以降ずっと続いてきた「ホームラン偏重によって得点を得るという手法」が衰退しはじめていることの意味や、得点とホームランの相関関係における最大の問題が「ホームランの量的減少」ではなく「ホームランの著しい質的低下」であることを、人は忘れすぎている

たとえでいうと、ウナギの減少という自然現象により、うな重の「価格」が異常に高騰しただけではなく、「ウナギの味覚そのものが、劇的にマズくなっている」としたら、どうだろう。しかも、OPSのようなデタラメな数字で評価するデタラメな評価基準の蔓延によって、マズい料理の価値を過大評価する舌の麻痺した無能な料理評論家たちが、マズい料理でも「うまい」と逆評価するような詐欺的な行為すら行われだした、としたら。


ホームランバッターに高いカネさえ払っておけば、多くの得点が得られることが約束された時代」は、10数年前に終わっているわけだが、どういうわけか知らないが、「量的にも質的にも価値が低下している長打能力を過大評価し、それに高いカネを払う、わけのわからない時代」は、今なお続いている。

例えばホームランの価値だが、発生数激減による希少性の高まりも事実としてある一方で、「質的な暴落」が同時に発生している可能性は高い。
にもかかわらず、MLBでは、「ホームランに過度に依存しない、もっと効率的な得点方法への戦術的シフト」が十分試されてはいない。(ちなみに、現実の野球ではいくつかの「ホームランに過度に依存しないチーム」が勝ったのが、2014年だ。2014年のMLBで最もホームラン数の少ないチームは、2014年ワールドシリーズを戦ったロイヤルズであり、その次に少なかったのが、NLCSでジャイアンツに敗れたカージナルスだ)
むしろ、「価値がスカスカになって比重が低下しつつあるホームランを、さらに過大評価までして、高いギャランティーを払って三顧の礼で迎え入れる」という意味のわからない行為は、いまだに蔓延している。

もちろんこうした「取引」は、どんな経済原則にも、のっとっていない。
価値が低下する一方で価格が上がる、すなわち価値と価格が乖離するわけだから、当然ストーブリーグでは、選手のサラリーの「インフレ」が起きる。つまり、「たいして能力がないのがわかりきっている選手」に「ありえないような高い給料が約束されるケース」が蔓延しはじめるわけである。当然、シーズンに入れば、給料の高い打者をいくら並べても、得点力がむしろ「低下」するような事態が、頻繁に、どこのチームでも起こりうるようになる。


こうした「ホームランの価値低下と価格上昇とが同時に起こるという矛盾したトレンド」は、元をただせばどんな原因から起きるのか。
「1999年と2000年のピーク(グラフ2のDグループ)」を、「2000年代のトレンド(グラフ2のCグループ)」に減速させ、それをさらに「2010年代のトレンド(グラフ2のBグループ)」にまで減速させた「原因」とは、いったい何だろう、というのが、次のテーマになる。


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