February 27, 2015

Philliedelphia.com (注:ドメイン名はPhiladelphiaではない。Philliedelphiaだ。お間違え無きよう)のライターMatt Rappa@mattrappa)が、2012年オフを思い出して、こんな記事を書いている。
Flashback Friday: Phillies Nearly Signed Ichiro Suzuki for 2013 Season - Philliedelphia

記事のモチーフは、2012年12月にESPNのBuster Olneyが「フィリーズがイチローに2年14Mのオファーをしていた」とツイートしたことだ。それを2015年になって思い返して、「もし、あのときイチローがフィリーズの一員になっていれば・・・・」と回想するという、手の込んだスタイルになっている。


記事によれば、当時イチローのナ・リーグ東地区での打撃成績は、マイアミを除く全チームに対して3割2分を超える高打率を残していて、とりわけかつてフィリーズの本拠地だったヴェテランズ・スタジアムでは、3割5分を超える打率と.400の出塁率を記録している、というのである。

この記事でMatt Rappaが挙げた仮想オーダー、これがなにより「最高に痺れた」(笑)

ちなみに元記事の「仮想オーダー」では、9番は「空欄」なのだが、ブログ主が勝手に「クリフ・リー」を追加させてもらった(笑)(それと、個人的には4番はライアン・ハワードでなく、ドミニク・ブラウンのほうがいい)

1. Ichiro 9
2. Michael Young 5
3. Chase Utley 4
4. Ryan Howard 3
5. Carlos Ruiz 2
6. Jimmy Rollins 6
7. Domonic Brown/Darin Ruf 7
8. Ben Revere 8
9. Cliff Lee 1

そう。あまりに残念すぎるから言いたくないが(苦笑)、2013年のマイケル・ヤングは8月にLADに移籍するまで126試合フィリーズでプレーしているのである。(その後マイケル・ヤングはLADに行き、いまイチローのチームメイトになっている二塁手ディー・ゴードンとプレーしている 下の写真左)


もし2012年冬、イチローがフィリーズの2年14Mのオファーを受けていたら、イチロー、マイケル・ヤング、チェイス・アトリーの1番〜3番という打順が実現していたかもしれないのだ。ううむ。


だが、現実にはもちろん、
マイケル・ヤングは引退してしまっている。
Michael Young Statistics and History | Baseball-Reference.com


うーーーーーん・・・・・・・・・・・・・・・・・。
残念だ。残念すぎる。

関連記事:2014年2月2日、内野手の整備を通じてテキサスをポストシーズン常連チームに押し上げることに貢献したマイケル・ヤングの「キャプテンシー」は、内野崩壊とカノー流出を食い止められないデレク・ジーターの見かけ倒しのキャプテンシーよりはるかに優秀だ。 | Damejima's HARDBALL

マイケル・ヤング引退



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