April 03, 2015

あるブログで、「アメリカでできたスポーツの多くが団体競技であるのに対して、日本起源のスポーツ(というか武道)は個人競技」と書かれているのを読んで、「なるほど。日本に個人主義はないと迂闊には言えないのだな」などと思ったものだが、さらに「アメリカのスポーツはみんなで楽しむものだ」といわれると、さすがにそこはちょっと賛成できなくなる。


ベースボール、アメリカンフットボール(以下フットボールと略)、バスケット、アメリカ起源の3つの人気スポーツでみると、ルールが固まったのはどれも19世紀末で、歴史としては若いスポーツばかりなわけだが、これら3つには「創生期の成り立ち」に若干の違いがある

3つとも「団体競技」なのは確かだが、ベースボールのルーツが草野球、つまり、いわば「ストリート」であるのに対して、フットボールは最初からアメリカ東海岸の名門大学で発展した、いわば「エリートスポーツ」であり、またバスケットも、東部のYMCAで生まれ、YMCAのネットワークを利用しながら発展してきた、というように、スポーツとしての生い立ちがベースボールとは違う。


フットボールの初期ルールは、1890年代にコネティカット出身のエール大の学生Walter Campによって骨子がまとめられ、エール、ハーバード、プリンストンなど、アメリカ東部の有名大学でプレーされた。

Walter CampWalter Camp
(1859-1925)

バスケットも同じく1890年代に、YMCAトレイニングスクール(現・スプリングフィールド・カレッジ)でカナダ出身のJames Naismithによって「冬に行える屋内スポーツ」として開発され、YMCAというネットワークを通じ、全米と世界に普及した。

James NaismithJames Naismith (1861–1939)

フットボールとバスケットの初期の歴史をたどるとわかるのは、これらのスポーツが考案された当初から「プレーヤー」(=東部の有名大学の学生やYMCA所属の若者)と「観客」が「分離して」存在していたところがあることだ。
つまり、これら2つのスポーツにとって、「プレーヤー」は、当初から「観客とは独立に存在する」ものだったのであり、「観客」は「プレーヤーではない存在」という前提が、最初からあった。

この「プレーヤーと観客がどの程度分離して存在しているか」という独特の距離感は、このブログでずっと探究してきている「外野席の成立」や、「ベースボールにおける奨学金問題」にも深く関係していると思われる。
参考記事:2014年3月29日、『父親とベースボール』 (11)「外野席の発明」 〜20世紀初頭の「新参の白人移民の急増」と「ホームラン賞賛時代」の始まり。 | Damejima's HARDBALL

というのも、「プレーヤーと観客の分離」がまったく存在していないのなら、「広大な観客席」の存在自体がまったく意味をなさないか、まったく意味が違ってくるからだ。
事実、ストリートで始まったベースボールの創生期においては「外野席」そのものが存在していなかったし、もちろん広大な観客席も必要とされていなかった。
同じようにゲームを見守っている選手たちの休憩場所にしても、今のような「観客席の下を掘って作られたダグアウト」ではなく、ただの「平らな場所に置かれたベンチ」にすぎなかった。(「「ダグアウト」と「ベンチ」の違い」は、MLBファンならもちろんわかっているはずだろうが、「両者の違いが、いったい何を意味しているのか」はほとんど理解されていない)

1859 Baseball Game at Elysian Fields, Hoboken, NJ1859 Baseball Game at Elysian Fields, Hoboken, NJ

Wst Side Grounds (1905)1905 West Side Grounds
グラウンドと同じ高さの「ベンチ」はあるが、これは「ダグアウト」ではない


逆に言うと、ベースボールの歴史において、「プレーする側と観客の側を隔てる『距離』が、すこしずつ遠くなっていったこと」と、「外野席の誕生」には、おそらく非常に密接な関係にある

当初のベースボールは「誰でもプレーできる庶民的娯楽」として始まったわけだが、それが20世紀初期ともなると、新参の移民がアメリカに大量に流入してきたことによって、プレー側と観客側に急速な「分離」が生じはじめた。
20世紀初頭のベースボールの観客席、特に外野の周囲を取り巻いていたのは、19世紀の素朴なベースボールファンたちのような「自分でもベースボールをプレーした経験のある人たち」ではなく、むしろ「プレー経験がまったくなく、彼ら自身がプレーする可能性も前提とされない、純粋な意味での観客」としての「新参移民」だったからだ。
当然ながら、「内野」と「外野」の違いは、そのまま当時の「社会的クラスター」を反映していた。
(当然ながらヤンキースタジアムの外野席にたむろしているBleacher Creaturesが内野席の観客と対立したりくヤジを飛ばしたりしてきたのは、移民の流入先であるニューヨークのクラスター間の軋轢をそのまま再現しているのである)


バスケットとフットボールが成立当初からカレッジやYMCAといった「若者を教育する場所」で発展し、それが徐々に庶民化していったスポーツであるのに対して、ベースボールは最初は「庶民的な娯楽」から出発し、それがやがて「新しい観客層」や「新しい人種」を巻き込みながら広大なナショナル・パスタイム(国民的娯楽)として発展してきた。
これらはすべて同じ「団体競技」とはいえ、ベースボールと他の2つのスポーツとの発展の道のりは、まったくの「逆向き」なのである。


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