July 24, 2015

国立霞ヶ丘陸上競技場の建て替え、いわゆる新・国立競技場建設について、ようやくあの醜悪きわまりないザハ案が白紙に戻って、誰もがやれやれと思っているとき、誰よりも先に「8万人収容という規模は守ってくれ」と声を上げた、周囲に多大な迷惑をかけまくっていることを理解しない、厚顔無恥なスポーツ団体があった。

日本サッカー協会である。


こんなときに、よくまぁ恥ずかしげもなく、こんなくだらない、無知で、無謀なことが言えたものだ。と、思うのが、普通人の常識というものだが、収穫も、たったひとつだが、あった。
それは、ザハ案を含めた新・国立競技場コンペにおいて、建設費を無駄に押し上げる原因になっている「8万人という、採算を無視した、身の丈にあわない規模」を、いったい誰がゴリ押しし、予算規模を膨張させているのかがハッキリしたことだ。

8万人という「規模」をゴリ押ししているのは、
日本サッカー協会」である。

(「東京都とサッカーの奇妙な癒着」など論議するまでもないことだが、もういちど書いておくと、汚職がバレかけて都知事を自分から辞めた猪瀬直樹の選挙参謀は元日本サッカー協会会長・川渕三郎。またザハ案を決定したJSCの有識者会議にも、日本サッカー協会理事の鈴木寛がいた)


以下、順を追って、
いかに日本サッカー協会が主張している「8万人規模の陸上競技兼用サッカースタジアム」なんてものを(それも公費で)建てることが、いかに馬鹿げた行為か、いかに壮大な無駄使いか、説明していきたい。



まず最初アタマに入れておくべきことは、手狭な旧・国立霞ヶ丘陸上競技場には「国際基準のサブトラックが存在しなかった」ということだ。(注:ザハ案にも存在しない)
つまり、旧・国立霞ヶ丘陸上競技場はもともと、国際的な陸上競技イベントを開催することのできない「ハンパな中古の陸上競技場」だったのだ。

だから、もし大金(というか、多額の税金)を拠出して、この「ハンパな中古の陸上競技場」を大々的に建て替えるというなら、夏目漱石の『虞美人草』の主人公、甲野さんのいうところの「第一義」、つまり、「最優先事項」とは、「どうすれば旧・霞ヶ丘陸上競技場が、国際的な陸上競技イベントを開催できるスタジアムになるか」を検討することで、それ以外にはありえない。
(注:それが手狭な旧・霞ヶ丘の立地では達成不可能だとわかっているからこそ、ブログ主は「同じ場所での建て替え」に再三再四反対している)

長く「ハンパな中古の陸上競技場」であり続けてきた旧・国立霞ヶ丘陸上競技場の建て替えの「最優先事項」は、「どうすれば国際的な陸上競技イベントがこの場所で開催できる陸上スタジアムになるか」を検討すること、である。

そして、当たり前のことだが、次のことも、あなたがたの脳にクッキリと刻みつけておいてもらいたい。旧・国立霞ヶ丘陸上競技場は、設備に不備があろうが、なかろうが、そんなことに関係なく、そもそも国営のスポーツ施設、国営の陸上競技場であって、サッカー場なんぞではない、ということだ。

旧・国立霞ヶ丘陸上競技場は、そもそも国営の陸上競技場であり、サッカー場でも、ラグビー場でもない。


ところが、困ったことに、この「ハンパな中古の陸上競技場」には「やっかいすぎる居候(いそうろう)」がいた。

日本サッカー協会だ。


何度でも言ってやるが、この施設はもともと「国営の陸上競技場」だ。民間のスポーツ団体のひとつに過ぎないサッカーの優先施設でも、なんでもない。サッカーは、旧・霞ヶ丘陸上競技場にとって、単なる「後からおそるおそるやってきた、カネの無い、ただの居候」に過ぎないことを忘れてもらっては困る。

なのに、この「居候」、いつのまに「霞ヶ丘が自分の場所であるかのようなツラ」をしだした。李承晩ラインで不法占拠した竹島を自分の領土と偽り続けるどこかの国と同じヘリクツだ。
ツイッターでも書いたことだが、いつからそういう話になったのか知らないが、まったく不愉快きわまりない。霞ヶ丘陸上競技場も、明治の森も、サッカーなんてもののために作られた場所ではない。当然のことだ。

もともと陸上競技場である旧・霞ヶ丘陸上競技場を球技用スタジアムとして使ってきたのは、単にいつまでたっても貧しいままのサッカー界のわがままであり、自分を立派にみせかけたがるサッカー界のご都合に過ぎない。我が物顔にふるまうのは、金輪際やめてもらいたい。

旧・霞ヶ丘陸上競技場も、明治の森も、「サッカーのために作られた場所」ではない
Jリーグサッカーは、単なる旧・霞ヶ丘陸上競技場の「居候」でしかなく、いうまでもなく新・国立競技場への建て替えは、「サッカースタジアムの建て替え」ではない。


次に、「陸上競技場とサッカー場の兼用」が、いかにカネだけ法外にかかる馬鹿馬鹿しい行為かを説明しよう。

かつてニューヨークから西海岸に移転したばかりのMLBドジャースが、オリンピックの陸上競技場Los Angeles Coliseumをホームグラウンドにしていた時代があった(1958-1961年)。
MLB史上、公式戦における最多観客動員記録は、このスタジアムで行われた1959年ワールドシリーズ第5戦の92,706人だ。(他にこの球場の動員記録には、ドジャース西海岸移転50周年を記念した2008年のレッドソックスとのオープン戦の11万5300人、1959年5月7日ヤンキースとのエキシビジョンゲームの9万3103人などがある)

ボールパーク時代のLos Angeles Memorial Coliseum
Los Angeles Coliseum

写真からわかるように、カタチの違いをあえて度外視して「面積だけ」を比べたとき、「陸上競技場は、野球場よりも大きい」のである。

陸上競技場の競技部分の面積は、
野球場の面積よりも大きい


次に野球場とサッカー場の面積を比べてみる。

例えば以下のデータ例では、「埼玉スタジアム2002は、東京ドームより39%ほど大きい」などというようなことが数字を使って記載されている。
引用元:「東京ドーム何個分」ではなく「フクアリ何個分」で面積を表す:爆走357
だが、こうした比較は数字のレトリックに過ぎない。なぜならこれは「観客席を含めた、スタジアム全体の大きさを比較」しているのであって、「野球とサッカーのフィールド(サッカーでいう「ピッチ」)の広さの比較」にはなっていないからだ。

競技フィールドの面積だけの比較でいうと、「野球場は、サッカー場の約2倍くらいの広さがある」と考えて、それほど誤差はない。(だからこそ、ヤンキースタジアムのオフシーズンに、フィールド内でサッカーのゲームができてしまうのである)

つまり、こういうことだ。

サッカー場のピッチ部分の面積は、
陸上競技場のフィールド面積より、驚くほど小さい

言い換えると、「同じ収容人員なら、サッカー場は、陸上競技場に比べてはるかに小さくて済むはずだ」ということだ。
このことが、何を意味するか。

アタマのいい人なら、もう説明しなくてもわかるだろう。
例えば、「5万人収容の陸上・サッカー兼用スタジアム」と、「5万人収容のサッカー専用スタジアム」とで比べれば、「必要な敷地面積」は、前者の「陸上兼用スタジアム」のほうが「はるかに、べらぼうに、大きくなってしまう」 のである。

「8万人規模の陸上・サッカー兼用スタジアム」なんてものは、ムダな公共事業で批判される典型的な「ハコモノ」そのものであり、そんなわけのわからないものを建設しようとしたりするからこそ、ザハ案が示したような、異常に広い土地、ムダに巨大な建造物、ムダに莫大な資金が必要になるのである。
(もしこれが「3万人収容のサッカー専用スタジアムの建設」なんて、ちっぽけな話だったら、ザハ案なんて、もともと必要ない。そんな専用スタジアムくらい、日本サッカー協会が、どこか田舎に「自分のカネ」で建てたらいい。今回のように、長期的な採算を無視して多額の税金を浪費しようとしない限り、邪魔はしない)


旧・霞ヶ丘陸上競技場は、ただでさえ過密な都心に存在していた。周囲は閑静な森に囲まれている。もともと非常に手狭な土地で、風致地区、歴史地区でもあるという「制約の多い場所」であり、だからこそ簡単にサブグラウンドすら作れない。
まして、広大な面積のスタジアムなど簡単に建設できるわけがない場所だったのである。そんな場所に「8万人の兼用スタジアム」? 馬鹿を言うなと言いたい。そんな広い土地が、この場所のどこにあるというのだ。


では、なぜ日本サッカー協会やJSCは、国際的な設置基準に基づくサブグラウンドつきの陸上競技場や、サッカー「専用」スタジアムを作ろうとしないで、「巨大な陸上競技場兼用スタジアム」を作ろうと必死になっているのか?

答えは簡単だ。

自分たちだけでは将来の採算を支えきれない、つまり、サッカーだけでは採算がとれないことが、わかりきっている」からだ。専用スタジアムでは採算がとれないから、最初から逃げ腰で、日本サッカー協会は「陸上兼用のハンパなサッカースタジアムを、日本プロサッカーの発足以来の歴史と同じように、他人のふんどし(=税金)を使って作らせようとしている」のである。(これはおそらくザハ案が選択された理由の骨子でもある)

日本サッカー協会はザハ案が白紙撤回されたにもかかわらず、「8万人規模は維持してほしい」などと寝言をほざいたわけだが、それが「公言された」ところを見る限り、自分たちがどのくらい身勝手な話をしているか、彼ら自身わかっていない。

もともとハンパだった中古の陸上競技場を、ハンパに使っていた「ただの居候」のクセに、さらにまた、ハンパなスタジアムを巨大サイズで作ってくれと、その「居候」風情が言うのである。


実は、日本サッカー協会会長の大仁邦彌という輩(やから)は、サラリーマン時代(三菱重工)に「スタジアムの開閉式屋根の営業をやっていた人物なのである。これは「利害関係そのもの」だ。(元資料:JFAサイト 大仁会長バイオグラフィー|JFA|JFA|日本サッカー協会
よほど新・国立プロジェクトで、自分がかつて所属していた会社に屋根を作らせたいのだろう。ザハ案の無謀な巨大スタジアムに開閉式の屋根をつけるよう主張し続けていたのも、たぶんコイツに違いない。利害関係者がからむと、ロクなことがない。
今からでも遅くない。大仁邦彌は、安藤忠雄、石原、猪瀬と一緒に土下座して、「8万人規模は維持してほしい」などと寝言をほざいたことについて、ひとこと詫びるべきだ。顔洗って出直してこい。






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