August 15, 2015

東京五輪のエンブレム問題の本質は、佐野研二郎という人間が、どれほど無能でコネ依存症か、とか、そのデザイン手法そのものがどれほどいいかげんなものか、だけではない。(もちろん、それらも重要な批判要素ではあるが)
もっと本質的な問題は他にもあって、ひとつが広告出稿量の多いスポンサーと大手広告代理店の制作部門との長年の慣れ合いによって育てられてきた「日本の広告デザイン業界」の慣れ合い体質とコネ体質で、日本のデザインパワーそのものも低下していることだと、ブログ主は考える。(もちろん、そういう日本の質的な混濁を丁寧に是正していくことは、ひとつの「日本の再構築、リ・コンストラクション」になる)


なぜ「日本のデザイン業界内のズブズブ慣れ合い体質」が生まれ、「広告賞の空洞化」や「虚構の談合スターシステム」が生まれてきたのか、その背景について、ブログ主の考えを以下に書くわけだが、ひとまずここまでの「東京五輪エンブレム問題の経緯」を整理しておかないとこの問題の発端を理解できないだろうから、まずそちらからまとめておこう。

東京五輪エンブレム問題
1)佐野研二郎のデザインした東京五輪エンブレムが、ベルギーのリエージュ劇場のシンボルマークに酷似していると、ネット上で指摘。該当デザインを制作したベルギーのデザイナーが関係機関に提訴。
2)佐野研二郎が記者会見し、パクリを完全否定
3)佐野のパクリ完全否定がネット上での怒りに油を注ぎ、「パクリ行為の元ネタ探し」が激化することで、佐野作品多数に「剽窃とみられる行為」がかなり多数散見されることが判明。

サントリーのトートバッグ問題
4)東京五輪エンブレムそのもののパクリ行為の真偽がまだ決していない中、ネット民が「サントリーのプレミアムグッズ(トートバッグ30種類)について、かなりの数のデザインにパクリ行為がある」と指摘
5)サントリーが、30種類のトートバッグのデザインのうち、8つのデザインを差し替えると突如発表。後日、佐野研二郎サイドがパクリ行為を認める


東京五輪エンブレムの決定経緯は、組織委員会が故意に回答を避けているらしく、詳細が判明していない。
わかっている点は、あの見苦しいザハ案の新・国立競技場と同じように、2014年9月に応募が始まったという「コンペ」の形式で、104件の応募の中から決まったという程度のざっくりした概略でしかない。

その「東京五輪エンブレムのコンペ」とやらだが、
以下のような「応募条件」があった。

五輪組織委員会が指定する7つのデザインコンペのうち、
2つ以上で受賞しているデザイナー

東京ADC賞
(ADC=アート・ディレクターズ・クラブ 選考委員例:浅葉克己)
TDC賞
(TDC=東京タイプディレクターズクラブ 理事長:浅葉克己)
JAGDA新人賞
(JAGDA=日本グラフィックデザイナー協会 会長:浅葉克己)
亀倉雄策賞
(亀倉雄策=1964年東京オリンピック時のポスター等を作った日本の歴史的なデザイナーのひとり。選考委員:浅葉克己)
ニューヨークADC賞(東京ADC賞の元ネタになった賞)
D&AD賞(英国の広告賞。1962年創設)
ONE SHOW DESIGN
(カンヌ、クリオ賞と並ぶ世界の三大広告賞といわれる賞)

「7つのうち、2つ」という応募資格が、ミソだ(笑)
下の3つは「海外の賞」だから、リクツからいうと「海外で仕事している外国人デザイナーで、海外の賞のみ2つ以上とった人」でも応募はできる。(だが、なぜか理由はわからないが、「外国人の応募」は非常に少ない)
他方、「4つの国内の賞」のうち2つをとっていれば、たとえ「海外での評価がまったくない国内のデザイナー」でも応募はできる。別の言い方をすれば、国内の賞を2つとれていない人間は、才能があろうがなかろうが、応募そのものができない。(ちなみに浅葉克己氏は、国内の4つの賞すべてに関わっている関係者のひとりだ 笑)


では、「国内の4つの賞のうち、2つをとること」は、どういう「難易度」にあるのか。
結論を先に言えば、特に「国内の賞の4つのうち、2つをとること」は、「ある立場にいる人たち」にとってはさほど難しくない。

以下のリンク先に、大手広告代理店・博報堂が2015年に海外の広告賞であるD&ADで、9つの賞を受賞したというニュースリリースがある。 博報堂グループ、D&AD 2015で9賞を獲得 | 博報堂 HAKUHODO Inc.
どんな「スポンサー」がD&AD賞を受賞したのか見てみると、9つの受賞作品のうちに、こういう「変わったスポンサー名」がある。
広告主:東京コピーライターズクラブ

これ、どういうことかというと、デザイナー系の業界団体に「アートディレクターズクラブがある」のと同じように、広告の文字部分の制作を担当するコピーライターの業界団体に「東京コピーライターズクラブ」というのがあって、そこが「広告主」になっている、ということだ。

コピーライターの協会が「広告主」?
意味が理解できない人のために、もう少し詳しく説明しよう。

広告クリエイターの業界団体は各年度の代表的な作品を年鑑として発行し、販売もしている。そのブックデザインは、「身内の仕事」なだけに、デザイナー側にしてみれば「かなり自由にデザインさせてもらえる、おいしい仕事」のひとつ、という位置づけになる。
だから上のリリースの意味は、9つのD&AD賞受賞のうちに、「身内の年鑑のブックデザイン」という「おいしい仕事」があり、それを担当したのは「大手広告代理店・博報堂内のデザインチーム」だった、という話なわけだ。
では、そういう「おいしい仕事」は、誰でも手を挙げればやらせてもらえるのか? 考えれば誰でもわかる(笑)もしコピーライタークラブが業界全体のスキルアップを目的としているならば「デザインを公募」しているはずだ。

こうした事例を「どう評価するか」は、人による。
ブログ主はこう見る。

こういう「身内仕事」の場合、それだけが目的ではないにせよ目的のひとつは明らかに「賞をとらせることによる、大手代理店内の自社クリエイターへの箔(ハク)づけ」であり、別の言い方をすれば、これは単なる「賞とりハクづけ行為」だ。

つまり、業界内の身内であるコピーライターズクラブが「広告主」となって『デザイナーが比較的自由にデザインできる場所』を作ってやることで、「広告につきものの、広告主の制約やビジネスの制約」がほとんどない場所がひとつでき、そこではデザイナーは他人の制約の少ないデザインができることになる。
こうした「賞とりパターン」は、なんせ「身内の広告」を作るのだから、大手広告代理店に直接・間接に所属するクリエイター特有の「特権」なのだ。(こういう「北京ダック的な賞とりパターン」ですら広告賞がとれないようなクリエイターは、はるかに制約の多い一般広告での広告賞受賞など、そもそもありえない)


だが、広告制作とは本来、「一定の制約が課せられた環境」で制作されるのが当然のジャンルであるはずだ。
したがって「本来の広告賞」とは、こうした「ハクをつけるのための、身内のデザイン遊び」を評価対象にするのではなく、「現実の広告として、課せられた制約をこなし、メディアで実際に広告として使われたデザインワーク」にのみ与えられてしかるべきだ。
広告賞が「非現実的な仮想のお遊び」をことさらに評価すべきではなく、「現実のビジネスに寄与したデザインワークのみ」に限定して与えられるのでなければ、足腰の強い広告クリエイターなんてものは育たない。


話をさらに進める。
こうした「賞とり北京ダック行為」を支援しているのは、なにも、広告クリエイターの業界団体だけではない。むしろスポンサー(業界内でいう「クライアント」)そのものが、そうした「賞とりチャンス」をクリエイター側に提供することが多々ある。
例えばだが、「ほんのごくわずかな機会でしか使われない」のに、60秒とか長い尺をとった企業CMや、15段とか見開きとかいった広いスペースを用意した新聞広告などがそれにあたる。それは広告というより、「お祭り」に近い。
(実際には、大量の広告出稿をしてもらっているスポンサーに対する「お中元やお歳暮」のような意味で、大手広告代理店側がメディアからスペースを格安で(下手するとタダで)用意し、社内クリエイターに制作させ、それをスポンサーに提供して「カッコいいお祭り」を演出し、その裏では広告賞もゲットして自社クリエイターのハクづけをする、というような手法がとられるに違いない。簡単にいえば「広告賞談合」だ)

そうした「賞とりタニマチ行為」ができる (というか、したがる)スポンサーというのは、ほとんどの場合、「日頃から大手広告代理店に大量に広告を発注する、代理店にとっての 『お得意さん』 であり、そうしたお得意さん企業は往々にして内部に「宣伝部」を持ち、かつて広告クリエイターを企業内部に常時在籍させてきた歴史もあるような、「クリエイティブに理解のあるスポンサー」であることがほとんどだ。
(通常、広告に多額の予算を割けないような企業では、独立した宣伝部など存在せず、総務部とかに「おまけ」のような形で広報セクションがあって、そこが広告も担当する、というような中途ハンパな状態にあることがほとんどだ)

こうした「広告タニマチ的スポンサー」にしてみれば、広告賞の受賞は「その企業がクリエイティブに理解のある、クリエイティブな企業だという印象を広める」ことによって企業イメージ向上につながるだけでなく、将来有望な広告クリエイターの発掘・育成にもつながるなど、「たくさんのメリット」がある、ということに、いちおうはなっている(笑)


だが、話はここで終わるわけではない。

ここで説明した意味での「賞とり」は、「大手広告代理店の内部に所属しているタイプのクリエイター」にとっては、単なる「名誉」というより、むしろ「必須の仕事のひとつ」だからだ。

調べてみると、「大手広告代理店が自社内部のクリエイターに積極的に「賞とり」をさせ、ハクをつけさせて、それを売り物にする行為」は、広告制作業がブームになるずっと前から行われてきた行為らしい。
つまり大手広告代理店は長年にわたって「賞をとれるチャンス」を自社の社員に向けて提供し、「ハクつけ行為」を行ってきた、ということだ。

それほど長くもない日本の広告クリエイター史だが、これまでいくつかの時代の変遷があった。
古くは一般企業内に置かれた宣伝部に所属する企業内クリエイターが活躍した時代(例:サントリー宣伝部時代の開高健)があり、また70年代から80年代にかけては「フリー」とか「フリーランス」と呼ばれる雑草タイプの制作者が才能を輝かせた時代もあったが、それらの時代は長い目でみるとあくまで「短期的に生じたアダ花的現象」にすぎなかった。

日本クリエイター史において一貫して続いてきたのは、むしろ「大手広告代理店所属のクリエイターが、会社に賞を獲得させてもらった後で独立し、事務所を構えて大手広告代理店の仕事をさらにこなし続けることによって、受賞数がさらに増える」という、「大手広告代理店所属クリエイター賞とり北京ダック・スターシステム」だ。

これは、「マラソン」でたとえるなら、市民ランナー出身の川内君(彼も学連選抜で箱根駅伝には出ているが)がトップランナーになってマラソン界に風穴を開けたような現象は、こと「広告クリエイターの世界」では、ほんの短い時代にあった「わずかな例外」であり、ほとんどの場合は、箱根駅伝出身のエリート駅伝ランナーたちが企業ランナーの「席」を占め続けているのと同じような現象が、広告クリエイターの世界にもまったく同じようにある、というような意味になる。


たとえが適切でないかもしれないが、箱根駅伝出身のエリートランナーが「駅伝練習のおまけとしてマラソンを走る現象」が、必ずしも日本のマラソンを強くしなかったのとまったく同じように、サントリーのような「広告タニマチ」が広告クリエイターに、あからさまな賞とりチャンスを与え続ける「広告クリエイター北京ダック行為」は、けして日本のクリエイティブパワーを育ててはこなかったことが、今回の佐野研二郎・東京五輪エンブレム問題で明らかになった、というのがブログ主の意見だ。


たしかに、サントリーに代表される「広告業界のタニマチ企業」は広告黎明期において「広告を文化にかえた旗手」ではあった。それはたしかだ。
(だが、当時のサントリーの広告の評価は、単に当時の開高健の個人評価を企業評価にすりかえていただけのものに過ぎないという点もぬぐえない。なぜなら、かつてのサントリーのウイスキーの味そのものは、「開高健の書く広告コピー」や、「彼自身が登場するCMから受ける印象」ほど「美味いものではなかった」からだ。だからこそ、当時のサントリーの酒、例えば「ダルマ」は、いまや日本の酒屋にも一般家庭にも残っておらず、広告史に当時の広告だけが残った結果になっている。「商品が消え、広告だけが歴史に残る」ような広告が「優れた商品広告」なわけはない

だが、日本の広告の歴史と、「クリエイターの登場パターン」を継続して見ていくと、「企業の広告タニマチ行為が、多数の有能クリエイターを生み出してきた」とは、まったく、全然、言えない。

むしろ、「広告タニマチ行為」は単に、タニマチ企業と大手広告代理店とのズブズブの慣れ合いを生み、それにクリエイター業界団体上層部を加えた広告業界全体の狭いコネ体質をより一層強化することにしか繋がっていないことは、今回の佐野研二郎という「自分のアタマと手を使ってデザインするという、基本能力そのもののが完全に欠如した無能デザイナー」の登場で明らかになったと、ブログ主は断定せざるをえない。

佐野自身と、佐野と同じ自称デザイナーたちがやっている「自称デザイン行為」(実際には剽窃そのもの)は、Pinterest (https://t.co/ZwRpsM5pLe =ネット上の画像収集ツール) のような「ネットツール」を使って、ネット上から元ネタ画像を掘り起こし、それにちょっと加工だけして、スポンサーに「自分の作品と称して」提出するという単純で卑劣な手法だ。
もちろん五輪エンブレムも同じ手法で制作された可能性がある。可能性があるからこそ問題にもなっている。こうした「剽窃常習者の作ったオリジナリティに欠けた加工品」が、日本を代表するデザインのひとつとして世界に発信されることなど、けして許されない。


これから何度でも書くが、いまの日本が迎えているのは「再構築、リ・コンストラクションが必要とされる時代」だ。
佐野という「北京ダックみこし」をかつぎ上げてきたのは、「ただのコピー・ペーストに過ぎない剽窃行為を、文化だの、クリエイティブだのと呼んで、鼻高々になっているような、無能すぎる人間どもの、見かけ倒しで慣れ合いだらけの風土」だ。こういうまがいもの、ニセモノ、カッコつけこそ、日本から消えてなくなるべきだし、今後ブレイクすべき形骸化したシステムだと思う。
本当の意味での世界レベルのデザイナーを育成したければ、今の古臭くて機能してない慣れあいの談合スターシステムを排除しないとダメだろう。

「賞をとったデザイナーを起用」したら、その広告が「クリエイティブになる」なわけではない。そんなことくらい気づけないようでは、その企業(あるいは、コンペやオリンピック)は馬鹿で、文化がわからないと言われてもしかたがない。
もともと内輪で回しているに過ぎなかった「賞」を「コンペの応募資格制限」に使うという行為は、そのコンペの質を維持し、高めるのに役立つはずはない。それはむしろ、「談合スターシステムにのっかっただけの無能デザイナーを保護するための参入障壁を設けている」に過ぎない。






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