July 27, 2016

7月に入って、フィリー、メッツ、カーズとばかり試合してる印象のマイアミだが(笑)、フィリーの「3000安打全力阻止シフト」でイチローは2本も長打を損した。



7月のセントルイスでは、ヤディア・モリーナアダム・ウェインライトの素晴らしいアクションをはじめ、セントルイスの選手とファンが示してくれたイチローへのリスペクトは、イチローファン史に永久に残るほどの素晴らしい記念碑になったわけだが、別の視点からいうと、フィリーが示してくれた「イニング先頭の代打のイチローにさえ容赦なくシフト守備をしくというフェアプレイの精神」も、「3000安打達成のプロセスでの、忘れえぬモーメント」として、最大の敬意を払いたくなる。

やはりスポーツというものはこうでなくてはいけない。全力全霊で立ち向かってくれてこそ大記録の価値も上がるというものだ。


7月20日 MIA vs PHI 8回表

このゲームでのイチローは「代打」。しかも「イニング先頭」「走者なし」だったのだから、それでも容赦なくシフトをひいたフィリーは、「本気」だった。
フルカウントに粘って、8球目、根負けしたジェレミー・ヘリクソンの真ん中の失投を振りぬいたイチローだったが、右中間への長打性の強烈なライナーは、ライトのピーター・ボージャスに難なく捕られてしまう。
というのも、以下のツイートの画像からわかるように、フィリーは「対イチロー外野シフト」をしいていたのだ。



7月26日 PHI vs MIA 1回裏

場面変わって、5日後。こんどはホームゲーム。ようやく1番センターでスタメン出場したイチローは、1回表のジェラド・アイクホフの初球をたたき、打球を右中間フェンス際まで飛ばした。
飛距離およそ119メートル。右中間が平らで369フィート(≒112.471m)しかないシチズンズ・パークと違って、マーリンズパークの右中間は23フィート(約7メートル)も長く、392フィート(≒119.482m)。右中間の狭いボールパークなら100%確実に「先頭打者、初球ホームラン」の飛距離だった。

Marlins Park

だが、またしても、「ピーター・ボージャス」だ。フェンス激突しながらの大ファインプレイ。

もちろん、偶然の産物などではない。チームのスカウティング担当者との共同作業による「意図的なファインプレイ」だ。

もしボージャスがこの打球を捕り損なって打球がフィールドに転がっていれば、先頭打者だし、イチローの足からしても明らかに三塁打
7月はじめイチローは福本豊さんに115三塁打(日米通算)で並んでいたわけだから、抜けていれば「日本選手の通算三塁打数 歴代1位」に踊り出ていた。ボージャスに拍手するしかない。

ボージャスはフェンス激突で肩を痛め、途中交代。ある意味、「2本のイチローの長打」と「ボージャス自身」がひきかえになる形になった。


ボージャスはエンゼルス時代、当時ゴールドグラブの常連で、アナハイム不動のセンターだったトリー・ハンターをライトにコンバートさせているくらいだから、センター守備には定評があった。
Article | Arkansas Travelers News
いまエンゼルスのセンターといえば、2012年Fielding Bible賞を受賞しているマイク・トラウトがいるわけで、エンゼルスのセンターは、ハンターからボージャス、そしてトラウトと、名手に受け継がれてきたことになる。


いまフィリーのセンターといえば、2015年新人王のオデュベル・ヘレーラだ。ボージャスがかつてエンゼルスでハンターをライトに押しやったように、ヘレーラは、デビュー以来センターしかやったことがなかったボージャスをライトに押しやったわけだ。
さかのぼると、近年のフィリーのセンターには、ゴールドグラブ1回受賞のアーロン・ローワンド、4回受賞のシェーン・ビクトリーノがいた。
2000年代のビクトリーノ全盛期は、チェイス・アトリーがいた2008年ワールドシリーズ制覇を含む、5シーズン連続地区優勝と重なるのが思い出される。やはり、アトリー、コール・ハメルズ、ビクトリーノなど、役者がズラリと揃ったフィリーこそがフィリーだった。
そういえば、こうして並べてみるとボージャス含め、どういうわけかフィリーのセンターは怪我に悩まされる人が多いのはどうしてか。


フィリー時代が全盛期だったシェーン・ビクトリーノは、その後ボストンに移籍し、2013年に自身2度目のワールドシリーズ制覇を経験したわけだが、当時ボストンのセンターにはジャコビー・エルズベリーがいたから、ボストン時代のビクトリーノはライトだった。そのライトでのビクトリーノは鳴かず飛ばず。
そのエルズベリー、ボストンがなぜか慰留しなかったため、ワールドシリーズ制覇の翌2014年にライバルのヤンキースに移籍。ボストンのセンターは2011年ドラフト1位ルーキーのジャッキー・ブラッドリーに変わった。この数年、MLBのセンターの若返りが進んでいるが、フィリー同様、ボストンも「センターが若返った」というわけだ。

エルズベリーが来る直前、ヤンキースのセンターはブレット・ガードナーの定位置だったわけだが、ガードナーには肩が弱いという致命的欠陥があって本来ならセンターの器ではなく、外野を守るならレフトくらいしかない。
ヤンキースのセンターは、2000年前後のチーム全盛期のバーニー・ウィリアムズが目立つわけだが、バーニー引退以降はステロイダーのメルキー・カブレラ、ガードナー、エルズベリーと、チームの地区順位同様、もうひとつパッとしない。


こうして「有名センターの移籍」を並べてみると、「センターの選手が大型契約を得て移籍した場合、移籍先でパッとしない成績に終わる」ことは、まったく珍しくないことがわかる。

例えばヤンキースにはそういう「センター出身のろくでなし外野手」が掃いて捨てるほど、ゴロゴロいる(笑) デトロイトが全盛だったカーティス・グランダーソンなど、まだマシなほうだ。(それでもメッツ移籍直前のグランダーソンはベンチに座ったまま高額サラリーをもらっていた無駄メシ食いだった)
例えば、バーノン・ウェルズだが、センターで活躍できたのは給料が非常に安かった2000年代トロントのみ。移籍して20Mを越える身分不相応な高額サラリーをもらうようになったLAAとNYYでは、一度たりともマトモな成績を残さず引退している。
アンドリュー・ジョーンズにしても、センターを守って10年連続ゴールドグラブに輝いたアトランタを離れて以降、ロクな成績を残さないまま引退した。
カルロス・ベルトランも、全盛期はセンターを守った2000年代メッツであり、移籍してライトを守るようになった2010年代は給料に見合った成績とはけしていえない。
こうした数々の失敗例を経験したにもかかわらず、それでも懲りずにヤンキースはエルズベリーに大金を払ったのだから、馬鹿としか言いようがない。

ニューヨークではこういう「無能GMが毎年集めてくる、名前ばかりでロクに働かないクセに、ポジションだけは確約されている外野手たち」とポジションを競わされ、打席数を減らされ続けたイチローが、いかに迷惑したか。本当に無駄なキャリアだった。


他にもドジャースがうっかり大型契約を結んでおいて、後から大失敗に気付いて、あわててサンディエゴに押し付けた(笑)マット・ケンプも、移籍先ではライトを守っているが、成績はパッとしない。ケンプのサンディエゴでの給料は、いまだに一部をドジャースが払っていて、2019年までドジャースは毎年3.5Mを負担し続けなければならない。
センターが本職ではないが、いまのドジャースでたまにセンターも守るアンドレ・イーシアーにしても、たとえドジャースを出たとしても活躍できるとはとても思えない。ライトのヤシエル・プイグにしても似たり寄ったりだろう。


ちなみに、過去にセンターでゴールドグラブを何度も受賞しているトリー・ハンターやアダム・ジョーンズの「守備評価」だが、近年のデータ分析で検証すると、かなり「低い評価」にしかならない。
こうした「センターの選手の守備の過大評価」は、「ゴールドグラブの権威が揺らぐ原因」や、「センターの選手のサラリーが、実情に見合わない高額になる理由」のひとつにもなっている。
(もちろん、新興のFielding Bible賞にしても、ビル・ジェームス自身がそうであるように、特定の審査員がデータではなく「自分個人の好き嫌い」を審査結果にそのまま反映させていたり、守備範囲の狭いアレックス・ゴードンが何度も受賞するするとか、Fielding Bible賞がそれほど公平な賞ともいえないことは近年判明しつつある)

アレックス・ゴードンの守備範囲2012-2014アレックス・ゴードンの守備範囲2012-2014


まぁ、数々の実例から察するところ、「センターの名手」といわれた選手は、実は「特定のチーム」、特に「ドラフトされ育成されたチームの専用選手」なのであって、他チームは、いくら触手が動いたとしてもけして大型契約などすべきではない、という「負の法則」があるようだ。

この「センター移籍の負の法則」、マイク・トラウトが打ち破れるかどうか。彼がFAになったときがちょっと楽しみではある。

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