November 17, 2016




上のツイートから続く一連のツイート群は、自分にとっては野球(というか、ベースボール)を見る上でけっこう重要な視点なので、改めてブログに記事としてまとめておくことにした。もちろんツイート時とは表現が変わったり、表記の誤りを正したりしている。

日本的なフォームで投げる投手にとって必要なのは「しなる腕」だが、MLB的なフォームの投手にとって「太い腕」は大事だ。その背景には野球文化の違いがある。

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人間のカラダの動作は基本的に「回転」でできている。

shoulder rotation「自転」にrotation、「公転」にrevolutionという単語を使う慣習からすると、例えば肩関節の回転は、軸が「自分側」にあるから、rotation だろう。

手足の根元には、とか股関節といった、「回転するようにできたジョイント」があって、そこに「長い棒」、つまり、「足」や「手」がついて、大きくグルグル、グルグル回せるようにできている

背骨を含む体幹は手足ほどダイナミックに動けない。だが、そのかわり手足よりも複雑な制御ができる。だから複雑な動作の精密な統御は、手足だけに依存するのではなく、「体幹メインで操作」したほうが、「より正確」になる。
例えば内野手がゴロ捕球を「小手先」でやろうとするとハンブルの原因になりやすい。これは、「腕というパーツの構造」が「人が思っているより不自由にできていて、細かい制御に実は向いてない」ことを意味している。

人はよく、「日本人の指先の器用さ」と「腕全体の動きの制御」が「まったく別次元の話であること」を忘れてモノを考えてしまうのだが、「腕も、指先と同じレベルの精密さで動かせる」などと勘違いしてはいけないのである。
手の指先が精密に動かせるのは、「関節と関節の距離が非常に短い」からだ。もちろん視点を変えればそれは、関節が密集しているという言い方もできるわけだが、指の旋回が容易になるのに最も本質的な要因は、「ジョイントの多さ」ではなくて、「ブラケットが短い」ことだ。


ただ、「回転」とはいうものの、人間の手足は、自動車のタイヤのように、「軸を中心に、ただひたすらグルグル回転する」わけではない。

例えば、人間の「走る」という動作では、関節と足は「弧を描いて、動いては、元に戻る」を「繰り返し」ている。「円の一部を反復トレースしている」といってもいい。
この反復によって、人間は「回転という動作」を「身体全体を直線的に移動させる」という動作に「変換」しているわけだ。描く弧の大きさによって、その人のストライドが決まる。


この、「関節を中心にした回転運動を、直線的なパワーに変換する動作システム」は、スポーツにおいて非常に多く使われている。
(蛇足だが、こうした「回転運動を直線的な動きに変える仕組み」は、自転車や自動車、電車など、人間がこれまで作り出してきた「人体を遠くに移動させる装置」においても、非常に多く用いられてきた)

例えば、野球の投手は腕を回してボールを投げるが、この動作の「目的」は、ボールを「狙い通りの方向に」「まっすぐ」「高速に」移動させることにある。
他にも野球のバット、卓球やバドミントンのラケット、ゴルフのクラブなど、どれも回転させて振りまわす動作をともなうわけだが、大事なのは、その動作の「目的」が、ボールやシャトルに「直線的なスピード」「飛距離」「方向のコントロール」などを与えることであって、身体の回転動作そのものが目的ではない

いいかえれば、「スポーツにおける人体の手足の回転動作」それ自体は、「人体の有限な動作から直進モーメントを取り出すための方法論のひとつにすぎない」のであり、「目的」ではない。野球は、身体の柔軟性それ自体の維持・向上を目的とするラジオ体操とは、目的が違う。

また、スポーツにおける「ミス」は、かなりの数が、この「回転運動を直線運動に変えるときの誤動作」に起因している。
投手が肘や肩に故障を抱えやすい原因も、この「回転」という話をもとに考えると、なにも「酷使」だけが原因ではなく、「回転運動を直線運動に変換するメカニズム自体のパワーを、過度に上げようとしたときに起こる、靭帯や間接の破損」だと思えばいい、という部分がある。


話をもう少し絞る。
投げて打って走る野球というスポーツでの「回転動作」で代表的なのは、投手なら腕の振り、野手でいえばバットスイングだろう。


まず投手の腕の回転運動について。

投手の腕の動きについて、日本には「できるだけ高速で腕を回転させてこそ、ボールに加速がつく」という考えがある。だからこそ、「腕の振り」という言葉が重くみられることになる。

例えば、かつて松阪大輔の昔のフォームについて書いたことだが、彼はサード側に足を蹴り出しながら、ボールを持った手をいちど「右腰の下まで降ろして」それから投げていた。

横にステップする松坂投手参考記事:2011年3月24日、「やじろべえ」の面白さにハマる。 | Damejima's HARDBALL

参考記事:2010年10月26日、クリフ・リーの投球フォームが打ちづらい理由。「構えてから投げるまでが早くできている」メジャーの投球フォーム。メジャー移籍後のイチローが日本とはバッティングフォームを変えた理由。 | Damejima's HARDBALL

これは、球威を「腕を振る」ことに大きく依存しようとする、つまり、腕をできるだけ高速に、しかも長時間回転させ続けることで生じる『はず』の加速度を最大限に利用しようとする」ことからきている。だから、「ボールは、非常に長い距離を、円を描くように移動して、それからリリースされる」ことになる。

こういうフォームの意味は、アメリカのアーム式の投手と比べてみると、発想の根本的な違いがわかる。

例えばデレク・ホランドのようなアーム式フォームでは、腕は、松坂大輔のように「腕を、肩関節を中心に1周させる」のではなく、「手を腰の下に下げる時間帯を持たず、腕を高くキープしたまま後ろに引いて、そこから直線的に投げだす」。ボールは「より短い距離を直線的に移動してリリースされる」ことになる。
ゆえに、当然ながら両者の「投球リズム」も大きく異なる。松阪のように「肩を中心に腕が一周する」場合は、「1、2、の、3」というリズムになり、アーム式では「もっと早いリズム」になる。

バッターにとってタイミングを合わせやすいのがどちらのタイプかは、バッターごとのタイプにもよるから一概に言えないだろうが、少なくとも、大半の投手が短いタイミングで投げてくるMLBでは、小笠原道大のように悠長にバットをこねくりまわすフォームで打つのは難しい。


もし、投手が球威の大半を「腕の回転による加速」に依存するなら、「腕の回転スピード」、つまり「腕の振り」が重要だろう。

だが、腕の回転にあまり依存しないなら、腕という「半回転アーム」の「強度を上げる」こと自体にも重要な意味がでてくる。「MLBのピッチャーの腕が太い」のには意味がある。


バットの回転運動

王貞治のバッティングは、バットがミートポイントに向かって「ものすごく直線的に向かうダウンスイング」だ、だから凄いんだと、思い込んでいる人が数多くいる。「一本足打法」というネーミングの直線的なイメージから、バットも「スイングの開始時点では、直立したまま」でスイングしていると思われているわけだ。
だが、いちど動画で確認してもらうとわかるが、この人のバットは「いちど大きく寝て」、それからカラダの後ろを回りこむような軌道でスイングが始まっている。「ドアスイング系のスイングをする落合や張本は、バットを一度寝かせてから振っているけれど、王のバットは一度も寝ないダウンスイングだ」と思い込んでいる人は非常に多いわけだが、もう一度、自分の目で確かめるといい。


日本の投手が「腕の回転による加速」に依存して投げるのと同じで、日本の打者はおしなべて「バットの回転速度」で遠くに打とうとする。そのためか、投手の能力を「腕の振りだけ」で語ろうとする人が多いのと同じで、バッティングを「スイングスピードのみ」で語ろうとする人が、はなはだ多い(笑)

だが、バリー・ボンズとかハンク・アーロンの分解写真でも見てもらうとわかるが、彼らのスイングは「バットを円を描いて振りまわす」イメージではなく、「ボールがバットに当たってから直線的にグイっと絞り込むような強さ」に特徴がある。だから打球にも、よく日本でホームランバッターを表現するときに使う「弧を描く」という表現が、彼らにはあてはまらない。

例えばもしバットが「中まで詰まった鋼鉄の棒」だとしたら、なにも必死にスイングスピードなんか上げなくても、きちんと当たりさえすれば、ボールはスタンドどころか場外に消えていく。だがそんな重いもの、自由には振れない。

では、木製バットに「中まで詰まった鋼鉄の棒」と同じような効果を与えるにはどうしたらいいか。(「腕力でチカラいっぱい支える」というのは、この場合に限って正解ではない。MLBの投手の球は重いのだ)

例えば、バットに当たった瞬間からバットからボールが離れる、ほんの短い時間帯に「バットがまるで中まで詰まった鋼鉄のように強靭」であるなら、なにも必死にスイングスピードを上げる必要はない。腕力に頼るだけのバッターより、スイングそのものはゆったりなのに打球が遠くへ飛ぶバッターのほうが、楽に長打を打てる。
(ことハンク・アーロンの場合は、ウラジミール・ゲレーロにも感じたことでもあるが、バットにボールが当たった「後」の強さ、特にグリップを絞りこむ手首の強さに秘訣があるように思える)


まとめると、投手、打者、いずれにしても、肩や股関節のような関節を軸に、円を描いて行なわれる「手足の回転を、直線上の加速に変換する」過程の巧拙に野球思想の違いや技術の差が出るし、怪我やミスが出現する。なにもバットスイングや腕の振りといった「回転運動のスピード」だけが野球ではないのである。

最初に内野手のゴロ処理のミスについて書いたように、「関節」と「棒」を交互につないだ形状でできた人間の手足は「思ったほど精密に動きをコントロールすることができない身体パーツ」だ。
ならば、スイングスピードや腕の振りといった「回転運動のスピード」だけに依存するフォームは、思ったほど自由に動かせない手足への深すぎる依存を意味する。
日本人野手の打撃成績低迷やミスの多発、日本人投手の怪我の多さをみると、日本野球における「動作に関する思想」は、もうそろそろ発想を変えないと、どうしようもない時期にきている。


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