November 24, 2016

ドナルド・トランプ次期アメリカ大統領がドイツ系移民の子孫で、ペンシルヴェニア大学Wharton School(ウォートン校)出身であることの「意味」をちょっと考えてみた。

州で最も多い人種

州別選挙人数(2016大統領選挙)州別選挙人獲得数(2016アメリカ大統領選挙)


最初に結論というかポイントを指摘しておくと、こういうことだ。
かつて「新参の移民」だったアメリカのユダヤ系移民が20世紀以降に起業したビジネスは、例えばマス・メディア、プロスポーツ、映画、金融などで、それらは現代でこそ影響力が強くなったが、できたばかりの時代には「産業界における傍流ビジネス」にすぎなかった。

ひるがえってドナルド・トランプはどうかというと、彼は実は「古参の移民」が作り上げてきた「アメリカ産業界の本流の流れ」をくむ人物だ。
彼は資産家であるがゆえに、「東部のマスメディアの支持も、ウォール街からの献金もアテにしない選挙を戦いぬくこと」が可能だった。

トランプ氏の出身母体でもあるドイツ系アメリカ人は、アメリカの北半分の地域において常に「最大の人種派閥」である。だが、その「数の優位性」はこれまでアメリカ政治にそれほど強く反映されてはこなかった。
参考記事:2012年7月16日、『父親とベースボール』 (4)アメリカにおけるドイツ系移民の増大。18世紀ドイツの美術史家ヨハン・ヴィンケルマンが欧米文化のルーツとして捏造した「白いギリシア」。 | Damejima's HARDBALL

トランプ氏が「アピールしようとした相手」は、「世論操作ばかりしたがる東海岸のマスメディア」でも、「献金で政治を動かすウォール街」でも、「選挙権のない西海岸のヒスパニックの不法移民」でもなく、アメリカ中部の中産階級、ドイツ系住民を代表例に、アメリカ産業界の本流ビジネスの流れにある「ごく普通のアメリカ人」であったとすれば、少なくとも「大統領選挙において数的優位を作ること」は、アイデアとしては最初から可能だった。


さて、トランプ氏の出身校、Wharton School だが、これは1881年にフィラデルフィアのQuaker (「クエーカー」=17世紀イギリスで発生したキリスト教の宗派のひとつ)の実業家Joseph Wharton(ジョセフ・ウォートン)の寄付によって設立された全米最初のビジネススクールだ。
Joseph WhartonJoseph Wharton
(1826-1909)

「クエーカー」といえば、フィラデルフィア・フィリーズが1883年に球団発足した当時の名称が Philadelphia Quakers (フィラデルフィア・クエーカーズ)だった。
この例からもわかるように、ペンシルヴェニア州にはもともとドイツ系移民やクエーカーが多い。これには次のような歴史的背景がある。

ペンシルヴェニアは、1681年にイギリス人ウィリアム・ペンが、ペンの父親に多額の借金をしていたイギリス国王チャールズ2世から「借金のカタ」として拝領した土地だ。
このウィリアム・ペンはクエーカーで、ヨーロッパで宗教的迫害を受けた経験があったため、自分の領地ペンシルヴェニアでは「信教の自由」を認めた。また、そのことを宣伝材料にヨーロッパからの移民をペンシルヴェニアに集めた。その結果、ヨーロッパのクエーカー(あるいはドイツのプロテスタントのルター派)がペンシルヴェニアに押し寄せる結果となった。


Wharton Schoolの卒業生リストはとにかく圧倒的だ。この100年のアメリカ経済の流れを作った企業、例えば20世紀初頭の製鉄業から、近年のコンピューター産業やIT産業に至るまで、まさにありとあらゆる業種のCEOが勢ぞろいしている。
ウォートン校出身の経営者は、業界それぞれの黎明期にフロンティアを開拓した「創業社長」が多いことも特徴のひとつだ。
List of Wharton School alumni - Wikipedia


Wharton Schoolを創立したJoseph Whartonも、20世紀アメリカの発展を根底から支えたアメリカ製鉄業のパイオニアのひとりで、彼は20世紀初頭にCharles M. SchwabとともにBethlehem Steelを創立し、カーネギーのUSスチールにつぐ全米第二位の製鉄会社に押し上げた。

このBethlehem Steelの前身は、やはり「ペンシルヴェニアのクエーカー」だったAlfred Huntという人物が19世紀中盤に創業した製鉄会社だったが、このことからもわかる通り、19世紀から20世紀初頭にかけてのアメリカの製鉄業には「ペンシルヴェニアのクエーカーが創業した会社」がとても多い
クエーカーの実業家の間には「独特の横のつながり」があるといわれ、ペンシルヴェニアの製鉄業には「クエーカーの横の連携」から生まれた部分が少なくないらしい。(資料:最新日本政財界地図(14)クエーカーと資本主義


ちょっと話が脱線する。

産業革命の原動力を、蒸気機関車の発明や、その燃料として石炭が大量使用されるようになったことだと「勘違い」している人が多い。それは原因と結果、目的と方法をとりちがえている。

そもそも蒸気機関そのものは、ジェームズ・ワット以前に既にあった。ワットの業績はその「改良」であって、発明ではない。
また、蒸気機関改良の「目的」にしても、最初から蒸気機関車や蒸気船などの「交通機関への応用」が目的だったわけではなくて、当初の目的は「石炭鉱山での大量採掘の実現を長年阻んできた『湧き水』を排水するための動力を得ること」だった。

そもそも人類にとって「製鉄」という行為そのものは、なにも産業革命で初めて得た技術ではない。例えば、アフリカには製鉄を行った形跡のある古代遺跡が多数あって、製鉄技術のアフリカ起源説もあるくらいで、表土に露出している鉄や隕石などを原料にした製鉄技法は古代からあった。

それでも長い間、鉄が貴重品とみなされた理由は、鉄がまったく作れなかったからではなく、「鉄を、高品質かつ大量に生産する手法」がなかなか確立できなかったからだ。それは「鉄の効率的な精錬技術」の発明に時間がかかったことや、大量の鉄鉱石を高温で熱し続けるための「エネルギー源」の確保ができなかったことなどによる。

それが蒸気機関の「改良」で、「石炭鉱山での大規模排水」が実現できるようになった。その結果、湧き水がたまりやすい地中の深い場所での石炭の大量採掘が可能になり、その結果、石炭コークスが大量かつ安価に手に入れられるようになったことで、ついに製鉄業が大規模化される時代が訪れたのである。(その結果、世界中の鉄鉱石と石炭の争奪戦が始まった)

鉄の品質が上がり、価格が下落したことで、20世紀初頭の製鉄業者は、「大量生産で価格が下がった鉄の利用方法」を、顧客の事業拡大にまかせるばかりでなく、みずからも模索する必要が生じた。
その結果、製鉄業者自身が、鉱山、製鉄、造船、鉄道などの「多角経営」に乗り出して、「鉄を、掘りだし、精錬し、利用する」までの一連の流れにある事業をトータル経営するようになった。(古い時代のアメリカの「財閥」が生みだされた理由は、この「価格の下がった鉄の利用方法の模索」だった。この例のように、財閥というシステムはもともと「必要に迫られて」形成されるのであり、企業規模拡大にともなって理由もなく勝手にできあがるわけではない)
例えば、第二次大戦時、Bethlehem Steelの造船部門は4000隻を越える膨大な数の輸送用船舶liberty ship(リバティ船)を製造したが、それが可能になったのは背後に「ペンシルヴェニアの製鉄業」があったからだ。
(第二次大戦後、不要になったリバティ船はギリシアなど特定の国に大量に売却され、海運王オナシスに代表されるギリシア海運業の母体となった)

「安価な鉄の登場」はこうして、造船、鉄道、さらには自動車産業などを生み出していき、他方では、鉄を大量に使った高層建築も可能にした。それまで木材やレンガが主流だった都市建築は一変し、都市に高層ビル群が出現することになった。
MLBのボールパークも、19世紀末の創成期にはまだ「木造」ばかりで、たびたび火災で焼失していたが、20世紀以降は「鉄骨」を使った堅牢な建築になった。その背景にはアメリカ製鉄業の発展がある。


話を元に戻そう。
19世紀から20世紀初頭にかけての時代は、アメリカに新しい産業が次々と生まれていった「アメリカが本当の意味で若かった時代」だった。
「ペンシルヴェニアのクエーカー」たちが製鉄業の経営に挑んだのは19世紀中ごろ以降であり、一方、MLBのようなプロスポーツ、映画、マスメディアなどが少しずつカタチになりはじめるのが19世紀末から20世紀初頭にかけてで、両者の間に半世紀ほどのタイムラグがある。
例えば、20世紀初頭、1887年生まれのNFLニューヨーク・ジャイアンツの創始者ティム・マーラはまだ貧民街から成り上がろうともがいているところだったが、ペンシルヴェニアでは既に有力な製鉄会社が産声をあげ、鉄の大量生産時代に入ろうとしていた。
参考記事:2012年12月21日、ニューヨークまみれのクリスマス・キャロル(2) NFLニューヨーク・ジャイアンツとティム・マーラとポロ・グラウンズ | Damejima's HARDBALL


かつて書いたように、たとえ同じ白人移民であっても、「古参の移民」と「新参の移民」とでは、「参入する業種」がまったく異なる
1920年代当時のアメリカでは、映画、プロスポーツなどの娯楽産業やマスメディアは「まだ海のものとも山のものともわからないヴェンチャービジネス」というポジショニングでしかなく、だからこそ、これらの新しい産業でならばこそ、「新参の白人移民」であってもオーナーや経営者になれた。
たとえニューヨークの貧民街から成り上がったような移民でも、頑張ればMLBやNFLのオーナーになれた1920年代は、ある意味、牧歌的な時代でもあった。
対して、古参の白人移民がかねてから牛耳ってきたのは、銀行、重化学工業、自動車、石油、鉱業、運送業、保険など、いわゆる経済のメインストリームを担うビッグビジネスばかりであって、新参の白人移民がそうしたメインストリームのビジネスに簡単に参入することなど、できるわけもない。
だからこそ、新参の白人移民は、プロスポーツ、エンターテイメント、マスメディアなどの新しい産業で自分たちの生きる道を開拓し、発達させていこうとしていたわけだが、古参の移民の視点からみれば、たとえそれが自分たちの専門外の分野であっても、スタジアムの外野席でベーブ・ルースのホームランに浮かれ騒ぐ彼らの自由なふるまいが横行する事態は、次第次第に「目ざわりきわまりないもの」と映るようになっていったに違いない。
2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈 | Damejima's HARDBALL


例えばニューヨーク港の港湾労働は、19世紀末にはアイルランド系移民が独占していた。20世紀以降にイタリア系が入って新たな棲み分けが行われると、ブルックリンだけはイタリア系になったが、特定の人種が独占(あるいは寡占)する状況には変わりがなかった。
この例が示すように、アメリカの産業、特に創成期の産業では、「人種による棲み分け」が行われることがある。つまり、特定の産業全体、あるいは特定地域の特定の産業が、特定の人種集団と不可分に結合して、その人種特有の「既得権」となることが少なからずあったわけだ。

Eric Hoffer沖仲仕として働きながら思索に没頭した独学の哲学者Eric Hoffer。ブロンクス生まれ。
ドイツ系の彼が沖仲仕になったのはサンフランシスコだが、もしアイリッシュやイタリア系がハバをきかすニューヨーク港だったら、もしかすると沖仲仕になれなかったのかもしれない。


かつて隆盛を誇ったペンシルヴェニアの製鉄業の創業者に「クエーカーのドイツ系移民」が多かったことも、そうした「特定業種と特定人種の結びつき」の例のひとつだ。
かつてアメリカ経済のメインストリームだった重厚長大産業では、概して「古参の移民」が多い傾向にある。

一方で、マス・メディア、スポーツ、映画といった「歴史が浅い産業」の創成期には、創業者、選手、制作者、観客にユダヤ系移民が多かったことに代表されるように、歴史の浅い産業においては、「新参の移民」が多い傾向が強い。

例えばMLBの「観客」も、かつて書いたように(参考記事:2014年3月29日、『父親とベースボール』 (11)「外野席の発明」 〜20世紀初頭の「新参の白人移民の急増」と「ホームラン賞賛時代」の始まり。 | Damejima's HARDBALL)、当初は「古参の移民」が多かったが、やがてユダヤ系など「新参の移民」がボールパークにやって来るようになったために、そうした新参の観客たちのための「隔離された席」として、『外野席』が作られた。ヤンキースタジアムの外野席に陣取るBleacher Creaturesはそうした時代の「名残り」である。(同じヤンキースファンでありながら外野席の客が内野席の客にヤジを飛ばす習慣が残っているのは、かつて内野席と外野席の「観客の人種」がまったく異なっていたからだ)


時代が下っていくと、内陸部の製鉄業のような「かつて経済の本流」であった重厚長大産業が衰退しはじめる一方で、スポーツやメディア、IT、コンピューターといった「傍流とみなされていた業種」が沿岸部で繁栄するようになってくる。
こうした「産業のいれかわり」は、「産業と人種が密接に結びつく」ことも少なくなかった移民の国アメリカにおいては、「それぞれの産業に強く結びついた人種ごとの浮沈」を意味する場合も多い。(もちろん実際には、それぞれの業界に多種多様な人種が存在しているわけだから、必ずしもこういう紋切り型な観点で全てを分析できるわけではない)


今となって想像すると、トラッシュトークを繰り返したトランプ氏の選挙で「最も重要だったこと」は、おそらく「主張が正しいかどうか」ではなかったはずだ。(理解しようとしない人がいるかもしれないが、それはけして「間違ったことをあえて主張する」とか「なんでもかんでも言って、迎合する」とかいう意味ではない)

なぜなら、こと「アメリカ大統領選」において大事なことは、「『どのくらいの数』の人間に向かってアピールできたか」だからだ。
アメリカは非常に広い。しかも多様な国だ。自分の狭い信念を細々と語り続けたくらいでは、とても最大の支持など集めきれない。最初から「十分に人数の多い層」を狙い撃ちしていかないかぎり、勝てない。

「最多の票を集めるのが、勝利」だ。
であるなら、「最も厚い層」にアピールすべきだ。

別の言い方をすれば、「アピール対象が『想定どおりの数、実在した』なら当選するし、『想定に反して、それほど多くなかった』なら落選する」という言い方もできる。

では、その「最も厚い層」は、「どこ」に眠っていたのか

もしトランプ氏がアピールしようと決めた「対象」が、「古き良き時代のアメリカにおいて、メインストリームの産業を担っていた中産階級」、あるいは「アメリカ最大の人種派閥であるドイツ系」、あるいは「内陸部の住民」だったとすると、そうした「ターゲット」はもともと「アメリカを構成するさまざまな集団のうちの、最大の集団」だったはずであり、その「最大の集団」に対して、「あなたの利益は本当に守られていますか?」と問いかけたのが、今回の選挙手法の「骨子」だ。
(2016年ワールドシリーズが奇しくも「東でも西でもなく、内陸部のチーム同士の対戦」になったことも、出来すぎなくらいの偶然ではある)

言いかえると、今回の大統領選は、ヒラリー・クリントンやバラク・オバマ、ニューヨーク・タイムズが「顔を向けていた層」は、本当に「『大多数を占める、ごく普通のアメリカ人』だったのか」が問われた選挙、という意味もある。
そしてヒラリー・クリントンが敗れたという事実は、彼らが顔を向けていた層が実は「アメリカの大多数ではなかった」ことを意味する。
参考記事:2015年2月7日、「陰謀論愛好家」を公言してしまい、ちょっと火傷してしまったチッパー・ジョーンズ。 | Damejima's HARDBALL


トランプという人の「選挙マーケティング」は、実業家出身なだけに予想屋ネイト・シルバーより正確で、なおかつ、キンシャサでロープを背にサンドバックのように打たれ続けながらジョージ・フォアマンをKOで葬った1974年のモハメド・アリのトラッシュトークのように、したたか、なのだ。

エリック・ホッファーは「知識や情報を持った個人が社会の中で行き場を失ったり、挫折したりすると、そこに芸術・思想・哲学などの重要な成果が生まれる」と言っているらしいが、過去の繁栄の彼方に置き去りになっていた中産階級の場合は、長い間行き場を失ったまま「言葉」を求め焦がれていたのである。

ジョージ・フォアマン vs モハメド・アリ「キンシャサの奇跡」



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  • 2014年10月31日、PARADE !
  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
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