September 01, 2017



日本の国土の上空をミサイルが通過するこの異常な時代にあって、官房長官に「ある程度、金委員長側の要求に応えるような働きかけはしないのか?」などと質問する度を越したアホがジャーナリストを気取るような、キチガイじみた時代である。

ブログ主は、もし近い将来に、東京新聞記者・望月が、中国や北朝鮮などから資金提供を受けた宣伝協力者、あるいは工作員、あるいは内通者とわかったとしても、特に驚かない。
なぜそんな三流スパイ小説まがいのことを懸念するのかといえば、第二次大戦後の暗号解読や情報公開によって明らかになったさまざまな「事実」によって、英国やアメリカの、それも戦時の政権や情報機関の内部においてすら、「欧米向けの宣伝活動の従事者」、「内通者」、「スパイ」が、少なからず実在していた実例があるからだ。以下のエピソードはそのほんの一部にすぎないが、これらは作り物の小説でも、映画でもない。


第二次大戦前後の英米におけるスパイ事件で、まずアタマに入れるべきは、Venona projectだろう。(ベノナ・プロジェクトは単に「ベノナ」と表記される場合も多い。また「ヴェノナ」という表記も多数あり、検索に工夫が必要)
Venona project - Wikipedia
アメリカで1943年から30年以上にわたって続けられたベノナ・プロジェクトの目的は、当時の米国内にいたソ連スパイと、ソ連との間で交わされる暗号電文に使われていた "one-time pad" (ワンタイム・パッド)と呼ばれる「使い捨ての暗号化方式」の解読によって、「スパイの実在を確定すること」にあった。
one-time pad は現代のネット取引で使われている「ワンタイム・パスワード」の前身にあたり、ベノナ・プロジェクトで解読に成功した文書の多くは、いまもウェブ上で公開されている。

ベノナ・プロジェクトの最も大きな成果は、「疑惑」を「事実」に変えたことだ。
原爆製造情報の流出を筆頭に、アメリカから外部への情報漏洩については、アメリカ国内にいる多数のソ連スパイの関与が指摘され続けていたが、その実在の証明はいまひとつ不確かなものであり、また、当時のマスメディアはスパイ疑惑の追及に対して「冤罪」を主張して抵抗していた。
だが、ベノナ・プロジェクトによってアメリカ国内はもとより、当時の政権の中枢にすらソ連のスパイが実在していたことが証明され、また、スパイ疑惑に抵抗する当時のマスメディアの冤罪キャンペーンにも、コミンテルンやソ連の誘導や資金提供があったことが後年の検証で判明した。
(また、この記事では触れきれないが、第二次大戦前のアメリカ国内には「見た目に中国支援者にみえる有力者」が多数いて、中国支援のロビー活動や反日世論の喚起を熱心に行っていたが、ベノナ・プロジェクトによって、そうした当時のアメリカ国内の中国支援団体の主要人物の多くがソ連のスパイだったことがわかっている)


具体的事例に移ろう。
ベノナ・プロジェクトの暴いた代表事例といえば、
ローゼンバーグ事件だろう。

これは、アメリカのユダヤ人夫妻ジュリアス・ローゼンバーグJulius Rosenberg)とエセル・グリーングラス・ローゼンバーグ(Ethel Greenglass Rosenberg)が原爆製造情報をソ連に売りわたしていたスパイ事件だ。
夫妻の情報源は、アメリカの原爆開発地であるロスアラモス国立研究所で働いていた妻エセルの実弟デイヴィッド・グリーングラス(David Greenglass)であり、この男も夫妻同様にソ連のスパイだった。

夫妻は1951年に死刑判決を受けたが、判決を不当と主張する左翼系マスコミなどによってアメリカ政府を非難するプロパガンダが行われた結果、「プロパガンダに乗った多くの著名人」が冤罪を訴えたことでも有名になった。(サルトル、コクトー、アインシュタイン、ロバート・オッペンハイマー、ハロルド・ユーリー、ネルソン・オルグレン、ブレヒト、ダシール・ハメット、フリーダ・カーロ、ディエゴ・リベラ、ピカソ、フリッツ・ラング、教皇ピウス12世などなど)
だが結果的には、ベノナ・プロジェクトによる暗号解読によって「ローゼンバーグ事件が事実だった」ことが判明。また、冷戦終結後に公表されたソ連の内部文書や証言によって、ローゼンバーグ事件における左翼系マスメディアのプロパガンダそのものが、ソ連が関与した「ステマ」だったことすら明らかになったらしい。


さらにもうひとり、ベノナ・プロジェクトで判明したソ連のスパイに、元・財務次官補ハリー・ホワイトHarry Dexter White)を挙げないわけにはいかない。

ローゼンバーグ夫妻と同じユダヤ系アメリカ人で、ボストン生まれのハリー・ホワイトは、ハーバード大学の大学院を経てフランクリン・ルーズヴェルト政権の財務次官補の要職についた。
彼は、在米日本資産の凍結を支持した人物であり、また、第二次大戦直前の1941年、米国から日本への最後通牒となった、いわゆる "Hull note" (ハル・ノート)の原案となったモーゲンソー私案を作成した、まさにその人物である。
ハリー・ホワイトは1943年から始まったベノナ・プロジェクトによってスパイ疑惑を指摘され、1948年に米下院非米活動委員会に召喚されたが、疑惑を否定。そのわずか3日後、毒性のある植物であるジギタリスの大量服用による心臓麻痺で急死している。


ソ連のスパイだったハリー・ホワイトが「ハーバード卒」だったことは、わざと明記しておいた。それには以下のような理由がある。

第二次大戦当時、中華民国総統だった時代の蒋介石の周辺にたくさんのハーバード卒業生がいたといわれるように、第一次と第二次の大戦間には、英国ケンブリッジ大学、米国ハーバード大学など、英米の有名大学卒業生に非常に多くの「共産主義信奉者」「左翼思想にかぶれた若者たち」がいたことがわかっているからである。

以下を読んでもらえばその責任の一端がわかると思うが、第二次大戦後の「核兵器の時代」、つまり「相互の核武装を前提にした東西均衡」の発端は、大戦前後の混乱期に多発した「共産主義を信んじこんだ無謀で無責任な各国の若者たちによる、原爆などの国家機密の漏洩」に原因のひとつがある。


例えばケンブリッジ・ファイブCambridge Five)と呼ばれたイギリスの集団は、1930年代にケンブリッジ大学で共産主義を信奉するようになったグループで、主犯格キム・フィルビーKim Philby)は、ソ連のスパイでありながら、同時になんとイギリスの諜報機関の次期長官候補ですらあった。
同じように、ケンブリッジ・ファイブのメンバーはその一流大学卒の経歴を生かし、イギリス外務省、情報機関MI6やSIS、国営放送BBCなど、国家機密や情報に直接関わりをもつ要職につき、ソ連のスパイとして、イギリスとその同盟国の情報を大量にソ連に手渡したとされている。

広島と長崎に投下された原爆を製造したアメリカのマンハッタン計画で、原水爆製造に深く関与した元ドイツ人クラウス・フックスKlaus Fuchs)も、ソ連のスパイだった西側欧米人のひとりだが、このクラウス・フックスがアメリカからイギリスに移って以降にもたらした原爆製造情報をソ連に流していたのは、ケンブリッジ・ファイブのひとり、ドナルド・マクリーンDonald Maclean)だった。
ケンブリッジ・ファイブの容疑は1950年代に露見しかかったが、主犯格キム・フィルビーがメンバーに通報したために、メンバーの大半がソ連に亡命し、処罰をまぬがれた。マクリーンも1951年に亡命、ソ連共産党に入党して財産を与えられ、モスクワで死去している。



次に、赤いジャーナリスト、エドガー・スノーEdgar Snow)を挙げておこう。

エドガー・スノーはミズーリ大学とコロンビア大学の出身で、気まぐれに出かけた世界旅行のついでに中華民国に長期滞在したのをきっかけに中国専門ジャーナリストになった。1937年になると、毛沢東を神格化し、毛沢東による中国革命を賛美する中国宣伝本 "Red Star Over China" 『中国の赤い星』を出版。当時の欧米や日本の「知識人気取り」の間で「必読本」として扱われ、一世を風靡したようだ。いいかえると、この書籍を読んだ若い知識人気取りが共産主義にかぶれる原因のひとつをつくった。

だが、日本人として忘れてはならない彼の著作は、なんといっても1941年出版の "The Battle for Asia" 『アジアの戦争』だろう。
南京事件を報道した "The Battle for Asia" は、後に「南京で日本軍が30万人を虐殺した」という歪曲情報を固定する「宣伝戦略」の中心材料となった。

スノーが著作を書くにあたっては、接触がJDサリンジャー並みに難しかった毛沢東がインタビューを許すかわりに、「果てしない数の原稿の書き直し」をさせられていたことがわかっている。同様の「書き直し作業」は、 "Red Star Over China" のみならず、エドガー・スノーの第二次大戦時の著作の大半にみられるようだ。
つまり、スノーは言われるがまま、「宣伝文」を書かされていた、ということだ。後年の検証で、エドガー・スノーが南京大虐殺に関する一次情報を扱う立場になかったことなど、彼の著作の信憑性には多数の疑問がつきつけられている。
またスノーの著作によって神格化していた毛沢東の実像についても、例えばユン・チアンとジョン・ハリデイによる『マオ 誰も知らなかった毛沢東』など、近年の検証によって当時の実態が明らかにされつつある。
「 『マオ』が伝える中国の巨悪 」 | 櫻井よしこ オフィシャルサイト



また、エドガー・スノーに似た、アメリカの中国共産党専門のジャーナリストに、アグネス・スメドレーAgnes Smedley)がいる。

スメドレーは、毛沢東に会うチャンスを与えてもらうかわりに「宣伝のための作文」を書かされていたエドガー・スノーに似て、1940年前後に、当時内戦状態にあった国民党と共産党の双方から取材して記事を書かせてもらえるチャンスに恵まれたことで一躍有名になった。
だが、1950年に下院非米活動委員会から召喚状が発せられたスメドレーは、その日にロンドンに飛んで、召喚に応じることなくその夜に急死した。これは非米活動委員会から召喚され3日後に突然死亡したハリー・ホワイトとまったく同じ展開であり、スメドレーも、ハリー・ホワイト同様に、冷戦終結後の情報公開によって「コミンテルンから資金援助を受けて欧米向けの宣伝活動に従事していた」ことが判明した。

なお、南京事件自体を初めて世界に発信したのは、エドガー・スノーではなく、イギリスのマンチェスター・ガーディアン特派員、ハロルド・J・ティンパーリHarold John Timperley)だが、このティンパーリにしても、スメドレーと同様、国民党中央宣伝部顧問の肩書きがあり、その著作群が中国国民党中央宣伝部の意をうけて発行されたものである疑いをもたれている。



もちろん、ここに書いた数々の話題の真偽を、どう確かめ、どう判定するかは、読む人の自由であり、ブログ主の関わるところではない。
少なくとも言いたいことは、「情報」というものが「意図的に作られ」、世論というものが「意図的に操作される」ことなど、かつても、今も、けして珍しくない、ということ、そして、そういうスパイ小説まがいの行為について「それは陰謀論ってやつですね(笑)」と笑い飛ばして無視できる時代は、残念ながらとっくの昔に終わった、ということだ。

官房長官への記者会見という公式の場所で、堂々と異常な質問を繰り返す東京新聞記者の異常さは、まさに「言葉でできたミサイルを日本に向けて飛ばす行為」としか、言いようがない。



また蛇足だが、日本の戦後史の評価についても、いい機会だから自分で調べてみることをお勧めしたい。
ハル・ノートを起草して日本を戦争に追い込んだハリー・ホワイトや、南京事件の歪曲報道に関わったエドガー・スノーやハロルド・ティンパーリの足跡から、「第二次大戦前後の国際世論がどれほど、中国やソ連、コミンテルンなどによって誘導されていたか、そして、その情報の歪曲が、これまで日本の国益をどれほど損なってきたか」考えるべきだ。


共産主義かぶれの人間は、とかく核の時代を批判したがる。だが、むしろ聞きたいのは、核による危険な均衡の時代の『開幕』に、あなたがたは関与してこなかったと本当にいえるのか、ということである。


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