March 18, 2020

CDC、米疾病対策センターがダイヤモンド・プリンセス号事件の経緯の一部を2020年3月17日週報に掲載した。明らかに、この船は横浜に来る途中で既に「武漢ウイルスまみれ」の状態にあったことがわかる。こんな状態の船を受け入れさせておいて、CDC自身、あるいは、日米のマスメディアは「日本の責任だ」などと濡れ衣をきせたのだから、そのいい加減な姿勢、根拠の無い責任追求には、いまさらながら腹がたつ。

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乗客の感染判明は2月1日

まず乗客の感染判明だが、Wikiなどに「1月に横浜から乗船した中国系乗客」で、「乗船直後の1月23日に症状が出た」「下船後の2月1日に感染判明」とある。
船内に「症状のない別の感染者」がすでにいて、その感染者からウイルスをもらった可能性もないわけではないが、感染から発症までに「潜伏期間」があることを考慮すると、この最初の感染者である中国系乗客が「最初は健康だったが、ダイヤモンド・プリンセス号船内で感染した」というよりも、むしろ、最初から感染者で、この人物が「船内にウイルスを持ち込んだ」可能性のほうが高いといえるだろう。

横浜で乗船したこの乗客が、「中国在住の中国人観光客」なのか、「日本在住の中国系住民」なのかはハッキリしていないが、いずれであるにしても、この「中国系の乗客」が最も初期の感染者のひとりであることは疑いようがない。
ウイルスの遷移はDNA解析によって、誰から誰に伝染ったのか、経路を多少なりとも推定できると聞くから、この乗客のウイルスを調査し、他の乗客の感染者や乗員の感染者のウイルスのDNAと比較して、「ウイルスの遷移の経緯を明らかにすべき」だろう。


乗員の感染判明は2月2日

乗員における最初の感染判明は「2月2日」だ。

乗客の最初の感染判明が「2月1日」だから、その翌日には乗員の感染も判明したことになる。「乗客と乗員の感染拡大は、平行して進んでいた」とみるべきだろう。
船が那覇を出て横浜に向かったのが2月1日、横浜沖到着が2月3日だから、横浜に接近する間にはすでにダイヤモンド・プリンセス号の船内では乗客と乗員の両方でコロナ感染が始まっていたわけだ。
これも潜伏期間の長さを考慮すると、乗員への感染についても、那覇から横浜に向かう途上では、感染は、始まったばかりどころか、拡大期にあったとみるのが自然だろう。


乗員の食事担当グループが
乗員における感染拡大の原因


CDC週報によれば、最初の乗員感染者は「乗員の食事担当」であり、後になって判明する「乗員における感染者」の「約75%」が、この「乗員の食事担当乗員」で占められていたという事実がある。

「乗員の食事を用意していた乗員が発症」し、それが、同じ食事担当乗員の間で感染拡大し、さらに他の仕事をする乗員にも感染が広がっっていったのは、ほぼ間違いない。
また、乗員のウイルスが乗客へ感染し、感染拡大を増幅した可能性も十分あるが、これも、ウイルスのDNAを調査することで、「乗客と乗員のどちらの感染が先か」を判明させることが可能なのではないか。


日本側の検疫開始は2月4日

日本側が、最初の検疫を行ったのは、「2月4日」である。

乗客の最初の感染確認が「2月1日」、乗員の最初の感染判明が「2月2日」だから、これも潜伏期間を考慮すれば、2月2日時点では、乗客にも、乗員にも、「感染の素地はとっくにできていて、感染拡大は既に始まっていた」のである。
乗客にも乗員にもウイルス感染が判明した2月2日時点では、まだダイヤモンド・プリンセス号は「横浜に向けて航行中だった」のであり、「船内に目に見えないウイルスが既に充満していたことは明らかであり、日本がこの船が横浜沖に着くのを待って2月4日に検疫を行ったこと自体は、けして遅くなどない。


こうして丁寧に日付と役割を追っていき、さらにDNA鑑定なども加えていけば、ダイヤモンド・プリンセス号における「横浜沖に戻る前の、船内での感染度」というものはかなりの部分が明らかになるはずだ。
ならば、CDCやアメリカのメディアが日本を名指しで批判したことが、どれほど馬鹿げていたかは明らかになるし、日本のメディアがアメリカのメディアの日本批判に便乗したことが、どれほど恥知らずな行為だったかも明らかになる。

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