May 04, 2020

コロナ後」という単語が世界中でもてはやされはじめた。

それは武漢肺炎が世界的な広さで終息に向かいはじめているという意味でもあり、自宅軟禁状態にある人々のストレス発散でもあるが、だからといって、多くの人が「コロナ後」を本当に見通せているわけではない。

なぜなら、武漢肺炎のパンデミックで『社会の機能の一部』がたとえ一時的にせよ「失われた」が、それがこれからの社会においてどういう意味を持つのか、あるいは、「ヒトとヒトの距離」のような「目に見えないもの」が今後どういう価値や意味を持つのか、まだ誰もきちんとした形で語れてはいないからだ。

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例えば、「プロスポーツ」でいえば、いま野球は武漢肺炎によるリーグ停止で大きな打撃を受けているが、だからといって、「野球というスポーツにとって『ヒトとヒトの距離』が持っている価値や意味」がきちんと把握され、「ヒトとヒトが接することの重さや意味」がきちんと評価されたようには、いまだに思えない。

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人は近年、「ボールパークに足を運んでくれる人の意味」を「軽視」し始めていた。

ネットの時代なのだから、プロスポーツはネット上の映像配信で大金を稼げばいい、収入のメインは配信料で稼げるから、ボールパークが満員だろうとガラガラだろうと、そんなの関係ない、などと、タカをくくるようになっていた。最近のロブ・マンフレッドのわけのわからないMLBの改造ぶりも、はたから見て呆れることばかりだった。

fanless game

だが、いざ「無観客」でゲームが行われてみてわかったことは、プレーヤーだけでゲーム自体は行ええるとしても、そこに「観客がいない」のでは意味がないということだった。なぜなら、プレーヤーにとって「観客のいないゲーム」が「とてもやりにくい」ものであることが明らかになったからだ。

つまり、野球における「観客」という存在は「ゲームというイベントにとっての枝葉末節」ではないどころか、むしろ「主要パーツ」そのものであることが、あらためて明らかになったのである。

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仮にMLB全ゲームを「観客抜き」で開催できて、それがネット配信できたとしても、それはもはや「ベースボール」ではなく、ネットゲームと変わらない「ただのショー」に過ぎない。

ベースボールは「観客が存在するスタジアムで行う、世界最大のスポーツ」なのだ。

われわれが「テレビでベースボールを見る」という行為は、ただプレーヤーのプレーだけ見ているのではなく、「たくさんの観客がボールパークでゲームを見ている独特の空気感を含めて、全体を見ている」のであり、プレーヤーは、ただ「プレーしている」のではなく、「観客が見ている状態を前提にしながら、ボールパークがもつ独特の空気感の中で、プレーしている」のである。

ハワイ移民150周年
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